34話 魔法と抵抗と「NEKO」 2/4
魔法さんが何かしらの悪さをしてのこの状況。
あの夢の中でもおんなじ感じだったけど……あのとき僕は何もできなかった。
けどここは現実、何もできないじゃ無くてなんとかしなきゃいけない。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
目の前の2人は普通の会話をしているみたいな感じだけど、まだ僕からはぼんやりしてる。
なんだかときどきボケとツッコミを……たぶんふたりで組むときにはこうしてやっているんだろうなっていう感じで年季の入っている印象を受ける掛け合いをしている様子。
声がまったく聞こえないわけではないんだけど理解ができない感じ。
まったく知らない国の人たちが近くの席でしゃべっているのを聞いている、そんな感じ。
雰囲気的に……多分だけどさっきの自己紹介が続いているっぽい?
まだ僕の名前も言ってないのにどうやって進むんだろうって思うけどなんとかなっているんだろう。
普通のテンポで普通の会話をしているらしいことからふたりとも僕のことをおかしいって思っていないのは確かだ。
けど、自己紹介。
……もしかしたらこれが魔法さんの逆鱗に触れちゃった可能性があるかもな。
だって「僕は男」って言っただけでみんな変になるんだ、それ以外にも何かあるかもしれない。
今までたまたま……会話の内容的に大丈夫だっただけで。
「僕が男」って言うのはこの姿とすごく矛盾すること。
だから魔法さんが変なことするんだって考えてみると彼女たちの自己紹介の中で出てきた何かが引っかかったって考えることもできる。
でもこれまでともまた違うものらしい。
だってふたりともおかしな目になってないし、話しすぎて汗だくになったりしてないもんな。
3ヶ月の冬眠で変な夢に入るときと出るときのあの感じに近い気もするけどどうかは分からないし……ってことはあの夢すらも別の魔法ってことになるのか……ややこしい。
あれ、でも僕が黙りこくってるのに全然気にしている風がない?
そうなるとやっぱり男って言ったときのと近いのかな。
あれなら僕がどんな状態でもおかしいとは思わないだろうし。
……こんがらがってきちゃったから、とりあえずで今の魔法は僕がどんな姿でどんなことをしていようと気にならないって言う「他人の僕に対する認識を歪めるような作用」をしているものだって思っておこう。
相変わらず因果関係が不明だし流れ的には今までの逆だけど、とりあえずで。
じーっとふたりの顔を交互に見つめていたらなんかピントが合ってきた感じで普通に見えるようになったけど状況は変わらず。
「じ――……」
1分くらい必死に見つめてみたけども不審がる様子もないから多分変な顔していても気がつかれないだろう……あ、目が乾いて潤んできた。
そうして目がしばしばしてきた僕のことなんか気がつかないで、島子さんと岩本さんは楽しくお話ししているらしい。
そう言えば途中できたらしい追加の料理も僕に向けて「食べるでしょ?」って感じの会話になったらしいジェスチャーとイントネーションがあって、でも多分「要らないです」って言ったってことになったみたいで「しょうがないなぁ」って感じで喜んで平らげている。
女の子って想像以上に食べるよね……あ、いや、この子たちは運動の後だし?
僕だったらこれだけで3日分くらいの食事にできそうな量まである。
消費エネルギー、ほんと少ないからな。
コスパ、燃費のいい体だし、幼女だし。
アスリートの人とかは筋肉がエネルギーを使いすぎるからたくさん食べないと体が持たないらしいって言うけど、きっと鍛えているだろうこの子たちもそういうものなのかもね。
まだ10代でまだまだ成長期だろうし。
その状況でさらに頼んだらしいケーキとプリンみたいなデザートをひとつずつ食べているのは驚きを通り越したなにかを感じるしかないけども。
気がつけば僕の前にも頼んでもいないのに置かれているし……あれ?
なんで?
