EX-2 聖母属性持ちの同い年に拾われた話
※このお話には物語のネタバレが含まれる可能性があります。苦手な方はEX-1以外の頁から読む事を推奨します。
どうも。作者の土下座です。おそらく今回で本当の最終回になります。ここまで読んでくださった方に感謝の念を送りつつ、精一杯最後まで更新、訂正の方は続けていきます。それでは、どうぞ。
エイミと正式に暮らし始めて3年の月日が経過した。お互いに成長を重ねていく内にできる事も増えていく反面、物悲しさすら感じた。
だが、彼女と過ごせる何気ない時間が本当に幸せに感じるのだった。
「ハクメ、何書いてるです?」
彼女はちらと私の手元の方を覗いた。言えない。決して人に見せられないような日記を書いているという事は。
「何でもないよ」
「またまた、絶対隠してるです」
「隠してない!」
彼女はニッコリと笑った。ありのままの元気な所はあの頃と同じだが、お互いの事を想い合う度に、ちゃん付けで呼び会う事も減っていった。
それだけ仲が深まったという事かもしれない。
「ハクメと出会ってから3年ですか。早いもの
ですね」
「もうそんなに経ったっけ。早いなぁ」
3年の月日の間に生活が劇的に変わるという事も無かった。
季節の変わり目だけ注意していれば年月を数える必要も無く、電気やガスが無くても火を起こせば問題なかった。
たまにエンゼ警官が私達を視察しに来るので、そう遠くに羽を伸ばすことも無かった。そもそも自給自足で生活している時点で伸ばす必要もないのだ。
「ハクメ、あれから調子はどうです?」
「うん。去年は夏風邪引いて苦しかったけど、何とか」
「そうですか」
彼女は窓から向こうの夜空を眺めた。余程外の世界が恋しいのだろうか。
もっともこの地帯は星が綺麗に輝くので私もその窓から星を眺めるのが好きだった。
「疑問に思った事があるです」
「どんな疑問?」
「私はハクメから生きるエネルギーを貰ってるですけど、ハクメは私から死のエネルギーしか受けてないです」
「あ」
この3年間、蔑ろにしていた、いや、気づいてはいたが全く気にせずにいた事だった。"私が今も生きる事ができる理由"。元々彼女に出会ってから死に至るのが普通である。
「ウジョウさんやエンゼさんにも関わったのに、彼らもご健在です。おかしいと思わなかったですか?」
私はゆっくりと後ろを向いて、大量の汗をかき、目を泳がせ、口元をモゴモゴとさせる。
「思わなかった」
「ハクメはそういう所天然ですね」
彼女は呆れた顔でこちらを見た。エイミの事ばかり知っていたのにも関わらず私の事については何一つわかっていない。まず不思議に思うべき事なのだろう。
「3年、経っちゃったもんね」
「3年、経っちゃったです」
遠くの方で鳩がホーホーと鳴く声が響いた。少しの静寂の後、私から話を切り出した。
「このまま分からないのもいけないと思うし、ウジョウさんに相談するしか」
「でも連絡手段ないですよ。わたし達が彼の研究室まで向かえばそれこそ一大事ですし」
頭を悩ませていたその時、ドアがコンコンと鳴った。エンゼ警官がノックするより軽い音だ。
「はぁい」
私は玄関に向かい、扉を開けると見た事のある風貌の大男が立っていた。七三分けで顎が出ている彼に私は見覚えがある。
「噂をすれば」
「お久しぶりだ。随分大きくなったな」
彼はその大きな手で私の頭をぽんと叩いた。大きくなったとはいえ、彼に比べると全く小さいものだ。
「お久しぶりです。ウジョウさん」
「また夜の訪問になってすまないな。もう爆薬は投げないでくれよ?」
「あの時は申し訳.......」
私は頭を下げた。彼との初対面の時、勘違いした私は早々に『爆裂草』で攻撃した覚えがある。3年経った今でも私の無礼を覚えていたのは面目ない。
「過ぎた事だ。それより君達にまた伝えておきたい事があってな。今日はその話だ」
「また何か重要な事が分かったんですか?」
彼は苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「科学を第一と考えていた俺の口からはどうしても言いたくなかったが仕方あるまい」
「それって──」
焦っているのか、間髪入れずに彼は言う。
「ハクメ、エイミ、君達に取り憑いた"何か"についての研究ノートがリンネ博士の机から出てきた」
私は驚きと共に不安と期待を隠せなかった。このゆっくりとした生活を蝕んできたそれの正体がわかるというのだ。
科学至上主義である彼がわざわざ伝えにくる時点で有力なものに違いはなかった。
「詳しくは後日、我々の研究室までお送りしよう。安全は保証する」
