7 ギルド会館
町に着くとすぐ、私はリリーに手を引かれて、大きな建物に連れていかれた。冒険者ギルド?とかいうところらしい。
こんなのゲームで見たことないし、どうなってるんだろうね。
沢山の人がいる広間を通り過ぎ、階段を登って、部屋に案内された。広間にいる人はみんな、武器を持ったり鎧を着たり、多分冒険者の方々だった。緑色の、何かの鱗が貼り合わされた鎧を着た若い冒険者の一人が、腰のレイピアの柄をしきりに撫で回しながら掲示板の張り紙とにらめっこしている姿は、何かのファンタジー世界からそのまま抜け出してきたようで、感動した。
実際には、むしろ私が入り込んだ形だけど、その事に気付いたのは階段を上り終わった後だった。
リリーに座るよう促され、ふかふかのソフトを楽しんでいると、ドノヴァンさんが入ってきた。彼は机の上に、私の杖と白いリュックを置いて言った。
「その杖は、昨日お前から預かったものだ。お前は危ないやつではない、というのが俺達エスティーファニギルド四天王の結論だ。返す。そしてそのリュックは、昨日森で見つけたマジックアイテムだ。セオドルフによれば、これは持ち主以外が開くことのできないリュックらしい。おそらくお前のものだろう。確認のため、開けてみろ」
そう言われて、目の前の白い小さなリュックのジッパーを開く。ぶいいい、と音を立てながら、リュックは普通に開いた。
開きましたよって顔でドノヴァンさんを見たら、呆れた顔をされた。
「そこまでだったら、誰だってできるに決まっている。内部の術式にアクセスして、リンクしている異空間から何か取り出してみろということだ」
へー。アクセスだのリンクだの、何やら難しいことを言っているというのは分かった。ドノヴァンさんに、大丈夫です私知ってますよって顔をしながら、リュックの中に手を突っ込んだり、逆さにして振ってみたりする事数分。困惑の視線と苛立ち以外、なんの成果も得られなかった私は、諦めて灰燼にする事にした。
隣に置いてある杖を手に取り、三度目ともなればお手の物。目標の忌々しいリュックに杖を構え、呪文を……。
次の瞬間、私はリリーに口を塞がれていた。
「ふぁふぃふふんふぇふふぁ、ふぃふぃーふぁん」
リリーの指が、私の舌を押さえつけていて、上手く喋れない。いつの間に後ろに回られたんだろう?どうやら、リリーがドノヴァンさん達の同僚だという私の予想は当たりらしい。
ドノヴァンさんが、私から杖をひったくって言った。
「おいリリー、こいつ敵だ。ギルド会館内で魔法を撃とうとしやがった。どういうつもりかわからんが、今すぐ首を掻っ切った方がいいと思う」
私を拘束したまま、リリーが言う。
「いえ、多分ミケさんは、単にギルド会館内でのルールを知らなかったんだと思います。異空間にアクセスする方法が分からなくて、ちょっとむしゃくしゃしただけ。そうですよね?」
私は必死に首を縦に振って、肯定の意を示す。
ドノヴァンさんが、呆れた様子で言う。
「ってことは、こいつはムカついたから魔法をぶっ放してリュックを破壊しようとしたのか……。イカれてやがる」
意図せずして狂人認定を食らってしまったけれど、まあ敵認定よりはましかなって思う。
ようやく指を出してくれたリリーが、私に向かって真剣な表情で言った。
「いいですか、ミケさん。ギルド会館の中で、魔法を撃つことは禁止です。これは、だいたいどの町でも同じルールですから。よく覚えておいてください。分かりましたか?」
「はーい」
「それじゃあ、アクセス方法を説明しますね。知らないなら知らないと、最初に言ってください。リュックの中に、魔法陣が書いてあるのが見えますか?それに手をかざして、ウインドウから出し入れするものを選んでください」
なんだ、これって模様じゃなかったんだ……。ひょっとして私、冒険者に向いてなかったりする?スマホのアイコンの動かし方とかも、発見するまで半年くらいかかったからね。どうしようもない気もする。
言われた通り手をかざすと、私の前に水晶の時と同じような薄い板が出てきた。
名称:マジックリュック
登録者名:ネコべミケ
容量:28/30
内容:鉄鉱石×3,浜辺の宝箱(小)×5,魔道士のロッド,赤の魔水晶(小),リリース一ヶ月記念ガチャ十連無料チケット×3,金の鎖×2,樫の杖,蜂蜜×2,銅鉱石×5,捕獲ネット,絹のローブ,魔物の魂,上薬草×2,黒竜挑戦チケット,経験水(中)×3,月のアダマン(中)×23,黄の魔水晶(小),絹のローブ,木材(樫)×5,青の魔水晶(中),花の髪飾り,手斧,薬草×6,革の籠手,灼熱の洞窟探索チケット(初級)×3,妖精の糸×2,浜辺の宝箱(中),小麦×3
……。
うわーお。
だめだ、全然分かんない。一年前の私は、整理という言葉を知らなかったようだ。ちらほら初期の装備が見えるのもご愛嬌。ついでに絶対期間終わってるガチャチケとか処分方法どうすんだこれ。
混沌から目をそらしつつ、一番上にあった鉄鉱石を取り出して、机の上に置く。林檎くらいの大きさで、結構重い。個数別に取り出す方法が分からなかったので、三つ出した。
「ふむ……。出し入れが出来ているってことは、やっぱりお前のリュックだったわけだ。使い方はもう大丈夫か?」
ドノヴァンが、安心したような表情で聞いてくる。
「はい、大丈夫です」
戻し方知らんけどねひゃっはーって思ってたら、リリーが教えてくれた。危うく鉄鉱石を持ち運ぶ羽目になるところだった。危ない危ない。
その後、身分証を貰ったり、リュックの小さいポケット(お財布も兼ねていたらしい)を教えてもらったりして、
「よし、これで大丈夫そうですね。それじゃあ、良い冒険者人生を!」
あっさり解放された。