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39話 去る年と、来る年 6/6

☆☆☆



もう少しで年越しとあって、先ほどまでよりも増えつつある参拝客の姿。

そんな境内を見下ろす高台の小山。


神社が管理している――つまりは私有地のはずのその一角、特に制限なく誰にでも開放されていて日中でも軽い運動を求める人でそこそこの賑わいを見せる山の上の、見晴らしのいい展望台まである憩いの場。


舗装されていない遊歩道と舗装されている車道の両方で来られるものの……深夜とあって街頭の周り意外には灯りなどなにひとつなく、不気味な静けさと吸い込まれそうな深さに包まれている。


当然として登ってくる一般の人間は誰もいない。


そもそも入ろうとしたとして木々に埋もれるような街灯がぽつんとしか見えない完全な漆黒で、さらに「年末年始はご遠慮くださいと」いう看板まであるため常識的な人間なら絶対に入ろうと思うことさえない場所。


しかも今夜は特に晴れてもおらず満月などでもなく、もうまもなく年が明けるこの時間帯にこんなとこへ来る人など誰もいない。


……少なくとも去年まではずっとそうだったその場所。


そこを徘徊しているのは全身を防護服、いや、防弾服……傍目に見たとしても戦闘用のもので覆い、ひとつひとつの動作が俊敏でヘルメットから見え隠れする彼らの髪の毛の色は「目標としている幼女」のそれととてもよく似ていたり、あるいは金色だったり白だったり黒だったりする男たちと女たち。


平均的な身長も、眼下の境内で寒い中並んで待っている人々のそれの平均を遙かに上回っていて筋肉質でいて、使っている言語も違うもの。


口元に備え付けられた通信機器でやりとりを頻繁にしていた彼らだったが1台の車が展望台に……その手前にあるはずの駐車場を無視して車が乗り上げられるぎりぎりの場所まで来て止まると、その前には既に観測班を除いた全員が音もなく整列していた。


車体もなにもかも黒塗りのせいでライト以外には存在しないかのようなその車が完全に止まると、ひとりの男、先ほどの男たちの中でも特に兵装の上等な彼――つまりは武装した兵士たちの指揮役の男が丁重にその扉を開けた。


「――。 ――――――、――――」


異国の言語で礼を言いつつ出てきたのはひとりの女性。


彼女の体格は引退して久しいはずなのに先の兵士たちにも劣らず立派で、眼光は鋭く――顔の片側には最近になってから再び若い時分のように化粧をして隠しているが、この場にいる誰もがそこに頬を覆う跡があるのを知っている。


「――――――――――、――――――……」


車を降りても少しのあいだ続けていた電話を終え、彼女は改めて整列している彼らに向かい何ごとかを告げる。


「――――――――――――――――!」


彼女が話し終えると指揮役の男がひとりひとりの兵士に……一般人が居ないのをいいことに、夜にしては大きい声で指示を告げていく。


「――――――――」


兵士たちはそれぞれ銃身の長い銃を構えつつ、四方に走りながら散っていく。


「………………………………………………………………………………………………」


車から出てきた運転手に外套をかけられつつ、彼女はじっと下を……神社の離れの建物を、見つめていた。



☆☆☆



この瞬間だけは、もう20回以上経験しているはずだけど、でも、ちょっとだけわくわくする。


だからこそ……好き勝手して生活リズムが狂っていた時期を除いて、いつも早く布団に潜っていた前の僕だって、昼寝をしないとここまで起きていられない今の僕だって毎年がんばって起きているんだ。


そして。


『…………5、4、3、2、1……新年おめでとうございます!』


テレビの前の人たちとみんなが無意識につぶやいていたカウントダウンが終わり、ゼロのタイミングで鐘が鳴る。


たったのそれだけで年が明けた。

ただの暦の上でのシステム上のことなんだけど、でもなんだか特別な気がするこの一瞬が好き。


「……ふう」


去年から今年も無事に……あれから魔法さんが発動せず、冬眠も3ヶ月半で終わってくれたおかげでぎりぎり……かなりぎりぎりでこの瞬間を迎えることができた。


この子たちと。


もう1週間ばかり寝過ごしてたらクリスマスどころかお正月さえ楽しめなかっただろう。


「あけましておめでとう! 今年も楽しい1年になるといいわねっ」


むしゃむしゃとお菓子をほおばっていたかがりが、ごくんと飲み込んで1番に言う。


今日……昨日の夕飯も食べてきたって言っていたし、そのうえに着物の帯でおなかが締めつけられているはずなのに……お蕎麦のつゆもぜーんぶ飲んで、そのうえにジュースとかも飽きることなく飲み続けているのにけろりとしているくるんメロンさん。


彼女の消化器はいったいどんな仕組みになっているんだろ……あれだけ飲み食いしてトイレさえ行かないなんて。


ほんとどこ行っているんだろ?