「でも、そんな事すればエイミの呪いは」
彼はチッチッと人差し指を左、右へと交互に振る。何も問題は無いという風に。
「君達二人は本当に運命の巡り合わせ、と言う他ない」
「どういう事ですか?」
「エイミの意識上ですら止める事ができない死神の呪いをハクメ、すなわち君が無意識の内に制御しているという事だ。私も素直に受け止めたくはないが」
彼の言葉には迷いがあった。確実な事を前提としている心情においてなのか、本当に間違っている可能性があるという現象においてなのかは定かではない。
「でも、ウジョウさんが受け止めたくないぐらいの事象なら確証は持てないはずですよね?」
私が問うと彼は一冊のノートを私の目の前でチラつかせた。
「これはリンネ博士が独断で作っていたノートだ。彼女は生前病む事があると言ったな」
「ええ、存じております」
「あの博士は本当に狂人紛いな事ばかりしている。なぜなら自身の研究と同時並行でオカルトにも手を出しているからだ」
「オカルト.......」
リンネ博士。このウジョウ氏はその元助手であった方だが、彼女はエイミの呪いの原因を科学で解き明かそうと努め、彼女の一番の理解者であった人物である。もっとも、リンネ博士は既に──。
「これはまた我々の研究をややこしくするものだった。科学で証明できないものを、わざわざこちらの世界へと持ち込んできたのだ。3年かかっても解釈の仕様がない」
「それで、そのノートと私とエイミに何の関係が」
彼は鋭い目付きをして、歯を食いしばった。この人も研究に対する熱は狂人レベルであり、間違いであるかもしれない事柄を認めたくないのだ。
「このノートにはエイミの呪いを無力化する方法の案が羅列されてある。嘘か本当か分からないものまでびっしりとだ」
「はい」
「その中で唯一、一つだけ有力なものがあった。それは『本人の特性と相反する特性とで相殺させる』方法だった」
「つまり、私がその特性に選ばれたと」
「飲み込みが早いな。あの時の少女とは違う」
薄々勘づいてはいた。生きる事と死ぬ事、元々の私にとってはどちらもあってないようなものだった。
しかし、エイミと出会ったその時から生きる希望というもので満ち溢れる様になっていた。感覚的なものでしかないが一理ある。
「リンネ博士の研究室、行けるなら行きたいです」
「元からそのつもりだ。既に準備はできている。最善を尽くし、君達の真実を追求したい。それが俺の願いだ」
彼はそう言い残し日にちや時間も言わず、その場を立ち去ろうとした。そこまで大きな発見をしたのなら、また話すべき事は残っているはずである。
「私達二人で行ってもいいんですよね?」
「ああ。余程の事が無い限りな。この世に完璧に絶対なものは存在しない。君達を除いて」
帰路に立とうとした彼はくるりとこちらを向き、絶対に私たちの前で出さなかった笑顔を見せた。
「君達なら運命すら乗り越えられる。お互いの弱さを認め合い、共存の道を選んだのならその身に宿した脅威は導きに変わるだろう。幸運を」
彼は何か悟ったような口調で言い放ち、やがてその後ろ姿は見えなくなった。
リンネ博士の助手として数年間、いや、もっと長い間かもしれない。彼自身が納得したのだろう。
「ハクメ、お客さんです?」
「うん。もう帰っちゃったけどね。あなたの事についてだよ」
「私?いつものエンゼさんじゃなくてです?」
「うん。後日また来るって。リンネ博士の研究室を見せてくれるらしくて」
エイミの顔色が不安そうなものに変わった。何かを思い起こしたのかうずくまり、ガタガタと歯を鳴らした。
「どうしたの!?エイミ!」
「私、あまりそこには行きたくないです」
「どうして」
「あそこでハクメの次に大切な人が亡くなってしまったです。私を許してくれてないです」
怯える彼女に私はやるせなくなった。その後、優しく彼女に告げた。
「リンネさんはあなたの事を大切に思ってくれてたんだよね」
「そうです。だから私のせいで.......」
「誰のせいでもない。一人で無理しちゃ駄目って言ってたのは誰だったかしら」
段々と彼女の震えが止まってきた。私は普段は見せないとびきりの優しさを彼女にぶつけた。
「あなたが辛いなら私もその辛さを受け止める。痛み分けすれば乗り越えられるよ」
「でも」
私は続けた。
「リンネさんもきっと何処かで見守ってくれてる。あなたを誰よりも愛した人だから」
「ハクメ.......」
そっと、彼女の手を握った。17歳のあの時握ったそれより少しだけ大きくなっていた。
「私はエイミがいてくれたらもう寂しくないよ。あの人もあなたが幸せな日々を送る事を願ってくれているはず」
