43話 「魔法」と「変異」と、そして 3/6
結果を言えば――僕は無事だった。
あの2人とその仲間たちが実は怖い外国の人たちだったとか、それで恩を売ったところで「じゃあちょっと素敵な場所に行こうか」とか「子供の臓器って人気あるんだよ」とか「可愛い子供は欲しい人がいっぱい居てね?」とかそういう怖いことはなにひとつなくて、僕は平和そのもの。
イワンさんとマリアさん。
名前で呼ぶようになった程度には仲良くなった気がする彼らは結構お茶目。
なんでもあの夜、僕が眠いって気がつかないままに連れ回して話し続けてたらしい。
幼女を何だと思っているんだあの人たち。
だからひと晩経ってもまだ夢の中……あ、文字どおりの意味で魔法さんのせいじゃなくてね……翌日の夕方まで寝てすっごくすっきりした後で「あのときは眠くて死にそうでした」って言ったらマリアさんが悲しんで落ち込んでいて、イワンさんが爆笑していた。
笑うことはないのにねぇ。
それでうとうとしてたって言うか9割方寝てた僕はいろんな検査されたらしい。
たまに起こされる感じだったから寝ながら面倒見てもらっていたようなもんか。
ひとつが終わったら「はい次の部屋」って感じで明け方までいろんなことをされていたのだけをおぼろげに覚えている。
「もう丸投げした以上はがんばらなくてもいいや」って眠気と戦う力も意志もなくなっていたせいだ。
かろうじて覚えているのは「とりあえず検査室って寒いなぁ」っていうのと、真っ先に……眠かったからあのときはなんとも思わなかったけど、ぱんつまで丸ごと履き替えさせられて……まぁ血まみれだったし……それであちこちに抱っこされながら移動させられて。
僕がすっぽりどころかちんまりと入る機械の中で変な音がしたり、あるいはぶるぶる震えたり。
中にはヘッドホンみたいななにかをつけさせられてすごい音がする機械の中に入れられたりしたっけ。
眠かったから断片的だけども。
一応は毎回どんな機械かとか言われていたのは覚えているんだけど、それがなにかなんていうのは意識の範囲外だった。
検査してる人たちとか寝てる僕を抱っこして連れてくれてた人たちは分かってたみたいだけどね、僕が眠いって……そりゃそうだ。
そういうのを、着替えのときから面倒を見てくれたらしい女の人たち……お医者さんだったらしい……から聞いて、なんとなく覚えている断片的な記憶とくっつけてみたけど曖昧だ。
僕は別に男の人でもよかったんだけど、運んでくれたり寝かせてくれたり着替えさせてくれたりしたのはみんな女の人だったそうで。
なんでも「淑女の肌だからー」とかなんとか言っていたっけ。
「あの人、そういうのにうるさいの……」とかなんとか。
まぁ今の僕は一応女の子ってことになるんだから……いや、ただの幼児なんだからどっちだってよかったって思うけどね。
お医者さんって異性の体とか見慣れてるだろうし、僕男だし。
その結果は、全くの健康体。
「血液とか調べたかったんだけどねー」って苦笑しながら言われたけど、採血とかだけはがばって起きて「絶対やです、断固拒否です」みたいなこと言ったらしい。
僕は眠くてどうしようもなかったから多分魔法さんが乗り移ったかなんかしたんだろう。
憑依とかもはやなんでもありだね魔法さん。
だから結局なんにもなかったんだけど、でもあれだけ吐いたんだし全身をきちんと調べてもらったのは結果的によかったんだろう……僕自身が1番安心したんだし。
調べてもらってよかった。
あのときに調べてもらえなかったら「今の僕が盛大に血を吐くような病気を抱えていたらどうしよう……」って今でもずっともやもやしていただろうしな。
とりあえずはなんともない、痩せすぎではあるけど健康な……幼女の体だっていうのを伝えられて、嬉しさと残念さを混ぜたような感覚になったっけ。
そしてそれからは予想どおり「もっと食えもっと食え」って感じで事あるごとに食べさせようとしてくるようになっちゃっているのは仕方のないことだろう。
うん。
あの日から僕、この通り病院に入院させられてる……しかも個室で。
「個室ってお高いんでしょう?」って聞いたけど「子供は気にしなくても良いよ」って言われてちょっといらって来たから遠慮なく食っちゃ寝な生活を楽しませてもらってる次第。
……「病院食はマズかろう」なんて言っていろいろ持ち込んできているのははたしていいことなんだろうか……まぁ僕は病人じゃないらしいし、念のための様子見ってことらしいからいいんだけども。
「立場があると誰も突っ込んでくれない」って言ってたけど、偉い人に真正面から言えないよねぇ……病院食を毎回食べきれない僕に看護師の人が困ってるし。
本当はこれ以上借りなんて作りたくはなかった……結局りさりんへのお金とか検査代とか入院代とかの話しようってすると逸らされるし……けど、今の僕がどんな状態なのか不安だったのは僕もおんなじだったからひと息つけた感じ。
それに……今までできるだけ人に頼らないようにしてきたからこそ、こうしてだらだらと。
冬眠期間を除いても半年以上、入れたならもうすぐで1年になるっていうこの長い時間。
去年の今ごろまでの僕にとってはたいしたことがない、けど今の僕になってからはとっても長い時間、ずっと、ただひとりで悩むだけだったから……どこかでそれを変えないといけないって思っていたんだ。
その相手がたまたまこの人たちだったってだけ。
変な縁から僕の魔法さんと何かしら近いものを持っているらしい人たちと知り合えたからなんだ。
魔法さんが本格的に暴れ出した夏休み明けからのことを思う。
