EX-1 生死の神とマグマと調合師と呪われし暗黒騎士
あの騒々しい一週間が終わり、エイミと正式に暮らし始めたある日の事でした。
「あの、どちら様ですか?」
玄関の扉を開けた先にはある黒色の鎧を着た騎士らしき人物が仁王立ちしていたのです。エイミと同じ禍々しいオーラを放って。
「どちら様もこちら様もない。俺はある人物を探している」
「ある人物?」
「そうだ。それを言えばこの異世界における秩序が崩壊してしまう。だが俺は少なからず憤りを覚えている。堪忍袋の緒が切れたといった所だ」
兜の中から鋭い目をちらつかせた。怖い。感覚的に私達に敵意が無いと自然に読み取れたのだが、彼は恨みに近いものを持っていた。
「もし、良ければ私達もお探しします。私達のできる範囲でですが」
「その必要は無い。何故なら俺の探している人物はこの世界の創造主だからだ」
「えぇっ!?」
「普通に探して見つかる訳がないだろう。俺が何と言おうとそれは姿を現さない。卑怯な存在だ」
彼は冷静さを保ちながらも、怒りのオーラを増幅させていた。
この人と関わるのは何か危険な気がするが、そこまで彼が怒るのには何か理由がある。恐る恐る尋ねた。
「その人に何かされたのですか?」
「当たり前だろう!?君達は何とか物語として纏まることができた!だが俺の世界は置いていかれたままだ!許せん!」
「ごめんなさい。言っている意味が分からなくて」
彼も目の前の少女を困惑させていると知ったのか、やがて心を落ち着けて答えた。
「失礼。私の住む異世界と君達の住む異世界というのは元々違う場所に存在している。だが、ここで巡り会うという事は何かしらの陰謀、もとい意図が無いと絶対に有り得ない」
「それってどういう.......?」
「単刀直入に言おう。今俺達がいる世界は一つに統合され、別の物語同士が混ざり合った状態になっているという事だ」
「そんな事、誰が.......?」
彼は更に目を鋭くさせて答えた。
「『物語を創り出す人』と言えば分かるだろう。俺もこれだけは口に出して言いたくはなかった。既に勘づかれているだろうがな」
「あっ!」
彼は面倒臭そうに尻をポリポリと掻いて、やがて兜の角度を調整しながら答えた。
「俺の名は暗黒騎士ヤイバ。かつて君達と同じ『創造主』によって作られた異形だ」
「ヤイバさん、ですか。でも何故その人を追っているんですか」
彼はやれやれとため息を吐きながら答えた。
「君達の物語はようやく完成した。ハクメ、エイミと共にしばらくの長い一週間を終えたのだろう」
「ええ。でもそれは物語ではなく私の人生──」
彼は間髪入れずに続けた。
「だが俺達の世界は永遠に未完のままなのだ!おかしいと思わないか!?間違いや失敗もありながら、何とか終盤まで俺達は辿り着いた!だがそこから何の進展も無い!」
「ヤイバさん、とりあえず落ち着いてください」
「これもあの『創造主』が悪いと俺は確信した!これから奴を斬りに行くしか、俺を鎮める方法はっ.......!」
杖らしきもので股間への強い打撃を受けた彼は悶絶しながら倒れた。彼の巨大の背後にはかつてのリンネ博士と似た白衣の子が見えた。
「騒がしちゃってごめんね。ウチのアホ騎士が」
「いえ、こちらこそ何か.......すみません」
「アホ騎士とは何だ!?さてはお前.......!」
彼女はヤイバの話を完全に無視し続けながら続けた。
「私はキサキ。魔法調合師をやってるヤイバの仲間。安心して、彼よりは人間らしく生きてるから」
「初めまして。ハクメと申します」
「キサキてめぇ!俺より強いからっていい気になりやがって!一応俺は元魔王軍の.......」
「魔王が何とか言ってますけど」
「このヘッポコ騎士は気にしなくていいから。大丈夫」
