20話 下条かがり(1) 1/6
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服には意識が通う。
変な言い回しするほどストレスたまったわけじゃない。
ただ着こなしとか仕草とかそんな感じの意識の持ち方って感じで別にスピリチュアルなことでもない。
あの日ばったりゆりかとかがりがはち合わせしちゃったもんだから、連行されたあのあとも微妙にちくちくする言葉と視線で大変だったからとかそんなわけじゃない。
違うよ?
もう何日か経ったし大丈夫。
大丈夫じゃなかったのは忘却の彼方だから大丈夫なんだ。
それよりも服がお洒落なのに「どこか合ってないな」って感じたり、逆にラフだったりみんなが着ている既製品なのに妙にしっくりきているとかそういうときとかにそう感じるだけ。
そういう意味では僕の着ぶくれた格好も「意識が通う」っていう状態らしいのはあの場の4人からの意見で一致していた。
既製品のおんなじ服を着ているのに上品だったり下品だったり……見ていればなんとなくどういう家柄とか性格なのかが察せられるようなそんな感じのがあるみたい。
不思議だよね、ただの布なのに。
でもその布が意外と大切なのは女の子させられてから……む、なんだかやらしい、女の子としてのいろはを手ほどき……これもやらしい気がする。
言い方って難しいよね。
とにかくこの意識、基本的にその形の服を着ている時間とか鏡で見ながら「周りからどう見えているのかなー」とか「こういう動きをすると映えるなー」とか「こうするとぱんつ見えるのかー」とか「ここまでならぎりぎりセーフだけど逆に危ない気がする……」って研究することで服のほうが人に合ってくる感じがするんだ。
…………こういうの、今まではまったく気にしたこともなかったんだけどな。
男の頃は何着ても普通だったからな。
とっても楽であの頃は良かったよ。
でも気にしたことがなかったからこそ今になって……幼女になって、でも中学生だと言い張るからこそ下条さんに襲われて無理やり着させられて口うるさく言われて、ようやく身についたんだ。
これが普通の男なら高校生か大学生のときに女の子にモテようって必死になってファッション雑誌とかで勉強してたんだろうし、普通に母親とか姉妹のいる男でもいちいち指摘されて嫌でも身についたんだろう。
でもほら、僕ぼっちだったし女の子に興味ない……じゃなくて彼女とか欲しいって本気で思わなかったから……。
この年になってようやく僕の意識の中に、寝ぐせとかヒゲのそり残しとかだけじゃない「服装」っていうものが体の一部になりつつあるのかもしれない。
服なんてぱっと見ておかしくなければ後は暑いか寒いかとお値段だけだったもんな。
ああいや、さすがに機能性しか重視してないスニーカーとかとはお別れしてたけどさ。
「……………………………………」
ファッション雑誌だって、この数年で1、2回見たくらいだったのがこの夏だけで10冊以上。
ぜんぶ下条さんから押しつけられたものばっかりだ。
「要らない」って言ったけど「去年のだからもう流行遅れなの、もう見ないから気にしないで」だって。
違うよ……僕は君のお財布の心配じゃなくって単純に持って帰るのと捨てるのが大変だから言ったんだよ……雑誌とか女で子供な僕なんかじゃ10冊縛ってなんて捨てられないんだからね……?
幼女を舐めないで欲しい。
あと、かわいい系の服にだけ新しく付箋がべたべた貼られていたのはただの嫌がらせだと見た。
押し付けられたからには読まないとあの子の機嫌が悪くなるなーって思ってしぶしぶ読んでたのがいつのまにか興味深く読むようになっている。
僕は活字中毒だから電子書籍も読み放題なもんだからたくさんの雑誌も読めるわけなもんだから吸収は早かったんじゃないかな。
というわけで。
「ぷはっ」
鏡の前には、ゼ・清楚っていう感じの白いワンピースを着た僕。
僕もそうだけど男って何で白いワンピースと麦わら帽子な女の子が好きなんだろうね。
多分本能なんだろうなって思いながら服の中に残っていた髪の毛も両手でばさっと出して、さらに中途半端に残ってるのを引っ張り出したり絡まったりしてるのを手ぐしで軽く整えて身だしなみ。
さらに裾とかを引っ張ってささいな引っかかりとかズレてるところとかそういうものもおしゃれじゃないから修正。
念のために鏡の前で右を向いて左を向いて振り返ってお尻を見て。
女の子ってこういうのが大切なんだって。
まぁ布1枚……いや、下着が上下に1枚ずつだから3枚って言うのかな……っていう薄着な女の子が乱れた服装だったらそれを見た男たちにやらしい妄想させちゃうからしょうがないよね。
