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48話 彼の、準備 2 7/7

杉若りさと友池さよ。


どちらも平均的な中学2年生の身長……りさは少し高くてさよは少し低いけどそれでも僕からしてみれば大きくって、いつもどおりに上を向きながら、少し見下ろされながら、春休みのことや新学期のことなんかを聞く。


思い出話は病室でさんざんにした覚えもあるし、なによりもなんだかじめじめしてくるしって気持ちは一緒みたい。


「次会ったらこうしたいね」って未来のことなら、いくらでも明るくできるよね。


……そうして時間が迫ってくると、僕よりもふたりのほうが焦ってきたのが目に見えてわかる。


ゆりかとかがりはまだ来ていないけど……なにか用事があるんだろう。

「絶対見送りに来る」って言ってたし。


でもお別れはもう済ませてる。

だったら良いよね。


じりじりと時計と周りを見ているふたりを見ている僕のほうもまた焦ってきちゃいそうだし、お迎えに頼んだ車も待ってるし……そろそろかな。


「……りさ、さよ」


「ま、待って響さん! もう1回! もう1回電話してみる!」

「けど、どうしてか取ってくれなくて……」


「……ふたりとも、今日はありがとう。 時間はかかるかも知れないけど、それがいつまでかかるかも分からないんだけど、でもまたいつか、必ず会いに来るよ」


スマホを両手に……さっきまで笑ってた顔が焦りでいっぱいになっているふたりに言う。


「いっそのこと何年も経ってしまって、みんなが大人になってしまっていたとしても。 それならそれでてそのときにはお酒の席ででも思い出話とかを聞かせてくれると嬉しいかな」


13歳……いや、確かみんな14歳になっているんだっけ。

この子たちはもうすぐ、たったの2週間で中学3年生になっている。


だからあと……たったの6年。


僕にとっては短くって、みんなにとってはこれからが大切で長い時間が経っていたら、逆に僕にとっては接しやすくなるよね。


もちろん早いに越したことはないんだけど、こればかりは分からないものだから。


岩本さんも言っていたけど、相対的な精神年齢ならきっと近くなるんだ。


……最悪にはもう2度と会えないんだけど、それは考えなくてもいい。


きっとあたりさわりない内容の連絡くらいはできるだろうし。


「……もう、さらっとそう言うんだから。 やっぱり響さんって男の子なのね」

「はわ……」


僕もちょっと感傷的になってるみたい。


「それにしても……なーにやってるのよ、ゆりかったら……かがりさんに振り回されてるだけだと思うけど……。 いや、逆もありえる?」


「うーん、どうだろう。 ゆりかはこういうときはしっかりしているはずだから」

「……下条さん、気分が乗るとなにも聞こえません、から……」


みんなの共通認識が光る。


「『先行ってて、すぐに追いつくから!』って言うから、アイツがそう言ったから私たちだけで急いで来たのに、このままじゃあの子たちの方が響さんにお別れ言えないじゃない!」


かがりが何かに。

こういう肝心なときにでも気分屋だから何かに気を取られちゃって、ゆりかが止めようとしても聞かないっていう光景が想像しなくても見える。


あの子、とうとう最後まで……何回か来てくれたお見舞いでも結局いっつもだーっと話すのが止まらなかったり、思いつきでそのまま出て行っちゃったりしていたからなぁ……。


「……すみません、響さん。 少し、連絡……入れてみます。 きっと、そう離れたところへは行っていないはずなんです……なので多分、レジが混んでいるとか、人が多すぎて来るのが遅れているだけとか、きっと」


「……それなら、もうちょっと」


「ぴぴぴぴぴぴぴ」


僕のポケットの中からアラームの音が響いてきた。


……お迎えの車の時間。

一応の目安のものではあるけども。


「……響さん、それって」

「済まない、時間だ、ね」

「……そう、ですか……」


もちろん本当はもっとふたりとも、最後になるかもしれないんだし話したい。


かがりたちとも……僕のことを、嘘だらけの僕のことを……肉体が女だって知っていても、こんな異質な銀髪幼女な見た目の中に僕が入っていても、それでも好きだって言ってくれたふたりのことも待っていて話したい。


それが例え年頃の少女特有の……恐らくは僕の中の大人の男っていう部分になんとなく惹かれただけで、成長すればなくなるものだって分かってはいても。


僕がそれに答えることはないんだとしても。


けども時間は有限なんだ。

無駄にしちゃいけないっていうのは、この1年間で嫌っていうほどに知った。


ここまでにたくさん使っちゃったけど、未来なら変えられるって分かったから。


だからこういうときには潔く、時間のままに行かなきゃならないんだ。

その方がきっと、この子たちにとっても良いはずなんだ。


「……大丈夫だよ、ふたりとも。 あのふたりにも病室で……帰るときにはいつもお別れを言われていたし、僕からも言っているんだ。 さよとりさからもしてもらっていたようにね。 だから僕は行くよ。 今日は来てくれて、ありがとう」


