荒れる国と忍び寄る不安
エミリは否応なく、神官に連れられて魔を祓いに行っていた。
しかし、思うようにいかない。集中しようとすると魔物が襲って来たり、魔物を殺して安全を確保してから行っても、魔の濃さにフラフラしてくるので、やはり集中できないでいた。
それで小さなケガでもすれば、皇太子達がギャアギャアと騒ぐ。
「本当にあれが聖女様なのか」
神官ですら、ひそひそと陰で言い合うようになってきた。実際に魔物に襲われたりした平民は、もっと早くからそう言っていた。
天候は不順となり、魔の澱んだ瘴気から魔物が生まれては、人や家畜を襲う。
この国はどうなるのか。
魔は大陸中に広がって行くんじゃないのか。それで、魔人達が人間を征服するに違いない。
そんな噂も囁かれ、不安が国に蔓延していた。
そしてその一部は、今のうちにと、他国へ移住を決めて、国を出て行くのだった。
アラデルにも、隣国ベルルギウスからの移住者がポツポツと増え始めた。
「ベルルギウス、大丈夫かねえ」
魔術団でも、休憩時などに雑談で、その話はよく出るようになった。
「聖女様を探したら、異世界にいらっしゃるとかで、召喚の儀式をしたんですよ。でも、僕が国を出て来るまではこれと言って何もしていなかったですね」
ユリウスは食堂で同僚と昼食を摂りながら話していた。
「聖女召喚ねえ。教会主導でする場合は各国が協力し合ってするけど、国が独自にした場合は、情報が他国に出ないからな」
1人が苦々しい顔で言う。
「魔が濃くなってきているのは各国の共通認識だったんでしょう?他の国は、どう対処する気でいたんですか」
ユリウスが訊くと、別の同僚が言った。
「まあ、相談しないといけないよな、と思っていたとは思うけどな。会議の前に、主導権を握る気でいたベルルギウスがフライングしたって形だな」
「聖女が就任してしまえば、収まるか死ぬか聖女が力を失うかするまで、別人を聖女に立てられないらしいから」
それにユリウスは首を傾げた。
「その、聖女って何なんですか。魔を祓う力の強い人というのはわかりますけど、世界でたった1人しかなれないとか。だれがどう、それを確認するんですか。まさか神様とか言わないですよね」
誰もが熱心な信者というわけではない。特に錬金術師や魔術師にはその傾向が強いのは、教会が「奇蹟」と言いたがる現象を、理論で考えて説明付けるせいだろう。
「その辺はわからないけどさあ。聖女様用の色んな儀式用品が、何セットもないからとか?」
「何人もいたらありがたみがないからでしょ?」
実に、教会関係者や熱心な信者がいたら泣いて抗議しそうなことを笑いながら言っている。
ユリウスは考え込んだ。
「でも、それなら手は打てますよね。魔を祓う事は、魔術で説明できそうです。禁忌として、教会に認められた者しか聖魔術は訓練すらしてはいけない事になっていますけど」
同僚達は、喋るのをやめて、考えだした。
「教会で聖別された武器や水を使って、普通の兵がアンデッドに対処するんですから。それを解き明かせば、聖女に頼らなくても魔を祓う事ができるんじゃないかと思うんですよね」
すると背後から、声がした。
「おもしろい。任せるからやってみろ、ユリウス」
振り返ると、課長がいた。
「課長!教会にバレたらやばいですよ」
「バレないようにやれ。上には俺から報告しておく」
ひらひらと手を振って、課長は歩いて行った。
その日からユリウスは、まず魔人と聖女の伝説から改めて考え直してみた。
魔人が聖女によって魔大陸と呼ばれる別の大陸に封じ込められたと教会では教えているし、この大陸の常識でもある。そして、魔大陸には濃い魔が充満し、魔人達はその魔をこの大陸に送り込み、領土の拡大を狙っているという。
しかしそれは本当なのだろうか。
「誰に訊いたら本当の事がわかるんだろうな。魔人にも訊いてみたいな。でも、魔人に知り合いはいないし、こっちに魔人なんていないしなあ」
ユリウスは嘆息し、まずは手を付けやすい聖魔術の解析から始める事にした。
それが世界を揺るがす第一歩になるのだった。




