30話 跳躍、あるいは冬眠 1/2
「ぅ――――――…………」
へんてこな夢から無事に生還できた喜びをベッドでいつもみたいにごろごろしながら味わうことしばし。
ちょっと寒いけど布団の中はまだ充分にぬくいからなおさらに出る気がしない。
なんかだるい。
そんな朝もあるよね。
「…………………………ぁ――――――…………」
よく分からない声を本能のままに出してみる。
この体になってから良くするようになった謎の発声練習。
眠い。
怠い。
そりゃあもうこんな変な声だって出しっぱなしにもなるもんだ。
髪の毛は絡まってるしくすぐったいし……ナイトキャップって言うのを買ってみたこともあったけど、寝ているあいだに自分で取っちゃうから結局毎朝酷い絡まりようなんだ。
まったく、なんでこんなに長い髪の毛が必要なんだ……。
だからすっごく二度寝したい。
できれば今度は普通の夢を見たい。
普段夢なんて見ていたとしてもまったく覚えていないけど、だからこそ睡眠って言うのはなんにも見ないで脳みそと体を休めるものだって思う。
……こういう起きるのも寝るのもめんどくさいときって、ちょっと手を伸ばしただけで取れるスマホで適当なニュースとか見たり読みかけの本を読んだりできるはずなんだけど、そもそもとして目を開ける気にもならない。
つまり僕は起きるか寝るかの判断もできないくらいにだるいんだ。
朝に強い僕としては本当に珍しいことに。
だるいんだからしょうがない。
けど、なんでだるいんだろ。
体感……いや、意識の上でとっても長い夢を見ていた気がするからか体がとっても重いし。
けど疲れは取れているし驚くことに二日酔いもないみたいだし、それにすっごくよく寝た感覚があるのに。
なのに、なんでだろうね?
なにかこう……何かの力を消耗しているみたいな、そんな感じ。
なんだろこれ。
忙しい日が続いたりして……僕にとってはせいぜいが旅行先で動き回りすぎるのが続くくらいしか経験したことないけど、過労と睡眠不足とで明らかに体が疲弊しているって状態。
これはそれに近いような感覚かも。
そんな「疲れていないはずなのにものすごく疲れている」っていう未知の感覚にごろごろとしつつ、不思議とたくさん呑んだ翌朝の部屋の中の独特の臭いがしないのにもまた疑問を覚える。
アルコールが肝臓さんに処理されて息とか汗とかでえもいわれぬあの臭いが部屋に充満しているくらいは覚悟していたのに、すんすんと鼻を動かしてみてもいつもの僕のベッドの髪の毛と肌から漂ってくる……ちょっと甘いような匂いしか感じられないし。
まぁこの体になってアルコールの……解毒臭もほとんどないんだけどな。
にしても。
「うーん?」
お酒。
なかなかに消費した感のあるお酒。
現実逃避にはやっぱりお酒がいちばんだった。
今までこんなことしたことはなかったけど……みんながするやけ酒っていうものだもんな、それだけの効能はあるんだろう。
健康的なストレス発散じゃないけどこの体じゃ走り回る体力もないしなぁ。
まぁ昨日の場合は本気でお酒に逃げるっていうほどじゃなかったし、それよりも「悩んだ気持ちを抱えたまま考え続けているとドツボにはまって気が滅入るから眠くなるまで飲んじゃおう……」っていうのだったけど。
ほどよくいい気分にさせてくれて楽観的にぼんやり考えられる状態にさせてくれるお酒っていうのはやっぱりいいものだ。
1日中呑むわけじゃないのもまたメリハリが付く感じがするし。
まぁ飲み過ぎると辛いだけだけど飲み慣れているんだし、なんだかんだできちんとセーブできていたんだろう。
伊達に毎日飲んでないんだ。
でも無意識ってすごいね。
あんな夢見させるくらいだもんな。
……それにしても、天井がぐるぐる回る感じとか胃腸がずんとする感じとかそういう二日酔いの手前くらいの症状でさえないのが不思議なところ。
思ったよりもアルコールが残っていないらしい。
あれだけ飲んだのにね。
不思議なこともあるもんだ。
かなり早くから飲んでいたこともあってちょっとずつ解毒できていたから実はそこまで飲んでいなかったとか?
