二年ぶりに出会った幼馴染はどこか遠い存在になっていて
「見ろ、エミールだ」
「彼が、将来大賢者として名を残すと言われている男か」
「天才的な魔力に、あのお顔立ち、素敵よねえ」
と、大きな歓声と共に彼の名前が聞こえてきたことで、私は思わず講堂の方を振り返った。
視線の先で二年ぶりにエミールの姿を見つけた。
講堂を出て、中庭を歩いてくる彼の姿をみて、私はおもわず息を呑んだ。
彼は見違えるほど逞しく成長していたのだ。
(あれがエミール、たった二年でこうも変わるのね……。なんか悔しいけどかっこよくなってるじゃない)
子供っぽかった顔つきは、大人びて見える。
私と同程度だったはずの背はぐんと伸び、たぶん頭一つ分くらい追い越されている。
鍛えているわけじゃないだろうが、制服の上からでもわかるくらい上半身は引き締まって見える。自然でいい筋肉の付き方だ。
短かったはずの黒髪はやや長めになっている。
(髪伸ばしたんだ。いっしょだね)
堂々と歩く彼からは、内気でひ弱だった頃の姿を微塵も感じない。
エミールは同級生たちと歩きながら、新入生が列を成しているこちらの方をキョロキョロと見ている。
(もしかして、私を探してたり? なんてね)
気持ちを抑えきれず手を振ろうかと迷ったその時、エミールと目が合った。
しかし私と目が合った瞬間、彼は目をそらしてしまった。
昔の彼と何か違う……。こちらを見ても全然気付かない素振りをする彼に私は戸惑った。
その時、エミールの後ろを歩いていたピンク色の髪の女子生徒が、サッと隣に並び彼に話しかけた。
まるで私と彼の視線を遮るように割り込んできた彼女は、彼の顔を下からグイっと覗き込んで何か話しかけている。
そして、彼はそのまま同級生たちと建物の中へ消えていった。
(エミール、私のこと見つけたのに反応してくれなかったなあ)
「ねえねえ、さっきエミールさんに話しかけてた方、素敵じゃない?」
「美男美女でお似合いのカップルって感じよね。付き合ってるのかしら?」
周りの子たちが先ほどのエミールと、女子生徒の話で盛り上がっている。
「名高い貴族令嬢かもしれないわね? もしかして婚約してたりして!」
「わたし、エミールさんと目が合っちゃったかも!」
「エミール様って呼んじゃおうかしら、同い年とは思えないほど素敵よね」
(エミール様……か。昔のあいつを知ってたらとてもじゃないけど呼べないわね)
私とエミールは同い年の幼馴染だ。
だが彼は二年前に、ここ王立魔法学園に飛び級入学した。
13歳でその魔力の高さを国に認められ、史上最年少での異例の入学に国内でもかなり騒がれたので、彼は一躍有名人になった。
もちろんここにいる新入生たちも、全員彼を知っているはずだ。本来なら自分たちといっしょに入学するはずだったのだから。
エミールは、なんだかとても遠い存在になってしまったのかもしれない。
魔法に興味の無かった私がこの学園に入ろうとしたきっかけは彼だった。
彼がいなければ、私も今ここにはいないはずだ。
私は彼との出会いを思い出していた。
私とエミールの出会いは、9歳の頃のことだ。
家庭教師との勉強に嫌気がさした私は、その日は屋敷を抜け出して町を散歩していた。
すると広場で騒いでいる子供たちを見つけた。
遠目で見る限り、一人の男の子を三人の男の子が、よってたかっていじめているように見える。
平和な町ではあるが子供というものは残酷だ。
なるほど、屋敷の外は危ないから出歩いてはいけません、と執事が口を酸っぱくして言うはずだ。まあこの程度の事なら全然問題ないのだが。
(あの三人、身体が大きいから年上かしら。三人でたった一人をイジメるなんて、見過ごせないわ)
オテンバだった私は、いい遊び相手を見つけたとばかりに迷うことなく走り出した。
勢いよく駆け出していって、三人のうちの一番大きな男の子に飛び蹴りをかました。
私の蹴りを食らった一番大きな男の子は、勢いよく吹き飛び地面に転がった。
「いってええええ!」
「なんだこの女! 何するんだ!」
「痛い目に遭いたいのか!」
飛ばされた男の子の両脇にいた子たちが悪態をついてくる。
間近で見るとやはり身体は大きいので、彼らは年上のようだ。
しかし、幼い頃から家庭教師に武術の稽古をつけてもらってる私にとっては、図体が大きいだけの彼らを恐れる理由などなかった。
(でもこれは稽古じゃない、実践……。相手は二人、ならば先手必勝!)
私は汗をかいた拳を握りしめ、二人に勢いよく飛びかかった。
そしてあっという間に二人を倒すと、イジメっこたち三人は負け惜しみを言いながら逃げていった。
私はホッと一息ついて、イジメられていた子に声をかけた。
「大丈夫?」
うずくまっている男の子が顔を上げた。泣いていたのか目元が赤く腫れている。
(なんだか弱そうな男の子ね。どうりでイジメられるわけね)
「あ、ありがとう」
彼はか細い声でそう言って立ち上がった。
なんとその胸には子犬が抱かれていた。
「あら、その子犬どうしたの?」
「この犬、あいつらにイジメられてたんだ」
どうやら彼は身を挺してあいつらから子犬を守っていたようだ。
彼は一見身体は細くて頼りないが、決して弱いイジメられっ子ではなかった。
誰よりも強く優しい男の子だったのだ。
彼は子犬を大事そうに見つめている。彼のそんな優しい表情に私は強く惹かれた。
「あなた、名前は?」
「エミール……。君は?」
「ナタリーよ。その子犬どうするの?」
「どうしよう……。うちじゃたぶん飼えないし」
「は? 飼えないくせに助けたの?」
「だって放っておけないよ」
「じゃあ私が引き取るわ。うちでちゃんと育てるから、あなたもたまにはうちに見に来なさいよ」
「うわあ! ありがとう! 絶対行く。君の家はどこ?」
「見えるかしら、あの丘の上のお屋敷よ」
「あ、あのでっかいお屋敷に住んでるの! すごいねえ」
町で一番裕福だった私の屋敷は子供でも知ってるくらい有名のようだ。
友達がいなかった私は彼と仲良くなれて素直に嬉しかった。
彼もまた友達がいなかったようで本当に嬉しそうにしていた。
私たちは助けた子犬に『サニー』という名前を付けてかわいがることにした。
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