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41話 勇気と告白と「――」 2/5

僕は「男なんだからもっと強くなりなさい」みたいな言い回しも決めつけも嫌いだ。


男だから何なんだ。


男だって戦うどころかボールが飛んでくるのが怖かったりしても良いじゃないか。

男だって明るく元気に運動しなくても良いじゃないか。

男だってうじうじじとじとしていたって良いじゃないか。


女だから何なんだ。


女だってお淑やかじゃなくて元気で男を引っ張っても良いじゃないか。

女だってかわいいものじゃなくて格好いいものが好きでも良いじゃないか。

女だって格好いい系の格好をしても良いじゃないか。


そう思う僕でも女の子は、いや、女性との会話はやっぱり苦手。

理屈と感情は別物なんだ。


だってこっちが話そうとしても、話したいことがあってもずるずると別のことしか話させてくれないし聞かせてくれないから。


それは今の、この状況でもおんなじ。

しかも相手は4人。


まぁそれは諦め切ってるんだけど、とにかく今は魔法さんは手出ししてこないらしいのが分かっている。


もう年が明けて1時間が経っていてこの追及にも20分はかかっていそうな感じで、やたらと僕が「男の子」あるいは「女の子」だっていうキーワードが飛び交っている、今この瞬間にも僕は、僕たちのいるこの空間はフリーなんだ。


だからここまでなっていても平気なんだ。

僕のメンタルはともかく、魔法さんのあれやこれやには心配をしなくても良さそうって判断する。


それなら、一瞬静かになった今話しちゃわないと。


「それなんだけど」

「そうね……」


僕の言葉に被せるように……あ、これ自分の世界に入り込んでいるときのかがりの声。

当然ながら僕の声より大きい彼女の声、あと微妙にワンテンポ速かった彼女にみんなの視線が集まっている。


……さよは僕に気がついてくれてるけど、この状態のかがりはしゃべらないと止まらない。


終わるまではおあずけだ。

僕はいつもこうなんだ。


「私にとっては響ちゃんは響ちゃんだもの。 たとえもし男の子でも……でもあのかわいい下着は……いえ、やっぱり気にはしないし、男の子でも女の子でもどちらでも関係ないわ。 ね、響ちゃん?」


今さらっと僕が男で、つまりは生えていて、なのに女もののぱんつ……かがりおすすめの上と下の下着を買ったことについて思いを馳せていたかもしれない事実だけには抗議したかった。


「……後ね、多分だけれども。 響ちゃんがこのこと、いいえ、お洋服を着てもらうときにも言っていた、嫌いなお仕着せの服だとか病気のことだとか、お家のことだとか。 ……そのことと何か関係があって、だからどうしても言えない事情があるのでしょう? だって病気のことは、その、なかなか言えないこともあるかもしれないけれども……お家の場所や名字についてすら言えないっていうのもきっと、話せない、話したくない理由が……」


あ、名字。


うん、言ってないだけだね……だって誰も聞いてこないから。

なんか自己紹介とかで名字までって学校くらいだし……僕ニートだし……。


「あ、そっかー。 そーいえばすっかり忘れてたけど、響さんのお家って何か面倒……あ、ごめんなさい……けど、複雑そうだったもんね」


くるんさんのせいでりさが反応しちゃって、また深読みが始まる。


「……この地域で、ちょっと大きいだけの私の家でさえ。 古い神社のうちでもね?」


あ、りさも話し始める雰囲気。


「今となってはちょっと大きいだけな家だけどやっぱり古いから。 だからおじいさんの代までは、それはもー、ぜんっぜん自由ってものがなかったらしいのよ。 学校どころか勉強するかどうかでも……それは結婚相手とかまで全部。 生きること自体が生まれる前からぜーんぶ決められててね、いろんなしきたりがあったってお母さんが言ってたもん。 今はこの通り、そこまでじゃないけどね」


「だからお家が大変ってのは分かるの」って締めくくるのに合わせてさよが口を開く。


「……私も……病気が治るまでは、その、くわしい病名とか、なかなか言えなくて……そもそも理解してもらいにくくて、それに、少し遠慮というか、避けられたりもしますし。 だからその……中学に入って仲良くしてくれているかがりさんにまで、なかなか言えませんでした。 お家のことはわかりませんが……私、病気についてなら少しは分かります。 ……仕方が、ないんですよね」


……なんかどんどん深刻なって来ちゃって、さっき言おうとしていたことを言う雰囲気じゃなくなっちゃった。


この雰囲気で言うの?


嘘でしょ?


こんな真剣そうな顔した子たちの前で「全部嘘なんです……」って言わなきゃなの?


