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26話 検証 1/3

「夢じゃない……」


どれだけイヤだったとしたっても朝は来る。


たとえ眠れなかったとしてもやっぱり朝は来るんだ。


まぁちゃんと寝たけど。

睡眠は大切だもんな。


ムダにアルコール耐性があるからどれだけ飲んだっていつもどおりの時間に目が覚める僕。

こういうときに規則正しい生活にいらっとする。


お酒呑んで頭ぱーになって気がついたら寝ていて……起きる。

完全じゃないけど再起動的なリセットだ。


「……よしっ」


一晩寝て覚悟は決まった。


いつもどおりに朝を過ごして、けどなにも手に着かないから夏からの日課になっていた勉強もなにもしないでただただ時間を待つばかりの朝を過ごして。


……そして今。


僕は、いつもどおりじゃない格好で。


なんとなくかがりに連絡して今日のラッキーカラーというやつをコーディネートしてもらって。

よさげな服装を思いつかなかったから男のプライドとかちっぽけななにもかもを投げ捨てて、おすすめだっていう服をそのまま着て。


データに残るのを承知の上で鏡の前で自撮りをして送ったところ、それはもう大絶賛だった格好になっていて。


夏休みに買わされた、あのふりっふりの真夏仕様の白いワンピースを着ていて。


下着はもちろん色を合わせて目立たないようにして、けどやっぱりいくらかは恥ずかしいから下はスパッツで気持ちだけガードして、併せて買わされた真っ赤でつるんとしたサンダルを履いていて。


あえて胸にもしっかりと女の子の装備を着けることで偽乳を作り上げ、どう見ても女の子……まちがっても女装した男の子には見えない見た目にしていて。


……こうして胸があるように見えるだけで一気に年齢が3つ4つ上がったように見える気がする。


はじめからこうしていれば少なくとも低学年扱いはされないんじゃ……いやさすがにブラジャーをいつも人前でいつもつけているのはさすがにその……まだ、ちょっとな。


今さらながらに知ったどうでもいいことをぶつぶつと考えつつ、その上にかぶせるように、銀色の長い髪の毛をただただふぁさあっと乗せて麦わら帽子を被って。


だから僕は、どう見ても現実世界……いや、ここにはふさわしくない、明らかに異質で遠く離れたどこかの世界にでもいそうな、そんな姿になっているんだ。




通勤時間になってきたから、ぐじぐじしないためにあおったお酒の力を借りて家を出て近所を徘徊していたら、運良くすぐに見つかった顔見知りの奥さん……僕のことだから当然お隣さん以外の人の名前なんて覚えていないけど、たしか猫を飼っている家だ……とご挨拶。