「そんな事言われたら.......泣いちゃいそうです」
当人がどう思っているのかは、私には分からない。それでも私がリンネ博士の変わりに彼女の罪を許してあげられるのなら本望だった。
「泣くのは全てが終わってからだよ。もう少しだけ頑張ろう?」
「はいです」
その夜、私はエイミと同じベッドで寝た。いつもの貧相な寝床もふかふかで上質に感じられるくらい心が穏やかだった。
当日の朝、ウジョウは私達の元へ来た。聞いた話によると彼の研究室からここまで辿り着くのに車で2日はかかるらしい。律儀な人だと思った。
「準備はいいか。二人とも」
「はい」
「問題ないです」
「時間は滅法かかる。だが、車を飛ばすなら無問題だ」
「「え」」
そういうと彼は急にアクセルを全力で踏んだ。車だけが凸凹で曲がりくねった道を進み、魂だけが置いてかれそうだった。
「ウジョウさん!?もっと優しく!」
「うるせぇ。俺も早く済ませたいんだよ。お前らの自宅を監視してるあのポリ公に目付けられるのも嫌だろうが」
「そうですかぁぁぁぁ!!!」
何とか事故を起こさずにリンネ博士の研究室のある孤児院まで辿り着いた。
死体は処理されているものの、まだ血しぶきのような跡は残っており、既にそこは絵に描いた様な廃墟と化していた。
「降りろ。足元には気をつけるんだ」
「エイミ、大丈夫.......?」
「ちょっと寒気はするですけど、平気です」
ウジョウは何も気付いていないだろうが私自身も感じ取っていた。何かの気配がする。と言えどそれは一つだけではない。複数の小さなそれを幾つも、肌でビリビリと感じた。
「ハクメ、平気って言ったですけどやっぱ怖いです」
「私も怖いよ。でも行かなくちゃ」
そう言う私も院内に入った瞬間、ゾッとした。彼女の言っていた得体のしれない寒気というものを理解できた。
「お前ら、一体どうした」
「エイミが、フラッシュバックしたみたいで」
そう言う私も息を切らしていた。特段大きな殺意やそういったものはない。
だが脳裏に浮かんでは消える雑念の様に負の魂を感じ取っていた。それよりも、当事者であるエイミの方が深刻な状態に陥っている。
「どうする。中止にするか?」
彼の反応を見る限り、ウジョウという男に霊感は備わっていなかった。もし感じていたとしてもここまでの重圧を耐えきれるほどの図太さはあるだろう。
「いえ、行きます」
「ハクメ。もう、苦しい.......」
私は彼女に水を少し飲ませ、思いっきり抱きしめた。少し負の雑音が和らいだ感覚が彼女からも、私自身にもあった。
「大丈夫だから。今は負けないで、前だけ見て進もう」
「はいです」
その後、廃墟の捜索に努めた。彼は瓦礫や扉を退かし、中の様子をくまなく散策した。必要な情報だけ獲得している辺り、彼も真剣そのものだ。
「エイミ、聞きたいことがある」
「なんです」
「リンネ博士の部屋は何処だ」
「それは.......」
彼女の言った道順通りに進んだ。しかし、大量の土砂や木が積まれており行く道が完全に封鎖されている。これ以上進むのは不可能に近かった。
「ここまで厳重に封鎖されているという事は恐らく、彼女自身もここからいい評価は受けてなかったのだろう」
「折角ここまできたのに、これじゃ.......」
私はぺたんと地面に座った。まだ脳の奥で負の魂による断末魔だけが反響している。
「俺に任せろ。この素材なら燃やせる」
彼は手に取ったマッチに火をつけ、扉を周辺を燃やした。
「ウジョウさん!?何をしてるです!」
「多少の情報を失う覚悟だ。一刻も早く君達を安全な場所へ移す為にな」
彼も必死だった。自身の研究の為も勿論あったのだろうが、それは私達を想っての決断だった。
「道は開けた。消火して先に進む」
「はいです」
「屋内で火を焚いた、つまり酸素濃度が低くなっている。換気を優先しろ」
「分かりました」
彼の的確な判断によりようやく、リンネ博士の机上を全て調べあげる事ができた。
「何も無い.......おかしい。彼女のノートには、全ての真実がここに残されているとあるはずだ」
「やっぱり、私達じゃ.......」
チラと私が目を向けた先はオカルト本の棚だった。その更に奥の隅っこ、絶対に誰も見る事がない場所。
「どうしたです?ハクメ」
私は自然に身体を動かしていた。一番の最下段のそこに怪しげなスイッチがある。私は何も躊躇わず押していた。
「馬鹿、何やって.......!」
ウジョウが喝を入れようとした瞬間、机の上のPCモニターに半透明の女性が映し出された。緑がかっていて、とても凛々しい人物である。
「この人です!この人がリンネさんです!」
