26話 検証 3/3
今の僕はふりふりで目立つ格好をしている。
帽子で顔を隠していないしフードで髪の毛も収納していない。
だから注目されて人が勝手に離れてくれるから歩くのがとっても楽。
ドン引きじゃないことを祈りたいけどその心配はなさそうだ。
ちらほらとかがりみたいな表情をする女性がいるんだしな。
……なるほど、ああいう顔する人は危険なのか。
経験が役に立つな。
今までの苦労はいったい何だったんだろうって思うくらいにすいすいっと駅前を行き来できてちょっと感動。
「……ふぅ」
昨日の夕方からさっきまでのことが歩いていてちょっと消化できてきたからかため息が出る。
この、いかにも女の子女の子している姿で外に出ても……今までの生活に支障はまったくなくって、もちろんお巡りさんたちの世話にもならなさそうで。
たぶんお役所関係も……そういえば税金のこととか今でもみんな叔父さんに丸投げだな……とにかくふつうにできてしまっていて。
ここまで徹底しているんだから、きっと病院とかだって平気だろう。
たいした病気とかしたことないし。
多分これからもよっぽどのことがなければお世話には……いや。
今の僕は女の子。
ということは……たぶん、その
やっぱり、いずれは血が出てくる感じになっているんだろうか。
もはや洗うときたまに意識する程度のそこからのとかで。
「……やだなぁ……」
今は機能していないはずのそれが、男女の決定的な違いがあるんだろう。
本格的に成長できたとしたら何年でそういうのも気にしないといけなくなるのかも。
逆に言うと、肉体が幼女から少女へと成長するまでは何の問題もないわけで。
個人差がすごいらしいからはたしてどのタイミングで起きるのかはわからないけど、とりあえず今じゃないけど。
女の子っていう女「性」なら避けては通れないもの。
男ってそういう意味でもほんと楽な存在だよね。
女の子になったからこそ思う。
まぁそのときが来たらでいいや。
魔法さんのせいで来ない可能性もあるんだし。
とぼとぼと一路家へと、人通りが少なくなってきた住宅街を進む。
お天気は真夏の死ぬほどの暑さを脱しつつあるようで、そこそこに暑い程度のよく晴れた青空。
つまりは日陰をぬえば快適に近い感じの、吹いている風のおかげでときどき涼しいくらいで。
……さっきの並んだ数字を思い出す。
「大人ですって言えば大丈夫だよね」ってことでATMからお金を下ろす試みも何も起きずに成功した僕はようやくまともな現金を手にした。
……幼女がATMを背伸びして使ってお金とかを首から提げた袋に押し込んでいても誰にも咎められなかったんだ。
魔法さんのせいなのか今の社会的に声をかけなかっただけなのかは分からない。
でも、お金はいつでも自由に下ろせるようになった。
貯金はまるごと使えるようになった。
だからお金の問題は、贅沢しなければ……僕の性格的に豪遊しなければあと何十年かは大丈夫。
大きな病気とか散財さえしなければ、人生の下り坂になるまではそこそこに楽しんでいけるはず。
まぁ食費がだいぶ減っているっていっても10年くらい巻き戻っているわけで光熱費とか税金とかは地味にのしかかってくるから男だったときより10歳若いくらいでお金が尽きるわけだけども。
つまりいずれは食いぶちを稼がなきゃならないわけなんだ。
……でも、今日分かったとおりに身分証とか書類とかちゃんと用意したら……その気になったら就職だってできるんだ。
だって少なくとも怪しくない身分が記録として存在して、魔法さんで僕の見た目を誤解してもらえるんだから。
もっとも特になにもしてこなかったニートな前の僕を採用するような珍しい会社に巡りあったとしたらだけど……いくら僕だって明日の寝床とか食べものに困るくらいになったらやる気は出せるはずだからどうにかありつけるだろう。
きっと、たぶん。
どんだけお給料が低くたって最低限の生活費がもらえるお仕事を探し出せれば僕としては不満がないんだし、探せばひとつくらいはあるだろう。
「あら、こんにちは響くん」
声を掛けられてはじめて下を向いていたって気がついたけど、向こうからやってくるのは昨日振りのお隣さん。
今の彼女は普段通りに戻っているらしい。
「こんにちは。 お買い物ですか」
「夕食の準備でねー」
ぱたぱたと手を振っているしゃれっ気のない奥さんは今日もまたラフな格好で、それがまた大学生っぽい雰囲気を醸し出している。
ぽんわりした感じの表情もあるかもしれないな。
つまりはケバくない大学生……JDに見えるんだ。
