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即死属性持ちの同い年を拾った話  作者: スタイリッシュ土下座
7/10

全力少女

 エイミと過ごす一週間も遂に最終日になった今日。私も風邪から回復し、彼女を揺さぶり起こそうとした。


「もう、お寝坊さんなんだから」


 この子が家に来てから少しずつ何かが変わっていくような気がした。その変化は儚くもあるが、一番私が必要としているものだった。


「ハクメさん。おはようです」


「おはよう。今日も一日頑張ろうね」


 優しく語りかけ、ゆっくりと階段を下りた。既に普段着には着替えているので都合が良かった。

 いつも通りのルーティンを辿り、食卓に着いた時だった。


「私、この家にいてもいいです?」


 一番気になっていたであろう彼女の一声が聞こえた。何の迷いも無く私は答えた。


「当たり前だよ。むしろ私の方が貴女を迎えたいぐらいだし」


「どうしてです?私、何から何まで殺してしまうかもしれないですよ?いずれ──」


 くよくよとした態度を見せる彼女の側に近寄り、そっと答えた。


「私がここまで生きてこれたのはエイミちゃんの手助けがあったから」


「でも」


 彼女を優しく抱擁して続けた。


「エイミちゃんの呪いで死ぬなら私は本望だよ。大丈夫。私には生神様が憑いてるから」


「じゃあ、このままずっとハクメさんの側にいていいですか.......?」


「うん。約束」


 私達は顔を真っ赤にしながら確かめ合う。それはお互いに傷の舐め合いをする様な関係では無く傷を労り癒し合うような関係になっていった。


「ご飯食べ終わったら農場の方に来てね。待ってるから」


「分かりましたです」


 急に恥ずかしさが収まらなくなったのか、私は言い訳だけを残し家を出た。

 17にもなって甘酸っぱい経験を味わうのは遅過ぎると本に書いてあるのを思い出す。


「いけない、集中」


 私が異世界草の収穫を続けていたその時だった。突然数人の警官達に囲まれ、行く手を阻まれた。


「あの.......何の御用ですか」


「お前がハクメか。大量殺人犯を匿ったと聞いている。署まで同行願おう!」


「そんな」


 私は力一杯警官達を振り払うのに必死だった。誤解だ。彼女自身も好き好んで殺した訳ではない。


「無駄な抵抗はやめないか。既に証拠は沢山残っている」


「エイミちゃんが.......エイミが何をしたって言うんですか!?彼女はそんな事する子じゃない!」


「実際に人が殺害されているんだ。これを事件と呼ばずして何と呼ぶべきか」


「──っ!」


 彼は狡猾に身体をくねらせ高笑いした。まるで捜査で人を捕まえる事を楽しむかの様だった。私は力負けし、地面に叩き伏せられた。


「やめて!離して!」


「悪いなぁ、嬢ちゃん。少し話を聞くだけだ。知ってる事全て、洗いざらいな」


「もうやめるです!!」


 警官隊の背後から大声が響いた。視線の先には怒りを顕にする少女の姿がいた。空気にピリピリとした殺意が渦巻き、狂犬の様に歯を食いしばっている。

 私は彼女がここまで怒っている状態を見た事が無かった。


「やめて!エイミちゃん!」


「面白い。試しに俺を殺してみるといい」


 彼女の顔が怒りから驚きに変わった。この男はあまりにも命知らずで、奇妙だ。


「その代わり、俺を殺したと世間に知れ渡ればどうなる?お前は一生お尋ね者として生活する事になる。法からは逃れられないのだよ、法からは!」


 彼女の息が段々と荒くなる。動物の威嚇のようにフーッと荒らげながら、鋭い目付きで彼を見つめた。


「自己紹介がまだだったな。俺はエンゼ。この地区の警官隊長を務めている。もっとも、俺に目付けられて逃げられた奴なんて早々いないがな」


「最低」


 私の中でも敵対心が抑えられなくなっていた。しかし、エイミが仕事したお陰で私を取り囲んだ警官隊も恐れおののき、自然と拘束が緩くなっている。

 今しかない。私は力を振り絞って懐から切り札を放った。


「『煙幕草』!」


 辺り一面が雲り激臭を放った。これだけじゃ足りないと思い、拘束を逃れた後何発も、その場に撃ち込む。

 やがて煙の中からエイミを探し当てると急いで家の中へ逃げ込むのだった。


「クソっ.......煙幕!しかも劇物じゃないか!あの女共、絶対とっ捕まえてやる!」


 煙が晴れ、エンゼは警官隊と共に、後を追うのだった。


「はぁ.......はぁ.......」


 何とか逃げ切る事ができた私達は煙幕草の副作用に苦しんでいた。不幸中の幸いなのか、丁度収穫時期を迎えていた為、ある程度の耐性はある。