ラクダみたいな体質なんだろうか。

ちょうどコブがふたつあるんだし。


とてもおんなじ女の子とは思えないけど残念ながら最も女の子らしいのがこの子だしなぁ。

やっぱり体格に比例するんだろうか……それか別腹みたいなのがあるとか?


「……おめでとうございます。 そうですね、いい年に………………今年こそ調子がよくなって……ときどきでいいので、その。 私、体育とか……出てみたい、です。 みなさんと一緒に、軽くでもいいので走ってみたりしたい……です」


「お、抱負ってやつ? さよちん良いねぇ」


ぺこりとお辞儀をして前髪がみんなふぁさっとこたつの上に乗るのを眺める。


……髪の毛が伸びてきたからこそわかるんだけど、きっとあれだけ長いと相当めんどくさいはず。

物が見えにくいしいちいちかき上げないとだしで。


切ればいいのにって思うけど、あれだけ目が隠れるくらいになっていると視線を遮れるから恥ずかしがりにとってはめんどくささよりも楽さが勝っているのかもしれない。


僕もその気持ち、よーくわかる。


でも髪の毛をかき上げるしぐさが……必要もないときでさえ無意識にするくらいにクセになっているあたり、やっぱり切った方がいいと思うんだけどなぁ。


僕と違って切れるんだろうし……まぁいきなりは無理か。


「……響さんも」

「ん?」


ぱっちりと彼女のすだれみたいな髪の毛越しに視線が合う。


「早く……元気になれるといい、ですね。 …………お互いに、がんばりましょう」

「……そうだね」


僕の場合は治るもなにもないんだけど……とっさに答えちゃった。


けど原因不明のなにかを抱えていることには変わりないから嘘でもウソでもないし。


「おっめでとー」


……そして巫女りんが甘酒でちょっと……いやこれ酔ってない?


大丈夫?

こういうのって学生はやばいんじゃない?


まぁここには僕たちしかいないわけだし外に出なければ大丈夫だとは思うけど。


「そうよねぇー、けっきょくー、夏休みの終わりに立ててた計画ぅー、ほっとんどできなかったしぃー? ねぇー?」


……顔は赤くていつもの元気さがとろんとなっていて、着慣れているせいか座椅子を倒してだらしない格好をしている巫女りん。


……普段はゆりかを見張るって感じでもっとしゃきっとしているもんだから……なんだかすごく新鮮だけど、だらしなさの割には着崩れていない巫女りんがいつもよりも高い声で話している。


というより、これ、甘え声ってやつだったりする?

同世代の男子が聞いたらやばそう……僕でさえどきってするし。


「私たち4人だけだったりー、クラスで話してたら聞きつけられて一緒に来たりしたー、他の人とかもいたけどさぁ――……」


「ひっく」とかしてるし……いつの間に?


甘酒?

甘酒ごときで酔っ払っちゃったの?


「……響さんがよくなってぇー、また長時間出かけられるようになったらきっとぉ、今度こそよー? せっかく仲良くなったんだしぃ悲しいじゃない――……」


いつも以上にとりとめのない感じの話し方になっているけど……まぁ中学生にとっては、アルコールが入っていないことになっているはずだけど微量は入っているっていう甘酒をがぶがぶ飲んだらこうなるのかもね。


