21話 関澤ゆりか(1) 4/5
「親もいない家の中でふたりっきりとかはずかしーっ!」
「…………………………………………」
なんでこう女の子ってテンションの上げ下げが極端なんだろう。
目の前でくねくねしているゆりかを見ながらそう思う。
「やーん!」
「…………………………………………」
かがりとはまた別の方向性で元気だよなぁこの子。
会話の中のふとした何かですぐにこうなるもん。
「やーんっ……あはは……」
「………………………………」
で、いつも途中でテンションが元に戻って来始めて自分のそれに気がつくと。
いつも絶対最後まで気がつけないかがりとはまたまた違いがあって興味深い。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
……反応、しようもないよね?
僕がこういうのに反応してふたりして騒げる性格じゃないって知ってるだろうし……。
だから僕はただただ待っているんだ。
彼女はしばらくそのままくねくねしていたけど……すぐに疲れたらしくぜーぜーとして「こほんっ」とこれまたわざとらしく、そして顔だけ赤いまま何食わぬ顔で続けるらしい。
たくましいね。
子供はなんにも考えないでノリとテンションで乗り切れるからすごい。
あ、でも、大人だってお酒が入れば大差ないのか。
「……うち、テレビもたいして大きくないしさ、響んとこほどの環境じゃないだろうけどさ。 でも響のとこは……そのぉ、あんまり人を呼びたくないかもだし?」
「ん、まあね」
呼んだらこの関係も終わるしな。
どうせ終わらせるんだけどそうにしても穏便にしたいところ。
なにが洋館の豪邸か。
どこからどう見ても普通の一軒家だもんな。
じいやとかメイドさんとかなんて空想の存在だ。
かがりが毎回テンポ良く妄想を吐き出すもんだから……。
「響にとってはともかくさ、私にとってチケット代とセットので2000円ってのは毎回は厳しい……んだけど、その、さ? 買ってくれば500円しないじゃん? うちもオンラインの定額のやつで観られるのあるしさ? 買っても数百円なわけで合わせても1000円しないし? あと響用に適当に振ったりすれば炭酸系もちょうどいい感じに抜けるし? あとトイレ休憩がほしいし? ガマンしたあとのあの行列はもーイヤ。 さっきすっごく待たせちゃったしさー」
「ふむ」
なるほど……学生的にはそのほうが良いよね、映画観るなら。
僕としては予定をみんなこうして楽に消化してもよかったんだけど、それだとちょっとおこづかいが厳しいのかな。
考えてみればそうだったな。
そりゃそうだ。
かがりみたいにダダ甘の親からなんだかんだでもらえるわけじゃないだろうしな。
あと、確かにあの行列は大変そうだったし。
毎度毎度のこととはいえ女性はトイレすら大変なんだしな。
僕は何食わぬ顔で男のほうを使えるから平気だったんだけど。
このときばかりはこの体に感謝だ。
もっともこの手は、かがりに女装させられて……いや、肉体の性別的には正しいんだけど……ともかくスカートとかで髪の毛を出していたら使えないんだけど、ゆりかとのときはパーカーズボンでいいから遠慮なく使えるもんな。
ほんと、トイレが近いのに10分15分立ったままとか大変そう。
女の子って大変だね。
夏休みもまだ2、3回こうして出かけたいらしいしそのあとも週に1回くらいは会いたいって言っているし……それを映画で解決できれば僕がとっても楽な気がするし。
観ているあいだは話す必要もないしで楽だし終わったあとの、この懐かしい感じも良いし?
悪くはないか。
「夏休みはともかく、そのあとは学校もあるだろうし。 たまになら良いかな」
「やたっ!」
ぐっと握りつぶしな演技さん。
よっぽど友だちと観る映画が好きらしい。
純粋に喜んでる姿ってほっこりするよね。
前に自分のことを考察班とか言っていたし、観たあとにあれこれ話し合うって言うのが観るのと同じくらいに好きなんだろうな、きっと。
探偵ものとか、犯人とか手口を予想しながら読むタイプらしいしな。
僕はただぼーっと読むだけだからその気持ちはよくわからないけども。
ああ言うのってちゃんと頭が良い人しか推理しながらストーリーに着いて行けないんじゃない?
