46話 彼の、準備 1 2/6
「ま、私にはそういうのは無縁ですにゃ。 多分」
ねこみみさんが声を上げる。
「なにしろ私はケモノ化、それもネコ科の猫ですにゃ。 むしろ今の、お偉いさんから頼まれるテレビ解説とかが多くなっちゃってなかなか体を動かせる機会がなくって困っているくらいなんですにゃ。 体が鈍るっていう感じで、だからこう……むずむずして。 お休みが少ない時期だと夜とかくらいにしか思いっきり走ったりできませんし、かといってマシンを使うのもなーんか違う感じがして。 なんでですかにゃ?」
「ネコ科としての本能なのかしらね?」
「かもですにゃ。 あ、この前の長めのコンサートとかでも……リハーサルではもちろん本番でも最後の方まで息が上がらないあたり、ねこみみ病の恩恵を感じていますにゃ。 疲れっていうものも徹夜とかしない限り感じないですし。 そういう意味では嬉しいですにゃ?」
いいなぁ。
その体力と筋力、僕もほしい。
分けてくれないかな。
無理?
……冬眠明けよりは断然にマシだけどそれでもまだまだ力が出ない僕。
すぐに疲れるって感じることが多いし。
「!!!」
それよりも話に乗ってくるとゆらゆらしてくるしっぽが気になる。
神経が通っているのは触ったときに充分にわかってはいたんだけど、改めて……こうして先のほうがあっちに行ってこっちに行ってをしているのが視界に入るだけでわかるし……やっぱり触りたいし。
ダメかな?
「そーんなこと言ってたらピンチヒッターとしていろんなところに駆り出されちゃってですにゃ、ますますお休みが取れなくなって最近は少し辛いのですにゃ。 身体は疲れなくなても心が疲れるのですにゃ――……」
「あちこちでそういうこと言うからねぇ」
「お仕事上言わなきゃならないときがあるから仕方ないとは言っても……さすがに番組の企画で12時間をぶっ続けでハードなことやらされたときには、体までヘトヘトになりましたにゃ」
「でもすっきりしたって言ってなかった?」
「あ、満足しましたけどにゃ?」
「……それは大変でしたね。 あと、おめでとうございます?」
「ありがとですにゃ!」
「みさきちゃん嬉しそー」
しっぽまでへにょってなっておじぎをした島子さんは、しばらくお茶をすすっていた。
◇
そしてまた始まった岩本さんの、ありがたくって共感できる老化っていうものの愚痴を聞いてしばし。
多分20代同士の飲み会とかだとこういう話題になるんだろうなって感じだったけども……そろそろ頃合いかな。
「……ところでおふたりに訊きたいことがあるんですけど」
「その感じ、まず間違いなく今井さんが『そういう雰囲気になったらすぐに連絡して!』ってうきうきしてた感じのことじゃないよね」
「ええ、まあ」
「一応頼まれててさー。 ま、社交辞令ってことで。 あ、社交辞令ってのは」
「せんぱーい?」
「……あ、ごめんごめん。 さすがに中学生なら知ってるよね」
「子供は大人が思うよりも大人なんですにゃ」
「本物の高校生なみさきちゃんの言うことだから納得ね!」
僕が今知っておきたいこと、知らないといけないこと。
「えっと……ねこみみ病が発病したとき。 何となくでもはっきりとでも自覚したら……こうして知られるようになった今ってどうしているんでしょうか。 その、最近発病した人たちがです。 いくらなんでも発病、いえ、発症したらすぐに通報とかが入って、国とかから手紙が来たりお役人の人が来たりはしないんだとは思いますけど」
調べたけどなんだかそういうところについて詳しく書いてあるとこがなかったんだ。
だからこうして当事者たちの中でもよく知ってるだろうふたりにコンタクトを取っている。
というのも僕の魔法さんとのすりあわせ。
魔法さんっていう姿を変える以外の力がある以上、今の僕のこれは多分ねこみみ病とは似て非なるもの。
でも魔法さんは僕がアクションを起こさないと認識を阻害する魔法をかけないから、つまりはなにかの拍子にそういうところからの連絡があってもおかしくはないのに。
それだけ隠れられていたっていうことかな?
