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46.X4話 女装? その1

静かな休日の午後。


病室にはベッドで寝転ぶ僕のほかに、器用に椅子の中で丸まるようにしてページをめくっているゆりか……ああ、体が小さいからできるのか……が、ぱっつんを斜めにさせながら収まっている。


その隣の椅子には、さよが……こちらはぴしっと姿勢を正して90°な格好で……ああいう座り方って重心がうまく行くから思ったよりも疲れないんだよね……髪の毛を背もたれの後ろに流しながら、文字に意識を向けている。


そして僕もまた、せっかくだしって遠慮せずにベッドに横たわったまんまっていういつもの読書の姿勢で、腕が疲れたら向きを変えるっていう感じでわりと頻繁にころころとしている。


……静かな空間にぺらぺらとめくられる紙の音と、ときどきの衣擦れの音。


ただ、それだけ。


3人も居るのに誰もしゃべらない時間が流れる。


……ああ、嬉しい。


この子たちと、この子たちだけと一緒のときだと本当に嬉しい。

だってこんなにも静かにして過ごせるんだから。


10年近く、必要のないとき以外は外にも出ないし口を利かない生活をしていた僕にとっては天国だ。


まるで図書館とか静かな人しかいないときの喫茶店みたい。


ああ、快適。


……いつものようにかがりがいると、それだけで場が「話すもの」になっちゃって、声が途切れることなく満足するまでうるさいもん。


りさもりさでやっぱりおしゃべり好きっていう「いわゆる女の子」だし。


その点、このふたりなら僕とおなじく本が好きっていう性質を持っているから読書の時間ってなると基本、話さなくても平気だもん。


……ゆりかが今日持ってきて積んでいるのはマンガだけど、それでも静かにしてくれていてなにより。


もう1回ごろんと寝返りを打つ。


ちらっと来る視線が2対。

でもすぐにまた紙に夢中。


もちろんゆりかも相当のおしゃべり、最初の何回かのお見舞いではいつもどおりに、かがりとおんなじように話すのが止まらなかった。


なにしろ半年分の「話さなければならないこと」があったもん、しょうがないよね。


けれどもそれが一段落してからは、来てしばらくの雑談を終えるとさっさと読書モードに入ってくれるのが嬉しい。


何回か招かれたゆりかの家での過ごし方に似ている気がする。


こういうのって良いよね。

みんなで静かに過ごすのって。


かがりが来てしまうときだけが特別なんだ。


話題が尽きることがなくって口が疲れるっていうこともなくって、しょっちゅうお菓子を取り出しては食べるっていうのが止まらない彼女だけが。


「……ふぃー。 あ、響?」


椅子の上で体を静かに起こして静かに声を上げるゆりか。


読書中って静かなのに慣れているから、そうして音のトーンを抑えめにしてくれるのがすごくありがたい。


うるさいのが苦手な人相手の接し方っていうものを熟知している。

さよと僕っていう、人よりも本の方が好きな質の人のことを。


隅っこでじめっとしてるのが好きなタイプを理解してくれているだけで奇跡なんだ。


かがりとか、本を読んでいてもいきなり起き上がっては普段のトーンと早口でにじり寄りながら話し始めて止まらないもんな。


あの子にはもう少し……いや、かなり、なにかが足りない。


全部かもしれない。

突き詰めるとデリカシーってやつなんだろうけれども。


「コレ読んでてちょい聞きたいこと思い出したんだけどさ、今いい?」

「うん」


しおりを挟んで本を枕元に置いて、もうすっかり慣れた、痛まないようにベッドの中に収納してあった髪の毛を片手で引っ張り上げながらもぞもぞと体を起こす動作。


……ほんと、切れないもんかなぁ……この髪の毛。


いつか切ってやる。

いつか、必ず。


魔法さんをどうにか説得してだ。


「あー、えーと……コレ、響がヤーな話題だったりしたりしたらスルーしてくれてぜんっぜん平気なんだけどさ? いや、ほんとにね?」


ふむ、ゆりかが予防線を張っている。

となると病気とか性別とか身長的な話かな?


こういうのを普通に話せるようになると、なんか友達って感じがして良いよね。


「ありがと、んじゃね? ……響ってさ、中身は……心は男の子なワケでしょ?」

「そうだね」


「てことはさ、響にとってはスカートとかな女の子ーな服装ってさ? それこそ去年かがりのとこ行くまで着てたような服装ってさ? てさ? それって『女装』ってことになるのかなーって」


………………………………。


よし。


なにも問題はない。


ないんだ、うん。


大丈夫、僕は大丈夫。

大丈夫って思ってるんだから大丈夫に決まって大丈夫なんだ。


「……あの、ゆりか……さん? それ、今聞くこと……なんですか? 響さん……驚かれています……けど」


「だからヤーならスルーしてって言ったのよ? さよちん。 響ならそのへん華麗にスルーしてくれるはずだしさ。 それにほら、響ってなんてゆーかけっこーに重い話題とかでも平気なとこあるからさ、こうしてとりあえずで聞いてみることできるのよ。 これがつーかーってやつ」


