下弦の月
読んで戴けたら、嬉しいです。
二人は食卓に着いて、逢魏都はシチューを食べながらアシュラの話を聞いた。
アシュラは毛布にくるまって、逢魏都が淹れたカフェオレを飲みながら身の上を話した。
逢魏都が言った。
「じゃあ、ある日気が付いたら、自分が何処の誰か解らなくなって狼の姿で神社に転がってたの? 」
アシュラは頷いた。
「そうなんだ
考えてもみてよ、自分が誰かも解らなくて居場所も思い出せなくて、何処に行けばいいのか、何をしたらいいのか解らないんだよ
おまけに身体中毛むくじゃらだし
途方に暮れたよ」
「それでどうしたの? 」
「村を当ても無くふらついてたら、第一村人に発見されて、狼だーっ!狼が出たーっ!って鍬や鎌持って追い駆け回された
その内、追い駆けて来る人が増えて行って、村に居ちゃいけないんだって気が付いて山に逃げ込んだ」
「人間の姿になれば良かったのに」
「ちょっと待ってよ、それヤバくない?
いきなり人間になったら、この通りすっぽんぽんだよ
別な意味で警察に追い駆けられるよ」
逢魏都は笑い出した。
「そうだね」
「だいいち、好きな時に人間の姿になれる訳じゃ無いんだ
条件が合わないと人間になれない」
「条件? 」
「満月の光を浴びた時、ボク自身が人間になりたいって思ってないとね」
「満月.......
普通の狼男とは反対だね
マイケル・ジャクソンのスリラーの完全な逆バージョンだもんね」
アシュラは背筋を伸ばして叫んだ。
「スリラー!
懐かしーっ! 」
「あれ、スリラーは憶えてるんだ」
「うん、自分自身の情報以外の記憶は色々憶えてる」
「ふーん.......」
逢魏都は頬杖をついてアシュラを見詰めた。
「ボクが望んで人間の姿でいられるのは下弦の月の間だけなんだ
新月が来ると狼に戻っちゃう
上弦の月の間、つまり次の満月が来るまで嫌でも狼でいなきゃなんない」
逢魏都は目を丸くした。
「そんな不思議なルールがあるんだ」
「そうなんだよね」
アシュラは食卓に伏して、手の上に顎を載せた。
「実はさ、協力して欲しい事があるんだ」
アシュラは銀色の瞳を逢魏都に向けた。
「協力? 」
逢魏都は見詰め返した。
アシュラは視線をテーブルに泳がせた。
「ボクがどうして狼になったのか知りたい
そして今、ボクの家族はどうしているのかを知りたい」
逢魏都は背筋を伸ばして言った。
「それをワタシに調べろって? 」
アシュラは遠慮がちに逢魏都を見た。
「そう......」
アシュラはテーブルに伏したまま期待の籠った目で逢魏都を見詰めた。
逢魏都はオーバー過ぎるほど手を振った。
「無理無理無理無理無理無理! 」
アシュラは身体を起こした。
「どうしてさあ? 」
「ワタシ、こう見えてコミ障だから」
「コミ障? 」
「人とコミュニケーション取るのが、めちゃくちゃ苦手なの」
アシュラは怪訝な顔をした。
「今、ボクとちゃんとコミュニケーション取れてる様に見えるけど? 」
逢魏都の眉が下がった。
「それは、あなたが狼だからよう」
「人間だってば」
「それでも、さっきまでは狼だったでしょ
多分、ワタシの中であなたは人間て認識されてないの」
「なんかそれ、地味に不愉快」
「ごめん、でも事実
だから、あなたを気の毒だと同情はするけど、人に逢って情報聞き出すなんてワタシには絶対無理! 」
アシュラは逢魏都の顔を穴が空きそうなほど、じっと見詰めた。
「そんな顔しても無理なものは無理! 」
アシュラは大きなため息をつくと言った。
「解った、この話は保留
ボクも思い付きで言った訳じゃ無いから」
「ええー、絶対無理なのにい」
逢魏都は眉間に皺を寄せた。
読んで下さり有り難うございます。
このサブタイトルの下弦の月ですが、漫画家の矢沢あいさんの下弦の月ーラストクォーターーから戴きました。
初めて映画観た時から、この下弦の月と云う言葉が凄く胸に刺さって、いつか何かで使ってみたいと思っていて念願叶いました。
下弦の月、響きといい文字といい美しいなあとめちゃくちゃ魅せられてしまって......。
映画もステキだったんですよね、Hydeさん相変わらず大根だったけど。笑
映画は、何回観たか解らないくらい観ました。
下弦の月、言ってみるだけで胸がときめく言葉です。
アシュラと云う名前ですが、実は下書きの時まで漢字だったんです。
活字中毒の娘に見せたら、読んでいると逢魏都と判別つけずらいと云う事言われまして、ワタシ自身もちょっと気になってはいたんです。
それで、最終的にカタカナにしたらいいと云う結論になりました。