死出のパズル
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ねえねえ、こーちゃんは「虫のしらせ」がどんなようなものか、考えたことある?
いや、最近このあたりで火事があったじゃない? 建物は全焼だったけど、幸い死傷者はひとりも出なかったって。
これ、一歩間違ったら人死にが出ていても、おかしくない状況だったっしょ? ひょっとしたら、その家に住んでいた人に、何かしら予兆みたいなものがあって、かわせたんじゃないかなあ……って、ちょっと考えちゃったのさ。
僕たちだって、いつなんどき同じような目に遭うか分からないだろ? 知らぬ間にあの世へ行けるんだったらいいけど、中途半端なところで起きちゃって、苦しむのは勘弁願いたいなあ。
こと、死に関しては不思議な出来事も多い。僕の友達も奇妙な体験をしたことがあるらしくってね。その時の話を、聞いてみないかい?
友達の通う学校の七不思議に、「死出のパズル」というものがあった。
現実でも夢の中でも、あるとき突然、自分の前に女の子が現れて、パズルを解いてほしいとせがんでくるんだ。
ケースの中に入った、スライディングブロックパズル。絵柄になっているタイプで、それを完成させなくてはいけないらしい。
一度その子にターゲッティングされると、パズルを完成させるまで逃げることはできないらしい。先ほども話した通り、彼女は現実と夢の中のどちらでも現れる。ふとした拍子に気配もなく出現するものだから、逃げきれた人は皆無なのだとか。
そして、パズルのできいかんによっては、あの世へ連れていかれてしまうといわれているのだとか。
友達はそれを聞いて、ふんと鼻で笑う。
なにがあの世へ連れていかれてしまう、だ。つまり話を聞かせてくれた奴は、あの世へ行って、戻ってきたってことなのか? そんなのがあるわけないだろ。
よくある嘘っぱち怪談話だと、盛り上がっているクラスメートたちから離れて、さっさと帰り支度を始めた。今は帰りのホームルーム手前のすき間時間だ。
これからスイミングの習い事がある。まっすぐ帰って、そのまま家の近くを通るバスに乗り、スクールまで向かう予定だった。
そのスイミングの帰りのバスのことだった。
行きはなんでもなかったバスの行路で、渋滞が起こっている。ちまちまと進んだ先にちらりと見えたのは、交通整理をしている警察官の姿。近くに車が複数台止まっており、そのうちの二台が、それぞれガラスが割れたり、車体がへこんだりしているのが分かった。
友達がかなり目が良いから分かったことで、まだまだ車の列は続く。泳ぎの疲れも相まって、つい席に背中を預けてウトウトしかけたところで。
とんとんとん、とバスの床を踏む音が近づいてくる。
ここは停留所と停留所の間。客の乗り降りという線はない。友達が座ったのは、後方右のタイヤの上にある二人がけの席。乗ったときに、ちょうどそこしか空いていなくって確保したところだった。
足音が止まると、友達の隣の空きスペースに腰を下ろしてきた者がいる。友達よりいくつか年下で、ブラウスにサスペンダー付きの赤いスカートを身に着けている。
「ねえねえ、このパズル解いてもらえない?」
すっと差し出される、スライドパズルを見て、友達はぐっと息が詰まるのを感じた。偶然にしてはタイミングが良すぎている。
――確か、逃げたとしても、現実や夢の中でどこまでも追いかけてくるんだっけ? だったら、この場で。
友達はパズルを受け取る。乱雑にピースがはまっているが、パズルは比較的得意な友達。縁にくる柄を確認すると、一気にピースを動かして完成させる。
柄は正面からこちらを見つめる、ウサギの顔をしていた。輪郭は黒い線で構成されているけれど、両目は真っ赤っかなのが印象的だったらしい。
「わあ、早い早い。ありがとう!」
出来上がったパズルを渡すと、女の子はその場で飛び上がらんばかりに喜んでくれた。パズルを見て何度もうなずきつつ、席を立って前へ歩き出したのだけど、その去り際の言葉にちょっと胸がドキリとする。
「次も、あなたに頼むからね」
一回こっきりじゃないのか。
それから友達は、三日にあげず彼女と顔を合わせることになった。学校や習い事の帰りはもちろん、休みの日の外出先でも姿を見せる。しばらく日が空いたときには、本当に夢枕へ立つこともあったんだ。
厄介なことになったと、友達はあたかも急に興味を持ったフリをして、友達から情報を集めようとしたけど、有力なものは得られず。何度も少女がやってくるというケースは、どうも怪談話にないらしく、どう対処していいか分からなかったとか。
それでも友達はパズルを解き続け、彼女の期待に応え続ける。彼女が用意するパズルは、いずれも動物の顔のものが多かった。
ウサギ以外に、ネズミだったりウマだったり、サルだったり。回数を重ねるごとに細かい部分が付け足されるも、基本的な部分は同じだったとか。
そしてある日の帰り際。とうとう画板のような大きさのパズルを抱えながら、友達の帰り道、ひとりになるタイミングで彼女が声をかけてきた。
「これで最後だから」
諦め半分で受け取った友達の耳へ、ささやくように一言。思わず顔をあげるも、彼女はもう何もいわず、友達の手元をじっと見つめるだけ。
やるしかないかと、友達はパズルを見て、ざっと完成図のあたりをつける。
――こいつは、たぶんウシの奴だな。
以前も、もう少しミニチュア版を、橋の上で解かされたことがある。その日の学校の朝礼で、溺れてしまった子供について話がされた日のことだ。
少し時間がかかるも、友達は順調にピースを合わせていき、「これで最後」とばかりに大きなひと固まりを動かした。
ところが、はまったとたんにピースの絵柄が瞬く間に変わる。整ったウシの絵が、あっという間にバラバラに。しかも、違う柄へ変化していたんだ。
目を見張り、問い詰めようとまた顔をあげて、友達は「うっ」とうなった。
彼女と自分の周りには、人垣ができていたんだ。老若男女を問わず、気をつけの姿勢をしながら、その視線がパズル一点に注がれている。
「お願い。続きもやって」
中心に立つ彼女が促してくる。四方をぐるりと囲まれた友達は、逃げ出そうにも逃げ出せず、パズルに集中したんだ。
浮かんでくる柄。これはトラのものだ。
解いたのは数週間前。通り魔事件があって、被害者が刃物で刺されたことを先生から知らされた。
次に浮かんできたのは、ヒツジのもの。
10日ほど前。近所のマンションで飛び降りがあり、死者が出た時に解かされた記憶がある。
三つめはサルのものだ。
これはほんの数日前。あのスイミングのときのように、交通事故が学区のギリギリで起こったときに解いて……。
友達はパズルを解くたび、増してくる周囲の気配を感じていた。そして最後のイノシシが終わると、両手に抱えていた重圧はふっと消えたんだ。
パズルは跡形もなくなっていた。同時に、周囲を囲っていた人垣も、物音ひとつ立てることなく消え去っていたんだ。
呆然とする友達の耳に、彼女の声だけが響く。
「ありがと。これでここ最近、さまよっていた人が向こうに行けるよ」とね。