 それでも全身に痺れが回っていた。身体が思う様に動かず玄関で倒れ込んだ。


「ハクメさん。あれ、何です?」


 答えたくは無かったが、今更彼女に伝えないのはお互いの今後に関わる。恐る恐る口を開けた。


「貴女を確保しようと狙っている。エイミちゃんは何も悪くない」


「でも、どうするです!このままだと何の関係もないハクメさんも」


「それは違う。私だってエイミちゃんに関係する一人だから。大丈夫」


 私はふらふらと立ち上がり、玄関の扉を閉めた。頭痛と目眩でおかしくなってしまいそうだ。


「もう無理しちゃ駄目です!お願いですから生きてくださいです!」


 震え声で私は彼女に答えた。涙を堪えるのに必死になりながら、自分の気持ちを語った。


「ごめんね。でも私はこの人生で初めて命を賭けてでも守りたいものができたから。あなたをこれ以上独りぼっちにさせたくないから」


「私もハクメさんが死んだら嫌です!」


 既に覚悟はできていた。貧弱で、哀れで、のろまで、要領が悪くて、ドジで、ヘタレな私が初めて心に火を灯した瞬間だった。

 勇気というものを今まで備えて無かった私の身体はガタガタと震えていた。


「待っててね。必ず助ける」


「ハクメさん!!」


 私は部屋の至る所に『爆裂草』を撒いた。それだけでは足りないと思い、窓からもそれを沢山地面に落とした。


「何をしてるです!」


「私もこんな事はしたくなかった。けど、あなたと一緒にいられるならそれでいい」


「馬鹿言っちゃ駄目です!」


 彼女も立ち上がり私の胸ぐらを掴んだ。美形な彼女の顔もかつてない程に皺が寄っていた。


「私を信じて」


「そんな.......ハクメさん.......!」


「何もできないなら、何もできないなりに勝てる秘策が一つだけある。私もそれを信じてみたい」


 エイミの顔が少しだけ戻った。まだ私は諦めたつもりではないと知ったのか、彼女自身にも何かが灯った。


「ハクメさん。手伝うです」


「よろしく」


「絶対に二人で、生きて戻ってくるですよ」


「もちろん!」


 部屋の至る所、それも部屋に限らず周辺全てに爆裂草を撒いた。風も味方して至る所にそれは設置された。


「来たぞ!貴様らを連行する!」


 鍵をかけた玄関の扉を蹴り破り、その男は入ってきた。既に準備は整った。できる限りの事は全てやったつもりだ。


「警官さん。私達はあなたに捕まるつもりはない」


「ふざけた真似を!お前ら!二人を捕縛しろ!」


 男は自分の部下を向かわせるもののその動きは一瞬で止まった。むしろその場から立ち引く者もいた。


「貴様.......正気か?」


 私は既に爆裂草と火の点いたマッチを手に持った。彼らが私達を捕まえようと試みた瞬間、この一帯の全ての爆裂草が誘爆し、大爆発を引き起こすだろう。

 この家に貯蔵していた全ての爆裂草を使った、最後の賭けだ。


「躊躇う必要ないでしょ.......?あなた達、本当に警官?」


「お前達、何をしている!ヤツらが自爆する前に身柄を確保するんだ!」


 しかし、彼らはザワザワと落ち着かないままであった。私は本気の目付きで彼らを睨んだ。窮鼠猫を噛む。ここからは耐久勝負だった。


「埒が明かん!こうなれば私の手で仕留める!」


「ハクメさん!!」


 エンゼ警官は痺れを切らしたのか、すぐさま拳銃を取り出し、私に向かって発砲した。血の滴る音が私の胸から聞こえた。


「嘘.......!?」


 全身から力が抜け、その場に崩れ落ちた。頼みの綱であるマッチの火も消えかける。


「ハクメさん!死んじゃダメです!」


 これ以上ない程の脱力感に見舞われ、私はゆっくりと天井を見上げた。彼女の顔から大粒の涙が流れていて、私の首筋につうと流れた。


「嫌です!しっかりするです!ハクメさんがいなくなったら私はどうすればいいですか!?」


 彼女は本当に死神だったのか。いや、全くそんなことは無い。むしろ天使に近しい存在だった。

 彼女の声も段々と遠くなる。嗚呼、本当に残酷な人生だった。大切な人も守れず、私はこんな所で死んでしまうのか。虚しさが込み上げていた。


「エイ.......ミ.......ちゃ.......ん」


「ハクメさん!ハクメさん!」


「今.......まで.......ありがと.......ね」


「嫌!ハクメさん!」


 彼女はこれ以上無い大声で叫んだ。凄く胸が痛い。物理的なものはもう感じなくなっていたが、それ以上に心が砕けてしまいそうだった。

 思い返してみよう。彼女と初めて出会った日の事を。


 気付けば私はふかふかのベッドの上で寝ていた。目覚ましが煩く鳴って、それを無意識の内に天面のボタンを押して静めた。

 このままゆっくり二度寝しよう──。そう思った矢先だった。


