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41話 勇気と告白と「――」 1/5

僕はつい最近に知った。


人間って、僕みたいな怠惰な人間でも火事場の馬鹿力ってやつで一瞬が何秒にも何分にもなるんだって。


階段に頭から落ちてる状態ほどじゃないんだけど……僕にとっては一大事らしく妙に冴え渡った思考が回っている。


顔見知り――いや、友達になった子たちの2人は僕を男だって言っているって状態に。


どういうことなんだ。

どういう状況なんだ。


何度かの経験でそれとなくわかってきた感覚を澄ませてみても、少なくとも今は魔法さんの気配はないみたい。

みんながどろんとしたりしていく感じもないし、僕自身についてもざーっとした感じがない以上、たぶんなんともなっていない。


だから魔法さんへの対処については後回しにできるとして、だ。


この子たちの僕への性別への認識がばらばらだったのに……なんで今、この話題をゆりかがし始めるまでのそれなりに長い期間……何ヶ月も何も起きなかったんだ?


少なくとも……えっと、最低でも10回くらいはこうしてみんなで集まって宿題とか見てあげたり、ずっといろんな話題を話すっていう時間だってたくさんあったんだ、そのなかで……意識してはいなかったけど、それはもう女の子という生きものの性質上あっちこっちに話題が飛ぶわけで。


そもそもかがりはいっつも僕に対して……肉体的にはしょうがないことだけど、でもくるんだからっていう理由で僕のことを年下の女の子だって見ていることが多い節がある。


まぁ肉体年齢はほんとうに年下なんだけど、前の僕と合わせて割ればこの子たちくらいの年にはなるわけで、つまりは最低でも同学年のはずだ、うん。


不本意ながらも年下の女の子扱いされた僕は、ことファッションの話題になっているときはそれはもう諭されるように世話を焼かれる。


それは……ゆりかたちと集まっているときでもおんなじだったはず。

「みんなに見られてるからやめてほしいなー」って思ってた記憶があるし。


僕のことを「ちゃん」付けなのは……いや、かがりの性格だったら、もしかしたらクラスとかでもかわいい系っていう男子とか他の男子とかに対しても「ちゃん」って呼んでいてもおかしくはない。


接した時間が彼女の同級生たちの誰よりも少ないはずの僕でさえそう思えるんだから、仮に……学校ではきれい系の花なかがりが誰に対してもそう言うのなら、受け入れられている……のかもしれない。


男でも女でも構わずにちゃん付けするっていうキャラクターが確立しているんだったら、そのへんは気にされなくなる可能性もあるからな。


まぁ「ちゃん」付けは良くないけど今はいいとしてだ、とにかくかわいいを連発するこの子のこと、普段からみんなに対して……僕に対してもかわいいっていう形容詞をあたりまえのように使っている。


かわいいって同級生の男子に毎回言っていたら……これもかがりなら言いそうだし許容されそう……考えても無駄っぽいからほっとこ。


個性で済まされる問題だからこれは置いておいていい。


「あぁ下条さんだからね」で済むのなら。


けど――けれども問題はゆりかたちの方。

ゆりかと、りさりんだ。


普段は男としてのアイデンティティを保ちたいのと、なによりも注目されたくなかったのとで……当時はまだ女の子の見た目でほっつき回っていても問題ないって知らなかったから、ほとんどは帽子とパーカーのフードとズボンっていう格好をしていたわけだ。


でも今みたいに人目のない屋内だったりゆりかの家とかに半ば強引に連れて行かれたりするときには、帽子もフードも外しているんだ。


いくら体温が低くて暑くてもなかなか汗もかかない僕の体だってそれでもやっぱり夏だったから蒸し暑かったわけで、あと視界も狭かったからリラックスしてるときは外していたんだ。


そうでないときは……いちいち動くたびにふぁさっとついてきてぴたんってなる髪の毛がうざったいのもあるし、気をつけていないと手とか足で引っ張っちゃって痛い思いをするから、家にいるときはともかく外に出ているときはパーカーの中に髪の毛を収めていたし、わざと大きめのパーカーを選んで腰まで届くようにして髪の毛をしっかり収納していたんだ。


けど、いくら隠したいっていうのと邪魔だからっていうので髪の毛を、首から下はパーカーの中に収納しているからといってもフードを取れば幼女、女の子としか見えないはず。


だって前髪が長い……のはともかく横の髪の毛も長いんだし、それが服の中まで続いているだろうってのは見ればわかるはずだもんな。


それに顔だって……幼女にしては男っぽい感じがなきにしもあらずって信じたい感じなんだけど、やっぱり男だって主張しなければ誰だって女の子だって思うし感じるもののはず。


少なくとも僕が僕の前に立って話していたら、そう思うだろうから。


で、いつもみたいにゆりかの家とかで、ふたりでマンガを読んだりゲームしたりしてるときみたいにすぐそばにいるとき、至近距離ならまず男の子だとはまちがえないはずなんだ。


つまりはこの時点でゆりかが僕を男だと認識しているのがおかしいんだってわかるんだけど、そのときに魔法さんが暴れなかったのもまた不思議だし認識できているのがおかしいんだ。


だってゆりかだってしょっちゅう、みんなで集まっているときとかに事あるごとに。

今思えばなんだけど、でもなにかと「男の感性だー」とか「かがりみたいな夢見る乙女にはわからない話だー」とか、やたらと僕を男扱いしていた気がする。


なんでゆりかにだけは魔法さんが働かない?

