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21話 関澤ゆりか(1) 5/5

「うひゃ――ハズい……」


僕に付き合ってる人について聞いておきながら自分が恥ずかしがっているゆりか。


……かがりのときもそうだけど、最近立て続けに変なことばかり聞かれている気がする。


本当に女の子って好きだよなぁ……。

きっと学校での話題もそういうのばっかりなんだろう。


学校とかって、仲の良い男女のグループ同士以外はそんなに話さないよね。

きっと話す話題が根本的に違うのをお互いに分かっているんだろう。


でも、聞かなくてもそういうのが好きって分かるかがりならともかく、ゆりかまで言い出すなんてな。

まぁ会ってから半年近くして初めてなんだから本当に単純な興味なんだろうけど。


なんだか真剣そうだったから、なんかもっと重要な言いにくいこもの……僕の家とか学校とか病気だって言い張っているものみたいな、ついてる嘘について突っ込んで聞かれるのかって身構えちゃったけど損した。


……嘘って1回ついちゃうとこうやって何かある度にちくちくするんだなぁ……つらい……。

つらいけどゲロるか隠し通すしかないんだからどっちかを選び続けるしかないよな。


でも僕と同じく恋愛というものに興味がない……あ、いやこの子キャラクター同士のとかについてはうるさいんだったな……そんな感じのゆりかから僕にっていうの、なんだか不思議な気持ち。


なんだろうね、これって。


「……あ、ごめん、言いたくないならいいよ? やな話題だったりしたらスルーしてくれてもぜんぜん大丈夫だから!」


なんだか急に早口になっているゆりか。


「きゅ、急にこんなこと言ったのだってさ! え、えーっと……そう! ここ最近の登校日でさ、『夏休み中に告白して付き合うことになったんだー』みたいな子が同級生でけっこー出てきたりとかしたからで! いやっ! その! 私はもちろん違うんだけどさー、でもなんだか気になっちゃっただけだからほんと気にしなくて良いから!!」


この子は普段からマンガとかゲームの話題だとすぐに早口になるから聞き取るのが大変。


下条さんが着せ替え中にとめどなくしゃべっているくらいの早口だけど彼女とは違って基本的に意味のある内容だから聞く気になれる早口。


それでもなかなかに大変だ。

かがりの早口の9割は聞き流すけどこの子の早口の5割くらいは聞き流さないくらい?


でも、よくこんなに早く口が動くよなぁっていつも口元を見ながら思う。


女の子ってかなりの割合で饒舌だよね。

男ががんばってもこうはならないって思うし。


こんな感じなんだから口げんかをしたって絶対に勝てないって分かる。


まぁ僕は男の中でも寡黙な方だからさらに勝率が下がるんだけども。

多分小数点以下くらいしか見込みないんじゃないかな?


にしてもわたわたしながらすっごい早口の小学生に見える中学生。


ぱっつんが左……あ、彼女からすれば右か……そっちの方だけまぶたにかかってて結構頻繁に手で払っている。

僕の前髪もそうだからそのめんどくささ分かるよ。


でも僕と違って自分の意思で切れるんだから切ったほうがいいと思うけどなぁ。

いやでもおしゃれのためだったりしたらしょうがないのか……髪の毛命な女の子だし。


めんどくさいことをするほどにおしゃれになる不思議な生き物だからなぁ。

男なんて髪の毛とヒゲを整えるだけで良いのにね。


かがりにいろいろ雑誌を見せられながらお説教される日々だけど……そのお化粧とか髪の毛のお手入れの大半は男視点ではどうでも良いものだから「それって女性同士の見栄の張り合いなんじゃない?」って思う。


でもそう言ったらとんでもない目に遭わされそうだし止めておこう。

「おしゃれすれば分かるわよ!」って服屋と美容院とのループになりそうだし。


間違いなく後悔し続ける時間になるだろう。


「えーとそのぅ……とにかくね!」

「うん」


しゃべってるうちに言いたいことが見つかってくる感じになったらしい。


「さっきまで見てた映画のラストの……その、き、キスとかその先の……………………………………む、結ばれた場面……とか……」


中学生ってそういうのにいちばん敏感な年頃だよね。

無菌状態の小学生からいきなり……ああいや、女子って高学年からこうなるんだっけ?