うだうだぐじぐじぐねぐねもぞもぞって考えてないで、さっさと思い切ってお隣さんっていう、よーく落ちついて考えてみれば、昔のことを言えばとりあえずは今の僕が前の僕だって信じてくれるだろう……実際は魔法さんのせいでそうなるんだけど……っていう人が、いや、お父さんとお母さんと娘さんって言う3人もの人たちが、家から出てほんの10秒くらいのところにいたりするんだ。
よくよく話していけば、いずれは……特にあの奥さんだしな、まず信じてくれて「じゃあどうしようかって」いう流れになったんだって簡単に想像できる。
おんなじことは親戚の叔父さんにも言える。
結局まだ連絡は取っていないけど、でも、家まで来てもらえば、結果的には魔法さんですぐに前の僕だと認識してくれたはず。
そこから僕が幼女になっちゃっているっていうのまでを認識させる方法はわからないけど、でもとりあえずはきちんと大人……いや、僕は社会経験どころか人間関係ゼロだから実質的になんにも知らないわけで、つまりはまだ体だけ大人になりはしたけど中身はまだ高校生程度で、だからこそ社会っていうものをよくわかっている大人の力を借りてどうにかできた……かもしれない。
実際戸籍とかいろいろはどうにかなるって今なら分かってるんだし、僕を知ってるあの人たちに助けてもらいながらもっと平和に生きていたかもしれない。
後知恵ならなんとでも言えるっていうのは知っているんだけども……こういうのって考えちゃうよね。
今から思い返すと、なんであんなに隠れて秘密にしてじーっとしているのにこだわっていたのかがわからない。
まぁ単純に怖かったんだろう。
僕自身が弱虫なのもあったけども、なにより明らかに非現実的な何かに襲われていたって言うあの状態が。
うん、しょうがない。
記憶を失ってまた同じことになったらきっとまたおんなじようにするだろう。
それが僕って言う人間だ。
……入院中にマリアさんとイワンさんにいろいろ説明されたけどもそれはまたあとで。
それよりも今は2月になっている。
2月。
そうしてあのおおみそかを祝って、お正月をスプラッターで飾って抱っこされたままでの検査っていうのを終えてから、気がつけばもう1ヶ月が過ぎてとうとう2月だ。
2月。
1ヶ月も外に出ないひきこもり生活だったんだ。
寒さがいちばん厳しい2月のはずなんだけど病院にいる限りは生ぬるい感じの空調で、特段の寒さは感じないけど今は2月なんだ。
いろいろとありはしたけど、それでも今までのように家の中にいるだけの時間が長かったのに比べたら……とっても早かった気がする。
形だけの入院っていうのをして、こうしてひと月ちょい。
半月を過ぎたころからはわりと自由にさせてもらって、ちょっと出たりもしたし家にも戻ったりはしたけど、こんなにお世話になっちゃっている。
検査と入院と個室と。
何度も言うけども気になるからしょうがないあのときのお金も結局受け取ってくれない、というかそもそも銀行へも行かせてくれない。
それでも「まだ借りがある」って相手の方から言ってくるんだけど、本当なんだろうか。
……いや、僕はあの人たちを……少なくとも僕の嫌がることをしてくる人たちじゃないって信じることにしたんだ、この考えは閉まっておこう。
マリアさんはよく話す人ってのがよく分かったんだだけど、それはおしゃべりな女性ならしょうがないものだしイワンさんはそこまで話さないし、話すとしてもゆっくりだから聞き取りやすくって。
あと、年上の人たちとだと今までみたいに……みんなと話しているときみたいに気を張らなくてもいいし。
肩肘張らなくてもいいっていうのと同時に今どきの中学生の知識とか常識とか興味に合わせ続けなきゃならないっていうのがまったくないもんだから、それはそれは快適だった。
むしろ、存分に甘えろって顔をしているから、いつのまにか僕の方が……完全に子供扱いされていて、だからとても楽で。
「……む」
そんなことを考えながら……1ヶ月ぶりくらいにみんなと会う時間までもう少しのはずなんだけども。
今日何回目かに見つめる病室のドアの向こうの音に耳をそばだてる。
……鍵をかけていなくって、ドアを閉めているとは言っても、繁に歩いてくる音がして、いつ人が入ってくるかわからない環境っていうのはやっぱり慣れない環境。
やっぱり僕にとっては、誰もいないあの家の中のあの部屋がいちばん。
機械の音だってうるさいし、いきなり耳元にナースコール的なので話しかけられるし。
枕元の機械から伸びているコードの先は僕の胸。
今は進んでいて心電図とかの機械って病室には無いらしく、全部向こうで管理しているんだとか。
だからその機械から伸びているコードの先の吸盤、それが張り付けられていてお風呂のたびに痒くなる胸のあたりをなんとなく見ていたら、今度こそこんこんとドアがノックされる音。
そしてノックの後すぐに慣れた声がしてこないっていうことは……みんなだ。
「……どうぞ」
って言っても当然ながら僕の声は届かないから、しばらく待っているとスマホの方に連絡。
文字の方でも「どうぞ」って……送ったとたんにがらりと開けられたドアからは、ゆりかが飛び込んできた。
「ひびき、おひさっ! …………ホントに元気になってる! 良かったぁ……」
小さいのと対比するように、レモンに対するメロンのように、かがりも入ってくる。
「ごきげんよう、響ちゃん。 ……良かった、ほっとしたわぁ……ようやくあれから時間が経ってようやくこうして会ってもいいって言われて来てみたけれど……本当に顔色もよさそうで」
ゆりかとかがり。
せっかくの大みそかを盛大に台無しにしちゃった僕は、彼女たちと1ヶ月ぶりに再会した。




