明日もしあなたが壊れても
ウジョウという男がやって来た後、私達は疲れ果て床に就いた。彼が言うには私に生神が取り憑いているらしい。心配ではあるが、エイミの方にも何か悪い事が起こらないかと思うと寝付けなかった。
「ハクメさん、寝られないですか」
「うん。こんなに疲れてるのに不思議だね」
私はえへへと必死に愛想笑いをして誤魔化そうとした。彼女にこれ以上負担を掛けたくない。私なりの気遣いだった。
「無理しなくていいです」
「無理してないよ」
「私にはわかるです。ハクメさんはいつも自分一人で背負おうとして生きてるです。もっと私を頼ってほしいです」
「でも.......」
少しずつ私の中の不安が大きくなっていった。いつもは破天荒な彼女の優しさが今は胸に響いて痛かった。
「私ね、自分の事なんか全く考えた事無いんだ。一人寂しく朝起きて、一人寂しく本を読んで、一人寂しくご飯食べて、一人寂しく夜寝る。そんな生活が続くと思っていたから」
暗い部屋の中で彼女のうんうんと頷く振動だけがこちらに伝わってきた。やがて彼女も応えてくれた。
「私も独りぼっちだったですけど、それでもハクメさんと出会えたです。今はその幸せを噛みしめて生きていくです」
「そうだね」
私は彼女に励まされ、心の底から安心して眠りについた。エイミと出会えたこの一週間を無駄にしない。それだけを願う事にした。
次の日の朝、目が覚めたら全身の節々に痛みを感じた。エイミはまだ眠っていて、いつもの様に朝支度を済ませるつもりだったのだが──。
「おはようです。ハクメさ.......!?」
ちらと彼女が覗いた視線の先の私はベッドから転がり落ちていた。身体中に熱が込もり、意識が朦朧とした。
「どうしたですか!?大丈夫ですか!?」
薄目を開けるとエイミちゃんがあたふたと動揺する様子を見つけた。彼女は恐らく病人の世話をした事がないのだ。
「エイ.......ミ.......ちゃん」
「ハクメさん!しっかりするです」
「お水.......」
「分かったです!すぐ持ってくるです!」
真っ青な顔をして彼女は私を寝床に戻し、水を汲みに行った。連日無理し過ぎたのが祟ったのか、それともエイミの呪いの症状なのか、今の私には考える余裕も無かった。
「ハクメさん!しっかりするです!」
「あり.......がとう」
時間が経過するにつれ、段々と体内の熱が上がっていくのを感じた。それに釣られてエイミもしどろもどろで私の看病を続けている。
「どうするですか、どうするですか!きっと私がここに来たから駄目だったですか!?」
彼女も不安そうに私を見つめていた。咳も出始めるが、私も力を振り絞って彼女をゆっくりと落ち着けた。
「大丈夫.......だよ」
「大丈夫じゃないです!こんなに熱が出てるのに」
「エイミちゃんの.......せいじゃ.......ない」
そう言って私は意識を失った。そう実感したのには訳がある。エイミの呪いには吐血症状が確実に見られたのだ。それが今の私には無い。理由はそれだけで十分だ。
「ハクメさ──」
薄れゆく意識の中で彼女をずっと目で追っていた。きっとエイミなら助けてくれる。そう信じてやまなかった。
次に目が覚めた時、私の熱は大分引いていた。彼女によると症状が出始めたのが5日目の朝で、既に6日目の朝を迎えているとの事だった。丸々一日寝ていた事になる。
「ハクメさん.......!生きてて良かったです!」
そう言って彼女は私をぎゅうと力強く抱きしめた。彼女としては私が生きてたのが余程嬉しかったのだろう。
「そんなに近付いたら病気が感染っちゃうから!病み上がりだし!」
「大丈夫です!ハクメさんの病気なら何でも受け入れちゃうです!」
「やっぱり貴女ひっつき虫でしょ!いいから離れて!」
女同士2人抱き合うのはさながらバカップルの様であった。彼女は彼女なりに必死になって私を治そうと努力したのだろう。彼女の事を見直した。
「ありがとね、看病してくれて」
「お互い様です」
彼女はニコッと笑った。その笑顔を見て、初めて私も安堵していた。
「それにしてもどうしてこんなに治るのが早かったの?エイミちゃん何かした?」
彼女はその質問を待っていたとばかりに答えた。
「ふっふっふ.......ハクメさんには内緒でこれ使っちゃったです」
「それって、『元気出草』!勝手に使っちゃ駄目って教えたでしょ!?」
「でも、ハクメさん辛そうだったです。煎じて飲ませればきっと治ると思ったです」
「エイミちゃん.......」
彼女なりに考えて使った結果だった。何より、その異世界草の効能のおかげで復活できたのかもしれない。今回ばかりは許してあげる事にした。
「これが使えなかったらきっと、なけなしのお金で街中へ風邪薬買いに行くしかなかったです」
「それだけは本当にやめて!貴女の場合洒落にならないから!」
彼女のちょっとした冗談に背筋がゾッとした。とにかくエイミの方も元気そうではあったので良しとする。
「ハクメさんが元気になって良かったです。きっと生神様の御加護ですよ」
私は自身の胸を手で抑えてふぅと息を吐いた。実感はまだ何もないが、きっと背後には何か救いの精霊がいるのだろう。
「そうかもね」
「さてと、ハクメさんが調子を取り戻した所で私は作物のお世話してくるです!」
「エイミちゃん!私も元気になったら行くよ」
「ハクメさんは病み上がりですから、ゆっくり休んでくださいです。この農場なら誰も人は来ないです」
確かに今の私は重労働をできる程の体力は無く、エイミ自身も農作業には慣れてきた具合だ。少し考えてから答えた。
「分かった。でも動物には極力距離を取ってね。死んじゃうかもだから」
「当たり前です!行ってくるです」
彼女は元気良く階段を下りた。昨日までずっと私を看病していたはずなのに、活気が溢れているのは心強かった。
「神様。やっと私に大切な人ができました」
陽の柔らかい光が差し込む部屋の隅で横たわりながらぼそっと呟いた。しかし、この時の私達は知らなかった。その神様が私達に最後の試練を用意していたという事を。
「見つけました。エンゼ警官隊長」
「ご苦労」
彼は速やかに下っ端警官から双眼鏡を奪い、焦点を当てた。数m離れた先には例の死神女を写している。
「とうとうここまで追い詰めた。我々はあの脅威をひっ捕らえてこの世から消さなければならない!」
彼は双眼鏡を投げ捨て不敵に笑った。そして数名の警官隊を控え、ゆっくりと彼女らの方へ歩を進めるのだった。