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49話 「あの日」と、彼が、「響」になった日/春 3/10

僕はこの運動公園がお気に入りだった。


どんな格好でも何時に来ても……社会人や学生が来ないような時間帯にぬぼってした男がひとりで来ても、注目されない場所だったから。


ほら、今のご時世的に怪しい男がそのへんほっつき歩いてたら適当な理由で「事案」って言われちゃうし?


で、もう何年も、よっぽど天気が悪いとかじゃない限りには……少なくとも入り口の周りくらいまでは歩きに来ていたこの公園。


人が多いからこそ逆に僕っていう存在が薄く感じて、自然の色や匂いっていうものの気持ちよさを実感できるここも、もう2度と来ない……かもしれない。


そう思うだけで、変わっていないはずなのに変わって見える。


この季節は掃除が追いつかないからたくさんの葉っぱや花びらが重なっている上をなんとなくさくさく音を立てて歩いて、そんな感傷に浸ってみる。


……どうせ歩いて数分で出口だし。


そんな気分で、僕はさくさくさくさく歩く。


◇◇


初めは戸惑った。


だって普通の男が、ニートだから普通よりマイナスな男が銀髪幼女だもん。


「この姿になったのって夢じゃないの?」とか「僕の頭がおかしくなっちゃったんじゃないの?」とか「僕の認識だけがおかしいんじゃないか」とか「とうとう僕は来るって自分を幼女だと思い込む末期症状なんじゃ……」とか考えたりもした。


だから恐怖を感じて。


けどそのすぐ後に……いろいろと確かめるために出かけた先で、かがりとゆりかに出会って。


少なくとも今の僕は今の僕として、誰からも幼女だと見られるものになっちゃったんだってわかって。


で、人はすぐに慣れるもので。

顔からなにから性別まで変わっちゃったとしても慣れちゃって。


家の中でさえ生きていくのに苦労しているうちにだんだんと慣れて、そう時間が経たないうちに元の生活に近いものになったんだ。


見た目のことも、女の子になっちゃったもんだからいろいろ困ったりもしたけど、それすらも懐かしい感じで。


……それで慣れたと思ったらハサミが飛んでびっくりして、今井さんに追い詰められて萩村さんが役に立っていなくって抑え切れていなくって、それでゆりかに助けてもらって。


その萩村さんに偶然声をかけられたから送ってもらった先でかがりに襲われて。


本当に……本当に、大変だった。


親がいなくなってからひたすら避け続けていた人間関係が、あっちから来たんだから。


それからはさよやりさとも出会って、4人とも仲良くなって……僕から友達だって思えるようになって。


「今の僕としての生活も悪くないかも」って思っていた矢先に冬眠して……その前にマリアさんとイワンさんにも会っていたんだっけ。


そうして岩本さんと島子さんを助けてねこみみ病っていうものを知って、ねこみみとしっぽを堪能して柔らかくって、それで僕自身が男だっていうのをみんなにも明かせるって決心がついて。


それで年を越して嘘をひとつ話してほっとしたら……結局謎のままになっちゃった「反動」で派手に血を吐いたりして。


病院に連れて行かれたと思ったら調べられて、また冬眠して入院して。


そして家を……今の僕でさえ居心地が良すぎるせいで決心がつかなかった家の中を空っぽに近い状態にまで、きれいさっぱりにして。


今日、みんなとおわかれして。


……確かに大変だった。


けど、大変なことは大変だったんだけども、この大変だった1年は……僕としては9ヶ月くらいの1年なんだけど、とにかくにも密度が濃くって。


前の僕が今の僕になってからの1年は、少なくともここ15年くらいの……父さんと母さんがいなくなってからの僕の人生っていうものの中で……多分。


いや、きっと、いちばん充実した時間だったんだろう。


今なら。

こうして空っぽになった家に1回だけ戻る、今だからこそそう思えるんだ。


◇◇◇


――学ばず、働かず、ただ生きているだけを生きる。


「ニート」って呼ばれる生き方は、言われているほど悪いものじゃないって僕は思う。

ゴミとかひどいことを言う人もたくさんいるけど、そんなのは気にしなくていいんだ。


だって、僕たちは毎日毎日をただ生きたいように生きているだけなんだからさ。


イメージと評判は底辺に近いけど、その生活は年を取っていれば「充実した老後」とか「晴耕雨読」とか、時代が違えば「隠居」だったり、あるいはもう少し贅沢に過ごすなら「貴族の暮らし」って言っても過言ではないもののはずだし。


