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46.X6話 教訓:女性を怒らせてはならない その1


ここはとある中学校の、とある2年生の教室。


その一角で……一応に他の生徒からは聞かれないようにと配慮しながら隅に寄りつつ、けれどもそこそこの声ではしゃぎたてる小学生のような……小さい、とても背の低い生徒がいた。


教室をまちがえたなどではなく、れっきとしたこのクラスの、この学年の生徒。


彼女はまるで新入生のようにぶかぶかな制服を、けれども服自体はしっかりと1年と少し分の時間相応のくたびれ方をしている制服を……なまじ袖などが余っているものだから自然、彼女の好きなキャラクターたちがしている「萌え袖」というものを何もせずに自然と再現している。


もっともそのせいでノートを書くときには指先以外が隠れてしまうのだが……冬服であろうとなかろうと、長袖を着ている限りには「それもまた萌えなんだって!」などとひとまわり古い表現を友人に言いつつ、やはりいつも書きにくそうにしている。


そんな彼女。


関澤ゆりか。


低身長、「これは制服がだぶだぶなせいなので長く見えるんです、仕方ないんです、ウソじゃないです」などという方便で校則をぎりぎりはみ出した長さまで伸ばしたストレートかつ前髪だけぱっつんというヘアスタイルをし、これもまた幼く見える要因のひとつであるぱっちりとした目つき。


彼女の前髪がこの形に落ち着いたのは、ごく単純。


自分よりも頭ひとつぶん以上背の高い人間と立った状態で話しているとかなりの上目づかいとなり、毎回邪魔になるからだというもの。


ただでさえの低身長、視線は上に向きがちであり、誰彼……知り合いであろうとなかろうと頭の上から手を置かれて撫でられがちな彼女だ、小学校のある時点まではふつうに長めだった前髪をこうして落ち着いたのも必要に駆られてのこと。


そんな短めぱっつんな、いつも誰かに話しかけていなければ気が済まないような性格の彼女は、この休み時間もまた友人を追い立てるようにして教室の隅にイスだけを持っていき、持ってこさせ、話し込んでいる。


「……ね? ねねねねぇー? いたでしょいたでしょ、もーそーじゃなかったでしょ現実だったでしょゲームとかマンガとかじゃなかったでしょ私せいじょーだったでしょねえねえねえりさりんこの前っから言ってたのは嘘っぱちとか夢遊病とかじゃ」


「やかましい」

「ふぎゃんっ」


手刀が、ただでさえ小さい彼女を更に縮めんと落とされる。


「あいたー、ひどいよりさりーん……んでんでさー、ほんとだったでしょほんとだったでしょ!!! 響ってゆー、とーってもちっちゃい」


「あんたとどっこいね」


「ひどぃ……あ、待てよ。 ある意味でそれは好都合かも」

「やっぱりあの子の方が小さいわね、頭ひとつぶん以上は」


「あーん、すぐ手のひら返すと嫌われるぞーりさりーん? ……んで、そんなちっちゃい子なのに同学年の子、いたっしょいたっしょ!」


「ちょ、こっち来ないでよ! はいはい、ほんとうだったわね。 疑ったことは悪かったわ。 ならその話はおしまいっていうか暑っ苦しいわよっ!」


関澤ゆりかが……対面に座っていた彼女がすすすっとイスごと寄せてきて、座ったまま彼女の片脚を……閉じている脚のあいだに割り込ませようとしてきたところで必死になって止めようとしている友人。


杉若りさ。


ふざけてスカートをめくろうとしてきたところで脳天に向けてもういちど、今度は力を込めて腕を振り下ろせるくらいには座っていても身長差とリーチの差がある彼女は、関澤ゆりかに友人にされたうちのひとり。


同学年の中でも背が高く、クラスの女子の背の順でも最上位くらいを維持し続けており、体型も……放課後や休日の部活動を熱心にしているせいで体が鍛えられているゆえに、バストが男子の目を引くというのがここ数ヶ月の悩みである杉若りさ。


