9 冒険者
宿の部屋。私は、ベッドに腰掛け無心でチュロスを食べる。今食べてるのが三本目。この後におまけまである。
お嬢ちゃん、いっぱい買ってくれるから、おまけしとくよ!ほら、切れっぱしを袋に詰めたから、これも一緒に持って来な!
いい人だったなあ。通りの店を一軒一軒覗き込み、三度目の正直と意気込んで質屋捜索をしていた不審者に限りなく近かったであろう私に、優しく対応してくれたばかりかおまけまでくれるだなんて。
まあ銀貨一枚飛んだけどね。夕飯もこの調子で食べたら、明日の夕飯は食べられなくなってしまう。
結局、質屋は見つからなかった。怪しげな店はいっぱいあったけど、それっぽいところは一箇所もなかったのだ。最悪、明後日はギルドに行かないといけないかもしれない。
「私に戦えと……」
無理です。というか、働きたくない。まだまだ資金になりそうなアイテムはいっぱいあるから、それらを売ってどうにかしたいかな。なんたって、私は高校生だった身だ。校則では別にバイトを禁じてなかったけど、かったるいからやだって言って、休日は探検かごろごろで潰していた私である。何が悲しくて肉体労働などせにゃならんのだ。
おまけまで食べ終わると、少し眠くなって来た。砂糖をまぶしたチュロスは懐かしい味がして、なんだか昔の知り合いに会った気分。慣れない異世界で不安だったけど、何かあったらこれさえ食べればどうにかなる気がしてきた。
とりあえず、お昼寝、お昼寝。いっぱい歩き回った心地よい疲労感の中で、私は眠りについた。
目が覚めたら、朝だった。小鳥がちゅんちゅんさえずっている。
朝だった。
……へぇ。そうか、朝か。朝なのか。
思いっきり伸びをしようとして、右足のふくらはぎが不自然に痙攣したので優しくに切り替える。危ない、つるところだった。背中が、ぱきぱきと音を立て、肩のつけねあたりがごり、ごりと正常な位置に戻っていく。首がこここっと乾いた音で、血流を元に戻す。肘にも、何かがはじける感覚。関節周りがじんわり暖かくなる。足だって負けてない。ふくらはぎを伸ばすことだけは控えたけど、足首を思いっきり倒したらぱきっと返事をしてくれた。足の指でぎゅううっとグーパーを作って、先の先まで血を回す。冷たかったつま先に、暖かみが戻ってくる。
「んー、ふひゅー」
息をゆっくり吐きながら、今度は全身の力を抜いていく。でも、まだ終わりじゃない。肩を思いっきり持ち上げて、首を背中に押しつけるように曲げて左右に転がす。ばきばきばきっと気持ちいい音がして、首の違和感が無くなった。頭の脈がどくどくと、脳みそに酸素を送っているのを感じる。寝ぼけていた頭がだんだん起き出して、視界がはっきりしてくる。全身に活力がみなぎって、今日も一日頑張れる。
頭を揺らさないよう慎重に、でも反動をつけて勢いよく、私は上体を起こした。曲げて立てた右膝に両手を絡ませ、まずは着地成功。目をこすりながら、周りを見渡す。
視界に飛び込むのは、ベッドの脇に捨てられた紙袋。
「えっと……。昨日のチュロス、だね」
確か昨日は、あれ?チュロス……って、お昼だったよね?
疲れていたのだろうか。人生の最長睡眠記録を更新してしまったのかもしれない。おかげで、頭はいつもよりすっきりしている。
朝食を済ませた後、今日もまた質屋探し。今日中に見つからないと、けっこうまずい気がする。少し探索範囲を広げようということで、教わった道順を完全に無視してふらつく。
うん、なんか探検好きの血が騒いだんだ。昨日同じ道を三周もしたので、あそこはもう飽きてしまった。今度は、宿屋前の通りをまっすぐ進んでみることにする。
しばらく進むと、前からケモ耳の女の子が歩いてきた。もしかして、と思ってじっと見つめると、向こうもこちらを見ていた。やっぱりリリーだ。
「おはようございます」
「おはようございます、ミケさん。町での生活は、もう慣れましたか?」
こっちに小走りで近づいてきた。手に持った野菜入りの袋が揺れている。
「はい。ここ、楽しい町ですね。チュロスが美味しくて、気に入りました」
「それは良かったです!」
リリーと並んで、しばらく歩く。私からすれば、Uターンした形だ。リリーは歩幅が小さく見えるのに、歩くのが早い。私も負けじと、筋肉痛がまだ少し残る足を動かす。リリーは今日非番なんだそうだ。
「それで、どこに向かっていたんですか?」
「教えてもらった質屋さんを探していたんです」
リリーが少し驚いた顔をした。樫の杖と魔水晶を質に入れようとしているのだと話すと、そういうものの買取ならギルド会館の方がいいと言ってきた。
「ほら、昨日説明したじゃないですか。ギルドでは、素材や装備の買取もしているんです。質屋は、もうちょっと高価なものでないと相手にしてくれませんよ」
「でも、ギルドってなんか、冒険者の人が多いじゃないですか」
でかいし。武器持ってるし。怖いし。
すると、リリーは私の目を見つめて、言い聞かせるように言った。
「あなたも冒険者になったんですよ、ミケさん」