彼女はそう言って、一つの紙を私に見せた。活版印刷で、古ぼけていて私達の時代より遅れたものだった。
「私達が住む世界ではこの現象を"クロスオーバー"って言うらしいの。何でも、色々な世界線をごった煮させて、面白味を作ろうとする悪趣味な考え方ね」
「魔法調合師で色々な劇物混ぜてる奴が偉そうな口を叩くな」
「アンタは黙ってなさい」
「それで、そのくろすおーばー?を戻すにはどうすればいいんですか?」
キサキは少し不機嫌そうな顔をして答えた。
「私達のこの世界も、あなた達の世界も普通の世界とは何かしら違う特性をもっているみたいだから。私の攻撃術もその応用みたいなものだけれど。そこがポイント」
「そうなんですか」
「クロスオーバーを元に戻すには異世界特有の戻し方ってものがあると私は考えていて。何か知っている事とか無いかしら」
「効果の保証はないですけど、一つだけなら」
「本当?」
私は不安そうに彼らに提案した。
「こっちの世界では『異世界草』というものがあって、元に戻す機能が備わった草があるんです」
「そう。あなたに頼って正解だったかもね。その草を調合すれば、元の分離した世界に戻れるかもしれない」
キサキは目を輝かせながら私の手を握った。もしかしてこれ、私が協力する展開になってませんか。
余程キサキが嫌いなのか、ヤイバも声を荒らげた。
「この調合オタクが!素材も無いお前一人では何もできないだろう」
「次言ったら消し炭にするわよ。ヤイバ」
「とにかく、その異世界草が必要なら私も協力します!ですが.......」
「ですが?」
「あ、生憎収穫時期も過ぎてまして.......貯蔵分もこれだけしか」
私が取り出したのは3本の『元戻草』。これだけでは流石に世界を戻すにはパワー不足だ。
「朝から何の騒ぎですか?ハクメさん」
「エイミちゃん!珍しい来客さんだからまだ寝てていいよ!」
「あー、そういう事なら今日は休ませてもらうです」
階段を降りてきたエイミを追い返し、笑顔で繕った。他の物語(?)の住人を死なせてしまえばそれこそ一大事だろう。
「それだけの量なら探しに行くしかないわね。彼女は?」
「いやー、その.......ヤイバさんは知ってると思うけど」
「承知だ。言って困るものなら、秘密は厳守しよう。あくまで今回は『創造主』の陰謀を断ち切るのが先だ」
彼は大剣を腰に構え、喝を入れるつもりなのか、重厚に作られた鎧を力いっぱい叩いた。その強大そうな力をもってしてもその鎧は凹むことすらない。
「ヤイバさん、あれ.......」
「ええ。彼のあの鎧は外せない呪いがかかっている。私もその類の呪いを受けた一人よ。お陰で彼の入った後のお風呂は錆臭くて嫌になるけど」
「何か言ったか?キサキ」
「何も」
意気込んだ彼の後ろについて私達は外に出た。確かに少しだけ外の景色は違って見える。
山の向こうに赤黒い雲が渦巻き、何もないはずの広大な敷地の外には栄えてそうな街が出現していた。
「探すと言えども、一体どうやって探すのよ」
「ハクメ.......と言ったな。何かその異世界草に対する情報は無いのか」
「いえ、私自身もあの種は自然に原生している所を見た事が無くて.......。栽培ならできますけど少なくとも半年はかかります」
「話は聞かせてもらったよ!」
突然、ヤイバの後ろの地面から人型の熱い何かが隆起し、彼の鎧を殴った。彼は受身を取る暇もなく、前面から倒れる。
「ぐっ.......!何かが鎧の中に染み込んで.......!溶けてくる!」
「何!?」
「ハクメ、どうやらあの子よ」
私達の目線の先、そこには体中が高温で熱せられたように赤く濁った肌色をした何かがいた。確かに人型ではあるが、本当に人間かと言われるとそれもまた違うといった感じだ。
「あなた、何者?」
「私?別に答えてもいいけど」
「さっさと答えなさい。その身体、凍るかもしれないわよ」