だから飛川さんはご近所のおじさんたちに大人気。
おじいさんたちにとってはちょっと幼すぎるらしい……そういう情報は立ち話とかでさらりと知っている。
でも本人はきっとそこまで意識していないだろうなぁって思える辺りは天然というやつなんだろう。
かがりと組み合わせるとシナジー起きそうだもんな。
ちょっと想像したらぞくっとして身震い。
「涼しくなってきたわねぇ……もうすぐ夏も終わりかしら」
「そうですね」
ぶるっとしたのをなんか勘違いされたけどいつものことだから適当に合わせておく。
……いつもどおりだ。
姿が変わろうが変わるまいが何年も続けてきたような、僕の、だらしのない生活という日常。
「また今度、娘の勉強見てあげてくれるかしら? もちろんきちんと家庭教師ってことで。 最近成績落ちちゃったみたいなのよ……中学生って大変だから。 ほら、親が言うより知り合いの響くんからの方が……ね?」
「……………………考えておきます」
バイトをしてしまう時期にはフリーター、それ以外はニートとしてただただ好きなように生きてきた生活が続いていくんだ。
「それにしても今日はいちだんとおしゃれさんね! お出かけしてきたのかしら?」
「いえ……いえ、そうですね。 少しだけ」
少しだけ、ほんの少しだけは変わっているんだけど、結局「僕」って言う存在は変わっていないらしい。
魔法さんもさぞ驚いているだろう。
幼女になったのに僕がこれまでと全く変わらないんだから。
まぁ意志があるかどうかは分からないけども。
そうして雑談をこれまでの普段通りに交わして別れて、またひとりぼっちになって。
ずーっと母さんたちと住んできて少し前からはひとりぼっちで広すぎて、けどきっとこれからもずーっとひとりぼっちで生きることになるだろう家の前に着いて。
ふと見上げて「そろそろ外壁の塗り替えの時期だなー」とか「この夏は伸び放題になっちゃった草を刈ってくれるようシルバーさんにまた電話しなきゃ」とか「いい加減にお風呂、なんとかしないとなぁ」とかどうでもいいことが浮かぶ。
……もう大丈夫だってわかってちゃったから洗濯ものも普通に干している。
子供用のシャツとかぱんつとかが風にあおられて、髪の毛のせいでたくさん使うようになったタオルが、ぱたぱたぱたぱたとはためいていて。
かちゃりと背伸びをして開けたドアの中に入る。
結局は……この体になったばっかりのときに考えていた、僕の認識だけがおかしくなっていて僕が僕自身を銀髪幼女だって……小さな女の子になっているって思い込んでいるっていう状況と、ほとんど変わらなかったわけだ。
つまりはどっちも合ってたんだ。
僕が本物の幼女になっちゃったのも、認識がおかしくなってるのも。
もっとも認識については他人のだけども。
多少の不便さはあるけど、男のままだったらあと何年かで老化を意識しはじめる年齢になるわけだし、1日中座ったままで腰とかがやられはじめるんだって考えてみたらこれは幸せなこと。
10も若返って、その上に容姿までよくなるっていうおまけ付きな僕の状況はきっと、とっても嬉しいものなんだろう。
「でもなぁ」
僕は普通に目立たない男のままで良かったのに。
分相応ってそう言うことだろうって思ってたのにな。
……玄関はすっきりしちゃっている。
もう使わないだろうって思えてきたから前履いていた靴は高いのを残して全部捨てたから。
代わりに靴箱の中にはこのちっこい足にぴったりな靴が占めるようになって久しい。
……ムダにあれこれ必死になって考えて行動して、失敗して……いろいろとがんばってきたのがぜーんぶ、みんながみんな空回り。
なんにも起きなかった……それだけはありがたいけど、ただそれだけ。
僕は勝手にひとりで慌てふためいていただけなんだ。
◇
「ふぁ――……」
そんなやな気持ちはお酒で吹っ飛ばすに限る。
だからテレビの音も光もぼーっとしている。
体の感覚も頭の中もみんなぼーっとしている。
テーブルの上にはわざと並べたお酒の瓶たちの群れ。
ワインから日本酒から、家にあるのを手当たり次第に並べてこれまた手当たり次第に飲み始めたお酒たち。
よく考えたらわざわざこんな風になにかに対する当てつけみたいにして並べる必要はなかったんだけど、たぶんこうでもしないと収まらないくらいにはさっきまでの僕の心はちくちくしていたんだと思う。
いくら温厚なニートを自称する僕だってささくれ立つことくらいはある。
でもちゃんとそれを解消する手立ても知っているんだ。
こう見えても大人だからな。
「ふぅ――……」
