46.X9話 怒りと女性/ 女子 その1
さよの怒りが収まって少し。
ついでに僕について何か言いかけたことについて、からかわれて少し。
「ほーい、んじゃ話戻してっと」
「無理に戻さなくてもいいんじゃないの? だってさっきのせいで」
こうして休みの日に外で集まる時点で仲の良い子たちだ、「さっきのはあれでおしまいね!」って言う感じで普通に戻っている。
うんうん、良いよねこういうの。
かがりの好きな少女漫画とか恋愛もののドラマみたいに、いつまでもどろどろしなくってさ。
……しないよね?
信じて良いよね?
「えっとさ、さっきのアレがさよちんの本性ってやつだって思うと、こー、すごいなーって」
「あぅぅ……」
「いや、偉いって思うのよ? 私もこうだから言われなきゃ分かんないしさー。 でもさっきの……りさりんのなんてメじゃないくらいかも。 や、ガチですごかったし。 うちのお母さんよりも迫力満点。 将来旦那とかを徹底的にこき使うタイプと見た」
「……ちょっと、私は違うでしょ?」
「え、だってりさりんいっつも怒ってるじゃん。 怒りんぼじゃん」
「それはっ! あんたが変なことばっか言ってくるからでっ!」
「えー?? ヘンなコトってどんなコトー? 具体的にはー??」
「うぐ、コイツ……」
「うぅぅ……は、恥ずかしい、です……」
少女っていう話し好きな生きものに囚われている僕。
どうしてか、ほんとどうしてかお誕生日席な僕。
早くしんとした空間に帰りたくてしょうがないんだけど、それを言い出せないんだ……年下の子たちにでさえ。
僕は一応最年長なのにどうしてこうなんだろうね。
「でもまぁ声を上げるほどのことじゃないし……」って思っている僕がどこかにいるからこそなんだろうけども。
けど、あのさよが……この、目の前でもう元に戻っておどおどした感じになっているこの子が、なぁ。
あれを目の前で聞いていなければ信じられないくらい。
そっか、この子は怒るときにはあんな感じになるのか。
まるで別人みたいだった。
別人、……そう、別人みたいに変貌する感じ。
一瞬魔法さんのこと思い浮かべちゃうけど、これはきっと普通の人の気持ちの範囲内のこと。
さよっていう1番静かそうな子がこんなに怖いって知った。
そのおかげで、女性相手じゃ必要がない限りにはなるべく、可能な限りに気をつけて女性を怒らせちゃダメなんだって気持ちを新たにできたのが収穫。
よっぽどのことがない限りは僕が譲歩した方が、いろいろと……本当にいろいろと楽そうだっていうもの。
だって怖いもん。
それに、うん……この見た目、ひとまず僕から怒らせない限りにはそうなりはしないだろうけれども、元に戻ることができたり、あるいは癇癪に巻き込まれたりすることだってあるだろうし……気をつけないとね。
その前にまずは社会復帰だけども。
「あの、響ちゃん」
「ん、どうした……かがり、さすがにそれ以上は止めておいた方が良いと思うよ? 君の小遣い的にも、カロリー的にも。 飲み食いというものは習慣だから、普段から気をつけないと、量は増える一方なんだから」
なんかデジャヴなやり取り。
「え? いえ、まだまだ平気よ? お腹もお小遣いも。 出かける前に『お友だちとお昼におやつを楽しんでくるから』ってもらってきたのだし」
「……あの、そんなに甘いものばかり、は……」
好きだね、スイーツ。
それでよく胸焼けしないね。
僕ならとっくになっているだろうに。
……あと、やっぱり食べるから育つんだね……前後に。
それなのに横幅はすらっとしているからすごい気がする。
かがりの体内はどんな仕組みなんだろうか。
特に運動もしていない食っちゃ寝の生活なのに。
……妄想で消費してでもいるのか?
「そうねぇ、次は……あ、ええと違うのよ、響ちゃん。 私、聞きたいことがあって。 今の……えっと、さよちゃんに叱られちゃったので思い出したのだけれど」
あれを「叱られちゃった☆」で済ませて立ち直るのがすごい。
「響ちゃんの叱り方……怒り方って、今のさよちゃんのそれと似ているわよねって思って」
え?
僕?
「ぅえ!? ちょ、ちょっと待ってかがりさんかがりさん! 響さんって怒ることあるんですか!? いつもこれだけ落ち着いていて優しい人なのに!?」
「りさちゃん、そんなに驚かなくても」
「だって!!」
1番に反応が大きいりさと、やっぱりどこかずれているかがり。
「けれども本当よ? 夏休みに何回も叱られたのだもの」
「ウソ!? 想像できないわ、いったいどんなことをしでかしたの!?」
……その横で固まっているさよと、いつもどおりな顔つきのゆりか。
そんなにびっくりすること?
誰だって怒ることくらいあるでしょ?
