ラブ・コールは突然に
太陽が段々と照ってきて、カーテン越しに私達を照らした。私の横にいるのはエイミという女の子。孤児院からはるばるこの農場までやってきて、住み込みに来たのだ。しかし、わざわざこの古ぼけたこの田舎まで来るのには当然訳がある。
「うへへ.......クロワッサン」
彼女はヨダレを垂らしながら寝言をボソッと呟いた。おそらく食べ物関連の夢を見ているのだろう。呑気だが幸せそうだった。私がカーテンを勢いよく開けると彼女も目をしぱしぱとさせた。
「もう朝だよ、起きないと」
「あー。そうだったです」
「居候して貰うからには働かないとね。最初の内は慣れないと思うけど」
「そうでした!がんばるです!」
彼女は藁製のベットからふわっと立ち上がり、鼻歌を奏でながら着替え始めた。同年代といえど、私よりも元気がありそうで微笑ましかった。
「働くのも大事だけど、まずは朝ご飯だね。やる気があってよろしい」
「ありがとです!」
丁度着替えも終わった頃で、彼女は二階の寝室から出て階段へ向かった。まさかこの娘が死神属性を持っているとは到底思えない。おちおち考えていられないので、急いでエイミを追い、朝ご飯の支度をした。
「ちょっと待っててね。すぐできるから」
「はいです!」
私はパンを焼き、ちょっとした野菜をサラダへと仕立てた。新鮮で彩り豊かなこの食べ物達も今は少しくすんで見えた。別にエイミの死神属性を気にしている訳ではないのだが、ちょっとだけ心配だった。
「ハクメさん」
「どうしました?エイミちゃん」
「この種ってなんです?」
「あぁ、それね」
私は作業を一旦止めて、彼女のいるリビングへ向かった。彼女に託す仕事の内にも入る事柄でもあった為だ。
「それはね、異世界草っていう特殊植物の仲間。私達が食べる小麦と違って、爆発したり、元気が出たりする魔法の草なの」
「それって本当に使って大丈夫ですか?栽培したら駄目な草じゃ」
「大丈夫大丈夫。用法用量を守れば健全だから」
彼女は疑っていたが、この家の本によると盛んに栽培されているものと記述されている。使い方や栽培方法も多様だ。
「そろそろ出来上がるから、食卓の準備をしておいてくれる?」
「はいです!」
彼女はテキパキと卓上を仕上げていった。テーブルクロスを引き、バターナイフやフォーク、コップが並べられた。
「じゃあ頂きましょうか」
「ごちになりますです!」
彼女は食べるスピードも早い。パンもバターを塗らずに口いっぱいに頬張って完食した。
「あの、もう少しゆっくり食べてもいいからね?」
「早過ぎましたです?これもクセみたいなものなのでしょうがないです」
片付けもテキパキと済ませ、彼女は駆けるように外へ飛び出していった。どこにそんなパワーが満ち溢れているのか謎だったが、私は優雅に食事を終えた。
「お仕事は何です?早く指示お願いするです!」
「エイミちゃん、はしゃぎすぎ.......」
彼女に急かされ、広大な農場の一角に着く頃には私の方がバテていた。このエネルギッシュさは本当に私と同年代のものだろうか。
「とにかく、今月は収穫の時期なのでそのお手伝いをお願い。まず、あの区画の異世界草を」
「わかったです!草をちぎって木箱の中に入れれば.......」
「エイミちゃん!?とりあえず説明聞いて!待っ──。」
一角全体が大爆発を起こし、辺りが煙に包まれた。今回収穫する『爆裂草』は下手な収穫をするとこの様に周りの爆裂草にも誘爆して大惨事を引き起こす代物である。
「気をつけてね。エイミちゃん」
「ごめんなさいです」
爆煙立ちこめる中、彼女はしゅんとした。幸い怪我や損害も最小限に済んだものの危険物である事には変わりはない。この手のものを最初から彼女に任せる事が間違いだった。
「反省してくれればそれでいいから。最初は誰だって失敗するし」
「ハクメさん.......!ハクメさんは天使の様な人です!!!」
「えっ、だから待っ──」
彼女が私に抱きつき、後ろに倒れた反動でまた爆裂草を刺激してしまった。先程よりも大きな爆発が辺りを包んだ。
「そういうのはこの一帯離れてからにしてくれないかな」
「あぁっ!ほんとごめんなさいです!」
彼女よりも強大な死神オーラが一瞬だけ宿ったような気がした。駄目だ。この天然ちゃんにここの区画は任せられない。