そういうのがあんまりない僕だって見たらどきっとするだろうし。
ホットパンツって言う、もはやパンツ並みのズボンを穿いてエグい股下な人を見かけたときくらいにどきってするもんね。
「よし」
もう何度も着ているからこの服も僕にまた馴染んできたような気がする。
鏡越しで見てみるとたまーに僕自身じゃない気がする程度には似合ってるらしい。
……僕がこうなるんじゃなくてこんな娘が欲しかった。
そんな感想出て来ちゃうのが20代の男だ。
10代のそれとは違う。
すごく早い人じゃ20で子供いるもんなぁ……そうしたらちょうど春先までの僕の肉体年齢的には今の肉体年齢な娘がいても不自然じゃない程度だもんなぁ……。
晩婚化って言う言い訳があるから気にしてこなかったけど、こうして純粋に生物としての……子猫とか子犬とかハムスター的な可愛さって言うのが感じられる、銀の長髪で幼い顔つきの白いワンピース着た幼女もとい女の子を見ていたらそういう感想が浮かんできた。
でもやっぱり肌の露出が多いわけで、そうなるとこの女性的な魅力なんかない体でもどきっとさせられる程度の魅力は出てくるらしい。
銀色の長髪がマントみたいに……ケープとかフリースとかの春とか秋とかに女性やおしゃれな男の人が上にふわっと羽織っているようなそんな感じのふわふわな感じを1枚乗せている感じになっている。
なんなら髪の毛のキューティクルってのが光でちかちかしてラメが入ってる感じになってる。
眉毛ももちろん銀色で肌も薄くって、顔に比して大きいけど近くでじっとのぞき込んでも水晶みたいに透き通るこれまた薄い色の目。
その上半分がまぶたで押されていて、眠そうでほっぺたがぷにぷにで口がちっちゃくて。
本当に日の光を求めて北国から来ているどこぞの令嬢って感じ。
吹けばどこまでも飛んで行きそうな儚さの女の子な僕がいつもどおりにぬぼーっと佇んでいる。
人って見た目だ。
前だったら「だらしない若者だ」とか通りすがりのおじいさんとかに理不尽に怒られたりもしたけど、今だったら絶対そんなことは言われない。
人の価値って不平等だよな。
かなりのなで肩で鎖骨の下にはほのかな膨らみがちゃんとあるって信じてて、腰のところからふわふわと膨らんでいてちらって見えるふとももと全部見えているふくらはぎ。
女性的には「かわいい」で男としてはこんなに幼かったとしてもちょっと扇情的。
そういうものだ。
女性だって汗かいて臭そうな男でも格好良ければ男の魅力とか言うし、顔が良ければ文句言わないし……異性ってそういうもの。
うん。
そういうわけでちゃんと成長してくれたら10年後が楽しみな感じ。
僕の希望としては早く戻りたいけどな。
「………………………………」
そんな女の子みたいな僕を見て、ひととおりいろいろと体を動かしてから着たばかりのワンピースをぺろんと脱ぐ。
ワンピースってどうやって着るんだろうなって思ってたけど想像よりずいぶん大胆な方法。
記憶にないはずの小学校の教室でプールの前とか後に、肩のところでぷちって留めてもそもそ着替えるあれを思い出したくらいにアナログな服だ。
服って言うか布。
確かにこの布は今の見た目にこの上なく合っているんだけど……ここまで女の子女の子しいのはまだちょっと恥ずかしい。
家の中くらいじゃ平気なんだけど……でもくるんさんと会うとき最低でもスカートじゃないと服屋に連行だからなぁ。
なんでだろうなぁ。
あの子、僕のことを勝手にじいやからレベルアップしたセバスチャンがいる規模の家の子供って思い込んで服、隙あらば買わせてこようってするしなぁ……。
雑誌とか見ていると、ズボン……パンツって言うんだって、発音がちがう感じの「パンツ」……とか短パンとかスパッツとかタイツとか女の子らしい服装っていくらでもあるのに、なんなら今はぶかぶかズボンが流行ってるって自分で言ってたクセに僕に対してはなんでスカート系限定なんだろう。
解せない。
まぁくるんさんはちょっとメルヘンっぽい感じがするしただの趣味か。
私服はリボン多めだしな。
あれも客観的に見れば可愛いだろう容姿があって許されるものだけど趣味ならしょうがない。
人の趣味にいちいちケチつけるのはいけないことなんだ。
「……………………………………」
そうやって無理やり着せてくるのをやめて欲しいのに、最近は「慣れてきたし別にいいか……」ってなってきているのが困るんだ。
会うときはほぼ強制的に着させられるから僕にとっても女装の練習になるしで割と実践的なのもまた困る。
あの子、無意識に他人を誘導するの得意だったりしない?