ちょうどさっきのみたいに。
「あー、それをすっごく得意げに言い出す、しかもさっきのさっきでーなかがりんマジかがりんって感じ」
「??」
「すげぇ……んでどーだったのさ? ま、原因は……そだねぇ、かがりんが嫌がる響を気にも留めずに延々と執拗に何十着も着替えさせたとかそんなものだと思うけど」
それくらいなら怒らない……というか怒るっていう気持ちが湧かないけどね。
だって、かがりはこういう子だって知っているからっていうのと、そもそも僕がかがりという子の習性に対していちいち腹を立てるっていう反応をする気が失せているからっていうのとがあるし。
だけども……りさも、何もそこまで驚かなくたっていいと思う。
「……誰だって怒ることはあるよ? ゆりか」
「や、そーなんだけどさ? いくら響だっては言っても人間だもんね。 で、でで! なんでなんで? 響だから、さすがに虫の居所ってのがーとかじゃあなかったはずでしょ?」
「ええ、私が……宿題を、ほんの少しだけ」
む、今この子はさらりと捏造をしようとしている気がする。
「ほとんどだったよね? 嘘はいけないよ、かがり」
「え? 響ちゃん? え、えっと」
片手を挙げて彼女を制しながらさっさと事実を述べる。
こういうのは邪魔されずに言わないとダメなんだ。
そうじゃないと「だって響ちゃんが良いって言ったからー」ってなるから。
「夏休みの宿題を遅くまで、ほとんど手をつけていなかったからだったじゃないか。 それも、何をどれだけいつまでにしたらいいのか、それすら分からない状態だったよね? そしてなにより、それをなかったことにして遊び呆けていたから叱ったんじゃないか。 思わず、君の将来を想って。 忘れたことにして地獄を見るのは夏休み明けの君だっだんだよ?」
嘘と捏造はいけないこと。
僕自身がしてるからよく分かる。
……でも、「あら?」とか「くるんっ?」ってしているのを見るところ、どうやら本気で記憶がねじ曲がっていたらしい。
……あのときの僕の苦労は。
「……響ちゃん? そうだった、かしら……? あら? あらあら?」
「そうだよ? 叱られたっていう記憶だけじゃなく、その理由もきちんとセットで覚えておかないとね。 これから先何度となく同じ理由で先生たちに叱られることになると思うよ。 怒られるのはイヤだよね? それにあれは……怒る、叱る以前に感情すら込めていないものなんだよ」
そう言いながらかがりを見上げながら問いただす。
……くるんカールが著しい。
この子の面倒を、誰か見てあげて。
本当に、切実に。
大丈夫、やればできる子なんだ。
ただやる気が明後日の方を見てるだけなんだから。
「でも怖かったわ!」
「……事実を並べただけだよ。 叱るってほどでもないし、叱るっていうのはさっきのさよのようなものだと思うよ?」
「えぅっ!? あ、あの……響、さん……」
「先ほどみたいに、僕のことを……人を、他人を心から想って本気で怒るような、そういうもの。 あのときのはそうじゃなかったんだよ? あくまで『そろそろやる気を出さないと後が大変だよ』って言っただけ。 ああいや、半分は君の未来のことも想ってだからね? もちろん」
「響ちゃんって厳しいわぁ」
「……あぅ、ぅ……」
なぜかさよが、かがりの肩に抱きつくようにしてうつむいている。
前髪で顔が隠れているから分からないけども……とりあえず怒っていないからいいや。
「……え、えっと、響さん?」
「そだねー、響、あんまさよちんを褒めて差し上げない方が。 すっごく恥ずかしそーだし」
「うん?」
さよを見てみる。
……確かに顔が少し赤い?
耳たぶは真っ赤。
「……ごめん、さよ。 けど君の……人のために怒る、人を思いやって叱るっていうのは大切なことだと思うよ? それができない、それをしない、見なかったことにする人間の方がずっと多いんだから。 君の今のものも、僕が倒れたときのものも。 人として真っ当な感情を持っているからこそできるものであって、人間として立派な心を持っているからこそできるものなんだ。 そんなに恥ずかしがることじゃないよ」
「ひ、ひびき、さ……こ、これ以上はっ……ぁ、ぅ、ぅ……」
ん、ちょっとだけ年上ぶっちゃった……肉体的には年下なのにね。
けどいつも僕が子供扱いされてるんだ、たまには良いよね。
けど、ひとつ思いついた。
なんでか分からない理由でかがりと仲が良くって、かがりが話をきちんと聞く相手で、つまりこれからは僕に代わってかがりを助けてくれるだろう貴重な存在……それが、さよ。
そんな貴重な友達が中学でできてよかったねって。
ゆりかに対するりさりんも然り、この子たちは良いペア同士なのかもね。
僕もこの子たちくらいの頃……そういう友達がほしかったな。
今になってちょっとだけ思う、後悔。
でもこの後悔だってこの子たちを知ったからこそ生まれたもの。
……大変だったけども幼女になってこの子たちと知り合って良かったのかな、って。