僕はこの歳まで無菌状態で育ってきたから全然分からないけど。


「今のカップル割とかでそーゆーのでなんか浮かんだ疑問だし! あ、いや私はきょーみなくもないんだけどともかくそんなわけだから、ぜんぜん答えなくっていいから!!」


こんなに手を振り回していて疲れないのかなってくらいの激しいボディランゲージ。

こんなだから幼く見えるんだ。


「僕は別に平気だよ? ただ君が話し終わるのを待っていただけだから」

「あぅ」


なぜかさらに赤くなっていくゆりか。

よく分からないけど、多分思ってもないことまで話しちゃったんだろう。


緊張してると勝手に口がしゃべっちゃうんだよね。


すっごく良く分かる。


「君は普段から恋愛の話題とかしたことなかったから少し驚いていただけ」


かがりとおなじ女の子って生物のはずなのに半年のあいだ1回も……友だちが多いらしいのにその人たちについてすらもひと言も言ってこなかったからなぁ。


だからこそ気楽だったんだけども。

まぁ1回2回なら良いけどさ。


「それに」

「それに?」


「……あ、いや。 ただ、つい先日も同じようなことを聞かれたばかりだったからデジャヴみたいな感覚になってね」


こういうのは立て続けに起きるものなんだ。

この子たちと出会ったときもそうだったしな。


「……ね。 もしかしてそれ、この前の……えっと、大きい子」


どっちの意味で大きいんだろう。

多分どっちの意味でもだよね。


「……かがりって子だったりする? なんとなくだけど」

「ん、よく分かったね」


妙な化学反応が起きないようにってばらばらに会っていたのにばったり会っちゃったこの子とかがり。

かがりもそうだけどこの子も結構相手のことを気にしているらしい。


なんでだろ。


同じ学校なのにお互いのこと知らなかったからかな。


学校で話すようになったのかって思ったらそうでもないみたい?


「まぁ彼女はほとんど毎回そんなことばかり話しているから取り立ててってわけじゃないけどね。 普段からあいさつ代わりに聞いてくるくらいだしな」

「そっか。 なんとなくそんな感じがしたよ。 …………………………………………」


これまた珍しくぼんやりとしているゆりか。

僕もぼんやりしながら見つめ返す。


なーんかこの子と一緒にいると、ふとしたタイミングでこういうの多いんだよな。


こういう感じ、昔の母さんと少し似ているかも?

目が合う確率が高いというか目が合っていても嫌な感じにならないというか、そんな感じが。


「…………………………………………」


……こんなにちっちゃい子なのにね。

性格が似てたんだろうか。


「……んで、どうよ? 聞いたことないけどいるの? 相手。 付き合うまではいかなくても好きな人とか。 あ、2次元とかでもいいよ? なんならアイドルとかでも2.5次元とかでも可! むしろ良き!!」

「そんな相手、僕には居ないよ。 どの次元でも」


そう言えばこの子も「このキャラクターが好き」とか「このキャラクター同士早くくっつかないかなぁ」とか良く言うけど……好きな男性キャラクターとかも聞いたことない気がするなぁ。


「……ほんと?」

「うん。 好きな人も付き合っている人も。 そういうの興味ないしね」


「今までも? ずっと? ……あ、そっか入院生活かぁ。 でもさでもさ、先生とか看護師さんとか他の病室の人とか、きれーな人とかいないの? 響からも相手からもとかないのかねキミぃ!」


なんか結構食い下がってくるな。

そんなに気になるの?


「特になかったな」

「うそぉん……」

「ほんとうだ」


だって小学校から大学卒業っていう学生生活とその後の、通算で20年近く恋人なしだもん。


………………………………自覚すると凹む。


でも言うほどには凹まない。

だってこの歳で居ないって言うことは僕自身が真剣に欲しいって思ってるんじゃない証拠だもん。


本当に欲しければ僕から動かなきゃ見つけられないんだし、真剣にがんばれば見つかるんだろう。


多分。


む、けどニートが足かせになるか?


でもなぁ……誰とも付き合った経験もその先の経験もないままに男として終わるなんて誰にも想像できないでしょ……?


