41話 勇気と告白と「――」 3/5
「……ね、なんか響、うずくまるようにしてない?」
「……あの……響、さん?」
「……もしや、またあのときみたいな発作が起きてきてるんじゃ!? あのときも『なんだかうつむいてるなー』って思ってたらすぐになったんだし!!」
「そうだったら大変! あのときだって苦しそうだったんだし、たとえ響ちゃんが大丈夫だって……あのときはそうだったとしたって、今度は違うかもしれないもの!」
「すぐにお家の方に、連絡を……!」
「……かがりん、あった、あったよスマホ! 響のコートの中に!」
……あれ。
さっきから「なんだかあったかくて柔らかい感触があるなー」って思ってたら後ろをりさりんっぽい柔らかいのに抱きかかえられてて、首すじが柔らかいそのふたつに包まれていたのに気がついた。
あれ?
僕はいつのまにか座椅子の上からりさりんらしきおなかと太ももの上に座らされていて?
目の前にはさよが僕のふとももに体重を軽く乗せていて、僕の首元とさよ自身の手首に……脈拍を測ってたりするかも?
そうして彼女の長い前髪が僕の上に乗っかってて?
え?
何があったの?
――まさかまた魔法さんが僕を。
「わかったわ! まずは響ちゃんの指でロックを解除ね! ……あのときのように、きっとうまく返事ができないだろうから……」
僕を止めていた?
……けど、これはねこねこペアのときと似ている。
なら、大きな邪魔をされずに言えるはずだ。
ごめんねって。
「……済まない、大丈夫だよ」
「響ぃ!」
「……少なくともあのときのような発作じゃないんだ……それに、もう大丈夫」
「響ちゃん……それは本当なのね?」
「うん、強がりとかじゃなくて経験からだよ」
まだ1回しか前例はないこれだけど……状況が似ているから、多分。
「……脈拍も呼吸も落ち着いていて……たぶん正常、です。 この前のように、ぜんそく、あるいはアレルギーでのショック症状もありません。 発汗も、なくて……確かにこの前とは、ちがいます、ね。 あのときは、響さんの白い肌が、真っ赤になっていました、し」
まるで看護師さんとかお医者さんみたいな感じになってるさよが僕の上方から言う。
「……みんな、心配させてごめん。 少し……そう。 少し考え込み、過ぎていたんだ」
体を起こそうとして……さよとりさの体重が掛かっていたのに気がついてもぞもぞしたら拘束が解かれる僕。
「ゆりかなら知っているよね。 僕が、長考してしまうとこうなるっていうことを」
納得できない感じのため息が降ってくる……けども。
「……んまぁ、響は突然黙ることがあるけどさ。 ……あっはははははは……あー、おなか痛い。 さっすがマイペースひびきん、このタイミングで私たちの声がぜんっぜん入らないくらいなにか考えてたん?」
「僕の悪い癖なんだ」
何かを察してくれたらしいゆりかが「そういうこと」にしてくれる。
……うん、これも嘘じゃない……けど、この子たちにとって嘘だって感じるわざとらしさ。
それでも何回も「本当に大丈夫?」って確かめられてからようやくに前と後ろからの圧が減って、涼しくなって、ついでに「勝手に開けようとしてごめんね」ってスマホを渡されて。
みんながほっとした感じでこたつに潜り直して……またゆりかがくっついてきて、お茶と甘くないお菓子を勧めてきて。
……鉄則のタイミングって言うやつ。
今を逃したらもう来ないだろう。
「……今考え込んでいたのはね」
心臓がばくばくする。
きっとこの瞬間に脈を取られたら「救急車を!」って言われちゃいそうな感覚。
「言うべきかどうか……悩んでいたんだ。 でも心配してくれてありがとう、みんな」
「そうだったのね。 あーもう、心配したけど良かったわ!」
「だねぇ。 ね、今度から考えてるときは名探偵風に……」
――かがり。
身長も女性らしさも……童顔っていうのと中身を除けば、あとは言動の全てを除けば、服装と静かにしていられる間は高校生とも大学生とも言い張れるくらい。
髪の毛はくせっ毛……じゃなかったらしくウェーブっていうものをかけたこだわりのくるんだったそうで、それが肩甲骨くらいまでくるんくるんしていて少し垂れ目で少し抜けていて。
手を繋がれたりなんてしたら間違いなく肩が疲れるくらいに腕が上がって姉妹のように見られたりすることもあるくらいの子。
そのかがりは着られる服がぱんつを含めても足りないからっていうのと、初めての女もの、それも女児のそれをオンラインで買うのが難しくって、なにより状況を知りたかったからっていう理由で出た先で、たまたま着せ替えさせられた出会い。
そのあとにも運悪く……運良く何回か外で遭遇して、話をしたり連れて行かれたりしてもわざわざ振り切ったりしたりで断るのがめんどくさかっただけの関係な子。
「……もしかして今の、私の早とちりだったり? 響が熟考してるの勝手にこの前みたいって? いやぁごめんねみんなー、響もさー。 勝手に服とか漁っちゃってさ」
