34話 魔法と抵抗と「NEKO」 3/4
貧血のあとにだんだんといろいろ戻って来る感じのあの感覚を味わいつつ、ふと思う。
あれ……ひょっとして僕が男ってのを知り合いに言ったのって、前の僕を知っていた飛川奥さん以外で初めてかも?
この子たちも……名乗り合ったからには知り合いで良いよね、うん。
この春までの僕なら顔見知りって言ってただろうけど、あの子たちに揉まれた僕は少しだけ知り合いのハードルが下がっているんだ。
で、冬物とは言っても女児用の服だからやっぱりズボン……じゃないパンツでも女の子に見えるはずだけど、だからこそ唐突に言ってもおかしくない話って思ったんだ。
肉体上は紛れもなく生えてもいない……毛もモノも生えてない幼女なわけで、そこには知らない穴があるわけで、だから常識的には女の子。
でも中身は男だってはっきりと口に出したのは今まではなかったわけで。
あの子たちへの告白の予行演習を兼ねて、どうにかして魔法さんから逃れようとして……お隣さんのときみたいに魔法さんが激怒しそうなことを口にしてみる博打。
……でも、何か変化を起こすにはこれしかなかったんだ。
実際に起きているし、「男」って言うのはやっぱりひとつのキーワードなんだろうな。
男から女になった訳だし……あくまでキーワードのひとつなんだろうけども。
そうしてさーっという音が引いたあとには……不意の静寂。
耳が痛いほどの静けさが僕を襲う。
「なんでこんなに静かなんだろ」って思って探ってみたら、どうやらさっきまでのざあざあちりちりしていた感覚も、ちみちみとかざーっていうあれも、理解不能な言葉で会話していたらしい僕たちの声のどれもが止まっていて、静止していて。
……今度は何が起きる。
そう身構えていても何かが起きる気配は無い……みたい?
それどころか――魔法さんが引いて行った、そんな気配。
確証なんか全然無いのに元に戻ったって言う謎の理解が僕を包む。
そうして恐る恐るで目の前の2人に視線をやってみる。
――猫耳としっぽを千切れんばかりに真上に突き出して……あ、ちゃんと毛まで逆立つんだ、技術の進歩はすごいなぁ……口をあんぐりと開けている島子さんと、こっちに指を突き出して口をぱくぱくとして声にならない声を上げて……いないけど声なき声を上げている岩本さん。
「…………………………………………………………………………!!」
「…………………………………………………………………!?!?」
2人とも固まって驚いている様子。
指先とねこみみの先としっぽの先がゆらゆらしている。
人がここまで驚くってのはそうそうないこと。
だから多分2人にさっきの告白が聞こえたって解釈できる。
僕が、体はともかく心は男っていうこの真実。
このご時世……じゃなくてもびっくりする内容だもんね。
「……………………え、ウソ……冗談です、にゃ?」
「本当です。 冗談ではなく、僕は男なんです」
ちゃんと――言葉が聞こえるようになっている。
やっぱり魔法さんの謎のあれは無くなっている?
……良かった……また3ヶ月とかっていう確証は無いけど寝ちゃわないって言う確証も無かったから……本当に良かった。
「本当……あれ? でもですにゃ……?」
「……あ、あっはは――! 響さんは冗談上手ですねー?」
急に声を上げるポニーさん。
「私たち、瞬リアクションに困っちゃいましたよー、いきなりですもん! あ、いえ、もしかしてあえての不思議系ってことでそういうトークとか……ちょっと心変わりしたとか……オーディションのつもりだったりしますー? もちろんいつでもOKだと思いますよー? あ、あは、あははは……」
「……先輩? 昔じゃあるまいしその反応はないって思いますにゃあ……」
「…………ごめんなさい。 その、どう言って良いか分からなくなってね……」
……魔法さんって制御、できるんだ……って、ん?
あれ、今岩本さんが僕のこと名前で呼んできた?
