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46.X10話 さよと本と感傷と その1-1

僕が外に出るって言ったら食材や日常品を買うか気晴らしの散歩。


それ以外には、ひとりで外に出るとしたら行き先は本屋くらいしかない。


悲しいけどもこれが僕。

幼女になろうとも変わらなかった日常だ。


ざわざわがやがやとうるさい駅前。


僕よりもずっと背が高くなった人たちの……いや、僕が小さくなったからこそみんなが大きく見えて、余計に居心地の悪くなった繁華街。


けれども僕の家からこの体で歩ける範囲で行けるのはここくらいしかないんだからしょうがない。


……今日の僕は、フードで隠れていない。


ここ最近は魔法さんのおかげで、いざとなったら都合よく切り抜けられるって知っているから、もう隠れる必要もないし。


この1年……厳密には半年だけども……いろいろと耐性がついたおかげか、いつの間にか人の視線がとっても気になるっていう状態じゃなくなっていて。


「前の僕じゃなくて今の僕が僕なんだ」って僕の意識や無意識の中で思うようになっている……のかは分からないけれども、もう目立つ髪の毛と顔を隠す必要がないって思うようになっていた。


本当に。

気がつかないうちに。


これが慣れなのか順応なのか、それとも諦めなのかは分からない。


だけども僕はどうやら、「銀髪幼女」としての今にそこそこ満足している。


お酒も呑めるし。

お酒も。


とっても大切なこと。


……あ、スカートと短パンとワンピースだけは未だにダメ。

ふとももや脚のつけ根がすーすー寒いし、いちいちこすれるから。


そのせいで性別が変わっているんだって、僕は女の子になってるんだって……普段は結構忘れられるくらいなのにはっきり自覚させられるから。


それに比べて、20年以上慣れ親しんできたズボンの安心感はこの上ない。


女の子、女性はどうしてあんなお股の防御力が低くて風とか階段とかで危ないのが好きなんだろうね。





「……つかれた」


慣れているとは言っても、この体の体力の無さには困るもの。


たかが徒歩十数分だった距離……たしか1キロくらいだっけ……それを、なるべく疲れないように歩くと30分くらいはかかるようになってるし、駅前へ出るだけでへとへとになるんだから。


そうしてあちらこちらのベンチやソファのお世話になる。


男なとき考えられなかった、座って休むための設備。

旅行先で歩き疲れたときくらいしか縁が無かったそれが、今の僕は無意識にマッピングしているほどにはお世話になっている。


駅との往復だけでも2、3回は休むし。

悲しいことに。


だから雨の日は出歩かない。

出歩けない。


せいぜいが近所の散歩程度だ。


けども、今の僕は絶賛身辺整理中ってことで、もうすることもほとんどないし、1日中家の中で肉体労働という名の片付けの終盤の作業とか暇つぶしするくらいしかないし。


つまりはヒマしてるんだ。

僕がそうなるっての、この数年どころか10年以上でもなかなかない気がする。


……この数日はみんなも忙しいようだから話すのもほとんどない。


飛んでくるメッセージの量が減っているあたり、学生としての本分が試される期間に入っているんだろう。


定期試験。


大変だよね、学生って。

何かにつけて何かしら何でも良いから成績を付けたがられるんだもん。


卒業した僕は解放されてるけども、それだって悪夢とかで試験直前に勉強してないとかなるし。


……トラウマになってるんだね、これ。


けどあの子たちだってどうせ、試験の前日あたりからは現実逃避のためにばんばんチャット飛ばしてくるんだろうけども。


だけども残念、今の僕は早寝なんだ。


だから飛んでくるピークの時間帯には僕はぐっすりなわけで、そこまでの負担じゃない。


ニートな僕は気楽だ。


これだからニートは止められないね……っと。


「ん」


いつものようにいちばん大きいビルのロビーの1階、上へ吹き抜けのその空間にたくさんあるふかふかのソファのうち、お気に入りなすみっこのひとりがけで脚をぶらぶらさせつつのんびりしていたら、目に入ってくる見慣れた人の影。


あれは……さよ?


「くしくし……」


……間違いない、私服だけどもあの前髪の長さっていうものはなかなかお目にかかれないものだし。


けれどもなんであの子がここに?

いや、居ちゃいけないってわけじゃないんだけども。


他の子だってあんまり出歩かないだろうこの時期に、試験期間の前っていうぴりぴりした学生特有のあれなはずなのに、どうして?


あの子ならかがりみたいに試験ほっぽり出して買い物とかはしないだろうし。


それなら、あのかがりからの「お買い物に行きましょう!!」っていうお誘いすらないこの時期に……本当なんでだろ。


気になる。

何となく気になる。


と。


やっぱりあの子も入り口近くのイスに腰掛けてひと息ついている。


体、弱いはずだし……本当に大丈夫?


