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42話 予定されていた/いなかった、予定(不)調和 2/6

「響さん……家族の人がついて来ていたのね」

「そうね。 響ちゃんって1度決めたら譲らなそうだもの」

「……くすっ、そうかも」

「ね? ……ほら、持ち上げるわよ」


片づけついでに僕の「家族」を呼びに行くと言ってぱたぱたと飛び出して行ったらしいりさと、彼女を追いかけて行ったらしいかがりが話す声や、入り口のふすまをがたがたと外す音が聞こえる。


そしてゆりかは……僕の頭を撫でながらぐすぐすって泣きじゃくっていて。


さよは……静かにしているけど、スマホの中……あんまり見ないでほしいなぁ。

まぁ、そんなことする子じゃないか。


それよりも、さっきまでよりはだいぶ収まって来はしたもののあいかわらずに咳き込んで止められない血が目の前のたらいかなにかにびしゃっと流れる音と鉄臭いにおい。


げほげほってひととおり吐き終わったら、さっきまでと同じようにゆりかがそっと僕の口を拭う。


それの繰り返しがどのくらい続いているんだろう。

時間感覚がまったくわからない。


だけどきっとそんなには経っていないはず。


「……あ。 そうだ……ね、響のスマホ、電波繋がってたでしょ? 救急車は呼ばなくていいの?」


待ってゆりか、それは必要ないんだ。


「こうなるかもしれないからどうにかならないか」ってお願いしたあの人たちが来るんだ。

だからその必要は。


「……悩むところですけど……ご家族がまもなくいらっしゃって、医師の方も……恐らくは看護の方も、一緒です。 幸いにも今は年が明けたばかりで、通行量もそれほどではありません。 今いらっしゃっている車でも、問題ない……かもしれません。 いずれにしても、すぐですから。 ……響さんの病気を詳しく知っていて……あと、事情のあるというご家族にお任せするのが、いちばんかと。 救急を呼ぶとすれば、ご家族や医師の方に任せましょう。 ……なぜかはわかりませんが、響さんのスマホなら電波が入るみたいですから」


「……うん、わかった」

「そうね、響ちゃんがあれだけ言いたがらなかったんだもの。 まずはお家の方よね」

「かがりさん……廊下の方は」

「あとはりさちゃん1人で大丈夫そうなの」


よかった。

ふたりのおかげでゆりかがしぶしぶって感じで諦めてくれた様子で。


だけど……やっぱりどうしても意思が伝えられない。


話そうとしても息がつっかえそうになって血が出てきそうになって、少しずつ息を落ち着けていくのが精いっぱいだ。


「……だいじょぶ、響? ねぇ、死なないで、響。 ……私が。 私が、あんなこと……あんなこと、言ったばかりに……」


話そうとして息苦しくなってそれをむりやりに整えようとしてひゅーひゅーって感じの呼吸になったのが、すぐそばにいたゆりかにはわかってしまったらしい。


「ゆりかちゃんのせいではないわ。 ただ……響ちゃんの体が、響ちゃんが思っていたより……まだ、だったのよ」

「そう、です……お医者様やご家族の方から許可、出ていたんです。 ……本当に、タイミングとしか……」


じりじりって、とっても古い感じのチャイムが鳴る。


……あぁ、入り口はたしかに古……古風な造りだったしなぁ。

その音とともになにかをどさっと落とす音、そして廊下の木をきしませながら走って行く音。


「……来たようですね、響さんのお迎え。 よかった…………。 ではかがりさん」


「えぇ、ゆりかちゃんに支えてもらっていたあいだに響ちゃんの荷物……コートと羽織り物だけだけど、まとめてあるわ。 ……あ、スマホもポケットに入れておいてあげた方がいいわね。 渡し忘れたら、あとで響ちゃんが困るものね。 響ちゃんから大丈夫だったっていう連絡、すぐに聞けなくなってしまうから」


「あとで……そう、ですね。 明日にでも、きっと」

「ひびきぃ……」


さよがそう言い終わるくらいから玄関の方が騒がしくなってきた。


今までのように子供たちが立てていたものとは違う、大人の足音っていうものが寝かされている僕の耳にはよく入ってくる。


荒っぽいって感じじゃないけど単純に体重とかがちがうって感じで、なんとなく。


「……こっち、こっちです! 響さんのところ!」

「急にこんな大勢で押しかけて驚かせてしまい。 おまけにうちの子が迷惑をかけてしまって。 ……本当に、済まないね」

「いえっ、そんなことありません!」


だんだんと聞こえてきたりさと――あの人の声。


「むしろ、勝手に響さんを……こんな夜遅くまで連れ出した私たちが」


「それはあの子が望んだことだから君たちの責任ではないよ。 それを言うのなら、ひとりで外に出る……まぁこうして近くで待っていたわけだが……その許可を出した私たち『家族』にあるんだ」