まだ僕の自己紹介……ああ、さっきの会話は本当に続いていたのか。
そうだよね、ふたりが変な顔しなかったってことはあの後本来あったはずの自己紹介の流れで当然僕の名前とか、最近慣れてきたワケありの中学生な事情とかもひととおり話したことになるんだろうし。
2人がおかしいって思わないってことはそういう会話の流れになっているはずだ。
ということは僕の口が自然と、あのときの飛川さんみたいに……でも多分違和感を与えない感じの態度のままで魔法さんが話させていたんだろうか。
あるいは乗っ取って?
………………怖っ。
「……ええと、唐突に済みませんでした。 驚かせてしまって」
「え、えぇ、まぁ…………ね?」
「にゃぁ……」
びっくりするよね……そのために言ったんだし。
初対面の相手、どう見ても顔も髪の毛も服装も女の子な子供がが「実は男なんですけど!」とか会話をぶった切って不満そうに言い出したらなぁ。
別にこの場でわざわざこの2人に言うことじゃなかったんだけど必要だったし……でも悪いなって思う。
「これで助けたのと帳消しで充分ですよ」って言ってみようか……いやいや、最近はこういうのに敏感だからそういう訳にもいかないか。
「…………普段は、その」
唐突に「男なんですけどどうしてくれるんです?」的な印象になっちゃってるっぽいからそれっぽい理由も言ってみる。
芸能界の人だからこういうのってほっとくとやばいんだろうしな。
人ってそれっぽい理由があれば結構納得してくれるものだから。
僕のニート生活も「本当にしたい仕事を探しているんです……」で何年も切り抜けてきたんだし。
「僕は女の子扱いされていても……こんな見た目でこんな格好ですし、慣れているんです。 普段はそこまで気にしないんです。 なので平気なんですけど、最近ちょっとこのことで……いろいろあって。 おふたりのせいじゃなくてただただ僕の気が立っていたので。 先ほど追いかけて来たあの人たちのことにも腹が立っていたので……済みませんでした。 もう平気です」
よし、それっぽい感じのをうまく言えた。
子供なら癇癪くらい起こすものだから多分納得するだろう。
多分僕はちょっと精神年齢高めな子供って見られてるから多分大丈夫。
僕が逆の立場なら「すぐに謝れて偉いなぁ」って思うだろうし。
「……う、うん。 よーし、分かった!」
ぱんっと両手を叩いて急に声の調子を元に戻したポニーさん。
……こういうところは本当に芸能人なんだ。
「びっくりはしたけどさ、よくよく思い返してみるとさ? 私たち、何度も響さんが女の子だって思っていろいろと言ったけど、響さん自身はひとっこともそうだって言っていなかったもんねえ。 私たちこそごめんね? 気がつけなくって……無神経なこと言ってたら本当にごめん!」
「私もごめんなさいですにゃっ」
大人だなぁ……やっぱり人生経験値が違うんだろうなぁ。
僕はニートで学生のまま止まってて、2人は小学校か中学校から社会の荒波に揉まれて。
本当、今の見た目そのまんまな関係だもんな。
「いえ、僕はそう言われるのに慣れてはいるんです。 なにより事実ですし……今のはその、僕が……」
「男の子を女の子扱いしてたら当然ですにゃ、謝る必要ありませんにゃ?」
「そうよねー。 ……さっきからときどきあきれたような、ちょっと怒ったような。 そんな感じの視線を感じたのってこれだったのかぁ……そりゃあ言いにくいよねぇ」
……僕が魔法さんになにかされていたときの印象はそんな感じだったらしい。
「むしろ言ってくれてありがと。 そうよね、時代が違うものね。 気をつけていても決めつけちゃうって結構あるって知ってたつもりなのになぁ」
「私たちこそが気がつかなきゃいけませんでしたにゃあ」
すっかり砕けている……わざとだって思うけど、そんな感じで明るく話してくれているふたり。