「……おはようございます」

「あらあらおはよう、お久しぶりねぇ。 聞いていたとおりに雰囲気変わったのね? でも、とっても似合っているわよ! まるで『お姫さま』みたいで!」


「………………………………、どうも」


まずはひとり。


僕が女の子の格好をしていることについてもこの低身長にも、なにも疑問に思われない人がいることを確認した。


あと、やっぱりウワサっていうのはあっという間に広がっているんだなって再度確認しつつ。

やっぱ早いなぁ飛川さん……あの後買い忘れた食材でもあったのかな。


そうしてたったのひと晩……まだ丸1日も経たないうちにこれだ。

どこまで広がっているのか。


女の人たちのネットワークは想像以上に根が深く広く広がっているらしい。


「おやおはよう。 最近見なかったけど元気かい?」

「えぇ、……おじいさんもお元気そうで」


前は見下ろしていた関係のおじいさんが、今ではおんなじところに視線がある関係になっていて。


「うちの子もいつもこのへんで君に撫でてもらっていたから、なんだか不思議そうな顔をしていてねぇ」

「ちょっと忙しかったもので」


「わふっわふっ」

「お手」

「わふん」


町内一周な散歩を朝晩にしているおじいさんは特に見た目には言及しなかったけど、それでも僕を「僕」だって認識していることがわかって。


おじいさんの犬……そこそこに大きい人なつっこい子……も、姿はもとより匂いすら変わっているはずの僕を認めて近づいてきていつものように撫でられるままで。


まぁこの子の場合は誰にだってこうするから犬にまで魔法が効いているのかはわからずじまいで。


けど幸いにしてこの人にはウワサ……たぶんまだってだけだけど伝わっていなくて。

でも僕がこんな格好をしていても気にしないで、いや、気がつかないで、数ヶ月前とおんなじように接してきて。


そうして1回でも話したことのある人ならお構いなしに何人か、駅まで歩きながら捕まえて尋ねて。


よく知っている人になら僕の印象を尋ねて、そうでなければあいさつだけをして。

けど誰でもやっぱり僕を僕だと理解していて、それなのに変な顔すらしなくって。


僕が前の僕だって見えているとしたら、きっとぴっちぴちどころかいろいろとまずい状態になっているはずのふりっふりのワンピース姿でおえっとなるはずなのに。


僕が今の僕だって見えているとしたら、見知らぬ洋物幼女が親しげに話しかけてきたってなるはずなのに。


そうして歩いてきて疲れてベンチで足の裏と腰を休めがてら会社や学校へ急ぐ人たちを眺めている。

僕とは違って行く場所もすることもしっかりと決まっている人たちを。


万年ニートな僕とは違って。


「………………………………」


いつものクセで下に着かない……いや、このベンチはいいベンチだから着くんだけど、でも深めに座るともちろん着かない足の先を真っ赤なサンダルごとぷらぷらしていると、ただでさえ目立つ格好の上に帽子を取って日の光を浴びて光っているだろう銀髪がきらきらしている僕は、それはそれは注目を集めている様子。


体感的に7、8割……というよりはスマホとかで下を向いていたりいつもの僕みたいにぼーっとしながら歩いているらしき人以外からは、珍しい色彩でまず1回、それでもって髪の毛と顔と服と振っている脚とで2回目、そして人によってはじーっと3回目と、それはそれはじっくりと見られる。


……やっぱ目立つよね。


黒髪の中の銀色と、夏休みも終わっているのにおしゃれをしているこの格好。


今までパーカーさんと帽子さんのセットのおかげでどれだけ人目を避けられていたのかがよーくわかる。


それでも誰も、僕を……特段おかしなことをしているようには考えないみたいで、珍しいものを見たって顔はするものの立ち止まったり話しかけてきたりなんかせず、そのまま駅へと吸い込まれていく。


そんな十数分を、人の流れが薄くなってくるまでただぷらぷらと脚を振って過ごした。


「……やっぱり」


彼らは僕を見た目通りの女の子だと認識している。


それが結論だ。


けど僕を知っている人だったとして……元は男だった僕とも同時に認識しつつ、けどそれをおかしいと思っていない。


僕が深く突っ込まなければ今の僕の見た目にも格好にも違和感を持ったりはせず「ちょっと雰囲気変わった?」程度止まりで、前の僕と今の僕とを半ば同一視しているみたいで。


女装とか以前に、たとえば髪の毛を少し伸ばしたとか丸刈りにしたとかひげをちょっと蓄えているとかコンタクトにしたとか……その程度の認識のようで。


僕がわざわざ前の僕について言及しなければ、少なくとも今朝話をした数人の知り合い未満の顔見知りの人たちは、魔法さんでおかしなことにさせられたりはしなくって。


…………まぁ、顔とかがかわいいとか小さいとか、そういう成人男性に対してはどう考えてもケンカ売っているとしか思えない褒め言葉が浴びせられるけども。


今までにどこかで聞いたような感想は必ずといっていいほど添えられていたんだけど。

耐性ができていなかったら危ないところだったけれど、今の僕はかがりやゆりかに鍛えられている。


問題はまったくなかった。


……慣れてしまっているのが悲しいっていう感情は、もはや失せている。


さらに僕があえて「僕、かわいいですか?」って聞いたり、逆に「僕、かっこいいですか?」って聞いたりしても大体似たような答えが返ってきたあたり、どうやら男と女の区別もずいぶんとまたあいまいになっているみたい。


こんなふりっふりなのにどうして格好いいってことになるんだ……。


あちこちからぴらぴらしてうっとうしいからみんな縛っちゃったリボンチックな装飾が逆にアクセントになっちゃっている、今のロリータな格好なのにね。


都会の繁華街でも無し、ここまでのロリータもなかなかお目にかかれないだろう。


……かがりに買わされるとき、夏だからって黒を選ばれなくってよかった。

これで黒だったら銀髪の黒の赤っていう完璧なゴスロリが完成しちゃうところだった。


なにより暑かっただろうしな。


ともかく町中の人だって僕には注目……カラーリングと格好のせいだろうけど……するけど、だからってどうこう思うわけでもなく「ただ幼い女の子が近くにいる」って程度の認識のようだった。


