46.X5話 女装…… その3
くるんがくるんくるんしたおかげで僕が作り出しちゃったイヤな空気は薄れたけれども……やっぱりくるんだから何言い出すのか分からない恐ろしさがある。
そんな緊張を感じつつ口を開く。
思わずで言っちゃった、きっと僕が将来……ニートを止めたなら遭遇するだろう社会の理不尽というものについて、念のために。
この子たちが心配なこの気持ちって言うのがきっと、親心とかそういう……。
「しかしかがり、世の中には陰口や因縁や偏見というものが」
「あのっ」
ここでさよが……かがりの後ろにくっつくようにして、いつの間にかそばに来ている。
さすがはいつも……読書を邪魔されてでもかがりと一緒な子だ、かがりの暴走を止めようとしてくれているんだ、きっと。
そうだ、君も言ってあげて?
世の中にはヤな人だって居るんだって。
「わっ……私も、そう、思いますっ。 最近は……えっと、あくまで学校の授業とかニュースとかで聞きかじった……範囲です、けれど。 でもその、響さんのように、体と心の性別が違う……と、いう方だって、たくさんいるって。 なので……扱いは変わってきている、って」
あれ?
そっち?
あ、いや、そうだよね、元々は僕の女装についてだもんね。
肉体的に見れば正常だけども精神的に見ればアブノーマルなやつ。
「……さよ。 それはあくまで、そういうことをきちんと考えられる人に限るんだよ。 世の中にはそうでない人たちだってたくさん」
「私もふたりの言うとおりだと思うわよ?」
「ちょっとごめんね?」って言いながら僕の頭を撫でてくるりさ……いや本当なんで?
やっぱりちっこいから?
手頃な低さにあるもふもふだからもふりたいの?
「ネットとかSNSとか、そういうとこだけでもないけどほんっとに性悪な人ってのはどうしたっているんだから、そういう人たちは例外ってことで考えなくていいんだって思うの」
……部活とかじゃヤな子いるでしょ?
「だけどそういう人はあくまで例外。 大多数の人はなんとなーく『性別が違うだなんて、そういうものなんだー』って思うだけなの。 ヤなこと言われちゃったりしたら『あー、その例外の人たちかー』って思っとけばいいのよ。 私だって『レギュラーだから』とか……えっと、む、『胸がでかいから』とか『告白されたからー』とか私のこと話しているのをトイレで聞いちゃったことだってあるし」
あー、女性ってトイレでそういう話するんだよね……男みたいに興味ない相手のことは興味ないって感じじゃないから。
「あ。 やっぱそうなん? なんかやけに凹んでるときあったけど」
「ええ……たまにね。 それが表面上は仲いい子だったりするから女は……いえ、きっと男子だって少ないとしてもあるんでしょ。 とにかくあるの。 絶対に消えはしない。 だけどそれは『普通』じゃないの。 それが上級生だとか先生だとかだったりしたら無難に『あーそーですか』って流して避けときゃいいのよ。 キリがないし、どうせ飽きたら別の子に移るんだから」
りさが普段のかがりくらいに近づいてきている。
いつもの……なんて呼ぶんだろう、「汗拭きなんとか」……みたいな香りはしなくって、髪の毛から漂ってくるシャンプーの香りがふわっと来ている。
「むぎゅ」
ついでに頭をなでてた手が重くなって変な声が出た。
「思っているほどには響さんが心配する必要はないわ。 私はそう思う。 初対面だとか会ってすぐだとかだったらよそよそしくとかはされるかもですけど、何回か話すうちに『ああ響さんって子は女の子の見た目だけど中身は完全に男の子だなー』って思ってもらえると……思いますっ! ってことでこういうのはこれでおしまい!」
「あらやだ、かがりん積極的」
「……誰のせいだと」
「ワタシノセイデスユルシテ」
「……調子には乗らないでね」
僕から離れた彼女はぱんぱんって手を叩いておしまいの合図。
「あい。 ……ひびき、さっきのはごめんね。 んで私も同意見。 ……これもカチンときたらごめんね? 響は……えと、ものすんごくSSR……レアな見た目なんだから、ちょっかいかけてくるのは嫉妬に駆られた女子とか熱烈にアタックしてくるロリコンな男とか……女子もいるだろうなぁ、男子よりずっと……くらいじゃないかなって。 つまりはキレイ過ぎるのが――……今のカチンって来た?」
「ううん」
「そ、よかった!」
とりあえず男からは距離を取ろうって思ったくらいだから安心して?