「でもさ」
「……?」
「あ、ぅ、…………………………………………………………」
「………………………………………………………………?」
なんか黙っちゃった。
なんだろ。
でも僕はじっと待つ。
話したいことがあるんだけど頭の中でうまく組み立てられなくって、それが目の前の人で焦ってもっと崩れちゃう系の、僕もよーく分かるし。
「………………………………………………やっぱりさ」
「ん」
くつろいでいるところにぽつりとしんみりとした感じで再開。
「やっぱね。 響とだとさ。 好きなものとか話題とか。 好きなこととかおもしろいって感じるツボっていうのかな。 そういうの、合うんだよね。 私でも知らない作品とか知ってるし。 学校とかでもそこまで詳しい人いないしさ。 同い年で私より詳しいの初めて会ったんだよ? リアルでさ」
そこは年の功ってやつなんだ。
むしろこの子は「なんで僕が子供のころの知ってるの……しかも僕より詳しいし……え、引く……」ってレベルでマニアックに知ってるもんなぁ。
「それにさ。 ……その、響ってクールっていうより無関心って見えるんだけど……実際は違うよね? 私が『こんなの見た』『こんなの知ってる?』って聞いたりしたのとか、あとで見といてくれたりするしさ。 別に頼んでいないのにね。 でも、実は知っていてほしかったりするの。 それを次会ったときに響から言ってくれるの」
時間だけは余っているしなぁ。
いくら勉強するって言ってもほんの1,2時間程度だし、朝から夕方までの学生だろうと社会人だろうと束縛されているはずの時間をみーんな自由に使えるっていうのは大きい。
しかも魔法さんのせいで……ああいやニートだからどっちにしたってこれからずっとヒマなんだ。
だから娯楽はあればあるほどいい。
でも世の中にはその娯楽はあふれているんだけど「僕の興味」っていうアンテナに引っかからないのにはそもそも気がつくことがない難しさ。
でもでもゆりかみたいな身近な人から勧められると途端に親近感が湧いて「じゃあちょっとだけ見て見ようか……」って気になれるっていうの知ったから。
あんまりおもしろいって感じなくても「でもそれもまた話題になるか……」ってぼーっと見ているうちに途中からおもしろくなること、結構あったしなぁ。
内輪で盛り上がるっていうのはきっとこういうことなんだろう。
それをこの歳で知ったんだ。
だからそのお礼として僕自身も話したいから話してるだけなんだ。
「そういうのってすごく珍しいし。 それに……その……んー。 ……私に合わせようってしてくれているのが分かるから、その。 えーっと……あはは、けっこう嬉しいんだよ。 他の子はそもそも関心がなくって『ふーん』で終わるかだしさ」
「……そうか」
……僕も今「ふーん」って返事しそうになって焦った。
「……うわ、こういうのこっぱずかしい……」
ずずーっと音を立てて、ストローの先からかすかに残ったジュースをすすっているゆりか。
そういうところが子供っぽさで僕以下なんだけどなぁ。
でも中学2年生って言ったら青春なんだからそういうのもいいんじゃないかって思う。
青春。
良いよね。
僕も体験したかった。
「私ね、響。 響みたいに価値観とか近くって、性格も合って。 んで一緒にいて心地よくって。 こうやって趣味についてたくさん話せる友だちって、ずーっと欲しかったんだ」
今日のゆりかはやけにセンチメンタル。
さっきの映画に影響されたんだろうね。
僕もそういうのあるから分かる。
「だから、響とこうして映画にきて嬉しくなっちゃった。 ごめんね、映画のあとだからなんだか感傷的になっちゃって」
「良いんじゃないかな」
僕にとっては普段の、海外ドラマとかアニメみたいな大げさな演技しているほうがよっぽど恥ずかしいって感じるしな。
これが感性の違いってやつだ。
指でぱっつんをくるんくるんとしながら立ち上がって「混ぜてくる!!」って宣言してドリンクバーへと小走りで行く関澤さんの後ろ姿をぼんやりと見る。
……たとえ恥ずかしくても、ああして素直に自分の思っていることをちゃんと伝えられるのって少しうらやましいな。
僕だったらそもそもあんまり気持ちが動かないし、珍しく動いたとしたって「別に今言う必要はないか……」なんて思っちゃってけっきょく言わないってこと、ものすごく多いしなぁ。
だからSNSとかも見る専だし。
友だちがネットにさえ誰ひとりいないって言うのもあるけどさ。
「…………………………………………」
素直で率直。
そういうの、これから目指していこうかな?