それともこれは働いた後なの?


前の僕を知らない人が僕が男って聞いたら前の僕って錯覚して成人男性って扱いするのに……男扱いはともかく大人扱いはされていないんだからおかしいんだ。


理屈が合わない。


……まだ僕が気がついていない魔法さんの仕組みが……ありそうだなぁ、だってこの認識の改竄について分かってきたのって最近……僕主観で……だもんなぁ。


ちょっと焦点を僕の目の前の子たちに戻す。


ゆりか、かがり、りさ、さよ。


4人の目は僕の視線とぴったり合っている。


……今考えたおかしいいろいろって、今こうして思い出してみてこうして考えてみてそれでようやくわかるっていうことは……もしかしたらあのときの、ねこみみとポニーテールをテレビで観たはずのあの場面みたいに「僕の方に」魔法さんがなにかやらかしてたとも考えられるわけで。


それを普段通りの認識の改竄と一緒にして見ると……今分かった性別の食い違い、僕に対する認識の食い違い、それにみんなが違和感を抱かなかったっていうの自体が、魔法さんのせい。


――最近、ほんとうに最近になって……この1週間、いや、10日ほどでようやく慣れてきた魔法さんの気配っていうの、気がつかなかった……気がつけなかっただけで、これまでにきっと数え切れないほどに襲われていたんだろう。


ここにいるみんなも、外に出かけていたときにも……いつなにをしていようが構わずに、誰も気がつかない形でいろんな会話を「違和感のないように修正していた」。


魔法さんにとって都合の悪いことが起きそうになると必ず。

ずーっと僕を監視し続けて、なにかがあればすぐに。


僕自身の認識や思考にも影響、していたんだな。

日常の中のすべてで。


ゆりか、それに話を聞いていたらしいりさが僕を男って認識していた理由は分からないままだけど、それでもこれまで「ん?」ってならなかったのは魔法さんのせいだと断定できる。


……僕自身の知覚すら改竄されていたらもう自覚すらできない。

それはこの体になったばかりのときにさんざん考えたこと。


みんなから幼女って見えるらしいから安心していたけど……1周回って戻って来ちゃった、僕が僕自身を信じられなくなるっていう可能性のうちのひとつなんだ。


いろいろうじうじ考えるよりもぱっと思いついた直感が正しいっていうのを前にどこかの本で読んだ覚えがあるけど、本当にそうだったのかもしれない。


――でも、今はこうして考えられているっていう時点でその認識は通常のものに戻っているはず。

っていうことは魔法さんが何かしらの原因で……弱まっている?


あるいはずっと隠そうとするんだけど1回でも知られちゃったらそのことに関してはもう魔法をかけないっていうこと?


僕の認識をねじ曲げないっていうこと?


ねじ曲げていた分までまとめて認識できるようになるってこと?


「あのー。 響さん? だいじょぶ?」

「……うん」


「や、その、私ね、えっとね、まさかねっ」


初めて見る感じに動揺しているゆりかがいる。


「あのね、私、ほんと、そこまで深刻になるだなんて思ってなくって……そのっ、ごめん!」

「いや僕は」


「だいじょーぶ、私は、いや、ここにいるみんな、響がどっちだったとしたって『響』は『響』なんだって思ってるから! ねぇ? だから、その……今までと何にも変わらないから!」


……すっごく心配されて気を遣われている。


遣わなきゃいけないのは僕の方だって言うのに。

騙してたのは僕の方なのに。


「うん、今のはお酒の席のことってことで! だってほら甘酒あるし……未成年がいけないことしない範囲だけど私たち子供だからびみょーなアルコールで酔っちゃったってことで! ね、大人ってお酒の席でやらかしたこととか忘れちゃうって言うじゃない? だからこの話題忘れよ? ほら、みんなも忘れるからさっ! ねっ、ねぇっ!?」


「……ま、お酒の席だと問題だから寝不足でハイになってたってことで良いかしらね。 私もゆりかに釣られていろいろ言っちゃったし」

「ちょっとりさりーん、ホントに酔っ払ってたのがそれ言うー?」


「……そうね。 響ちゃん、困っちゃったものね。 分かったわ、おしまいにしましょう」

「…………誰にだって言いたくないことは、あります」


僕よりもよっぽど……肉体的にもだったんだけど、精神的にもどうやら大人な彼女たちは急に声の調子を普段通りに戻して軽く伸びをしてみたり、忘れられていたテレビの番組について急に話してみたりし始める。


……困って黙りこくっていた僕とは全然違って。


うん。


この子たちは僕が思っているよりもずっと大人なんだな。

そうだよな、中学生って言えば思考能力なら下手な大人よりも上だもんな。


こんな、アルコールで毎晩止まっているような僕みたいなのより、ずっと。

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