「待って」


 私は勢い良く身体を起こした。明らかに変だ。私の住む家は藁のベッドでここまで質の良い寝床ではない。

 目覚まし時計なんてものはあの場所に無いし、存在自体知らなかったはずだ。家も見たことがない程に精密に設計されており、清潔に掃除が行き届いている。


「おかしい」


 私は急いで段差が整った階段を下り、リビングの方へ向かった。両親と私と近しい年代の女の子がいる。


「おはよう。もうご飯できてるからね」


「遅かったじゃないか。起こしてやっても良かったけどな」


 目を疑った。幼い頃に亡くしたはずの父と母がいる。顔つきも性格も似ているが、何処か違和感を覚えてしまう。


「おはよー。姉貴」


「お、おはよう.......ってエイミちゃん!?」


 驚いた。彼女はもくもくと、朝食を口にしている。あの時のように元気一杯な訳ではなく物静かで冷静だ。あの時の居候は全く正反対の様な存在になっていた。


「何さ。今日の姉貴変だぞ?」


「で、で、でも、エイミちゃんは死神を背負って生きてて、頑張り屋さんで.......」


 彼女はキョトンとした顔をしていた。終始何言ってんだこいつと言った対応で。


「頭でも打ったか姉貴。私は永美えいみで、姉貴は白芽はくめ。須藤家の姉妹として何もおかしい事はないじゃんか」


「えぇ!?」


 本では読んだ事はあるがここまで顕著なのは初めてだ。別次元の世界。言わばパラレルワールドといった所だろうか。


「分かったならさっさと食べろよ姉貴。今日から高校生活始まるんだから。だりぃけど」


「本当にエイミちゃんなんだよね!?」


「イントネーションがおかしい。正しくは永美だ。後ちゃん付けはやめろ。鬱陶しい」


 あの時と姿形は全く同じだ。でも何かが違う。エイミはこんな子じゃない。私の知っている彼女は──。


「それに制服もアイロンかけ終わったから着替えろよ。パジャマのままだと恥ずかし.......」


「馬鹿!あなたはエイミちゃんなんかじゃない!」


 私は彼女を振り払い、そのままの格好で外へ繰り出した。慌てて彼女の方も私を追う。


「何がおかしかった姉貴!言えよ!」


「全部!全部違うから!何もかも.......」


 私が玄関先を出て車道に向かった瞬間、大型のトラックが突っ込んできた。逃げられる余裕はない。


「白芽!危ない!」


 私を庇い、彼女も犠牲に──。


 目が覚めた。どうやら私は走馬灯を見ていたらしい。エイミちゃんの必死の呼び掛けで奇跡的に息を吹き返した。


「ハクメさん!?息が、息が戻ってきたです!」


「そっか.......私、戻って.......これたんだ」


 私の中で全ての記憶が揃った。私達は同じ瞬間に死んで、同じ瞬間に生まれ変わった。一時期エイミが言っていた通り、これは運命に違いなかった。


「『元気出草』で応急手当したです!死んじゃ駄目です!絶対、死んじゃ駄目ですからね!」


「うん.......。これが.......守って.......くれたみたい」


 私は懐から血で覆われボロボロに朽ち果てた異世界草を差し出した。爆裂草を撒いていた時、もしもの時に備えて胸元に備えていた『護身草』。

 衝撃に強い特性を持つその異世界草が弾丸の威力を吸収し、致命傷を回避したのだ。撃ち込まれた弾丸もその草が包み込んでいた。


「良かったです.......!もう二度と会えないかと思ってたです」


「下らない茶番は終いだ!既に脅威を無効化した我らに敵は無い!」


 警官隊が次々と私達を取り囲む中、私は血反吐を吐きながら、彼女に告げた。


「燃や.......して」


「燃やすって、まさか!?」


「『爆裂草』.......!大丈夫だから。私達、二人揃えば.......きっと.......!」


「そんな事できる訳.......!」


 エイミの長い髪をゆっくりと押さえながら、彼女に向かって微笑んだ。


「私を.......私の神様を.......信じて」


 目を瞑り身体を私に押し当てると、彼女はこくりと小さく頷く。


「分かったです。ハクメさんが言うなら」


「手を出せ!抵抗しなければお前らの命だけは保証する!」


 強気になった警官隊に向け、彼女はドス黒い殺気を放った。誰も彼女に近寄る事などできない。部屋の中に強力な瘴気が充満する。


「私達を止められるものなら、止めてみろです!」


 彼女は新しくマッチに火をつけ、爆裂草にかざした。次から次へと別の草に燃え広がり、やがて大きな爆発が包み込んだ。家はガラガラと崩れ、辺り一面は焼け野原と化した。

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