そう思っての質問。
「あ、響くんも気になります?」
「えぇ、一応は」
軽い感じ。
多分教えて良い内容なんだろう。
「ならおはなししましょうか。 SNSだとかに自撮りとかを投稿したり、他の人に撮られて上げられたりして目に留まったりしなければ……あるいは見た目が変わって大騒ぎになったりしなければですけど」
そう言えばスマホのニュースとかでは週1くらいでそういうのがあるね。
SNSだと「見て見て! 生えた! 若返った!」って感じで堂々と自撮りしてるのよく見かけるし。
「ねこみみ病だって気がついた人となんとなくそうかもしれないかもっていう人たちからの連絡で、お役所も手一杯だそうで。 なので基本はねこみみ病になった方かそのご家族、あるいはご友人からとかの連絡……つまりは自己申告ですね。 と言っても回線混み合ってるので、あと実際にお役所の方が訪問しないとわからないので結構待つことになっちゃうと思うけどね。 あれよ、お問い合わせダイヤルとかってすっごく待つでしょ?」
「あーいうのって私たちみたいに時間が無い人には辛いのですにゃ……」
「ねー」
そうだね、僕みたいに1年中家に居るようなのとは全然違うもんね。
「特に若返り。 私みたいに自分とかご家族しかわからないくらいの違いしかなかったら。 成人しちゃえば数年の違いなんてそうわかるもんじゃないし……だから違和感あっても自分じゃよく分からなくて。 丸1日とかコールし続けてようやく繋がった担当の人に話したりしてっていう流れでしょうかねー。 ちょっとだけ見た目が変わるだけの人とかは聞いたら満足してそのままっていうのも多いそうです。 病気とかって診断が出るとなんかほっとしますもんねぇ……もちろん軽いヤツの話ですけど」
む……確かに。
たとえば前の僕が多少若く見えたりしていたって、それが魔法さんにかかっていなくて「これ、ねこみみ病かも?」って思っても「ちょっとお得かな」程度で終わりそう。
だってめんどくさいし、お役所関係の手続きって。
それに特段困るわけじゃないし。
ケモノ化みたいに生えたり、若返りで高校生が中学生とかなら大変だろうけどね。
「ケモノ化の方は……まぁ届け出ない訳には行かないですにゃ」
うん、そうだろうね……生えるんだもんね、男にも女にも。
「みみとかしっぽ、羽とか角。 私みたいに生えてからしばらく自覚できなかった……理由は不明なんですにゃ……としても、いずれは誰かが気づいてって流れになりますしにゃ。 もちろん自分たちですぐに気がついて連絡……まぁこっちの場合は直接お役所に行けば最優先で取り扱ってくれるみたいですし、若返りとはちがって一目瞭然なのでシンプルといえばシンプルですにゃ」
「ほんと不思議よねー、みさきちゃんとか家族の人とかが初めに気がつかなかったっての」
「ですにゃあ。 実際、私みたいに自覚がないまま出歩いていたりしているときに町中で指摘されるっていうのも多いみたいですし、よくわからないものなんですにゃ、ねこみみ病って」
島子さんのしっぽが、はてなっぽい形になっている。
先の方、ちょうど僕の腕がすっぽり入りそうになるそこに僕のを入れてみたらどんな感触なんだろう。
二の腕あたりを入れてみたらすっごくこそばゆそう。
けど、ぜひ試してみたい。
「まー、ねこみみ病ってひとくくりにするのが乱暴っていう意見、私は納得できるなー。 だって、こんなに違うんだからさ、私たち」
「私たちケモノ化だと明らかに感覚までも変わりますからにゃあ。 ま、見た目のインパクトほどじゃないですけどにゃ?」
そうしてねこみみをぷるぷるっとさせる島子さん。
器用っていうか、そういう動きが自然とできる感激。
「けど確かにわかりやすさっていうか納得のしやすさって『良く分かんないけどなんか変わったからねこみみ病なんでしょ』っていう単純さは大事よねー」
「あー確かに。 いちいち動物ごとに名前変えられたりしてもそれはそれで困りますからにゃあ」
しっぽ……じゃなくて、聞きたいことはそうじゃなくて。
「……ねこみみ病になったことで日常生活に支障が出てきたりしたらどうするんでしょうか。 たとえば……学校とか会社とかで、見た目が変わったせいで他の人との関係が難しくなったり。 ……島子さんの前で言うのも悪いんですけど、受け入れてもらえなかったり。 この前聞いたように……迫害に近いことになったりしたら」
姿が変わって今までの暮らしができなくて……なんとかしようとしても今までとあまりに違いすぎるせいで、それすらできなくて。
そう。
前の僕から今の僕になったように。
どこにでもいる普通の背の普通の黒髪の普通の顔の男から、珍しい顔をした銀髪の幼女になるっていう変化があったとして。
……魔法さんがかからなければ、いや、今だっていつかからなくなるのかわからないしそうなったら前の僕に戻りそうなもんだけど、そうじゃなくて。
魔法さんが僕のことを忘れてほったらかしにしてこのままの姿にしたままで消えちゃったとしたら、もう……誰も僕を前の僕だって扱ってくれなくなって。
身寄りのない、どこから来たのかわからない子。
少し前までは「自分は失踪したはずの男だ」って主張している頭のおかしい子。
そうとしか思われなくなるから。
だからこれまでお巡りさんから逃げ回ってたんだ。
飛川さんとか叔父さんとか……よーく話せばわかってくれそうな人はいるけど、でも魔法さんの助けがなければそれは確実じゃない。
それをお巡りさんとかが信じてくれるかも不明……まぁねこみみ病がメジャーになってきた今ならなんとかなるかもだけども。
魔法さん。
かかり続けるんだとは……半ば諦めていると同時に現状で困ることがない分安心しちゃっていた部分もあるんだけど。
僕を前の僕に戻してくれないまま、ある日突然に消え失せちゃう可能性。
それがある以上、公権力のトップ……「その筋の情報」ってやつに近いところにいるふたりからいすいろと聞いておかなくちゃならない。
この先の僕の身の振り方を決めるために大切な情報なんだ。




