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43話 「魔法」と「変異」と、そして 5/6

「か、海外って……響ちゃん、それ、ほんとうなの……?」

「あぁ、そうなんだ」


本当じゃない。

本当じゃないけど、でもこれは必要な嘘というもの。


「え……う、うそ……ここでの治療じゃ限度があるから……いや、施設が足りないからって、海外の病院で本格的に治療する……って、そんな急に……」


そういうことにした方がお互いにとって良いんだ。

だから僕はまたひとつ、嘘をついた。


けど今度の嘘は……今からしようとしていることを思えば本当に必要なもの。


「ってことはひびき……私たち、響と当分」

「会えないことにはなるね。 少なくとも、発ってから戻ってくるまでのあいだは、ね」


いつもと違ってゆりかの方が動揺してしまって、それで落ちついてもらうまでが大変だった。

それこそ、ぐしぐししはじめたゆりかをなだめるためにかがりがあやすっていう光景があったくらいには。


もちろん僕は何ができるわけもなく、ただ気まずく窓の外を眺めていただけだけども。

だってこういうときにどんなことを言えばいいのかわからないし慰め方っていうものも知らないんだもん。


だからつい、かがりに任せっきりにしちゃったんだ。


……年上なのになぁ、僕って。


「すごく残念よねぇ……せっかく病室を教えてもらったんだから、これからなるべく毎日来ようって」

「かがり。 毎日は遠慮してほしいと言ったよね?」


「だからなるべくなのよ?」


何が「だから」なのかはさっぱり。


「お見舞いしたりして響ちゃんと外でまた会える日が来るのを楽しみにして待つつもりだったのに、ここを退院したらそのまま外国でしょう? 簡単にはお見舞いできなくなるのね……」


まぁ学生じゃなくても気軽に海外にお見舞いなんか行けないよね。

そのための海外に行くって言う設定なんだ。


「そういうわけなんだ。 だからこそさっき言ったように次こそが本当のお別れなんだ」


「……お別れ……ひびきと」

「ゆりかちゃん、大丈夫?」

「……ん。 もう……平気」


少しだけ泣きそうになっていたゆりかも、もう元通りになりつつある。

ぱっつんの下の目も口元も……見た限りではまた泣き出しちゃいそうな気配はなさそう。


「……少なくとも、あちらでの検査を待つのに数ヶ月。 下手をするともっとかかるかもしれない。 そういうのはどこかで聞いたことがあると思うけど、とにかくいきなり行ってもすぐに治療を受けられるわけじゃない。 そして、……治療を受けられて回復したとしたって、状況次第では……学校だって現地のものになるかもしれないし、あっちで暮らすことになるかもしれないんだ。 つまり。 ……もう、ここへは戻ってこない『かもしれない』んだ。 何もかも曖昧な状態で言うのも心苦しいんだけども」


「でも……それが、響のためだから。 なんだよね?」

「……うん」


「……そっか! ね、響?」


今度は泣きそうにはならなかったゆりかが、ぱっと笑顔になる。


……気持ちの切り替え、いつ見てもすごいな。

女の子って本当に喜怒哀楽が激しくて変わるのも一緒。


……いや、今のゆりかは「僕を不安にさせないように」って、あえてそう振る舞っているだけなんだ。


こんな僕でもそれくらいは分かる。

悪いことをした気持ちが、罪悪感というものがこみ上げてくる。


けど、これは伝えなきゃならないことで。

さんざん言うかどうか迷っていた嘘についても、やっぱり言わないことにはいつまでも片付かないんだ。


だから、言えるのなら言えるうちにさっさと言ってしまわないと後悔する。


それが、僕が……前の僕から今の僕になって、どこにでも居て誰からも気にされないその辺の男Bだった僕がどこにでも居なくて誰からも気にされる幼女Aになって、身に染みて実感したことなんだ。


普通の人ならとっくにわかっているはずのことを、僕はようやく……こんな目に遭い続けて、ようやくにわかって実感したんだ。


ひとまわり以上に遅れてようやくに。

僕はようやくこの子たちくらいの……中学生の精神年齢になったんだ、きっと。


「……そっかそっか。 ひびき、とうとう病弱から海外治療っていうスーパーレアでワールドワイドな存在になっちゃったかぁ。 あ、もちろんちゃんと治るんだよね?」

「うん、きっと」


「なら暗いのはやめやめ、だね! あ、あとありがとかがりんも。 だけど勝手にそのでかいのを押しつけてきたのは許さない。 脅威な胸囲の格差だ」

「ゆりかちゃんが元気になったのはいいのだけれど……大きいもの? ???」


「あ、ダメだ、この人ほんっっと理解してない……自分の体が凶器だってことをさぁ。 ……響も大変だったねぇ……こればっかりは同情するよぅ。 オンナでも意識しちゃうよねぇ」


