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47話 01/01→06→ 6/6

僕は鬱々としていた。


病院のベッドの上で。

病室って言う無機質な空間……いや、私物と貢ぎ物で結構僕好みになって来てるけども。


でも僕は凹んでいる。


あぁ、また来る。

今日も絶対に来る。


来ちゃう。


「はぁ……」


お年寄りは朝が早いからなのかは知らないけど、午前っていうこのタイミングで……平日だからみんなからのお見舞いもないってわかっているからか堂々と来るんだ。


あと「悪いなぁ」って思っちゃって断り切れずにずるずる来ているからとっくに最初に言われていた1ヶ月って言うのは過ぎている今日このごろ。


だから来ちゃう。

それはもうほとんど確実。


隅っこの病室だからこそあんまり人が通らなくて……だから近づく足音が僕に向けてきているんだってわかっちゃうんだ。


読んでいた本にしおりを挟んでぱたんと閉じて、ドアのほうを向いておこう。


ふたりぶんの足音はドアの前に来て止まって、軽いノックだけをしてがらっと開けられる。


うん、病室って鍵とか無いからね……それだけで僕にはストレスなんだ。


「やぁおはよう響! 今日もいい天気だな、うむ! いつもどおりに知性と美が輝いているな!」


やっぱり外国の人の語彙って特殊だよね。


「……マリアさん、おはようございます。 はい、今日も快晴ですね。 外は寒そうですけど」


のそりと入って来るマリアさん。


イワンさんの方はさらに背が高いたらドア枠をくぐるようにして入ってくる。


「ところで響! 今日は新しい店がオープンしたと聞き、朝一で並んで買ってきたぞ! 若者に人気だというスイーツを! 今日も皆で食べようではないか!」


ああうん、今日もお元気ですね……あと結構にミーハーですよね……。


おじいさんとおばあさんだとこうは行かないだろうし、やっぱりおじさんとおばさんな年齢なんだろう。


「あぁもちろん、響とこいつのものは甘さ控えめとビターを選んできたぞ!」

「……ありがとうございます」


ものすごい笑顔で近づいてきたマリアさんが枕元の机に紙でできた箱……たぶんケーキ系の柔らかいやつなんだろうな、それを自信満々で置いて僕を見てくる。


まるでおばあさんと孫だ。


僕はふたりのお孫さんとかじゃないんだけどなぁ……。

どう考えてもそんな扱いだよなぁ……。


最初っから僕のこと気にかけてたのって、もしかして猫かわいがりする孫が欲しかっただけなのかもなぁ……。


ほら、最初会ったときも「怖がらないでくれた」ってのが最大のポイントだったみたいだし。


「……なあ響。 嫌なら嫌だと、はっきり言っても構わんのだぞ? 最近のマリアは少々浮かれすぎているからな、びしっと言わねばならぬのだ」

「なにを言うイワン。 こんなにかわいい響の世話ができるのだぞ? それに響は嫌がっていない。 なぁ響?」


どっちももうちょっと距離を置いて貰えると僕とっても嬉しいかなって。


でも何回言っても聞かないから多分通じないんだよね。

おんなじ言語を使っていても。


「待つが良いマリア。 響は儂と今話し始めたのだ、しばしのあいだ待ってもらおうか? なにしろお前は話し始めるとなかなか終わらないからな、先に儂に譲るのが筋というものだろう?」


いつも通りにケンカするほど仲が良くなりそうだ。


僕は目を逸らして枕元の箱を開ける。

あ、美味しそう。


「おいおいイワンお爺さんや? 先ほど貴様の部下から泣きが入ったぞ? お前、今朝はなにやらの用事があったらしいじゃないか。 それを丸投げして私たちの会話に無理に合わせなくともいいのだよ? そのぶん私と響だけで盛り上がるからな。 なぁ響?」


あー、こういうときはブランデーか赤ワインが欲しいなー。


「はて、なんのことかのう? そもそもとして儂と響の会話に……それも、貴様のようにただべらべらと話しているのではなく、静かな会話という上品な時間に無粋は要らぬのだがのう」


この人たちってば素で怖いんだよなー。


「そのせいで貴様の代わりに私と私の響との時間がわずかでも取られたのだがね? それはどうしてくれようか? なぁ響?」


「お主はいつも、いっつもそばにいるではないか、儂の響のところに。 女同士ということを利用しおってからに……でも儂だって! 儂だって、たまには響とお前抜きで戯れたいもん!」


何がこの人たちをここまで駆り立てるんだろうねー。


「いい年した爺さんが、その話し方。 恥ずかしいとは思わんのか?」


でもマリアさん、あなたもイワンさんがいないときたまに「でちゅねー」とか言いますよね?