いや、あの子の成績には心配していないけども、それを得るための準備期間に支障がないかっていう意味で心配。


けど……ふむ。


今日の僕は珍しいことに暇。

そしてここにはさよしかいない。


あの子なら立ち話になっても短い立ち話で終わるから安心できる。


他の子みたいに「ちょっと甘いもの食べながら話さない?」「お話ししましょう響ちゃん!!」ってならない子だし。


あの子が用事を終えるまで待って、それとなく声をかけて軽く……なんならここで座りながらちょっと話して帰ろ。


うん。


定期的に人恋しくなる季節が来る僕的にも、ちょうど人恋しくなる時期だし。


ちょっと見てたけどさよがまだ動き出さない。


暇な僕は吹き抜けの真上を見上げる。

吹き抜けの高い天井までのそこここにある装飾と広告が目に入る。


……いつから僕、たかが1週間とか程度話さないでいるだけで、こんなにもやってするようになったんだろうね。


前なんて、いや、その前だってそんなことはなかったのに。

この数年なんて月単位で誰とも話さないなんてのはザラだったのに。


口をきくのが1年で10分にも届かないなんてのは当たり前だったのに。


……慣れ。


良くも悪くもすごいんだな。



◇◇



ふらふらと吸い込まれていったのは本屋。


まずは本屋に行くらしい。

さよのことだ、きっとそうだとは思っていたけども。


……あ、参考書とか?


それともお気に入りの作者の新刊とか?

電子書籍に慣れてはいるけど紙の本が好きって前に言ってた気がするし。


そんな僕はなんとなくでさよのあとを追ってみている。


けれど、これが意外と大変だ。

何が大変かって、バレないようにすることじゃない。


いや、彼女の用事が終わるまではそうしているつもりなのは確かなんだけど、それに加えてこんなにも背が低いもんだから、気をつけないとすぐにどこにいったのか分からなくなっちゃうっていうこと。


小さいもんね……しょうがないよね、幼女だし。


小学生あたりまでの子供が親とはぐれて迷子になるあれがしみじみと分かる。


だってほんの少しでも彼女から目を離すと、もうどっちへ行ったのかが分からなくなるんだもん。


本棚が視界の仕切りになっていて物理的に見渡すっていうものができない。


見えなくなるたびに「次はここへ来るんだろうな」っていう当たりをつけていなかったら見失っていたはず。


世の中はもっと幼女に優しくなるべきだ。


なんとなく隠れながら追いかけるのが楽しくなってきた僕だけども、さよは違うらしい。


お目当ての本棚の前でぱらぱらと本をめくり始めて……動かない。


下を向いているおかげで前髪が顔から少しだけ離れて、彼女の顔が見える。

いつもの、メガネがトレードマークで顔が白い……青ざめてる感じな彼女の顔が。


今の僕と同じように体が強くないってやつ。


りさりんみたいに健康的にほっぺが赤いわけでもなく、ゆりかみたいに子供みたいだから顔か赤いわけでもなく……かがりみたいにいつも感情MAXだから赤いわけでもなく、だ。


だから、こういうところでもこの子は僕に似ている。


あとメガネ属性も。

今の僕はメガネ必要ないけどね。


そのメガネもきっと、前髪と同じようになるべく人からの視線を避けたいっていう意識してか無意識でかの選択。


中学高校ってば、みんなちょっとでもかっこいい、かわいいって見られたいお年頃。

だからがんばってコンタクトとかする子が多いって記憶してるし。


僕が中学の頃からは10年くらい経ってるけども、思春期の男女のああいうのはそう変わらないはず。


そんな彼女は……少しだけ笑顔。


うん。

本が好きなんだね。


その気持ち、よく分かる。


インクの匂いのする空間の中。

人の歩く音がまばらにしかなくってほとんど会話が発生することのないこの空間で。


誰にも邪魔されずに、ただただ数え切れない本たちの表紙や背表紙を見て回ってどれにしようかって考える時間。


おもしろそうなものがあったら開いてみてから閉じて、あとで読むかどうか決めて……それを何十回も繰り返して。


そのうちに持ちきれなくなりそうになったら諦めてレジへ受け取りに行くんだ。


大切なもの、宝物を見つける楽しさっていうものが、僕にもよーく分かる。


「……むぅ」


だけど、だからこそつまらない。

さよがひとりだけ楽しいことをしているのを見ているっていうのは。


……さよもすぐには終わらないだろうし、僕も何かを探そっと。

せっかく外に出たんだから何かしないと損した気分になるし。


あんまり離れちゃわないように、けれども僕に気がつかれないようにっていう距離感を保ちつつ僕は動き出した。


まだ家を離れるまでは少しだけあるんだ、ここで何冊か買ってもいいよね?


うん。


「……む」


今の僕は背が低いから、平積みされている本しか手に入れられないんだったってのを今思い出す。


それも買えるのは……腕の力的に多くて4冊。


それ以上は無理だ。

無理だった。


……子供の腕力って悲しいね。


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