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魔大陸への遠征

 馬車と馬の長い隊列が進む。

 荷物や非戦闘員などを乗せた馬車を真ん中にして、その前と後ろに兵が位置するほか、馬車の左右には馬に乗って機動力のある兵がいる。

 ユリウスは、魔術団員と同じ馬車に乗っていた。

 課が違うとは言え、同じ魔術団の団員だ。兵よりは話が合う。

「へえ。じゃあ、ユリウスは、魔式の解析ができるんだ。素早く。いいなあ」

「そうだよなあ。防御するにも、相手の攻撃に合っていなければ無駄だもんな。だから万能型をやるしかなくなるけど、消費魔力は多くなるし」

「もしも魔式がすぐにわかれば、最適な盾で防御できるから、少ない魔力消費で済むわ」

「でも、防御だけじゃ勝てませんからね。だから僕はダメなんですよ」

 ユリウス達はすっかり打ち解けていた。

 和気あいあいと話は弾むが、魔術団でも兵課の方はかなり体育会系な雰囲気で、感じはかなり違うとユリウスは感心していた。彼らにしても、それは同じだったが。

「それはそうとさ。噂の聖女様も参加してるんだな。何かガードされてて顔も見えないんだけど」

 1人が言うと、別の1人が、

「主導権を握ろうと抜け駆けして、それが使えない聖女だしな。恥ずかしくて出せないのかも」

と言う。

「使えないかどうかはともかく、聖女なしに聖魔術を使えるとなればねえ。召喚コストが高いだけ、聖女は無駄でしかないわよね、今となっては」

「まあ、象徴には有効だろうけどな」

 なかなか辛辣な意見を、平気な顔で交わしている。

 その途中で、時々魔物が襲って来ては、それを兵や魔術団員がローテーションで対処する。

 人の住む大陸では、まずまず、問題なくスムーズに隊列は進んでいた。


 魔大陸へ渡る手前、大陸の端で一旦止まった。ここから向こうの大陸までの海を、船で渡らなければならない。

「うわあ。あれが魔大陸か。向こうに生えている木も、同じ種類の木に見えないのがいっぱいあるな」

 ユリウスは向こう岸を眺めながら言った。

 隣には、セルジュが来ている。

「明日はいよいよ魔大陸か」

 セルジュも興味深々という目を向けている。

「ここまで2週間か。セルジュ、大丈夫か?馬車も疲れただろう」

「乗り心地はまだいいけど、暇なのがなあ。あんまりユリウスを名目を付けて呼び込むのも変だしなあ」

 セルジュは苦笑し、大きく伸びをした。

「この辺でも、随分と魔が濃いな。魔術師の聖魔術も効いたみたいでホッとしたけど、向こう側はもっと濃いんだろうな」

 ユリウスは心配そうに向こう側を見た。

「まあ、行くしかないさ。魔人が活気づく前に、魔を生み出す元を叩いて、弱らせないと」

 セルジュが言うのに、ユリウスは考え込んだ。

「それなんだけどな。魔ってどうやって生み出されるんだろう。そもそも魔って何だ?生物に悪いもので活気づく魔人ってどういう生物なんだろう」

 セルジュは思わず笑った。

「色々と疑問を持つのはユリウスらしいよ。

 まあ、向こうで観察しすぎて危ない目に合うなよ」

「う、わかってるよ」

 言い合いながらテントの方へと戻ろうとした。その背中に、パタパタと走り寄る足音がする。

「待って!」

 ユリウスもセルジュも、誰かと振り返った。

「げ」

 思わずユリウスは正直な声が出た。

「聖女様。お久しぶりです」

 それはエミリだった。どこかオドオドとして、落ち着きがない。

 セルジュは、普通の顔をしながらも、

(これが無茶なカデン作りを要求してたわがままな異世界人か)

と考えながらエミリを観察していた。

 ユリウスは、会いたくなかったというのが本音で、ここで今何か作れとか言い出さないかとヒヤヒヤする。

「探してたのよ!」

 押し殺した声で嬉しそうに言いながら、ユリウスの腕をガッチリと掴む。皇太子達には嬉しいそれも、ユリウスには恐怖と不安しか与えていないという事には、エミリは思い至っていない。

「カデンは皇太子殿下にでも言って下さい」

 ユリウスは先にそう言ったが、エミリは口を尖らせて上目遣いで言った。

「もう!違うわよぉ」

 ユリウスはエミリの態度の急変に混乱と胡散臭さしか感じられないが、セルジュは思い当たる事があって、ニヤリとした。

「ただ会いたくてぇ、探してたのよぉ」

 ユリウスはどんな意味かとますます混乱し、セルジュはエミリの態度がおかしいやら腹立たしいやらだ。

「何でです?」

「あの国を出てあなたのところに行こうと思って」

「亡命希望ですか?」

「彼女でもいいのよ。そのかわり、面倒は見てもらうわ」

「え……すみません、無理です」

「何でよ!?あんたなんか地球の物のバッタモノを作る以外に取り柄なんてないくせに!」

 セルジュはたまらず、腰の引けるユリウスと食って掛かるエミリに割って入った。

「聖女様。見張り――いや、警護はまいてきたんですか」

 セルジュが言うと、エミリはムッとした顔を向け、次いでセルジュの顔に目を輝かせた。

「あら?あなたは?」

「アラデルの皇太子です。ユリウスは最近婚約したばかりでしてね」

 言うと、エミリはポイとセルジュに乗り換えた。

「あら。あなたはどうなのかしら」

 セルジュはにっこりと笑った。

「御免こうむりますね。

 おおーい。聖女様がここで迷っておられるみたいだぞー」

 大声を出して、探し回っているはずのエミリの見張りを呼ぶ。

 それにエミリは慌てふためいた。

「ちょ、何すんのよ!?見つかるじゃない!」

「聖女でいる事を選んだのはあなただと聞いています。ならば、その責任は自分で果たすべきでは?」

 エミリは涙目でセルジュを睨み、次いでユリウスを睨んだ。

「何でよ。私は聖女なのにおかしいじゃない。聖女はちやほやされて、力なんてチートで、人生勝ち組のはずなのに!」

 ユリウスもセルジュも眉をひそめた。

「これまでの聖女様は、厳しい修行の末に聖魔法を覚えて、荒れ地や魔の澱んだところへ行かれて、それで人々から感謝と尊敬は集められたけど」

「うん。違うよな、ユリウス」

 エミリは地団駄を踏み、キーキーと喚いた。

「修行とかしなきゃいけないなら、日本で勉強するのと同じじゃない!だったら日本にいた方がもっと生活が便利だった!

 そうだ。あんた、何とかして私を日本に帰しなさいよ!」

 エミリは掴みかかろうとしたが、セルジュの声で血相を変えてエミリを探し回っていた見張りがエミリを、保護という名目で捕まえた。

「聖女様、1人で出られるのは危険ですから」

「お戻りください」

 エミリはジタバタともがいていたが、軽い目礼をしつつ歩き出す見張りにガッチリと挟まれて、テントの方へ戻って行った。

 ユリウスとセルジュは、大きく息を吐いた。

「びっくりしたなあ」

「異世界の人ってみんなああなのかな」

「まあ、聖魔法が実用化されれば今後は聖女召喚はせずに済むしな」

「勇者召喚とか言い出さないだろうな」

「恐ろしい冗談はやめろよ、セルジュ」

 ユリウスとセルジュは笑いながら、

「明日は魔大陸だ」

と言いながらテントの方へ歩いて行った。

 


 

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