咄嗟にキサキは調合準備を始めている。恐らく彼女らは戦いに慣れているのだ。しかし、私はそういった能力を持ち合わせていない。
「怖いなぁ。別に私、あなた達と争いに来たつもりじゃないんだけど」
「なら試してみる?彼を攻撃した時点で私はあなたを敵認定してるわよ」
「2人とも落ち着いてください!恐らくこの子もクロスオーバーの影響で.......」
その熱を持った人型はゆらゆらと身体を揺らしながら笑った。それは段々と温度を下げていき、輪郭が見える状態になった。
「クロスオーバーね。もし私が『どの世界にも生まれていない存在』だとしたら?」
「何よそれ」
「面白いから名乗ってあげる。私は岩崎 愛琉富。気軽にメルトちゃんって呼んでくれたらいいよ」
「あなた、まだ生まれていないって.......?」
心底軽くて楽な表情を見せながら彼女は空中に浮いた。
「まぁね。まだ何も決まっていないみたいだし。ほら、質量を持っているのに身体は自在に浮いちゃうんだよね~」
「アンタの目的は何よ」
キサキの質問に彼女は頭を悩ませた。
「わかんない」
「わかんないってアンタ.......」
「でも折角生まれたなら楽しい事したいじゃん。私が私として成立するのに時間が必要なら意地悪して楽しんじゃってもいいかなって」
「それは駄目だよ」
私は自然と彼女を咎めていた。この気持ち、何故か味わった事がある。
「どうして?」
「あなたがまだ生まれてないのなら、彼らの事を応援してあげてほしいな。そうしたらきっとあなたの番も素敵な姿で生まれてくるはず」
「既に完成しきったお前に何がわかる?」
彼女は不貞腐れて地面に落ちた。落ちた先の草はじゅんじゅんと焼け、溶けたマグマで覆われた。
「私だって、最初の頃は未完成だったから。あなたのその気持ちもわかる気がする」
彼女の顔色が一瞬で変わった。何かの小動物を見るような目で私を見下しながら八重歯を見せた。
「本当に面白い子だね」
彼女は欠伸をして、熱がっていたヤイバに付いたマグマを取り除いて答えた。
「いいよ。気に入っちゃった。今だから私も存在できるけど、いざ別の世界で生まれるとすれば、違う姿で生まれるかもしれない」
「うん」
「クロスオーバーを止めるにはこの草が必要なんでしょ?持って行け」
彼女が指差した先には私達の探し求めていた『元戻草』が積み上げられていた。キサキの言う調合技術があれば、クロスオーバーを食い止められるかもしれない。
「私の身体じゃ持った途端に溶けちゃうから。好きに使っていいよ」
「でも、どうして?」
「どうしてって何がさ」
「あなたも協力してくれる理由が知りたくて」
彼女も、エイミと同様に単純な子だった。
「面白ければ何だっていいじゃん。同じ創造主の元で生まれたなら助け合った方が君達の活躍が見れて面白い」
「そっか、メルトちゃん。ありがとね」
お礼を言った直後、何処かで爆発音がした。世界の再構成が起こり段々と暗雲が立ち込めていた。
「時間が無いみたいね。さっさとあれ使って調合を開始するわよ」
「分かりました!キサキさん!」
時空が歪み、私達の進む道が次々とねじ曲がる。このままでは目標まで辿り着く事ができない。
「どうしよう.......!エイミちゃんも無事か分かんないし」
「おいキサキ!アレ使えねぇのかアレ!」
「アレって何よ」
「召喚石だよ!お前密かに集めてただろうが」
「アンタは簡単に言えるけど私のお小遣いから集めた高価な代物よ、こんな所で使うなら死んだ方がマシ」
「んだとぉ!?」
「こんな時に喧嘩しないでください!急がないと!」
私の掛け声で2人は目を覚ましたのか、すぐさま身を固めながら走り続けた。
しかし既に地面は削れ、大地は轟き、何処にも行ける道がない程に追い込まれていた。