「……分かってくれるか」

「分かるよ……知識としては知っていても分からない辺りがマジかがりんなのよ……」


「???」


「んで。 響がとうとう世界的なすたーになっちゃうのは、とーっても残念だけど」

「あちらだと僕はたいして珍しくもない見た目になるから、そんなことは無いよ」


「いやいやなに言ってんのさ、それ以外のところでも属性もりもりなクセして」


「……そうか? かがりもそう思うのか?」

「そうねぇ……多分? 響ちゃんって言ったら響ちゃんってくらいだし?」


それってどういう意味なんだろう……くるんさんのくせに。


「……んー」


と、じっと腕組みをして難しい顔をし出すゆりか。


「…………ん――……」


ものすっごく考えてる。

なんだろ。


「……んー、それだったらさっさと言っといたほうがいいのかなぁ……でもなぁ……ん――……」


「あら? ゆりかちゃん、何かすぐに伝えなければならないこと、あったかしら?」

「あ、いや、そういうことじゃないんだけど」


「あら、響ちゃんがいなかったときのこと? たとえば秋にみんなで響ちゃんの代わりに遊びに行って、あ、もちろん写真とかお土産とか取っておいてあるから安心してね? うちにたくさんあるから今度持ってくるわね! みんなが揃ったら見ましょ! あとは学校での行事のこととか、あ、学園祭のことでもお話ししたいこといっぱいあって! あとはね、あとはね? みんなで響ちゃん大丈夫かしら、今どうしているかしらーって言い合ったりしながら、お泊まり会……2人ずつばらばらにしたりしたこととか? あと、それともそれとも」


「――――――――――――かがりん」


「!?」

「ひゅいっ!?」


ゆりかの声が冷える。

そんな感覚。


いつもより低いって言うかドスが利いてるって言うか……ゆりかが本気で怒ったときはこういう声になるんだってのが病室に響く。


決して大声とかじゃないのに響く。

だから僕までひやっとした。


かがりのくるんがへにょっとなっているあたり……たまたま僕からは見えないけど、どうやら顔つきもそれに迫っているらしい。


「今から私の話が終わるまで、お口チャック。 いい? ちゃーんと覚えた? かがりん。 1回しか言わないよ? 破ったらさすがの友達でも結構怒るからね?」

「はい……」


かがりが一瞬で黙るっていう奇跡が起きた。

そりゃそうだ、怖いもん。


こっちに向き直りつつ「はぁ……」とため息みたいなものをつくゆりか。


「……べっつにかがりんなら聞いててもいいからさ――……お願いだからお口だけは挟まないでね? 話し終わるまで。 ほんっと。 ……私が響にきちんと、話したいことをぜーんぶ言い終えるまで。 ……いい? わかった? あんだーすたん?」


「…………………………」

「あ、返事くらいは良いからね?」


「……わかったわよぅ……ねぇ響ちゃん、ゆりかちゃん、ときどきこうして怖いの。 なんでかしら……」


それは仕方がないんじゃないかな。

きっと常日頃から何かしらやらかしてるんだろうし。


「んじゃ、ここからはお静かに……んで、えっと。 そんでね? 響。 んー、せっかくだし今言っとかないと、次言えそーな雰囲気と、あと勇気とか? そーゆーもんが揃うタイミングが来るかわからないから、も、言っちゃうね? 言っちゃうよ?」


「う、うん」

「今だけはいつもみたいに聞いてる最中に窓の外のちょうちょとか眺めてないでね?」


僕、そんな不思議系って思われてた……?

否定できないけども。


ぱっつんの下からきらりと光る汗が見える。


「えっと、先に言っとくけど。 ……響にとっては迷惑かもだけど、てかたぶんそうなんだろーけど。 でも、私にとっては大切なことで、これ言えないまま、伝えないままでお別れになっちゃったりしたら、たぶん、絶対後悔するから……ごめ、なに言ってるかわかんないかもだけど、聞いてくれる……かな?」


「……それはいいけど。 少し息を整えた方が」

「……ん。 ありがと」


深呼吸を何回かしながら……走ったあとみたいに、ゆっくりと落ちつくのを待っているらしいゆりか。


そんなに大事なことってなんだろ。


「!」


がんばって口を閉じているらしいかがりと目が合った。


「!!」


なんか目が輝いている。

……がんばったままにできるかな、この子。


「!!!」


見える。

見えない尻尾が千切れそうに振り回されてるのか。


……途中で話に突っ込んできそう。


多分来る。

そんな自信がある。


「……ふぅ。 もー大丈夫かな。 あ、いや、まだまだ緊張してるけど、でもこれ以上先延ばしにしたら、やっぱまた今度でってなっちゃいそうだし……今言っちゃうね?」


「……うん」


そう言うと、ふっと力を抜いて……自然な感じになる彼女。


そうして――夏に、ゆりかの家で一緒に過ごしていたときとかにふとすることがあったような表情で……口を開いた。


「実はね、響。 私ね? ……私は、関澤ゆりかは。 初めて会ったとき……たまたま響、君と会って、一瞬だったけど顔を見て目が合った瞬間から……君のことが、好きだったんだ。 たぶんね。 ……んで、今でも……けっこー、好き。 ……なんだよ? 気づいてた?」


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