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31話 秋は何処に 2/2

ぽたぽたと髪の毛からお湯がしたたり落ちているお風呂上がりで素っ裸の僕はぱっと見てやばい。


あらゆる意味でやばいのは確かだけど、今はその痩せっぷりがやばい。

本当に痩せすぎていて今すぐお腹いっぱい食べさせたくなるくらいやばい。


お風呂に入ったから髪の毛がさらにもっさりとしていたのも確認して僕の裸体がさらに色気を失っていたのが分かったわけだけど、女の子に近づくどころか逆に幼女にますます近づいていたのが非常に残念だけど、特に悪くなっていそうなところはなかったのだけは安心だ。


こんな状態で病院とか行くわけにいかないもんね。


魔法さんの力でいろいろ何とかなるのは確かだろうけど怖いし、それでまた何日も入院とかなったらお金も時間も大変だし怖いし……。


いろいろと観察した結果、この3ヶ月のあいだ僕の体はベッドの上で……床ずれとかはないから多分身じろぎとか寝返りくらいはちゃんとしていたんだろうけど……とにかく眠っていて、時間が飛んだわけじゃなくてきちんと時間は経過していて、僕の意識だけがなかった……っていうことになりそう。


でもそこは魔法さん、ただ寝ていたわけじゃないのはまちがいない。

だって常識的に現実的に考えたとしたら、僕は死んでいる。


それもそのはず、3ヶ月間飲まず食わずだったわけだし。


さらに言えば排泄さえもしていなかったわけで、たとえ栄養が足りていたとしても毒素が溜まりきって死んでいたはずだ。


3日じゃなくって3ヶ月だもんな。

まず魔法さんがなにかしらしていたのは確定で疑う意味もない。


昏睡ってやつで、これだけ痩せて体力と筋力がなくなっているって言ってもそれだけで済んでいるんだ。


起きたら金縛りみたいに動けないとかホラーなことにはなってなかったんだし。

ただだるいだけで普通にこうやって動けているのがなによりの証拠。


だけどこんなのは病院で点滴で水分と栄養を補給され続けて、床ずれしないように体をしょっちゅう1日に何回も動かしてもらって、さらには体を拭いたり髪の毛を洗ったりトイレの始末もしてもらうっていう介護がなければ実現しないものなんだ。


つまりは僕は魔法さんに生かしてもらっていことに……いやいや魔法さんがこれをしでかしたんだから感謝するいわれはない。


危ないところだった。


思考誘導とか……しないよね?

魔法さん。


……されていたら、もはや僕ができることはなにもないんだけども。


まぁ逆説的に僕が今こうやって疑えているんだから、たとえそうだったとしても「よーく考えれば気がつけるかも」っていうくらいではあるんだろう。


つまりは思考が強く操られているわけでもない……はず。


そう信じておこう。


「ふむん」


クリスマス特集しかしていないテレビを見ながらだらんとソファーの上で寝そべって、ただただ時間を想う。


3ヶ月。


3ヶ月だ。


1年の4分の1、ワンクール……秋という季節のまるごと。

これを文字どおりに寝て過ごしたことになった。


普段みたいにただ無為に過ごしたわけじゃなくって、言葉通りになんにもしなかった……できなかったんだ。


完全に寝過ごしたんだからこのインパクトはすさまじい。

引きこもりとかニートだってここまでのはそうそう無いんだから。


9月はまだ暑いからエアコンをつけっぱなしだったからいいとして10月はちょっと暑いのと涼しいのと寒いのが混じるくらいだから……まぁぱんついっちょにワンピースとその上のパジャマと毛布っていう格好で良いとしたって、そのあとは厳しかったはず。


ここまで家が冷え切っているんだから12月に入ってからの、ここ1週間続いていたらしい雪のあいだはもちろん11月だって相当に冷え込んだにちがいない。


さっきの室温的に最近は10℃もなかっただろうこの室内であんな薄着……しかもおへそからふとももからまるだしな格好で寝ていたら低体温とかで死んじゃうはず。


そうならなかったってことは僕が起きなかったのとおんなじで魔法さんのせいってこと。


夢に飛んでいた僕の意識はともかくとして体の方はここで冬眠していたっていうコールドスリープ的なものが正しい理解なのかもね。


SFとかで見るような機械とかはないし、やっぱり冬眠のほうが感覚的にも合っているのかな。


クマとかみたいに?