やっぱり服屋の店員さんは天職なんだろうか。
人に何かを売りつける才能。
それがありそうだし初対面の人とすぐに打ち解けるし頭の中が幸せだからきっとうまくやっていけるだろう。
けど女装はこれからの僕にとって必要な技術。
肉体的には紛れもなく女だからこそだ。
女性ホルモンがどばどば出てすごい体つきになったとしたら男っぽい服だけって訳にはまず行かないだろうし。
可能性はあるんだけど……極小な予感がするのは気のせいなんだろうか。
でもまったく成長しないのは社会生活が困るんだよなぁ。
魔法さんがんばって?
「……はぁ……」
……ふつうがいいなぁ。
ふつうに胸も……平均ってCカップくらいなのか?
そのくらいのおっぱいとそれに見合った程度のおしりとふともも。
僕はムチムチは好きじゃない。
だから男だった僕からして日常生活に支障が出ない範囲で留まって欲しい。
あと身長はできれば女性の平均より5センチくらい高いとなにかと便利だ。
低いのはもうこりごりだ。
踏み台がないと何にもできなくって人混みで動けなくなるのは勘弁なんだ。
理想は元の姿に戻ることなんだけど……半年近く経っているのに一切の進展もないから希望が持てなくなってきた。
まぁ幼女ボディには慣れてきたしいいんだけど……。
将来のどうしようもない不安は丸投げするに限るんだ。
首元のファスナーを下ろしてすとんと落とした1枚の白い布を、しわにならないように脱いだらさっとハンガーに通してそのへんにぶら下げてきた僕が鏡に再び映る。
不自然に……少なくともAカップくらいには胸が膨らんでいるシャツとその下のぱんつ姿な僕。
なぜ僕にないはずの胸が存在しているのか。
がんばってレモン未満のさくらんぼなはずの僕の胸が揉める程度に膨らんでいるのか。
その答えは単純で、これもまた詐称しているからだ。
シャツも脱ぐと僕の胸からわきの下をぐるりと通って背中まで締めつけている布が露わになる。
ブラジャーだ。
…………やっぱり慣れないなぁ……ブラジャーをつけているときの感覚。
他の服はともかく、これは完全に未知のものだったからな……もう既知だけど。
手のひらを吸い付けると柔らかい布の感触だけで温かさとかは伝わってこない。
手のひらにも胸のほうにもなんの楽しみもない。
だってパッドだもんな。
悲しい。
僕に胸があるはずがないもんな。
悲しい限りだけど。
なんでブラジャーをつけているかというと、これもまたつけていないとダメらしいから。
なんでもスタイリスト下条によると女の子らしい格好をしたいなら必須らしい。
って言うか「女子なら絶対につけなきゃ駄目!」って妙に真剣だったからしょうがない。
「めんどくさい」って言うとなんかすんごい目で見てくるからおとなしくつけざるを得ない。
「別に良いじゃん、シャツ1枚でも乳首とか浮かないんだし」って言いたかったけど我慢した。
一応異性だからね、どう見ても頭脳は子供で体は大人だけど。
そんな僕が外出するときはの8割方は、まだ、ズボン。
比率がじりじりと下がってきているのは下条さんのせいなんだけど、だから気楽なんだけど……あの子と会うときにはスカートまたはワンピース。
そうしないとむすーって膨れるし声のトーンも一瞬だけど冷えるし、また「服を選びましょう」とか言って連れて行かれるからしょうがない。
僕が楽しくて女装して外に出てるわけじゃないんだ。
絶対に。
ちなみに下条さんはワンピースがお好きらしく毎回1着は試させられるほど。
「……………………………………あれ?」
初めて試着させられたときあまりにも胸がすとんってしていたから見かねて「女性的な魅力が僕にはないから……」的なことをぽろりしちゃったせいで、とうとうブラジャーの導入っていう流れだった気もしてきた。
つまりはまたいつもの僕のうっかりだったりするのか。
いつもだな。
女の子らしくしたいのなら必要はなくてもおしゃれとして形だけを矯正するためのブラジャーをつけさせられることに……って流れだったかもしれない。
あんまりにも衝撃的な物体を前に出されたもんだから記憶が曖昧なんだ。
ショックだったんだ、しょうがない。
見た目がまっピンクだったり派手なのだけは断固として固辞したおかげでただのスポーツ用……スポブラとかナイトブラっていう形だけのものなのが心の支え。
やたらふりふりした飾りが付いてるのとかつけさせられたら落ち込む。
買わされたのが何個かあるのは見なかったことにしてしまい込んである。
もちろんパッドもおしゃれのためだから必要らしいし、なんと世の中の女性、つまりは人類の半分は胸を盛るそれをつけるって言う大罪を犯しているらしいから僕は悪くない。
別にそこまで気にしていたわけじゃないんだけどやたらと真摯だったのがおかしかった。
ただ単純に鏡を見て「ふつうの女の子がこういう服を着ていたら胸元に視線が行くのになー」って思ったからこそのぽろりだったのにな。
そのときはなんだかいつもの幼女には見えなかったから。
ただの錯覚だ。
脳みそはまだまだ男なんだからしょうがない。
はじめは胸ポチ対策だと思っていたからされるがままだったんだけど……って言うかその胸ポチもよっぽど薄い生地1枚でぐいって胸を張らないとできないんだし、って言うか試着室で上半身を剥かれていろいろと素手であれこれとつけられたのって友だちの範疇なの……?