「えっと……ええと……」


ゆりかと僕をわたわた髪の毛をぶんぶんと振りながら見てくるさよと「あくまで聞いただけだけど?」って感じの表情をしているゆりか。


……うん、デリケートって言うかセンシティブな話題ってむしろそうやって聞く方が変な感じになりにくいよね。


ゆりかは見た目に反して、予防線を張るとか人に気を遣うとかそういう面では見た目よりもずっと年上だからなんだろう。


僕とおなじく小学生に見ることもできる、その外見よりは。


「ひびき、怒ってる?」


「……………………ううん、別にいいよ。 性別……性自認というんだけれど、それを伝えた時点でいつかそう聞かれるものだと思っていたから。 覚悟はしていたから」


「そー? ホントに大丈夫ひびき。 私が言うのもなんだけどヤな思いはさせたくないし、あくまでキョーミだから断ってくれてもいいのよ? 聞かなかったことにしてくれてもぜんっぜんいいよ? ……ホントにいいの?」


「うん」

「……響さんが、そう言われるのでしたら、私は何も……」


ゆりかがわずかにほっとした表情を見せる横で真っ赤になっているさよ。


うん。

大丈夫。


本当ならあの大みそか……の告白のときに聞かれるって思っていたし、だから僕は大丈夫。


大丈夫。


完全に……このタイミングで、読書してほんわかしていたところに突然に振られてきたけれど、けれどもまだ大丈夫だ、大丈夫。


だいじょうぶ。


……だいじょばないかも。


「いやー、だってさ響、今こそ入院してる人の服……なんていうんだっけ」

「病衣とか入院着とか呼ぶらしいね。 呼び方はどうでもいいと思うけれども」


「そー。 んでさ、そうじゃないときの……えと、ふつーの、普段の響ってさ。 私たちと会うときはほとんどいつものあのカッコだったじゃん? パーカーと帽子とズボンと靴しか見えない、あのカッコ」

「そうだね」


家から出るときに銀髪系幼女誘拐拉致監禁極悪非道って思われないために少年ってなんとか見られようとしてたからね。


「けど、かがりんと出かけるときとかにはさ……私にも見える見える、そーとーにごーいんに……いや、ダダこねてかな? スカートとかの女の子ーなカッコさせられてたんだよね? ……だよね? さよちん。 かがりんからのいつも通りに妄想で誇張された部分を省くと大体そんな感じでしょ?」


「え、あの。 ……あぅ、あの、その」


あ、ぱっつんをいじりながらの、僕の顔色見ながらゆーっくりと話してる感じのこのゆりかの態度。


なるほど、あれからこういうのを全然聞かれなかったって思っていたけど……みんなから遠慮されていただけ、か。


当然か。

かがり以外ならその辺りの配慮は……中学2年生でもできるんだから。


中学生って、とっくに成人した僕からすると子供だけども実際には人生経験分以外の精神年齢ってそんなに変わらないし、ましてや女の子は早熟だし。


かがりは……そもそも僕のことを未だに女の子だって認識している感じが残っているしお花畑に生きている子だから例外ってことで。


「……気にせずに話してくれて構わないよ、さよ。 どうせ君には見られているんだし」


「いいなー、見たかったなー私も響のかわいいとこ」

「見ても大したことはないよ」


「……いやいや、んなことないでしょ。 でしょ? さよちん」

「え、えっとぉ……」


……黒めがねさんが否定しない。


「それでそれで? そんときの響って、どんなんだったん?? ね、ね???」


「あ……えっと、ええ。 すごく――――すごく綺麗で美しくて。 まるで雑誌のモデル……いえ、映画やドラマで出てきそうな……そのような感じで、とても素敵……でした」


「へぇ――……いいないいなー」


……あれは。


あれは、人生の汚点だ。


やっぱりどんなことがあろうとも人に見られる場所、家の外で女装だなんてすべきじゃなかったんだ。


いくらかがりに唆されて拐かされて強制させられても断固として拒否すべきだったんだ。


嗚呼。


1回見られたものは、何度も見られたものは、もう、どうしようもないんだ。


他人の記憶は消せないんだ。


ああ。


あの、初めて外に出た日に戻りたい。


僕は割と「過去に戻ったら」って言うのを寝る前とかに考えるタイプだけども、普段以上に悔いている感じがする。


ああ、戻りたい。

戻ってあの記憶と記録をこの世から抹消できたなら。


僕は努めて表情筋を普段通りに脱力させて、かつ熱くなってくる顔を冷ますように……今読んでいた本の哲学的な部分のことを必死で考えていた。

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