「有り得ない、このままだと一生『狭間の中』ね」
「私またこんな所で.......!エイミちゃん!」
「背に腹はかえられないだろ!さっさと召喚石使え!」
キサキも決心したのか、涙を飲んでその石を高くかがけ、詠唱し始めた。
「高等術式調合・召喚の儀!」
「キサキさん!早く!」
私達は既に立っているのがやっとの状況まで追い込まれた。一寸先は狭間、つまり私達の死を意味していた。
「呼び出す!暗黒騎士と共に歩んだ一筋の光、希望の精霊!サヤ!」
石は砕け、導かれる様にエルフ耳の女の子が飛び出した。キサキは余程大切なものを失ったと嘆いているのか、頭を抱えた。
「急に呼び出されたのはいいけど.......何ここ!?」
「サヤ!お前テレポート呪文使えるよな!?俺達のイメージを使ってそこに飛べ!」
「いきなり言われてもできる訳ないでしょ!?これだからこの騎士さんは.......!」
「早くやってくださいお願いします!」
私達は必死だった。ここまで世界に侵食が進めば、テレポート先の調合時間も限られる。猶予が無い。
「分かったから!やるだけやります!テレポート!」
瞬間移動した先、見事『元戻草』のある場所まで辿り着いた。後はキサキが調合を成功させるのみである。
「頼むぞキサキ!世界の命運はお前にかかっている!」
「一々うるさい!言われなくてもやってるでしょうが!」
愚痴をこぼしながらも遂にそれは成功した。草は七色の輝きを見せ、私達を、この世界を包んだ。
「そろそろ、お別れみたいね」
「上手くいったのですか?」
「見ればわかるでしょ。私としては完成度7割と言ったところかしら」
私はサヤの方に走った。
「ありがとうございました。あなたは?」
「私は暗黒騎士と一番最初に出会ったエルフ族の妖精。もっとも、一番振り回されてるのも私だけど」
「フン。余計なお世話だ」
段々と別の世界から来た彼らは消えかかっていた。もっと話してみたい。別の世界線で生きていた彼らと。
「皆さんがいなかったら、私」
「大袈裟よ。アナタ、リンネ博士という科学者を知ってるみたいね。結構有名よ」
「知ってます!エイミから聞いた話で良ければ」
「今度会えた時は教えて。あの人はこっちでも伝説的存在だから」
キサキはフッと消えた。恐らく元の世界に帰ったのだろう。
「あなたも大変ね。ウチの暗黒騎士も大概な運命を背負ってるけど、それもまた何かの運命なのかもね。お元気で」
「ありがとうございます」
サヤも同様に光の中へ姿を消した。段々と元の景色が感覚として戻っていく。
「ハクメ、だったな」
「そうです」
「俺の仲間は大体あんな感じでヘンテコな奴ばかりだ。もう一人ラクモと言う蒸気ゴーレムまでいる。揃いも揃って」
鎧が取れない暗黒騎士であるあなたが一番ヘンテコだと心の中で思ったが、口にはしなかった。
「もし、俺の探していた男に出会ったなら言ってやってくれ。さっさと俺らの世界を完結させろとな」
「善処します」
「一言忘れていた。『あのマグマ女の世界を創り出してから』だ」
そう言って彼も姿を消した。何故彼がその発言をしたのかは分からない。だが、いつも通りの景色が戻り、私は安堵していた。
「ハクメさん、一体何があったですか!?」
上から階段を転げ落ちてきたエイミが口にした。
「ごめん。私にも分からないや。でも、凄く面白かった」
「何が面白かったですか!?教えてくださいです!」
「内緒」
彼女はえー、とがっかりした表情を見せた。今日この日に巡り会った彼らは今も真の終わりを望んでいるのだ。誰かの手の平の上で──。
「どうしたですか?ハクメさん」
「何でもない。今日も頑張って働きましょうか」
「ですです!その言葉を待ってたです!」
私達は玄関を後にした。何かの終わりは何かの始まりを示している、そう信じて今日も生き続けると決めた。