普段からローテンションな僕もお酒を呑んでるときだけはちょっとハイになれる。
飲んだくれになるのはさすがにイヤだって思っていたから控えていた、まっ昼間っからのお酒。
うじうじ考えるのがいやだからってとうとう手を出したのはもう数時間も前のこと。
「む――……」
さすがに長時間呑み続けているからか思考力とかが遅くなってきてるのが分かる。
でも、大人にはこういう時間が必要なんだって誰かが言ってたからいいや。
普段はお酒の味と香りを楽しむだけの僕だから、ここまで飲んだのは初めてだ。
普通は大学生で浴びるほどってのを経験するらしいんだけど……ほら、ぼっちだったし。
でもまだ呑めそうってのは分かる。
限界を知らないから「やばそう」って思ったら止めれば良いんだ。
体はこんなにちっちゃいのにここまでお酒が呑めるってことは、やっぱりこの体にも魔法が掛かり続けているんだろうなって思う。
「けほっ」
ふと、ちょっとだけストレートで流してみた40%くらいの液体はとっても辛くってむせる。
……なるほど喉への刺激がダメなのか。
◇
そんな感じでぐだぐだしてトイレに行った回数が10を超えてわからなくなったくらいで、テレビはいつの間にかまた知らない番組になっていて、見ているようで見ていなくって聞いているようで聞いていないまま夜になってたらしい。
スマホで読むともなく読んでいたらしい適当な記事とかもまったく頭に入っていない。
けど感覚としてはまぁそれなりに、そこそこに興味を持って読んでいた……らしい。
お酒が入ってくるとこうなるよね。
僕は誰かと話しながら飲むってことがないからこうやって時間を潰すんだ。
……僕が酔い潰れたことがないのって、こうしてひとりで飲むからなのかもな。
「まわるー」
ちょっとぐるぐる回る感じになってきたからもうほとんど飲んでないけどアルコールは何時間も続く。
空の瓶を見ながら、何度もタップし損ねたりしつつ通販サイトで気になるお酒をカートに入れていく。
ぷにっとしているくせにふだんは乾きすぎている指のせいでなかなか反応してくれないから苦手になったタッチパネルも、今は前の体のときみたいにすいすいと反応してくれるようになっている。
ふと思って見てみると指先が真っ赤だ。
「じんじんする」
珍しいこともあるもんだ。
そこそこの運動をしたりお風呂に入らないとここまでならないのに。
んー、まぁそこそこ汗かいてるしなー。
じゃないな、お酒だお酒。
知っている銘柄をスクロールしていく。
これだけ平気なんだから多少飲む量が増えたって、問題なんてないはずだ。
そんなことを思いながらぽいぽいと入れたカートの金額はそれなりだけど、今日の僕は懐が温かいから問題ないはずだ。
「……むー」
何回か目をごしごしするけど数字が認識し辛くなっているって気づいた僕はなんだかめんどくさくなって、スマホぽいっと投げ出してただただぼーっとする。
……テレビがうるさい。
けど消しちゃうととたんに不安になるから、身の回りに音と光がないとなにかに襲われそうな気がするから結局はチャンネルを回して……あ、この表現今のこには伝わらないことあるんだったっけ……ともかくぱっぱっと変えて静かめな感じの画面に落ち着けるだけで、また天井を眺める。
まだ寝るには早すぎる時間。
次は……赤にしようか。
ロゼでもいいかな。
そんな風に僕は、未成年どころか幼児飲酒という真っ黒な行為を繰り返していく。
今まではこの体での将来のこととかを小難しく考えていたからほどほどにしていたけど、もうどうでもいいしな。
どうせ魔法さんが何とかしてくれるんだから。
「…………………………ひっく」
お金のこととか体のこととか、ご近所のこととか未来のこととか。
今まで気にしていた分をみんな流すために……飲み潰れたい。
酔い潰れるっていう感覚を、体験を、してみたいんだ。
こういうのこそ大学生って言うワルやっても笑って許される年齢と場所でやっておくべきだったんだろうな。
だからこそハメの外し方を知らないんだ。
でも、良いんだ。
家の中でひとり静かに呑んだくれるだけ。
誰に迷惑かかることじゃなし。
どうせ誰も見てないんだ。
「……ん。 なんで、脱いだんだっけ」
……ついでに僕はどうやら酔うと脱ぐらしい。
「……どうでもいっか」
遠くのソファにワンピが掛かっていて、つまりぱんついっちょになってたらしい僕自身を再確認した。
体にまとわりつく髪の毛がこしょばゆいんだけど汗で毛先が張り付くからそうでも無いっていう不思議な状態な僕自身をぼーっとした頭で観察していた。