……ああ、大人と話すのは気が楽。
普段は僕が子供たち……って言ってもこの子たちといくつも変わらない中学生なんだけど……の面倒見てるからなぁ……。
「あれ? でもですにゃ?」
くるんっと尻尾がハテナっぽい形になる。
「さっき私たちをかばってくれたとき……あ、見えちゃったのでごめんなさいですけど、ブラとかつけてましたし見えちゃったのもショーツでしたにゃ? あと毛糸のあったかそうな……ごめんなさいですにゃ」
「え、えっと」
……そっか、男って言ったらそうなるか。
さっきはなんにも考えずにやったからなぁ……色仕掛け。
色気なんて皆無な体だけども。
「シャツの裾から下ガン見してた先輩、どうだったんですにゃ?」
「そこまでは見てないよ!?」
「ほんとーですかにゃー? 怪しい……」
「本当だって! それどころじゃなかったし、それに私だって女の子って思っていたから!」
「せんぱーい。 響さんがちゃんと話してくれたんですにゃ? 不公平ですにゃ……?」
「……ちょっと、こういう男の子ってどんなの穿いてるんだろって思って見ちゃいました……」
「ショ、ショタコン……うわぁ……」
わざと……なんだろう会話をしているふたり。
「先輩」って言うからには後輩な猫さんにとっては私情も含まれていそうだけど。
「尊敬する先輩、毎年クリスマスは欠かさずファンの前に居た理由がそれって……法律的にも倫理的にも道徳的にもアウトな相手が良いからって……うわぁ…………」
「引かないで、お願いだから。 うん、ほんと。 違うのよ」
「お相手は中学生ですにゃよ?」
「あのときはそうとは知らなかったし! いえ、むしろその方がまだ年が近い分! それに男の子は真剣な交際なら15からセーフって………………あ」
「ドン引きですにゃ」
「誤解なのっ」
「そーゆーの今どきアウトですにゃ」
「だから違うの!? ひ、響さんも違うからねー??」
何やら本気でドン引いて引かれているふたりを見ていると安心してきた。
ショタコンってロリコンよりずっとマシなもの……って言うのは僕の感性で、ひょっとしたら最近の若い子……いや、今の僕もそうなんだけど……たち、それも女子の中では違うのかもね。
猫島子さんが岩本さんからがたがたってイスごと距離を取っている。
……ここまで演技ならって言うか多分そうなんだろうけど、確かに気が楽になる辺り本物は違うなって思う。
でも……男って言いながら女物の下着。
これはどう言い訳したらいいんだろうね。
……この歳にして女装趣味とかややこしい誤解されるより本当のことを分かりやすく言った方が良いか。
女の子の体に男の心。
そういうのは……本当にそのせいで苦しんでいる人たちには悪いけど、今の僕も似た状況な以上こう言うしかない。
「……僕は、その……いわゆる心と体の性別が、意識が違うというもので」
「あぁ、性同一性障害、トランスジェンダー……そこまで詳しくないのでぴったりじゃないかもですけどそういうものですかにゃ? つまりは男の子ってことなんですにゃ?」
「……そうです」
「それなら私の友だちとか知り合いとかにもいますしそれ以上言わなくても大丈夫ですにゃ。 業界的にも多分普通の人たちよりも多い比率ですし、カミングアウトとか珍しくないですし」
あっさりと納得している様子。
……時代が違うって本当なんだな。
少なくとも僕の子供のころにはここまでじゃなかったって思うし。
でも、そうか。
女の子の体で男の心で、「どっちの性別が良い?」って聞かれたら「どっちでも良いけど強いて言えば男」っていうこの状態のこと。
今なら……こんなにも簡単に。
拍子抜けな気もするけど……でもそうだよね、こんなデリケートな問題深入りしないもんね。
でもどうして魔法さんがこんなので反応するんだか……助かったけど。