あるいはお酒に弱い体質だったりするのかもだし。


僕たちが来てからもときどき呼び出されて抜けて神事とかに付き合っていたみたいだし、ひょっとしたらお神酒とか飲まされたのかもしれないし。


いいなぁ、お神酒。


こんな甘酒じゃあな。

やっぱり甘酒は甘酒でしかなかったんだし。


「そだねーってりさりん……だいじょぶ?」

「だいじょーぶよぉ――……慣れてるしぃーあははっ」

「こりゃアカン。 学校にバレたらアカンやつや」

「なぁんで関西弁になるのよあっははは!」


「痛い痛い! 背中ばしばしやらないで! 縮む!」

「縮む身長なんてあんたにはないじゃないのあはははは!」

「よーし、普段からどう思ってるのかよーく分かったよりさりん……覚えてなさいな……」


そう言いつつもぞもぞと抜け出したゆりかは笑いこけているりさりんの後ろへ。


「ほれ、お水飲みな」


なんだかんだでやっぱり仲が良いらしく解放しだした彼女。

これって飲み会とかで見る場面なんじゃ……まぁ僕はそんなの出たことはないんだけども。


「とりあえず大丈夫っぽいから大丈夫。 ん? 私もちょっと酔っちゃってるかな?」


またもぞもぞと僕の肩につかまりながら入り直してくるゆりか。

ちらっと見てみるけど、裾を抑えて大変そう。


「やんっ」

「……」


やっぱり着物だとそういう動作、難しそうだな。

というか高そうな生地なんだけど、こうやってこたつとかに潜って平気なんだろうか。


ゆりかまで巫女服だし……あ、そういえば褒めるの忘れてた。

さっきゆりかだけが居なかったから……なんかのタイミングで褒めとこ。


「……ま、りさりんの言うとおりでさ?」


こっちを向く気配に仕方なく僕も合わせると、すっごく近いところにぱっつんさんがいる。


「夏祭りとか9月の終わりとかでもけっこーな近場でやってたりするとこあったし? そーいうところで浴衣とか着て遊びたかったもんねぇ、5人そろって。 ……響にFPSで勝てないこのうっぷんを屋台で晴らしてやりたかったし」


「……そんなに負けていたかな、君は」

「別チームでやったときの戦績、帰ったら見てみてよ。 私、わりとボロ負けだから。 響と一緒のチームだとキャリーしてもらえてただけっぽいのよ……響、勝っても負けてもそんなに動じないもんねー、気にもしてなかったでしょ。 ……ね。 そんな感じだったのに連絡がつかなくなっちゃったもんだから気が気じゃなかったからさ」


「……そう、か」

「うん」


話していてもこうしてしょっちゅう、ちくりとくる。

何気ない、悪気のないはずの会話の中にこう……僕だけがちくりと感じている。


「あ、もーぜんっぜん気にしてないよ? だって病気だもん、しょうがなかったんだからさ。 今のもほんとにただ『こういうことがあったの』って言っただけ。 気にしないで」

「……ありがとう」


さっきのさよのに釣られてか、口々に今年の抱負……そのほとんどがみんなで出かけたいところとか遊びたいことしかないのが気になるけど、そういうものの話に移っていく。


……この子たちはこうして毎年、少しずつ成長して。


仮説どおりに僕がこのままだったとしたら、もう何年か経ってしまえばきっと――少なくとも見た目は大人と子供の関係になる。


精神年齢的には近くなるけどな……相対的に……けれども肉体年齢の差は開いていく一方。


いつかはお別れの日が来る。


けどどうせこの子たちだったとしても高校に入るタイミング、大学、就職で何回も迎えるんだ、普通のことなんだろう。


僕がそういう友達って居なかったもんだから、今になって急に惜しくなっているだけなんだ。


「……みんな」


そう思ったら口が勝手に動いていた。


「あら響ちゃん?」

「およ?」

「なぁーにぃー?」

「……どうか、しましたか?」


……今日はなんだか楽しさの中にしんみりが入っているからか、ぽそっとした1回で僕の言葉がみんなに届いた様子。


うん。


1年の始まりとしてはいいスタートかも。

こんなことで喜ぶのもどうかって思うけど、でもちっちゃい声でも聞いてもらえるのは嬉しい。


「……みんなは将来の夢とか―――◆◆◆◆◆◆◆◆」



☆☆☆



その幼い彼女/彼の姿は複数の……スコープで視られている。


そのうちのひとつがようやくに見つけた、わずかな木造の家屋にできた極小の隙間から……熱での透過なしにダイレクトに十字の中心が、銀髪の幼子の……顔から頭、そして背中に焦点を合わせる。



☆☆☆



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………………………………………?」


一瞬……なんだかよくわからないけど、なにか細長いものが僕めがけて飛んでくるような感じがしたんだけど……でも、なにもないよね……僕もちょっと酔ってるのかな。


……甘酒で?


無い無い。


「っ……」


一瞬だけ視界がぶれる……というよりはなんだか体に軽くぶつかってきたような揺れたような叩かれたような、そんな感覚。


……変なの。


不整脈かな?


ほら、今日は珍しくお酒呑んでないから……この時間に。

あるいは夜更かししてるからかもね。


「ん? どしたの響」

「いや、なんでもないよ、気のせいだったみたいだ」


なんか言い損ねたけどせっかくみんなが注目して聞いてくれているんだし、聞いてみよう。


「それでみんなには『将来の夢』っていうものが――――――」


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