「.......とりあえず別の作物の収穫にしよっか」
「です」
元気溢れる彼女には相応のものを収穫してもらいたいと思い、私は別のある区画の収穫を任せた。しっかりと収穫方法を教え、木箱の処理まで徹底して伝える。
「折角お手伝いさんとして雇われたのに面目ないです」
「心配しないで。もう怒ってないから」
「やっぱり怒ってましたです.......」
仏の顔も三度までである。二度目までは私も許してあげるのがポリシーだ。仕事を任せた数時間後、収穫を終えた彼女がこちらへ木箱を持ってきた。
「お疲れ様。大変だったでしょ」
「全然大変じゃなかったです!むしろバリバリ元気です!超ハッピーです!」
「あー.......」
こうなる気はしていた。彼女に任せた仕事は『元気出草』の収穫。元々元気いっぱいの彼女にそれを収穫させたらどうなるのか、半ば意地悪の実験のつもりだったのだが。
「ごめんね」
「お気になさらず!最高にクールで幸せです!」
「本当にごめんね」
「おや!太陽がこちらに向かってきます!地面も空に飛び上がってお祭りです!」
彼女が段々怪しげな方向に向かい始めたので私は『元戻草』の成分を顔面いっぱいにスプレーした。あれだけ元気に動いていた後の疲弊感からか一瞬で彼女はフラフラと地面へうつ伏せで倒れる。効能すごい。
彼女が起きたのは6時間後の辺りが暗くなった頃だった。寝室に運ばれ、状況が飲み込めない彼女はキョロキョロと辺りを見回す。私は旧型のミシンを使い、編み物をしていた。
「おはよう。よく眠れた?」
私が振り向き彼女を見つめるとその本人は自信を無くしたようにおどおどとしていた。何らかの理由で仕事を真っ当できなかった事に罪悪感を覚えているらしい。
「そういう日もあるよ。今回の件は頼んだ私も悪かったし」
「でも、お仕事一つもできなかったです。おまけに、爆裂草を無駄にしちゃいましたです」
「それは仕方ないよ。こんな事もあろうかとあの異世界草はストックしてあるし」
「用意周到です」
私は無言でうんと頷き目の前のミシンへ向かった。旧式なのでダダダダと針を打ち込む音だけが反響した。
「あの」
「何?エイミちゃん」
「ここって電気通ってるんです?」
「まさか。私はこの電気が何処から来てるものか分かってなくて。私の親は"タイヨーコー"?とは言ってたけど」
少し間を空けて、彼女は小さい声で言った。
「でも夜はランタンだけで暗いです」
「そうだよね。孤児院の方ではどうだったの?」
「電気点いてましたです」
それを聞いて私は少し決まりが悪くなった。本で読んだ知識でしかないが、17歳の少女は街中で遊んだり友達の家でお泊まり会をするものだ。
この環境は彼女にとって居心地が悪いものだと薄々感じ始めていた。
「ごめんね。親が託してくれた家だから。照明器具を買うにもお金が無くて」
私が小声で呟くと聞きつけたように彼女は答えた。
「そんなに悪い家じゃないですよ!私、ランタンの灯火好きですし、それにハクメさんが住んでいるじゃないですか!」
私は彼女に気を遣わせていると察し、目を合わせて話していないにも関わらず目を泳がせた。
「私ね、エイミちゃんのそういう真っ直ぐな所、悪くないと思うよ」
「それって」
彼女に気付かれない様に私は顔を赤くした。もっとも、耳まで赤くなっている様だったからバレるのも時間の問題だ。
「早く寝なよ。明日からしっかり教え込んであげるから」
何となくクサい台詞を吐いた自分に耐えきれなくなりミシンをすぐに停止し顔を押さえた。例えようもない恥ずかしさで口がぐにゃぐにゃに歪んでいる。
「私もハクメさんの事大好きです!」
「え」
私は恥ずかしさのあまり、ミシンを退けて卓上に顔を伏せた。彼女のこの反応、どうやら私が照れている事を理解しているらしい。恐ろしい子。
「今日だって沢山優しくしてくれたです!私が倒れ込んだ時もきっとおぶって家まで.......」
「いいから早く寝て!褒め殺しはもういいから!」
彼女に対する警戒心は既に私の中で解けていた。これから彼女に怯えて生活する事は避けられないが、少しだけ安堵できたみたいだ。
ふと見上げた空は既に日が落ちて星がゆっくりと瞬きする様に光っていた。