魔獣との遭遇
西の森でサラと薬草摘みの演習中、近くの草むらから何かが飛び出してきた。
ガサガサ!
「っきゃあ!」
サラは驚いて身を震わせた。
出てきたのは小さい野ウサギだった。
「サラ、大丈夫、ウサギよ」
私は笑いながらサラを振り返った。
するとサラの後方の草むらから、大きな黒い何かが飛び出してくるのが見えた。
「危ないっ!」
私はとっさにサラに飛びつき両手で彼女の体を抱えて、襲い掛かる何かをかわしながら地面に転がった。
襲い掛かってきた者の方を見ると、そこには邪悪な気を纏った生き物がいた。
「魔獣!」
「っひぃ」
「ぐるるっ、ぐるるるっ!」
それは大型犬のようなシルエットの魔獣だった。サラは恐怖で顔を引きつらせている。悲鳴も出せないようだ。私は起き上がりながら彼女の無事を確認する。
「サラ、ケガはないわね」
彼女はコクリと頷いた。私は魔獣から目を離さずにサラに確認する。
「立てる?」
「う、うぅ」
どうやら恐怖で腰が抜けているらしい。自力で逃げるのは無理なようだ。
私はサラを背に立ち上がり、魔獣と戦う覚悟を決めた。
(私がやるしかない! もう! 魔獣は出ないんじゃなかったの?)
一瞬でいろんなことが頭をよぎったが、とりあえず目の前の魔獣を倒さなければ私たちの命はない。
小さいころから武術に身を置いてきた私にとっても、魔獣と戦った経験はなかった。
(人間以外との初めての実践! でも引くわけにはいかない。サラを守らないと! エミールを助けたあの時と同じね)
相手は全長1メートルほどの図体だ。動物としてはそこまで大きくはないが邪悪な気を放っている。魔獣の邪気に触れるのは危険とも言われている。
その瞬間、魔獣が飛びかかってきた。
(来る!)
(……あっ、意外と遅い)
私はその場でステップを踏むと、魔獣が飛びかかってくるタイミングに合わせて体重を乗せた蹴りを鼻先にお見舞いした。
ドゴッ!
「ギャン!」
魔獣の鼻先にクリーンヒットした蹴りの手ごたえは十分すぎた。魔獣は勢いよく吹き飛んで大きな木にぶつかってのけ反るように倒れこんだ。
あっけなく勝負はついた。
「はぁはぁ」
「ナタリー、大丈夫。すごい、一発で……」
魔獣が倒れこんで安心したのか、サラがようやく立ち上がり声をかけてくれた。
倒した魔獣に近寄ってみるとグッタリしている。どうやら気絶しているようだ。
「ごめんね。あなたに罪はないのに」
私は倒れている魔獣を見て、サニーのことを思い出していた。魔獣とはいえ元は動物なのだろう。それを傷つけるのは心が痛んだ。
「ナタリー、自分を責めないで。あなたがいなければ私はどうなっていたかわからないし。あなたのおかげで本当に助かったわ」
「いいのよ、気にしないで」
その時、草むらからさきほどの野ウサギが飛び出してきた。
「あら、あれは」
野ウサギは倒れている魔獣の方へと走っていく。
「ダメよ、近づいちゃいけない」
私は魔獣の元へ駆け寄ると小さな野ウサギを掴んで、引き離した。
サラが心配そうに後ろから声をかけてくる。
「その魔獣って、もしかしてその子の親なのかなあ? なんとかしてあげられたらいいんだけど」
「え?」
「魔獣化を解除する方法ってあるでしょ?」
「それって浄化のこと?」
「そうそう。浄化魔法か、もしくは浄化薬があれば助けられるのに」
魔獣化は基本的に浄化魔法を使わなければ元に戻ることはないと言われているが、魔獣化して日が浅い状態であれば浄化薬という薬を使えば邪気を取り払えると本で見たことがある。
「そうだ。サラ、さっき採ってた薬草全部見せて、こいつ助けられるかも」