「けどさーひびき、女装って言ったのは元々はあれよあれ。 りさりんが『ツンデレ運動部』とかかがりんが『どたぷんくるんメロン』だとかさよちんが『魔性のメガネっ娘』とかそんな感じの、仲良くなったからこそのじゃれあいってつもりだったのよ」
「……ゆりか、あんたさ、ここに来るとき。 ロビーとかでおじいさんおばあさんに囲まれてさ? 『ちっちゃいねぇちっちゃいねぇ何年生になったのかな? もう高学年かな?』とか『お姉ちゃんとかお兄ちゃんのお見舞いかい? 偉いねぇ』って撫でくりまわされてたときの気持ち、思い出せるかしらね?」
「あ、おっけー万事了解ですヤなものはヤですねはい!!」
ぼーっとし始めてちょっとしてから気が付く。
……これが世代の違い……価値観の違いってやつなんだって。
今ならトランスジェンダーとか普通に記事とかで出てくるけども、僕が子供のころはまだそういう言葉すら知らなかったし。
みんなの反応が思っていたものと違ったから不思議だったんだけど……そう考えてみるとなんだかしっくり来る感じがする。
なんかやけにみんなが軽いから何でだろって思ってたら……そっか、時代なんだ。
僕の価値観が形成されただろう中高生な時代は、この子たちのそれの10年も前のこと。
当時はまだ体と心の性別が違うなんて笑われるか疎まれる。
それが嫌なら隠すって空気だったって思う。
少なくとも今みたいに週に1回はテレビとかネットで……ちょうど僕がそう説明している、限りなく事実に近い嘘の「性同一性障害」みたいなものが入ってくる程度には今と昔とじゃ概念を知っている人自体の数が違うんだろう。
授業でやったりもするらしいし。
だから本当に時代が違うんだ。
そうだ。
僕はさんざんに思い知ったじゃないか。
僕がひとりで居たがっていたこの10年、そのあいだに僕は世間に取り残されていたんだって。
浦島太郎。
……女の子のそれはなんて呼べばいいか分からないけども、ある意味で僕はそれなんだ。
玉手箱を開けちゃったら煙がぶわっと来て、それで……この子たちよりもちっちゃくて髪の毛も目も肌の色も性別も変えられちゃったっていう感じ。
そう分かるとちょっとだけほっとした。
友達っていうのは……これだけ歳も性別も違うとしたって必要なんだね。
じゃなかったら僕は今もきっと、今の僕になっちゃったことに怯えてひとりさみしく……いや、そうも感じずに、あの家の中に引きこもっていただろうから。
「じゃあ! もういちど見直したところで響ちゃんのベストショットを決めましょう! ここはトーナメント方式で!」
なんかちょっとじーんってしてたら全てを帳消しにする爆弾発言。
「……かがりーん、それ、昨日読んだマンガとかに影響されてない? あとこの流れで言うコトなんでしょーか。 やっぱすげえ」
「?」
「……え、えっと……で、では、私は、その。 こちらの響さんが、やはり……その」
あ、さよも乗るんだ……いや、良いけどね……きっと子猫の写真見る感覚なんでしょ……?
「かがりんってばどーせどーせいつもみたいにさ! 最後には自分が選んだ響ってことにするでしょーにー! ぶーぶー、権力の横暴だー」
「あ、そうよ、響ちゃん自身の意見も聞いておかないといけないわね!」
やっぱりどう考えても、絶対に。
かがりに急所を握られているっていうのはよくないことだ。
普段の心理的にも……こうしていきなりにみんなに見せちゃうあたりも。
あ、いや、一応僕の許可は取っているし、そもそも僕が口にしちゃったのが発端ではあるけど。
そもそもかがりが話題を持ち出さなければこんな目には遭わなかったんだし、うん。
やっぱりかがりが悪い。
ダブルメロンさんが、どう考えても悪いんだ。
……お別れする前に、どうにかしてあの写真を消させなきゃならない。
じゃないとヘタすると「ねえ見て見て! 昔こんな子とお友達だったのよ!」とか言って次々と友だち知り合い家族その他もろもろにいちいちあれを見せて回られかねない。
そういう未来が想像しなくたって見えるんだもんな。
だから消させなきゃ。
けどどうやって?
……それが難題だ。
彼女にとって、僕のあの写真以上のものを提供するとなると。
目の前で、新しい服をリクエスト通りに着てやる?
……写真のストックが増えるだけで、僕の黒歴史を量産するだけだ。
お出かけに付き合う?
……新しい服を買わされて着させられて、おんなじ結果になるだけだ。
宿題を見る?
……それが彼女にとってはごほうびになんてならないって知っている。
あれ?
もしかして僕、もう……取り返しのつかないことしちゃったんじゃ……。
「……響さん、いつもみたいになってるけど怒ってるとか……じゃないわよね?」
「だ、大丈夫かと……」
「だいじょーぶ、響はヤなときはっきり言うから。 多分かがりんのかがりんさに驚愕してるだけよ」
「よく分からないけれども響ちゃん! ねえ響ちゃん! 響ちゃんはこの4枚の写真のどれが1番……!」