なお、彼女の制服は……対面の少女のものとは違ってきちんと体に合っており、理想的な姿となっている。


特に、シャツ姿になると嫌でも強調されてしまう胸部は、年ごろの彼女にとっては嫌なものでしかない。


そして「冬でも髪が長いと蒸れてイヤなのよ、汗かくから」と、髪は短くはないもののミディアムに留まり、かといっておしゃれに興味がないわけではないから、こだわりのヘアピンを毎日替えている彼女。


なお、彼女の瞳は……つり目と表現するか、あるいは目力が強いというか、とにかく強い感情が何かと人目を引く。


……特に怒りに関しては「声を低くしていなくても恐い!」とは、セクハラをしようとしてきている目の前の「ちっこい友人」から言われ、そのとおりに叱ってあげた仲だ。


「わっ!? こ、こらっ、だからって立ち上がってひっついてこないでってばっ! ……分かった、分かったよっ。 ゆりかがとうとうアニメとかゲームの世界に行っちゃったんじゃなくって、響さんっていう子がちゃんといるんだって! アレは心配してのことだったんだから! 昨日実際に会ったんだし、信じた以前に確認したわよっ」


「むふーっ」


すとん、と、小さな体全体で抱きつこうとしてきていたゆりかは腰を下ろし。


「はいはい。 ……けど、さ。 あの子、ほんっとにあんたの空想上の存在とかじゃなかったのね。 この前それ聞いたとき、実は保健室の先生に相談しちゃったんだけど」


「ゑ? りさりん?」


「……その流れであんたのお母さんにも連絡行っちゃって、だから私があんたの妄想……響さんについてのこと、逐一報告ってことさせられてたんだけど……」


「なんですと!!!?」


がたん、と、小さな体全体で立ち上がり、両手をわなわなと震わせるゆりか。


「悪かったって! だけどきちんと……ものすごく美化したわけでもなくって本当にあのときの表現そのまんまの子っているのね。 比喩でもなんでもないって、初めて実感したわ。 その……なんていうか、ため息が出るっていうか、ほんと、なんていうか……そう、あり得ないくらいに整っていてね。 ……褒め言葉でだけど、人っていうよりは『人形みたいに全てがあるべき場所にある』って感じの顔で。 フードから漏れていた髪の毛も輝いているみたいだったし。 ほんとう、男の子なのに綺麗としか表現できないわ。 あの子、響さんのこと、『実は動く人形なの』って言われた方がまだ安心できるくらい」


「あ……あのー? いんろいんろと初耳なんですけどぉ――……」

「だって言っちゃダメって言われてたもの」


「や、そうじゃなくてさぁ……けど、あー、どーりで最近お母さんもお父さんもものすんごく優しかったわけかー、なーんにも理由ないのにいきなりお小遣い倍以上にしてくれて『お友だちどんどん連れてきていいのよー』、『遊びに行くときには使いそうなお金出してあげるからねー』とか言ってきたりー、友だちの名前とか聞いてきたりー。 私がイマジナリーなフレンドを創りだしたって思われてたのかー。 あーあー悲しいなー傷ついたなー凹んだなー、親友だって思ってたこんちくしょうなりさりんに裏切られてたんだもんなー、これは責任取ってもらわないとなー??? なー????」