ゆりか。
最近流行りなのかどうかは知らないけどやけに前髪をきれいに揃えることにこだわっていて、目がぱっちりしていて髪の毛は肩まで……今は肩にふんわり乗っかるくらいにまで伸びていて。
話題はとにかくゲームやアニメでどちらかというと小学生男子みたいなセンスで、でもマニアックなものも睡眠時間を削ったり勉強と両立させながら、好きなことを好きなだけしている子。
今井さんの芸能界への手引きから助けられて、その前にはバーガーの残り物も……学生らしい感覚で欲しいのかなって与えてみたっていう繋がりがあったっけ……それからずっとひたすらに話をしたがってきて。
聞いてみればなんていうことはなくって、ただ趣味が合う友だちを探していた、ただそれだけで。
そんな、このふたりとの関係。
押しに負けて……あのときはまだ子供、JCって子たちに対する耐性が弱かったんだ……連絡先を教えちゃったんだけど、それだってすぐに消したりだとか、そういうことだってやろうと思えばできたのにしなくて……知らないあいだに友達って言うものに、僕からもなっていて。
だからこの姿、幼女になっちゃってからは女性として、あるいは幼女のままで背伸びして中学生として生きるのに不自然じゃないようにするために、不信感をもたれない程度のふるまいとか話し方とかを身につけるために、情報を得るために距離を置かなかった。
初めのころは、ただそれだけだった。
「そんなこと、ありません。 ……退院直後というのは……えっと、とりあえず、ひとまずで、数値や過去の症例、それに本人の感覚から大丈夫だろうけれど……響さんや私のような場合には、大丈夫、かもしれない。 一時帰宅、という捉え方のほうが、いいんです。 私は、響さんも言っていたとおり、ゆりかさんと、かがりさんの、さっきの対応。 まちがって、いなかったって! そう、思います」
さよ。
ますます伸びた前髪はどう見ても邪魔っけなくらいになっていてもはやメガネも隠れる始末で、今どき珍しい感じのおさげでおとなしい子。
あの蒸し焼きになりそうな真夏のあの日、この子の好きな本屋って言う場所で知り合った子。
僕の昔みたいな……いや、今でもたいして変わってはいないんだけど……親近感があってそばにいると落ち着ける静かな子。
「そうよねー。 ……ほら、さよさんも、今、気づいてる? ……ほとんどつっかえたりしないで、そうしたいって言っていたとおりにおはなし、できていたわよ」
「……あっ……」
「ちょっとだけでも今日……じゃなくてもう昨日か、たくさんの人と話した成果、出てきたんじゃない? この調子なら三が日が終わるころにはもっともっと自信を持って話せるわね?」
「りささん……がんばりますっ」
りさ。
運動部らしく、それとも彼女の素の性格で活発でいっつも動いている子。
部活で汗をかくからって髪の毛は首にかからないくらいにそろえてあるけど、ほんとうは伸ばしたいって言っていたのを覚えている。
かがりに近いけどかがりよりももっと引き締まった感じがあって力強いって言う感じで、今の僕とは正反対な感じの子。
この子だってゆりかと一緒にいたところで知り合って。
ゆりかから聞いていたからってすぐに……これもこの子の性格なんだろうけどやたらと距離が物理的に近い子。
――初めは僕ひとりだったのに、幼女になってそんなに経たないうちに気がつけば偶然に2人も増えて、これまた偶然でさらに2人も増えた。
こんな見た目とこんな中身なのに、こんなになにもかも隠していて……中学生なんだからそれくらい察していたのに黙っていてくれて、それなのに僕を1人の人間として、男でも女でも関係なく友達と思ってくれている。
こんなの、もう10年くらいなかったんだ。
だったら僕も……応えなきゃ。
答えなきゃ。
「……ふ――……」
多めに息を吸って、みんなの話が途切れるタイミングを見計らって僕は言う。
「……みんな。 りさ、さよ。 かがり、ゆりか」
「ん? どうしたの?」
「具合の方は……」
「……響ちゃん?」
「……響」
「……聞いて、ほしいことがあるんだ。 さっきまで言わないことにしようと思っていたんだ……僕の事情って言うもの。 その……今、全部はムリだけれど。 でも。 聞いてほしいんだ」
魔法さんもいない、邪魔も入らない、みんながそろっている……ここに来る前に偶然で見つかった、「もしもの備え」もある。
そんな今だからこそ、僕は言うんだ。
「僕は――――『男』なんだ」
口に出すだけで大変なことになる魔法さんのことも関係がないかもしれないねこみみ病のことも、本当の僕のことも言えないし言っても困らせるだけ。
でも……性別を、心の性別を偽り続けるって言うのはこの子たちに対して失礼なんだ。
「――君たちと同じ女子じゃなくて、『男』なんだ」
だから、言った。
魔法さんがどんなことをしてこようとも……これは、僕が言いたかったことなんだ。