「本当!?」
私達はモニターに釘付けになった。やがて咳払いをした後、彼女は口を動かした。
「これを見ているという事は私は既に死んでいるという事になるわね。この映像は私が生涯賭けて守りたかったエイミという女の子の──」
ゲホッ、ゲホッと咳払いをした。口からつうと赤黒い血液が流れ、苦しそうにしている。彼女は続けた。
「時間がない。全てを伝えるわ。私は原因不明の彼女の死神属性を封じる為、ありとあらゆるオカルト本を見た。駄目だった。彼女を正常な状態に戻すのは不可能に近い」
エイミの息を飲む音が聞こえた。あのリンネ博士でさえ、匙を投げたのだ。薄暗い中で私も絶望を感じ取っていた。
「だからといって私達はこのまま負ける訳にはいかない。私はありとあらゆる方法を用いて彼女を救うと心に決めた。その為にはこの命でさえ惜しくない」
また彼女はゴホゴホと咳払いをした。最初のそれよりも重く、明らかに重症化していた。
「この映像を観た人で、エイミという女の子を知っているなら伝えてほしい。あなたは何も悪くないと。私も心からあなたを許すし、愛していますと。私の残り数少ない余生の中で、救いを見つける事ができた、と」
「救いですか」
「エイミ、静かに」
私は冷たく彼女を黙らせた。何回か重くなった咳払いを続けた後、最後にリンネ博士は告げた。
「エイミ、私はこの生命を『生神』へと転生させる術を発見した。恐らくそれを憑依させた人がきっとあなたを守ってくれるはず。約束するわ。あなたの大切な人。リンネより」
彼女は前面から倒れ、椅子から転げ落ちた所で映像は停止した。ふと、横をみると私と同い年のその子はポロポロと涙を流していた。
「そんな.......あんまりです」
彼女に何を話しかけていいか分からず、言いどもった。しかし、彼女の伝えた事が全て本当の事なら私から言えることは一つだけだった。
「エイミ、ここにいるよ」
「え.......?」
「私自身、そして私に取り憑いたもう一人の私に似た人。視えるかな」
「有り得ないです.......!」
全てを知った私は極めて冷静だった。私に取り憑いていた何かは一人の少女を救おうとした英雄と同じ。それだけで理由は十分だった。
「エイミも私もどうやってこれに好かれたかは分からない。でも運命には違いなかった」
彼女は頷き、私の側にそっと寄った。
「私も最初から言ってたです。運命って」
瞬間、廃墟内が揺れ始める。火を燃やしたせいか、建物全体がガラガラと崩れ始めていく感覚だ。
「急げ!早くここから逃げろ!」
ウジョウと共に私達が廃墟の外へ出るとそれは一瞬の内に崩れ去った。ウジョウが停めた車が後少し近ければまずかったといった所だ。
「満足したか?俺はオカルトなんぞにはこれっぽっちも興味はない。科学が全てだ」
送りの車の中、彼はボソっと呟いた。その言葉にはいつもの様な覇気は感じられなかった。やがて時間をかけて家まで戻るとウジョウは言った。
「時間をかけて済まなかった。だが、俺もいい経験はできた」
「はい。長い間ありがとうございました」
「ありがとです」
二人でお辞儀をしてお送りすると彼は車の窓から手を出しグーサインを送ってくれた。
「全部終わったね」
彼女は答えなかった。やがて心を落ち着けたのか椅子に座り口にした。
「私、ずっとこのままなんですか」
少し考えてから私も答えた。
「分からない。もし私達が普通の女の子に戻れても、私はエイミと一緒にいる」
それでも彼女は静かに黙りこくっている。寂しさと悲しみと苦しみと怒りが混ざり、いつもの元気は無くなりかけていた。
「今まで色々な事を乗り越えてきたよね」
「それも全部無駄だったです。いつか治ると信じて──」
「治る治らないじゃない。エイミはエイミだから」
彼女の顔がふっと元に戻った。
「これからも一緒だね」
微笑み返すと、自然と彼女の顔も緩んだ。それを繕うように、誤魔化すようにエイミは振る舞うが、それすらも叶わなかった。
「一生、居候させてもらうですから」
「もちろん!」
長い長い私達の戦いを終え、新しい日々が少しずつ始まっていく気がした。
ここまで読んで頂き有難うございます。リンネ博士というキャラは言わば真面目であり何事も卒なくこなすというエリートキャラとして書かせて頂いたのですが、それだけでは設定として不十分だと思い、このようなお話として展開しました。
エイミとハクメの出会い、そして成長の物語は終わりを迎えます。ですが、これから何処かでこの二人はまた皆様の元に現れるかもしれません。その日を願うばかりです。
改めてここまでのご愛読、本当にありがとうございました。