無理無理、いくら僕がやっちゃったことでもこの状況じゃ無理。


「……そんな感じなんだ」


……そうして「ねえ、そうなんでしょ?」っていう4人の目つきで思わず口から出ちゃった僕の声。


また嘘を塗り固めたのに気がついた。


きっと、半ば無意識で……だって、こうしておけばこの先なにがあっても……また僕が、今度はもっと長い冬眠をしたとしたって、そのままお別れしたって大丈夫なようにしたからしょうがないんだって理屈を後付けして。


それに、怖いんだ。


あの目は嫌いだ。

ぞっとする、どろんとしたあの目。


あんなにぽわぽわしている感じの飛川さんが操り人形みたいになっちゃうあれ。


「…………………………………………」


ぐっと手に力を込める。


……どうしても話したくない、いや、話せない……そこまで行くと最初から全部説明しなきゃ行けなくって、だから家のことと病気のことをたった今ついたばかりの嘘で固めたとしたって……男だっていうことはゆりかとりさはもう知っているんだ。


話したとしても……この子たちは、前の僕を知らない。

だから……多分、僕を男だと認識できるはず。


実際にふたりはできているわけだし、できる。

……そうだとは思っている。


猫さんやポニーさんみたいに、ちょっとだけ止まってから理解できるはず。


……きっとそうだとは分かっているんだけど、でも、この子たちの暗くなって濁ってどこを見ているのかわからないような目なんて、見たくはないんだ。


出しかけた勇気がしぼんでいくのが分かる。


……僕はずっとこうやって逃げてきたんだ。


でもそれはしょうがないんだ、魔法さんは相も変わらずに不安定でよく分からなくって、なんで怒るのかも……今怒っていないのかも分からないこの存在が、どう出てくるのかまったくわからないんだ。


お隣さんのときもねこみみ病のふたりのときもそうだったけど、魔法さんは怒らせてみないとどうなるのかが分からないんだ。


今度もまたあのときみたいに、まったく想像もできなかったような意図していない方向に……それこそ取り返しのつかない魔法が発動したりなんてしちゃったりしたら――こんなに仲良くなってしまった子たちになにかが起きてしまったら。


この子たちが大切になっちゃったからこそ、言いたいのに言うのが怖い。


「……済まない、みんな。 これは僕の、家の事情のせいでうまく……」


僕の口はいつもの通りに嘘で終わらせようとする。


父さんと母さんが死んだときも、周りの大人に「僕は大丈夫ですから」って言い続けたみたいに。


誰かが「大丈夫?」って心配して来てくれても「大丈夫です」って、大丈夫じゃないのに言い続けたみたいに。


叔父さんが「そろそろ仕事をがんばってみたら? まだ取り返しの付く20代のうちに」って何回も言ってくれてたのに「働きたい仕事をいろいろ探しているんです」って嘘ばっかり言っていたときみたいに。


「んじゃー、しょーがないよ響。 今までだってわかんなくても友だちでいられたんだしさ!」


「そうよねー、実際私だってゆりか以外には神社の家出身だって学校でも言っていないもの。 あ、今は4人に増えてるのか。 でも別に言わなくたって友だちではいられるんだし、言う必要だってないんだから。 ね?」


「そうよね! 響ちゃんは、隠したくて隠しているわけではないのだもの!」


「……いつか、話せる日が来れば。 そうすれば、私みたいに……ほっと、できるますから。 ……全部でなくても、いずれ、話せるようになれば、いいですね」


そうしてひととおりに慰められたところで、みんなが意識的に話題を変えて適当な話をし始めたところで……不意に蘇ってくる記憶がある。


それはあの夢、冬眠のときの明晰夢なのかただの夢だったのかは分からないのに今でも覚えているフシギな夢の中、「お姉ちゃん」って呼んでほしがってたアメリって女の子とのあの会話。


――嘘をついていてバレるまではずっと嫌だけど、バレちゃえばしばらく辛いけど楽になる。


あの子から教えられた、いや、僕の深層心理とでも言うべきものが僕の情けない心を叱咤するように、けどそれだと僕が萎縮しちゃうからアメリっていう威圧感ゼロな子を演じて教えてくれたんだ。


――どうせいつかはバレるんだから謝る気になったらさっさと謝ってしまえばいい、どうせ怒られるのは一緒なんだ……だから自分から白状してしまう。


鉄則ってわかりやすい形で僕が言いやすいようにしてくれた。

他人からそう教えられたからって実践しやすくして。


意識と無意識って本当によくできているんだ。


――ついでに、謝る相手が穏やかなときに謝れば少しはマシなんだとも。


――タイミングを見計らって、あとはがんばれって。


……そのタイミングって、今なんじゃないか。


そう思っていたらいつの間にか嫌なことばかり言われてにじんでいた不快な汗も、すっかりと引いている。


みんなも……努めてかもしれないけど、でも明るく話している。

そして今、いつか話してほしいって言われたんだ。


……だったら、僕は。



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