お水もトイレがめんどくさくなるくらいにがぶりと飲んでいたしな。
昨日は結局……寝た時間を覚えていないからわからないけど、たぶん6時間くらいかけてぼんやりしていたんだし、そういうことなのかも。
ちゃんぽんしていたしな。
そういうこともあるのかも。
おとといと昨日っていう短期間で、僕の体を変えた魔法さんが髪の毛を切ったときだけじゃなくってずっと……前の僕から今の僕になったあの日からずっと僕にかかり続けていて、しかも僕の性別とか前の姿っていう引き金でも発動するものが見つかっちゃったりと、少なくとも3つ以上の効果を持っていてってかなり衝撃的だったのは確かだし。
あの夢でもあったように、あの朝、前の僕が今の僕になったあの朝になんにも考えないで迷いに迷って血迷ってお隣さんに助けを求めていたとしたって……きっと今の僕かつ前の僕として何も問題なく生きて行けたんだって確信しちゃったからなぁ。
だって魔法さんっていうご都合主義そのものみたいな力がかかっているんだから。
「ただ僕の体を変えただけ」っていう思い込みがあったのもあるのかもしれないけど。
でもよく考えてみると、あの夢の内容もかなりがばがばだった気がしないでもない。
けれども嘘をついたりしないで過ごせて、その流れで銀行のこととか戸籍のこととかにたどり着けていた可能性が高いんだ。
少なくとも昨日確認した限りでは問題がひとつもなかったんだから、きっとそう。
なにより深く考えない性格のお隣さんの奥さんなら、あとすっごくいい人なお父さんとか、ちょっと内気だけどいい子なさつきちゃんだったら……あの内容もあながち妄想でもなさそうだし。
まぁもう手遅れなんだけどな。
どうしようもなく。
本当に今さらなんだ。
嘘まみれになっちゃってどうしようもなくなってる、今の僕。
「……………………」
もし家族……僕の場合は親戚の人か、とかすぐに連絡できる友人とかを作ってさえいれば割と早い段階で……たぶんほんの2、3日くらい、早ければあの日のうちにわかったことなんだろう。
だってひとりじゃなければ服もすぐに用意できて、ひとりじゃなければ外に出る勇気もたいして要らなくて、ひとりじゃなければもっといろんな考えを見つけられていただろうから。
たぶん……ありえないことだけど万が一に僕が働いていたとしたって、ちょっとした混乱はあったとしても、しようと思えばそのまんまおんなじ生活を続けられていたんだろうって。
せいぜいが服関係とかかな?