どうせ先は長いんだし。
服装に興味なかった僕でも毎日気にする程度にはなれるんだし、スカートやワンピース……ワンピを身に付けてるときは膝同士をくっつけようって意識できるようになっているんだ。
たったの半年でこれなんだ。
僕もまだ主観的には若いんだ、なんとかなるだろう。
「………………………………ふふんっ」
またしてもオリジナルブレンドにしたらしい、どす黒い茶色って感じのジュースを持って帰ってきたゆりかの顔はさっきまでの紅くなっていたのからすっかり元通り。
「あ、そーだ響」
「ん?」
ぽふんと座って話しかけてきた調子は完全に普段のそれ。
「さっきさ、買うときにぱっと店員の人に答えちゃったけどさ……そのー、カップル割ってやつ。 あははっ、期間限定だったし珍しいからつい頼んじゃったよー、響もこっち見てなくてどうしようか聞かなくてごめん! あれ、イヤだったりした? やっぱカップルとさー!」
いつも通りの無駄なテンションがまぶしい。
「いや? 別に、安くなるに越したことはないと思うよ?」
カップル割。
そういうものがあったらしいね。
でも帰るときになんとなく見てみたけど大したことはなかったけどなぁ。
カップル割とは言いつつ単純に2人用のセットのことでしょ?
別に男女じゃなくても家族連れとかでもなんでも2個ずつならどういう組み合わせでも割引しますよっていうだけのやつ。
ただ量を多くして、でも値段はそこまで上げない。
結果的にお客さんはちょっとだけ多めにお金を出して倍以上の量を手に入れて満足して、お店もちょっとのコストでお金が多めに入ってきて満足するっていうだけのものだよね。
なんかプレートとかストローとかがハート型になっていた以外には安くなる利点しかなかったもんな。
反対に持ってみればただの桃の形だし、別に僕はどうだっていい。
それにせっかく安くなるんだ、僕はともかく中学生な彼女にとっては貴重な割引。
お店の人がふたり連れと見ればいちいち聞いていて、女性同士はきゃっきゃしてて……男同士は「えっ……」て感じだったのが地味におもしろかった。
店員さんもああいうのは楽しいだろうな。
お仕事も真面目なだけじゃなくてユーモアってやつもきっと大切だよね。
「……そっか。 …………んぅ――……」
「………………………………………………」
何杯目かになるジュースを飲みながら何かを考えている。
いつもの僕もこんな感じに見えているんだろうか。
見えているんだろう。
別にたいしたこと考えているんじゃないんだけど考えの中に埋まっていくクセってやつ、小さいころから治らないもんなぁ。
いつも待ってもらっているんだから僕も待たないと。
こういうのはお互いさまだ。
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………んじゃ……さ。 ね、響。 この話の流れのついでだし……聞いちゃっていい? やだったら聞かないフリ、してくれてもいいから……さ」
「いいよ?」
なんだか妙に歯切れ悪い感じの関澤さん。
トイレかな?
「…………んー、えっとね。 あー、えっと、その――…………」
「…………………………………………」
もじもじしている。
トイレなら恥ずかしくも何ともないだろうから違うか。
まだおセンチを引きずってる?
なんだか髪の毛を触りだした……少しでも大きい服を着ているとレモンが確認できなくなる悲しい元レモンさんは「んー」とか「んぁー」とか言うばかり。
1分くらい経っておずおずと見上げてきた彼女は……けどすぐに僕から目を逸らしながら言った。
「ひ、ひびきって、さ。 今、その、ね? その……付き合ってる人とか。 あ、えぇっとつまりなんだね、好きな人とかっているのかねって聞いてみたかったのだよ。 ………………………………じゃなくて、その……いる、の、かな……?」