秋にぶくぶくと太ってから体温と代謝をぎりぎりまで下げてカロリーを節約してひとつの季節を待つクマみたいに。


あんなに大きい奴らとちっちゃい僕とじゃあなんだかイメージがそぐわない気がしないでもないけど……まぁ魔法さんだし変でもしょうがない。


さしずめ小グマってところかな?

それも生まれたての。


髪の毛とお肌の色的にホッキョクグマかもね。


でも僕はどうして目が覚めなかったのか。

3ヶ月も意識が戻らなかったのか。


いくらアルコールをたくさん飲んじゃったからって言っても丸1日以上寝っぱなしっていうのはありえない。


いくら死んだりしなかったとしても1年の4分の1も意識がなかったっていうのは……正直に言って恐ろしい。


……本能的な恐怖って感じの、痛いのと気持ち悪いのと得体の知れないナニカが一緒くたになって襲ってくる感じがこみ上げてくるし。


「寝ているあいだは死んでいるようなもの」っていうのは誰かが言ったことらしいけど、3ヶ月も意識がなかったっていうのを自覚しちゃった今となっては、この3ヶ月っていう時間限定で「僕が死んでいた」って考えるほうがしっくりとくるっていうか、すとんと落ちる。


「……死んでいた、かぁ……」


口にしてみても現実感の無い言葉。


死。


そう言えばあの夢でもそう思ったっけ……どこだったかは忘れたけど。


でも、もし仮にこの期間だけ僕の魂的なものが「あの世」とやらに行っていたら?


それならきっと天国寄りなんだろう。

あんな綺麗な風景が地獄なはずないもんね。


僕はこういうのをぜんっぜん信じてなかったんだけど実際に魔法さんにお目にかかってるし否定できなくなっているんだ。


あの夢の後半。


きれいな空と海と、そこそこに満足できる大きさの島。

あたたかくって気持ちよくって、穏やかで。


僕のことをぜんぶ知っていて受け入れてくれる人がいる、あの世界。


都合良すぎるってあのときも思ってたけど……あれが「あの世」っていうんなら納得できるかも。


あの世があんな感じなら死ぬのもあんまり怖く……いやぁもちろん怖いけど「悪くはないかな」って思ってしまうのもムリはない。


あそこのどこかに母さんと父さんとかがいるんだとしたらなおさらだ。


まぁ今死ぬっていうのはさすがに勘弁だけどな。

なにもせずにこのまま死ぬのはちょっと……もったいないし。


死んでた可能性があるけど生き返ったっぽいからにはまた死にたくはない。


せっかく女の子の体に慣れて女の子同士の話し方とかにも慣れてきて、話題とかも僕から振れるようになったのに……そんなのもったいないじゃない。


「んー」


でもやっぱりいくら考えても魔法さんの今回の冬眠魔法的なものがかかった理由はさっぱりだ。


ついでになぜか激やせしていたのも分からないし、トイレしてないのも分からないし体もきちゃなくなったりしてなかったのもまた分からない。


トイレにも行っていないのに起きてしばらく平気だったもんなぁ……お酒の残ってる感覚も無いし。


「うーん」


昨日の夕方から夜にかけてっていう直前の行動じゃなくもっと前のことを考えてみたとしたって、外に出て魔法さんを働かせる実験をしてみたからといって、それだけで3ヶ月も寝ることになるなんて到底思えないし理屈も通らないだろうし。


だって魔法さんのすることって言えば僕をこの幼女にして髪の毛切らせないで、あと前の僕とごっちゃにしてこの情報社会な現代社会でも無難に生きて行けるって言う都合良すぎるようにする程度だし?


あるいはもっと前のできごと……いろいろと確かめていたときのなにかに反応した?


それともお隣さんとかの……前の僕を知っている人に会ったこと?

遠出をしたこと?


家から離れたこと?

それとも山に登ったこと?


それとも――たくさんの人たち。


中でもあの子たち。


中学生のあの子たちと外で一緒にいる時間が増えすぎたせい――なんて思いたくはないけど、僕が当時意識しなかっただけで……不特定多数の人たちとすれ違ったり近くでしばらく隣同士になったりしていた内の誰かの何かに反応して?


いろいろ連れ回されたりして訪れた、今まで僕が知ってはいたけど行ったことはなかったような、そういう場所に反応して?