よよよ、と、いつものように演技過剰な……全体的に小さいからこそ映える演技というものをして、悲しんだフリをして。


そして「ちらり」と声に出して、りさを見上げるゆりか。


彼女たちは、イスに座っていても身長差は歴然としている。

いや、そもそも使っている机とイスのサイズ自体が違うのだが。


「ゆりか……あんた、よくそこまで口回るわね……そりゃあナイショで人に相談したのは悪かったわよ。 けどさ? ゆりか」

「なあに、今セキニンの内容考えてるとこなんだけど。 あ、そだ、お詫びになんだけど」


「あのさ? ……響さんのことを知らないっていう前提で考えてほしいの」

「ほ?」


「茶化さないで。 私の立場になって……いえ、別にあんたが私にこれから言うことを突然に言われたって考えてもらってもいいわ」

「ふぃ?」


すぅ、と軽く息を吸って放つ彼女の言葉は――正論だった。


「ねぇ。 ……あんたが言っていたように、自分がプレイしたあるゲームに出てくるヒロインみたいな見た目と言動と格好をした男の子とさ、突然に出会って。 で、うろ覚えではあるけどおんなじような反応をしてみたら、2回も……2回もよ、そのゲームでのシナリオとおんなじような展開になって? つまりは男女は逆だけど、そのストーリーそのものの流れになって? で? 同い年の男の子なのに、あんたよりもちっちゃくって? あのときも、テーブルが高そうでとっても大変そうだったわね? ……それでもって、友池さんよりも頭が良さそうなんでしょ?」


はぁ、とため息。


話し疲れたのか、それとも、そのあまりの「偶然」にどう反応していいのか分からないのか。


途中からイスにすとんと座り直して、あー、とでも言いたそうな顔つきになったゆりかを眺めながら、りさは続ける。


「……正直に言って、よ? そんなの……って言うのは失礼だけど……あんたみたいな女の子とかが理想の異性のこと、なんか妄想癖こじらせて」


「あいわかった、もういいよりさりん……言いたいこと分かったから……」


「りさりん、理解はあるんだけど感性は一般人だからなぁ」と思うゆりか。


一方で、やはり他人から聞かされると「何のキャラ?」と聞きたくなるのも理解できて少し落ち込んだ。


「それによ。 あの子……も失礼ね、あの人、同い年だとは思えないんだけど」

「そりゃちっちゃいし」


「じゃなくて。 ……話す内容も雰囲気もよ。 まるで先輩たちや先生たちとかと話しているみたいな感覚なのよ。 頭が良いって言うか精神年齢が高いって言うか……そりゃあもう、クラスの男子たちなんか比べられないくらいに」


彼女たちの会話に聞き耳を立てていた一部の男子たちが悲しい顔をした。


「りさりんひどいねー」


「うっさい。 でも……やっぱり納得行かないわ! なによあの顔つきと髪の毛! 女の私でも嫉妬すらできないって、もはやいろんな壁越えちゃっているっての!」


「おおう」


「お肌は透き通っていて荒れたところすらないし! 目は薄ーい色でガラスみたいだったし! ついでに髪の毛も!! なによあれ!?」

「あー、それは分かる。 それについてはすっごく分かるよ。 気持ちはすっごくね……だから落ち着き?」


どうとう、と……ゆりかに勧められたゲームを遅くまでする生活が数日続いたせいで出来てしまったニキビというものに、乙女としてかなり深刻に受け止めているりさが叫びそうになったところをゆりかが抑える。


「ふぅ……悪かったわね」


「いいのよ、私たちの仲じゃん。 だ・け・ど? やっぱりさりんも響に会っただけでメロメロだねぇー」


「んなっ!? そんなわけないでしょう、あんたじゃあるまいし!!」


「そーお? だけどりさりん、ドロッドロした展開にならないよーにクギ刺しとくからね? 響を見つけたのは、先に会ったのは私よん? 男を取り合って親友が! とかはやだからねー??」


「はいはい、お好きにどうぞ。 人の恋路を邪魔するつもりなんてないし、そもそも私はそういうの、興味ないからね。 というか取るとか以前にあんた、まだそこまで親しくもないでしょうが」


「言質は取ったぜい?」

「はいはいお好きにどうぞってばー」


彼女たちの姦しい会話は、一部の凹んだ男子たちを巻き込みつつクラスの喧噪に紛れて窓の外へと流れて行った。


その会話はたった1回きりで……決して繰り返されることのない。


彼女たち以外の人間には知られることもなくこの世界から消えるはずのものだった。


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