「こんな感じで盛れるのよ!」って言ってわきの肉とかをぐいぐいと寄せられそうになって「そこまでのお肉無いのね……その、ごめんなさい……」って気まずそうに言われたのが悲しい。
あれからちょっとだけ優しかったりするのもまた気を遣われてプライドがなくなった。
僕はこれっぽっちも気にしていないのにな。
せめて僕自身の楽しみのために揉める程度欲しいだけのことなんだけど。
……ま、まぁ学生とかなら体育とか水泳とかの着替えで見たり揉んだりするんだろうし、あのくらいはあたりまえだったんだろう、きっと。
普段のあの子から変な視線とかも感じないし女の子同士のやりとりだったんだって納得しておく。
ともかくそういう感じで胸を盛るための詐欺アイテムを数点買わされたからには今日も道中の着替え以降はこれを着けていなければならないって決まってるんだ。
さすがに女装って感じが抜けないから家では絶対につけないけど。
スカートやワンピースとかぱんつ一丁はセーフ。
僕ルールだ。
おかげで胸がほんとうは平坦なのに、透けていなかったとしてもシャツの上からぱっと見たら「あぁ胸なんだ……」ってはっきりと分かる程度の盛り胸がふたつ、本来の僕の胸から数センチ距離のあるところに存在する。
まるでほんとうに、ほんとうにおっぱいが僕に生えているかのようでなんとなく嬉しい。
この格好なら中学生って言っても胸を見てそうだねって思えそうなのも嬉しい。
でも揉めないから悲しい。
クセになるとまずそうだから買わなかったけどシャツとブラのパッド部分の一体型みたいな服もたくさんおいてあったし、つまりなにが言いたいのかというと女性はみんな嘘つきだということ。
油断をしてはいけないんだ。
だってこの盛るってやつ真っ赤なウソじゃん。
うそっぱちじゃん。
詐欺じゃん。
お化粧とかハイヒールとかと組み合わせたらすごいじゃん。
もはや別人じゃん、どう考えたって。
「………………………………むー」
ふつふつと、僕にしてはとっても珍しくこみ上げてくる怒り。
世の中の女性の何割がこんなひどい、僕たち男に対する組織的犯罪を昔も今も続けているんだろう。
僕はぱんついっちょのまま「くちゅん」ってくしゃみが出てくるまでずっと、そのことについて思いを巡らせていた。
◆◆◆
「……………………………………」
「……………………………………」
静かな室内。
かりかりかりと書いては止んで、ちょっとしたらまたかりかりする音。
ときどきのため息。
頻繁にぺらぺらと紙をめくる音。
そして時計の針の音だけが響いている。
僕は頭からおしりまでを柔らかいクッションに預けるだらしない格好をしながら静かに手元の単行本の中のストーリーを読み進めていく。
「……………………………………」
なにか言いたげな視線を感じてもぜったいに顔を上げてはならない。
でも「だけど」「ねぇ」とか「ちょっと」とか言葉を言われたら反応してあげないと不機嫌になる。
その加減が難しい。
「…………ねぇ、響ちゃん」
「………………なんだい?」
「ねぇ」が来たからお返事。
さっきから感じていた視線へ答えてあげるといつもの覇気はどこへやら、げっそりとしている下条さんのにごった目が怖い。
「ねぇ。 そろそろ……もうたくさんがんばったから休んでもいいかしら…………?」
「まだ始めて15分じゃないか。 あと10分はがんばって。 それでも学校の授業のたったの半分の時間だよ?」
抗議の内容はどうでもいいことだったから、さっと視線を手元の吹き出しに戻す僕。
「そんなぁ――――……ほんとうにまだそれだけ? ひょっとしたらそのタイマー」
「壊れるはずないよね? いいからさっさとやるんだ。 じゃないと帰るよ?」
「うぅ……響ちゃんひどいの…………」
「ひどくない」
かがりの勉強会という名の見張り役をしている僕は、ぼんやりと普段読まないジャンルの漫画を読みふけっていた。
そこでは小学校高学年になった少女漫画の主人公の子が初めてブラジャーをつけるどきどきのシーンだった。
だから僕の無い胸のことばっかり考えてたんだろうな。