……考えれば考えるほどに何もかもが怪しくなってきてそのどれもがもっともらしくなるんだけど、同時にどれも説得力に欠ける気もしてくる。


つまりは堂々巡りだ。


だいたいこの夢と冬眠……このふたつは、今までの魔法さんの仕業とはなんだか質が違う気がするから。


だって今まで起きたのはどれも……この姿になったのはともかく、髪の毛を切ろうとする、前の僕の姿とかについて口にする、今の僕を前の僕と認識させる、っていうときにすぐにその仕業が確認できた。


つまりは原因と結果がきちんとつながっていてわりとすぐに反応するっていう、なんでそれが起きたのか、ちょっと考えればわかる印象だったんだけどなぁ。


よく言えば素直で、悪く言えば単純で。


それが僕の知る魔法さんだったはず。


……でも目にも見えなくて音も無いし気配って言うのも無いただの現象なんだ。

今まで運良くこういうのが起きなかっただけで、起きる可能性だけはおんなじくらいあったのかもしれない。


「……つかれた」


さっきから思ったことをひたすらに書き続けて真っ黒になった紙をぺらぺらと何枚かを眺めつつ、疲れて痛くなってきた手をさすさすしながら力を弱めにして、それでも書き続ける。


時間をかけて考えて書きながら整理してみても、魔法さんが怒る因果関係がはっきりしているのは、今のところ髪の毛を切るのと、前の僕関連のふたつだけだし、まだ断言はできない……か。


そもそもなんでこんな姿、銀髪幼女にさせられたのかっていう根本的な課題も残っているしな。


さっき外を出歩きすぎたっていうのを挙げてみたけど、そうやって僕が気がつかなかっただけで他にトリガーになるなにかが起きていたとかあるいは起こしちゃっていたとか、そういう可能性だってあるしなぁ。


そこまでいくともうキリがない。


堂々巡りの空しさはこの姿になったばっかりの頃にたくさん味わったからこのくらいでいいや。


書きもののあいだずっとコーヒーとか紅茶を飲んでいたんだけど……それでも寒い。


暖房が効いているって言っても寒いものは寒い。


特に足元。

僕の体感はまだ夏だもんなぁ……


「……さむい」


もう1枚もこっと羽織った僕。


真夏から真冬でこの体になったのは春だから冬物は持っていない。

だから家用のものはもちろん外行きのものも手に入れておかないとだ。


残念ながら……コートとかの冬物は高いのに男のときに持っていた冬服は使えない。

だって羽織るものでもぶかぶかなんだから下は当然合わないわけで、つまりは下半身が冷えるのには変わらない。


だから今の僕に合った服を手に入れる必要がある。

だけど今はクリスマスの前っていうこれまた絶妙なタイミング。


もう何日か早く起きてさえいればっていうのは贅沢じゃないだろう。

クリスマス前だから、通販だと注文したのが届くのは何日か後だろうし……。


「さむっ」


昼……というか朝だけど、それでこれだ、夜はもっと冷えるはず。

それまでに風邪でも引いたら困るしさっさと買ってこないとかな。


……きっと大丈夫。


半年……のうちの2ヶ月くらい毎日のように出かけて何かを踏んじゃったんだから、たかが駅前にぱっと服を買いに行くくらい何ともないはず。


水分でたぷたぷになったお腹を抱えつつ出かける用意を……おっと、その前に洗面所だ。

なにしろ冬眠後の僕はとんでもなく痩せこけている。


いくら髪の毛や帽子で隠したって目元までこけているんだから、店員の人とかに「虐待!?」って驚かれて通報されでもしたらめんどうだし困る。


だから、かがりに習ったついでに買ったり譲ってもらったりしたのを使って、かんたんなお化粧をしないと。

せめて、ぱっと見て何ともないように見えるくらいには血色とかいいように見せないと。


髪の毛も軽く毛先とか整えておいたほうがいいかな。

女の人ってそういうのに敏感だからそれで目を付けられてもめんどくさい。


それならお化粧のポーチとかもまとめて持って行って。


「……あ」


ぴたっと足が止まる。


……ひょっとして僕……今ナチュラルにいろんなことをいっぺんに考えていたけど。


知らないあいだに女の子として鍛えられた意識とか振る舞いとかが完全に定着……しちゃっているんじゃ……?


「………………………………………………………………………………」


……不自然に見えない程度の軽いお化粧だけにしておこう……これは緊急事態のための医療行為なんだ、おかしいことじゃないんだ……。


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