僕、そこまで幼く見える?


いや、肉体年齢的には……あと外国人的には幼く見えるんだろうけども。


「はて、知らんなぁ? さて響、マリアにもうすぐ来るだろう電話が始まったら昨日の続きを話してやろう。 君は頭がいいからすぐに理解してくれるし、しっかりと覚えてくれるから話し甲斐があって爺さんは嬉しいよ。 あぁもちろん、昨日話した――」


スイーツっていう存在の中で比較的マイルドな味のそれを僕が口に入れているのを30センチ未満の至近距離で眺めてきているおじいさん。


怖いんだけど?


でもいつもだから慣れちゃってる僕がいる。


「おい、お前」


「『ロマノフの財宝』、あるいは別の呼び名でも良い。 とにかくは失われたはずの莫大な財産だ。 大変にロマンのある話だし、それらしき信憑性もあるかのように聞こえる話なのだがな、それらの内世間に流布しているものは皆嘘っぱちであってな?」


徳川の埋蔵金とか言うよねぇ。

そういうのってどこにでもあるんだね。


でも実際ほんとにあったりするのもたまにあるらしいから全部が嘘じゃないって思うよ。


「しかし実のところ……これからが今日の本題だぞ響。 実際にはそれに類するものを……もちろん一般人が戯けた夢想をしているものではないのだがな? それを儂らがな?」


「この糞爺が」

「……はて、可笑しな言葉が聞こえたのう……それは、お前からかの?」


そうして始まるふたりの威圧感と筋肉の応酬。


僕が「そろそろ止めて?」って言うまでのじゃれあいみたいなもの。

仲が良いほどにってやつなんだろうね、きっと。


それとも部下の人たちがいる前じゃできないから?

まぁどうでもいいけども。


ぎゃいぎゃいしているふたりを見上げながらもぐもぐする僕。


ちらちら僕を見ながらだし、多分この辺も僕を気に入っている理由なんだろう。

だって身長2メートル超えの筋肉だるまたちが傍でケンカしてるんだもん、なんか猫かわいがりされてるっていう立場じゃなきゃこうして安心してもぐもぐできないもんね。


廊下とかでの言い合いを止めたりすると、お付きの人とか護衛の人たちが僕のことすごい顔で見てくるし。


……そんな僕たち。


もう2月も半ばだ。


つい何日か前にお見舞いに来たあの子たちにチョコをもらっちゃったっていうのがあっても、僕はまだ居座っているんだ。


つまりこの入院はもう、1ヶ月半になるということで。


……さすがの僕でも毎日こうして話していればほだされる。

知人から友人に……この人たちの場合は家族みたいに感じるほどに。


15年ぶりくらいにそういう感じがするからか居心地が良くって、だから引き留められるたびにずるずるとここまで来ちゃっている。


でも、家の方もあらかた片付け終わって準備も整っているし……そろそろお別れしないとって思う。


こういうのっていつするのかってきっぱり決めないと……いつまでもこのままでいいやって思っちゃう悪いクセがあるってよく知ってるから。


この人たちとも「退院」でお別れ。

あの子たちとも「引っ越し」でお別れ。


あの家とも――あと1ヶ月で、お別れだ。


……あ、そうだ。


僕があの家から出て行っても魔法さんはあの家に留まるんだろうか?

それとも僕に憑いてくるんだろうか?


多分憑いてくるんだろうね。

誤字じゃなくって。


まぁ憑いてこないならそれはそれで良いこと。


それは、1ヶ月後に分かることだ。

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