山に登ったときみたいにいろいろと聞かれたりもせず、ただただあたりまえに、ただここに女の子がひとりいるだけだって。


それだけだった。


あのときのように困ることもなくって、ただただ見られる。


ただ、それだけ。


僕がこんな格好をして、こんな時間にこんなところでたったひとりぼっちでぼけーっとしていても、変だとすら思ってもらえない。



◇◇



「次の方どうぞー」


お昼が近くなってきたスーパーは、ちょっとした戦場だ。


カートで爆走するお子さまたちがいないぶんマシだけど、その代わりにお年寄りの比率が上がって奥さんおばさんたちも多くって、けど夕方みたいに時間に追われていないからぴりぴりとはしていない。


そんな駅前のスーパーに寄ってぷらっとそのまま中ほどまで行って1本の缶を、350mlの重さですらやられちゃいそうなほどに細い手首のせいで両手で持ってそのままレジへ行って、気持ちを落ち着けるために、わざとこれでもかって買い込んでいるおばあさんの後ろで待って。


1円単位までがんばって買い物をしていたおばあさんが嬉しそうにしているのを横目に、僕の顎くらいの高さのカウンターに缶ビールを置いて。


「お願いします」

「…………えーっと」


うんまぁ、困るよね、これは。


でもあえて当たり前だって顔をしながら顔を上げて。


「お願いします」

「……ごめんね――、お父さんのかな? おつかいだよね? わかってるんだけど、そのね? こういうの、お酒って子どもには売っちゃいけないんだー」


じっと見上げた先のお兄さんが困った顔をしている。


たぶんこんな銀髪幼女がビールだけを買いに来たっていうので魔法さんとか関係なく混乱しているんだろう。


ごめんね、大学生くらいのアルバイトさん。

ただの実験だから。


多分ひどいことにはならないって思うからちょっとだけ付き合ってね。


「最近は厳しいから大人の人でないとお酒はねぇ……料理用でも売ったらダメって言われてるしなぁ。 悪いけどお父さんかお母さんにご自身で買いに来るようにって。 あぁ、日本語通じてるのかな……えーっと……」

「………………………………」


突き返すわけにも行かなくってただただ僕が持ってきた缶を片手に、僕の後ろに並んでいる人の顔もちらちらと見ながら困っているお兄さん。


いや、前の僕よりいくつか年下のはずだから……青年?


まぁいいや。


ごそごそと首に掛けていたちっちゃな袋から「それ」を取り出す。


スカートにもポケットはたしかにあるんだけど、ズボンとは違って……ちょっとでも重いものだとひらひらとするはずのスカートが片方に引きずられちゃって、見た目もなんだかだし着ていてもバランスが悪くなるって初めて知ったから、来る途中に買った子ども用のコーナーにあったなにかしらのキャラクターがプリントされた袋から、それを出す。


その四角いものをごそごそ出してぱっと差し出すと、店員さんな青年はいつもの僕みたいに反射的に受け取って、書いてあるものに注目した。


僕の……生年月日と年齢を。


今の僕とは似ても似つかない前の僕の写真が印刷してある、その、プラスチックでできた免許証を。


身分証としてしか使ったことのないそれを。

こういうときに持ってて良かったって思う。


「……すみません。 僕、こんな見た目ですけど……成人、していますよ?」

「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆……………………………………………………、あ」


と、僕を見ている青年の目がどす黒くなる。


もちろん予測はしていたから視線は彼のひたいのあたりにあるにきびに合わせているけど、いやーな感じがひたひたと届いてくる。


「………………………………」

「………………………………」


ほんの数秒の硬直が過ぎる。

周りから音と光がなくなったような、そんな感覚。


もちろん僕の錯覚なんだろうし、……いや、そうじゃないかもしれないけど今は周りまで見る余裕はないし……ただただじっと、待つ。


「……いいですか?」


ってかけた僕の声に反応したのか、彼は僕の免許から視線を外しながらタッチパネルを操作しつつ僕にそのカードを差し出してきた。


「……◆◆◆ ◆◆失礼しました。 お若く見えたもので。 はい、確認しました。 袋のほうは――――」


そして僕もまた反射的に「袋、要らないです」って言っちゃって。


――実験の結果、僕は、シールを貼られた缶ビールっていう見慣れないモノを手に入れてしまった。


白昼堂々ふりふりの白いワンピと赤いサンダルの銀髪幼女にしか見えない姿でも、免許で男だって伝えたら――魔法さんの効果が立証されちゃったんだ。

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