「でもっ、連絡が遅れて……なんだか電話が急に使えなくなって」

「そういうのは後にしようか。 今は先に……皆の心配の方が先決だ」


イントネーションが微妙にずれていたりする、なんだか昔のドラマみたいな話し方をする声。


「連絡をしてくれて助かったんだ。 『響』と私たちは君たちのおかげですぐに病院へ行けるんだよ。 遅くなんてない、非常に感謝している」

「……ありがとうございます」


「――失礼。 『うちの子』が……っと」


……つい最近に聞いた、電話越しだったら外国の人だとはとても思えない話し方……でもやっぱりちょっと堅苦しい言い回しが多い、あの人が目の前に来た……らしい。


だってぼんやりとしか見えないし、なによりも首を動かすのも難しくって足元しか見えていないから。


そのシルエットもりさのと被っているし。

真っ赤な、元までの……ドレスみたいなスカートが。


「……これはまた、かなりのものだねぇ。 久々、と言ったところか。 ……すぐに取りかかれ」

「はっ」


ぶわっと入ってくる……あのときも少し感じたけど、外国の人がつけているあんまり嗅いだことのない香水の匂いが和室になだれ込んでくる。


「くれぐれもお嬢さんたちを怯えさせないように、ゆっくりと。 しかし確実に頼む」

「心得ております……それではみなさん、失礼します」


その人が僕をのぞき込んでから立ち上がったと思ったら、周りに男の人たちが集まってくる気配。


「口元とお体、失礼します、『響様』」

「廊下で載せるまで血が滴らないように、このタオルを下にして……」


「お嬢さん、ここからは私たちが代わります。 ……はい、ありがとうございます。 安全のために、少し離れていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ……はい。 あの、響は」


今までの、ゆりかの……僕と大差ない体格の体に支えられていた感覚から、がっしりとしたおとなの男の人の筋肉の感触に変わって。


「私たちは慣れておりますのでどうかご心配なさらずに。 ……聞こえていらっしゃいますか? 申し訳ありませんが髪の方はまた後ほどに整えますので、今はこのままにいたします――『お嬢様』」


そうしてもぞもぞと僕の……たぶん下が真っ赤になっているだろう血をこれ以上床に垂らしたりしてりさの家の人に迷惑をかけないようにって、拭っていく感じにしていて。


「準備はいいだろうか」

「問題ないはずです。 ……担架は4人の方がよさそうだな」


「お前たち……あ、いや、先生方。 可能な限り揺らすな。 あ、いや、揺らさないで気をつけて……くださいな」

「はっ……いえ、わかりました」


体が下からタオルでくるまれてふわっと浮かぶ感覚とともに、またしても聞き慣れた声がした気がする。


けど動かされたとたんに乗り物酔いみたいな感じのイヤな感覚がこみ上げてきて、耳を澄ませる余裕も考える余裕もない。


ただただ我慢しながら耐えるしかないだけ。


「……あの、あの! 響は。 ……響、すぐに。 大丈夫ですよね! すぐに、よくなりますよね、響の……お母さん?」


「……お母さん、か。 少しばかりの事情もあり、私は実の母親でも……なによりもそういう年でもないのだがね。 どちらかというと祖母くらいだろうか」

「え? ……え、えっと、ごめんなさい」


「いや、構わない。 それで、心配は要らないよ……こんなことになっているから説得力はないかもしれないが、本当に大丈夫だ」

「……本当ですか?」


「あぁ。 こういうのは今まで数え切れないくらいに見てきたし経験してきたからね。 ここしばらくは落ちついていたのだがね。 ……そして、響と仲良くしてくれるなら……これからも友人をしてくれるのなら、もしかすると何度も見るかもしれない。 それが嫌なら」


「嫌じゃないです!」

「……ありがとう」


ふわふわして気持ち悪かったのが、平たいところ……担架とかストレッチャーとか言う感じのだろうか、それに載せられてしっかりした枕に首と頭を支えてもらってふわふわしなくなってからか、一気に楽になった。


……それになんだか急に吐き気が治まってきた気もする。


「ふぅ……」


……咳も血も吐くのが収まったみたい?

よく分からないけどもほっとする。


まだ体は動かないけども。


「私たちこそ、連絡が遅くなって」

「いや、だから気にすることはないんだ。 事情から詳しく言えない以上、人に説明するときはいつもこうなるのが心苦しい限りだが。 とにかくこんな有様だが命に関わることはない。 処置が終われば、すぐにでも会えるようになるはずだ」


「ほんとですかっ」

「あぁ……すぐにな」


「よかったわね、ゆりかちゃん」

「うん……ぐす」

「ほっ……良かったです……」


「……ま、外出できるくらいだしね。 びっくりはしたけど、親御さん……ごめんなさい、ご家族の方がそう言っているんだから、ひと安心よね」


僕の呼吸が落ち着いたからか、こうして医者……の人たちなんだよね……が来たからか、なんか微妙に演技が下手で僕のおばあちゃんってことにしちゃってる「あの人」が目の前にいるからか、ようやくに落ち着き始めたみんなの声。


一方の僕は落ちないようにするためかぐるぐる巻きにされていく。


……息ができるってこんなに楽なんだ。


そんなことを酸欠っぽい頭の中でぼんやり考えながら。

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