30まではセーフって誰かが行ってたからそのうちそのうちって思ってたらこれだ。

まさかのまさかで引っこ抜けるだなんて誰にも想像できやしない。


のんびりしてたのがいけなかった。


男として生まれたんだから1回でも……いやいや、まだ希望は捨てていない。

突然に女の子になったんだから突然に男に戻ることだってあるはずだもん。


僕はそう信じてる。


「……そういうゆりかはどうなんだ?」

「え……わ、私ぃ!?」


彼女いない歴について考察していたらなんか心臓が痛くなってきた気がするからゆりかに投げ返してみる。


「君には居ないのか? 肝心なときにも冗談を言って失敗しそうな性格をしているけれど」

「……響ってときどき辛辣だよねぇ……」


ふたたびぱっつんの下の目と合う。


「でもそうねぇ……私もね?」


真っ黒な目のふちに光る窓の外の光。

黒と白と緑の混じった明るさのコントラスト。


ふだんはおどけていることが多くって口の端が上がっていることが多いんだけど、今はどちらかというとぎゅっと力が入っている感じ。


めったに見ない、ちょっとだけ大人びた感じのゆりか。

こういうの見ると「この子もやっぱり女の子なんだなぁ」って気持ちになる。


これが父性か。


「恋人とか、付き合った人とか。 …………私も。 今までいたこともないし、考えたこともなかったよ」

「なんだ、一緒か」


大丈夫、中学生ならまだまだ大丈夫だから。

それに君なら望めばすぐにお相手は見つかるだろうし。


「だけどね、響」


まぶたが少しだけ下がってぱっちりしていた目が、切れ長になっている。

僕としてはこういう目つきのほうが普段の元気すぎる感じのよりも似合ってる気がする。


「気になってる……かも? そんな人。 最近いるかなーって感じ……かな?」


ちょっとうつむいてちらちら見上げてくる、不思議なことをしてくるゆりか。


「…………………………………………」

「…………………………………………」


なんか言いたそうだけど言ってこないなぁ。


下条さんとは違ってこちらには意中のお相手が居る……いや、最近できたんだな、きっと……らしい。


初手で人と仲良くなれるはずのこの子が今ごろってことは学校の外で会った男子なんだろうか。

それとも夏休みに教室で会ったら雰囲気変わって見えて……って感じなんだろうか。


青いなぁ。

これが若さ。


僕には欠けているもの。


つまり僕は中学生の頃からずっと枯れているってことになる。

悲しいけど仕方がない。


それが僕なんだ。


悲しいけどしばらく考えても正直どうでもいいかなって思っちゃうんだもん、やっぱり僕には関係ないことなんだろう。


「青春しているな」

「…………………………………………あり? 予想外の反応」


どんな反応を期待してたんだろう。


「あ、いや…………あ――――……まぁ響だもんね。 そーだよねぇ、こっちの方が自然だよねぇ……」


どう言う意味なんだろう……いや、そのまんまか。


「そっかそっか。 あんまり興味ない感じだよねー、恋愛とか」

「そうだな、僕はそんなにはな」

「だよねだよねー、今期の推しのヒロインとか反応薄いもんねー」

「君の方がそういうのに詳しいくらいだからね」


「さすがに有名どこの名前くらいは覚えた方が良いって思うけどねー」

「人の名前と顔を一致させるのは大変なんだ」

「キャラでも?」

「キャラでもだ」


そうして「うぁー」とか言いながら普段の僕のように急にぐだっとした関澤さん。

この子も僕と同じくうつ伏せになってもなんら支障はなさそうで何より。


……この体のままでいるのなら将来的にこの子よりも少しだけ大きい感じが理想だな。


つまりこの子はまだその域に達していないんだ。

失礼だし絶対に言わないけど。


「その話、今度会うとき彼女……かがりにしてあげると、きっと喜ぶと思うよ? この前会ったときはなんだか君にしては珍しくぎこちない感じだったけど、その話題ならすぐに打ち解けるんじゃないかな」


「……………………………………………………………………………………」


がばっと頭を上げてなんかすっごく見てきたゆりか。

なんかすっごく変な顔してる。


……なんで……?


あ、そうか。

かがりから怒濤の恋バナというものの講義をされたことがないのかな?


「彼女は恋愛アドバイスのプロらしいし、君が当事者になったらきっと相談に乗ってくれるよ。 もちろん恋バナも好きだ。 根掘り葉掘り聞かれたのをみんな言いふらされるからほどほどにだけども」


「……あ――……うん。 そゆこと。 そゆことだよねぇ、響だもんねぇ……」

「?」

「いーや、なんでもない。 別にいいのよ」


ずずーっと溶けた氷だったものをすするゆりか。


なんか微妙に不機嫌?


なんで?


「……あの子。 多分私の……その相手のこと知ってるよ」

「そうか、なら話は」


「だから響が言ったとおりにぜーんぶ話し尽くさないと解放されなさそうだし遠慮しとく。 学校で噂になったらハズいし」

「そうか」


「なんか強烈だもんねぇかがりさんって。 あーいう子クラスにもいるからなんとなく想像ついちゃうんだ」


分かる。

すっごく分かる。


あの子の相手は本当に疲れるんだ。


「僕から言っておいてなんだけど、うん、止めておくのが無難だな……」

「そゆこと」


かがりが知ってるってことは、そのお相手は同級生なんだろう。

それなら間違いなく満足するまで質問の嵐だろうな。


ものすごく簡単かつリアルにその光景が想像できる。


話さなかったらこの前みたいにのしかかってきて「話すまでどかないわ!」とかしそう。


恋愛的な意味ではともかく物理的な意味で自分の体を武器にすることを覚えているらしいから手強いんだ。


つまりは野生な野性。

本能で生きている生物だもんな。


だからあれだけのびのびと育っているんだ。


体格の大きいほうが生存競争では有利。


ちっちゃいもんだから飛びかかられたら逃げられない同志なゆりかには深く深く同情する。


「じゃあ話戻してさ、あの映画のモチーフだけどさ? さっき響が言ってたみたいに」

「ああ、うん。 やっぱりギリシャ神話だね。 分かりやすすぎる嫌いはあるけれど」


元ぱっつんゆりかはコイバナに飽きたのか、そんな感じの話題に戻ってくれたから楽になった。


……ファミレスとかでただ適当に話す時間。


こういうのもなんだか良いなって思うようになってきた今日このごろだ。


青春にはまだ肉体年齢が届いてないけど精神年齢と合わせて割ったらちょうど良いんだろう。

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