ああ……きっと魔法さんが悪さをしているあいだに頼んだことになっていたんだろう。
空いてるお皿を下げに来た店員さんの動きを見ていると……魔法さんは少なくともこの部屋全体には効果を及ぼすらしいのが分かる。
「……ありがとうございます」
「――、――――――――――――……」
試しにってお水を注いでくれた店員さんに話しかけてみる。
水の中で出したような感じに聞こえたような僕の声と会釈に店員さんもまた笑顔を返してくれてなにかを答えてくれたみたい。
……この魔法がかかっていても話せば通じる……っぽい……?
これ以上ヘンなことになったら困るからヘタなことは言えないけど何とかできる可能性はあるのか。
あと、僕の前に置かれているビターチョコでお酒入りなケーキ。
これは甘いものが苦手な僕にとってはまだマシなほうのデザートのひとつだ。
でもそれが、僕が頼んだかのように用意されている。
……僕が話したってことになってる……?
猫な島子さんやポニーっぽいの岩本さんの手元を見てみると実に実に甘ったるそうなデザートとプリンがででんと置かれていてもう半分くらい食べられている。
ふたりのを見る限りには僕の分は適当に選んだってわけじゃなくって、きちんと話の流れの中で僕が食べたいものを頼んだっていうことになっているみたい。
だって甘い物好きなのが多い女の子だからわざわざこういう苦いのを食べようって思う子、少なくとも今までは出会ったことないし……まぁ数が少なすぎるのはしょうがないとしても女の子って大体甘いのが好きだから。
だから僕の好みは魔法さん経由でどうにかしてふたりと店員さんに伝わって、きっと「甘いもの苦手だなんて珍しいねー」なんて会話があったんだろう。
時計を見てみると15分以上は経っているらしいのが確認できる。
ということはあと同じくらいしたらお店を出て地下に……ってことになる。
「………………………………………………!」
「………………………………………………?」
ちょっと観察してみたけど……だめだ、おひげこそ生えていないもののアクセサリーと語尾のインパクトでどう見ても猫っぽい顔にしか見えない島子さんのなんだかこれもまた猫っぽい感じの口元を見ていても、ちょっと口紅がキラキラしている岩本さんの唇を見ていてもせいぜいが母音がわかる程度で話の内容まではわからない。
くるくる変わるふたりの表情とイントネーションとジェスチャーでなんらかの説明とかコントとか質問とかされているらしくって、変な顔しないから僕もちゃんと返事したことになってる様子。
でもどしたら……うん?
なにか忘れている気がする。
なんだろ?
なにか。
「………………………………………………」
そういえば確か。
――飛川さんに対して僕が「前の僕が男でしたよね?」って言ったとき。
――スーパーとかで僕が「成人してます」って免許見せながら言ったとき。
どっちでも僕が話したから前の状況が変わった……上書きされた?
……それなら。
「……あの、すみません」
「――――――――?」
「――――――――――――、――――……」
相変わらずに理解できないふたりの話す声。
だけど注意が僕にはっきりと向けられていて耳を澄ませているのだけはわかる。
……これもお隣さんのときとおんなじだ。
なら。
「あの……話の途中で流れを切ってしまって申し訳ないんですけど、どうしてもひとつだけ伝えておかないとって思いまして」
「―――――――――、―――――」
「――――?」
「――――――――」
「何?」「何だろ?」そんな反応。
岩本さんのポニーテールが傾き、島子さんのしっぽがくるんとはてなになる。
……やっぱり僕が言ったことは通じている……なら大丈夫。
これ以上に悪いことになるなんて多分きっと無い……はずだといいな。
手のひらの汗を膝にしいた布……高い店だとナプキンまですべすべだよなぁ……に吸い込ませて「ほっ」と息をついて。
心臓がばくばくしているのを、これだけははっきりとしているのを感じながら演技してみる。
僕が普通なら言わないようなこと。
もう慣れきってるから僕的にはどうでもいいこと。
でもきっと他の人が聞いたら「そりゃあ据えかねて話の途中で怒るよね」って思うようなこと。
――魔法さんが動くはずの認識。
「さっきから女の子女の子って……これまで言わなかった僕も悪いですけど、僕は――「男」、なんです。 こう見えても、男なんです」
そう言った途端にさぁっと波が退くような感覚。
そうして僕は――中途半端な夢の中みたいな状況から戻って来られたって感覚で理解した。