「……えぇっ! 『またね』、響さんっ」

「……『また』いつか……お会いしましょう、響さん」


「うん。 『またね』、ふたりとも」





『別れは済ませたんだし、ここですっきりとさよならしよう』って言ってふたりと別れて5分くらい歩いて着いたのは、駅前のローリーのすみっこのほう。


そこには……最近はいっつも病院と家の往復と、それにここに来るときにもお世話になった黒塗りの車。


萩村さんが使っていたものよりも高そうな……いや、乗り心地からしても確実に高いんだろう、けどリムジンっていうほどじゃない車が見えてきたと思ったら運転席から人が出てきた。


いつも運転してくれている人。

マリアさんたちの部下の人。


なんの部下なんだろうね。

結局怖くて聞けなかった。


「『お嬢さま』、ご準備の方はよろしいのですか?」

「はい。 待っていただいて、ありがとうございます」


「いえ、これが……今日までの、私の仕事ですから」


そう言いながらドアを開けてくれて、それにすっかり慣れちゃった僕を感じながら乗り込む。


この高級感あふれる車での送迎も、これで最後だ。


初めは申し訳ない気持ちでいっぱいだったけどそのうちに慣れて来ちゃって、いつの間にか当たり前って感じるようになっちゃっていたけど……これで、最後。


僕が大きな音が嫌いだって知っているからそっとドアを閉めてくれて、運転手さん自身もまた座席に乗り込む。


もう、何十回と見た光景だ。


「……いつもいつも。 最後の今日までこうして送っていただいて、ありがとうございます。 とても助かりました」


「いえ、私はただ命令されたまでで。 それに、お嬢さまをお迎えしていますと普段のような物騒な会話が聞こえてきませんから、私にとっては癒しなのですよ。 響さんもまた知的な会話をされますし。 私も楽しかったのです」


ああ……僕が知的かどうかはともかく、イワンさんたちを乗せていたらそんな感じになるよね……やっぱり薄々どころか割とはっきりと感じているマリアさんたちのご職業、なにやら恐ろしいものなんだろうな。


だけど僕は、この人たちとは別の道を行くって決めたんだ。


だからこそ僕のことについてもほとんど言わなかったし、イワンさんたちのことについても聞かなかった。


そして僕もまた聞かれなかったんだから……あちらも僕の気持ちが分かっているんだろう。


お互いに似ていて、ひとこと言えば仲間にしてくれる。

でもそうはしない。


それでいいんだ。


「では出発してもよろしいでしょうか? たしか行き先は――……」

「……どうかしましたか?」


運転手さんがいつもみたいにすぐに出発しない。


「……響さま。 ご学友の方々……病院へよく来られていた方たちが走っていらっしゃっています。 いかがしますか? このまま車の窓からご挨拶されるか、それとも……」


……ぎりぎり。


車が走り始める前。

よく間に合ったね。


「……すみません、あと5分でいいので待っていてもらってもいいでしょうか」

「もちろんです。 承知致しました……が、5分でよろしいのですか?」


「はい、あんまり長くてもこの後に響きますから」


そうして車を降りて……そういえばこの車で送り迎えしてもらって多分初めて自分でドアを動かした気がする……ふたりが走って来るのを待つ。


「ゆりか、かがり……そんなに急がなくたって、君たちとはもう何回もお別れを済ませているじゃないか」


「……せーふっ! ぎりっぎりせーふだよひびき! あっぶな、あと1分、いや30秒遅れてたらあうとだったじゃん!! ぷは――! ひっさびさに全力出したー!!」


そうひと息で言い切ると……相当に走ってきたんだろうな、息を整えはじめたゆりか。


ぱっつんの乱れを気にしていないことからも、その急ぎっぷりがよくわかる。


だけど……その後ろからよたよたと近づいてくる方の子は。


「かがり……は、大丈夫?」

「……ごめん、なさい、ひびき、ちゃん……ちょ、ちょっと急に走ったものだから、わき腹が、痛くって……」


ゆりかに合わせて走っちゃったんだろうかがりはとても苦しそうにしていた。

息も絶え絶えだし、これ、かなり遠くから走ってきていたんじゃ。


「……あと5分あるから大丈夫だよ。 まずは落ちついて。 そんなに息苦しそうじゃ別れるものも別れられないよ」

「ごめんなさい……けれど良かったわぁ……」


もう息が整ったゆりかと一緒に、二言三言話しつつかがりが治るのを「こういうのもこれで最後なんだな」って思いながら、ゆりかとふたりで待っていた。


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