困るのって。
あぁあとイスとかそういったものもあるのか。
踏み台とか何個か設置してもらわないとなんにもできない低身長だしな。
……ニートでなかったとしても今まで以上に……ムダに考えてムダに警戒してムダに嘘をついてムダに時間を浪費していなかったら、きっとかんたんだったはず。
「…………………………ぅぁ――――――…………」
毛布を体に巻き付けつつ、髪の毛も顔に巻き付けつつ、ごろごろと。
ご近所とか親戚とか友人とか知り合いっていう僕が持っていた数少ない相談相手になるかもしれない人たちと縁を切るっていうか疎遠になって、その大半とはスマホの引き継ぎの際にめんどくさいからって連絡先消しちゃったのは紛れもなく僕のせい。
僕がこんな怠惰な生活……いや、生き方を選んでしまったから。
つまりは僕の落ち度ってことになる。
めんどくさがって全部投げ捨てちゃった、僕のせい。
あのときの僕に言うことはできないし、言ったとしたってきっとおんなじ人生を送るはずだから無意味もないだろう。
けど、もう少し人との繋がりっていうか、縁ってやつ。
そういったものをもうちょっとでも大切にしてさえいたら、こんな無駄足踏まなくてもよかったかもだし悩むのも相当に少なかっただろうな。
おかげでたくさんの人に嘘をつき続けるっていう僕にとっても相手にとってもよくないこと……とってもよくないことをもう半年も続けているんだ。
……嘘をごめんなさいと謝る鉄則……か。
今さらどの面下げてって感じで顔、合わせづらいけど……嘘をついているの、早くどうにかしないといけないな。
だってこのまま嘘を続けていたら僕のほうがもたないだろうし。
あんな夢見るくらいだもんな。
嘘っていうのは、ほんの一握りの人以外にとって苦しい以外のなにものでもないんだ。
そして1度ついたらバラして謝って怒られ切るまで心の重しになるんだ。
「…………ぅぁ――……………………………………くちっ」
……ごろごろしていたらなにかの拍子に絶妙な具合で髪の毛の先が鼻の中をくすぐってきて、油断していたからそこそこ大きなくしゃみが。
……いけないいけない。
こうやってもんもんと考えちゃうから昨日はお酒に頼ったのに。
ひと晩寝てすっきりしたしいい加減に気持ちを切り替えないと。
もう子どもじゃないんだ。
少なくとも、僕の意識は。
……それにしてもなんにしても変な夢だったな。
そもそも明晰夢なんていうものすごく珍しい現象だし、普段の夢なんてほとんど覚えていないからわからないけど、それにしても変なものだったはずだ。
僕の想像力も妄想力も圧倒的に凌駕したような、なんだかすごい夢。
一貫性があるようでいて肝心なところでないって感じの、摩訶不思議って表現がぴったりの舞台。
「明晰夢かも」って気がついたときにはちょっとわくわくしたけど意識があるだけ。
後半はなんだか動けたりしたけど、でも流れに介入したりできるわけじゃなくって。
黒あめのアメリ……金髪がノーラで赤髪がタチアだっけ?
ほら、僕なのに初対面の相手の名前と特徴がまだ一致しているしよっぽどのインパクトだったんだ。
まぁでも適当なドラマを見たくらいの印象だったからしばらくしたら忘れるか。
どうせならもっと……いっそのことぶっ飛んで、空を飛んだり宇宙遊泳とか絶対に現実じゃありえないような体験してみたかったなぁ……。
まぁ1回見たからにはそのうちまた見るだろう。
そのときに楽しめるように無意識に教え込まないと。
どうやるのか知らないけど。
まぁ多分男の体が北国の幼女になる方がよっぽどのありえないことだけどね。
「…………………………くちゅんっ」
寒い。
暖かい服が必要そうだ。
お酒であったかくなってぼんやりして……つまりは普段よりもうちょっと暑く感じながら寝たのか、パジャマの下のワンピースのせいでお腹までべろんとめくれ上がってたし、そのくせなぜかシャツは着てないし。
だからおへそを丸出しで、さらに下はズボンを履いていないからぱんついっちょに近い格好で毛布だけくるめて寝ていたようなもんだしなぁ。
端から見たらものすごい格好だっただろうな。
まさに幼児………………………幼女じゃないか。
うん、今回ばかりは幼女だって思う。
「……いがいが」
……それになんだか喉も冷たくなっている感じもする。
気温……空気がとても冷えているのか?
…………早くも秋が近づいて来たのやもしれない。
まだまだ残暑が当分続くっていっていたけど天気予報は外れるものだしな。
そうして年齢相応のぐずり方をする僕自身をなだめるようにして……多分30分くらいはのんびり過ごしていた寝起き。
……もしかしたら薄々何かがおかしいって分かっていて、だから知るのを先延ばしにしてたのかもね。