最近はアーリーリタイアとか言って目指す人も出てきたくらい。

時代が追いついて来たんだ。


「高等遊民」……そんな言葉で呼ばれることもあったらしいし。

他人に振り回されない生活っていうのはそんな感じにいいもので、あこがれで、理想。


世間体さえなくて「働きたい人だけ働けばいいよ」っていう世界なら、きっと多くの人が選ぶはずの素敵な生活。


――そんな生活を、僕から捨てる。


無事に成長するかもしれないけども一生幼女のままかもしれないし、もしかしたら前の僕に、元の僕に……ある朝起きたら戻っているかもしれない。


どっちにしてもお金も戸籍も何から何まであって、何十年か後まで生きていくのには困らない、居心地が良すぎる場所。


けど――それを捨てて、別の道を選ぶ。


そう思えるほどには変わったんだ。


前の僕から今の僕に変わったからっていうのもあるんだけど、多分、そうじゃなくって……ようやくに外にちゃんと出て、いろんなことを知ったからなんだ。


母さんたちが居なくなったからって閉じこもってのが魔法さんに幼女にされたからって、嫌でも知ることになった。


結局のところ僕にかかっている「魔法さん」。

「ねこみみ病」、「変異」……または、そうじゃない「何か」。


それについて分からずじまいのままなんだ。


似ているようで違って、けどやっぱりどこかでおんなじなにかがあるって感じる、これらの「見た目が変わる」っていう謎の現象。


でも僕は、大変だった分いろいろ知った。

だからある程度どんなものかは分かっている。


そしてこれから起きるかもしれないことについてもなんとなくの予想、仮説もいくつか立てられている。


そこまでしか理解できていない……とも、言える。


だけど、改めて考えると。

僕の、今の状況を客観的に整理してみると。


さんざんにノートに書き続けて「ああでもないこうでもない」って、独りでいろいろと考えた末での結論として、だけども。


僕の言動ひとつで僕自身を「幼女」としても「元の男」としても……「どちらでもあってどちらでもない」状態としても認識させられちゃう現象。


日数に関係なく「健康に問題がない範囲」で「冬眠に近い状態になって」眠りこける現象。


どこも悪くもなくってケガひとつしていないのに、あんなにどばどば血が出てきて一時的にしても体が動かなくなるっていう「反動」って呼ばれていた現象。


認識と冬眠と反動。


あのときはとても大変なことで、魔法さんに振り回されてもうさんざんだって思っていたけど――その程度なんだ。


もちろん大変だよ?


大変なものなんだけど、でも病院をぶらついているときに見ちゃったように……本当に重い病気を持っていて、それでずっと病院で、命を守るために戦い続けている人とか。


そういう人たちを遠くから見て僕自身のこれと比べると……生温いにもほどがあるんだ。


誰だって自分のことが1番大切で、自分のことが1番に感じる。

良いことも悪いことも。


だから僕みたいに閉じこもっていると他人のことが分からなくなって、比べられなくなったんだ。


でも、今は違うんだ。


僕は別に苦しくも辛くもない。

ただ幼女になっているだけ。


ただ、それだけだってはっきりと自覚できているから。


魔法さんっていう、ふと夜中に怖くなる程度の存在はあるんだけども……それは僕を死なせようとするものじゃなくって、むしろ生かそうとしているっていうのはとっくに分かっている。


なんで銀髪幼女っていう生きにくいことこの上ない姿にしたのかはわからないんだけども……でも、ちょっとくらい不便なのって、誰だって抱えてるんだ。


だからこの体と魔法さんとは「そういうもの」だって思いながら付き合っていくしかない。


ただそれだけなんだ。


……たったの1年。


それだけで僕、何歳も成長できた気がする。


やっぱりお家の中で好きなことだけしてる生活も……いや、とっても素敵で快適だったけども……それだけじゃ、だめなんだね。

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