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39話 去る年と、来る年 5/6


木造の古い造りにふすまとタタミ。


いわゆる日本家屋っていうのはとにかく寒いもの。

なんでも昔は寒さは良いから暑さと湿気対策を優先したんだとか。


大半のものが木と紙と草でできていて、だから外の寒さが……こうして文明の利器をフルに使っていたとしたって筒抜け。

最近じゃ……観光地とかでも珍しいくらいの完全木造ってやつだもん。


まぁ神社だしね、そういうもんなんだろう。


ストーブのじんわりとしたあたたかさとかこうしてぬくぬくと入っているこたつとか。

じーっとしていると、そうしたもののおかげでようやくにあったかくなる。


「暖かいわねぇ」

「うん」

「ちょっと良い匂いがしてきたわねぇ」

「うん」

「響ちゃんって興味ないといつもそうよねぇ」

「うん」


くるんさんとふたり静かにこたつでぬくぬくすること10分くらい。


遠くからは……って言うより外から、敷地内が境内でたくさん人もいるし鈴もじゃらじゃらなってるしでそれなりの音が聞こえてくる。


そうして置かれているテレビ……さすがにこの辺は今風らしくでっかい画面のやつで適当な番組を観ることになった僕たち。


でも、じーっと……人様の家で何もせずに座り続ける。

こういうのってやっぱり落ち着かないよなぁ……今からでも。


「ダメよ響ちゃん」

「!?」

「りさちゃんたちのお手伝いはダーメ。 みんな心配しているのよ、響ちゃんのこと」

「……分かっているよ」


「本当?」

「本当だよ」

「ならここで待っていましょ! あ、見て見て、響ちゃんがいなかったときの……」


テレビと会話とに集中しているはずだったのに僕の動きには敏感なくるんさん……着物のせいで動きづらいはずなのにそういうのには目ざといんだから。


女の人ってなんでもマルチタスクなんだとか。

だから何かに集中しているはずなのに全然別のことにもすぐに気がつけるらしい。


僕みたいにシングルタスクしか駄目なタイプとは相容れないし油断ができない存在なんだ。


……その注意力をもっと勉強とか普段から使っていれば苦労しないのにね。



☆☆☆



長細い木でできた廊下、しかも足は靴下ではなくて足袋、そのうえに慣れない着物ということで歩きづらそうに小股でそろそろぺたぺたと歩いている少女。


しかし彼女にとってこの家は親友の住む勝手知ったる家。


つまり意識せずともこの細長い造りの家を自由に動けるわけで、そういうわけで気兼ねなく歩きスマホをしていた。


今日は大みそか……それもいちばん忙しい時間帯に入りつつあるということでほとんどが参拝客たちの相手に追われているため住居側のこちら側はがらんとしている。


この家の住人の居住スペースが空になっていて、さっき入って来た中学生たちも客間と台所にしか居ないのだから当然だ。


それに人が来れば……大抵は小走りだから、なによりも木の床の音ですぐにわかる。

だからこそ彼女は熱心に、その画面に注目していた。


「……ふぅむ、なるほどねぇ……」


横向きにした画面を見つつ……奮発してもらった、レンタルではあるもののしっかりした素材のその着物は、下に着込んでいる服のぶんも着ぶくれていてだから洋服よりも体が隠れるせいで……余計に幼く見えている。


しかしその前髪が横にきれいに揃えられていて着物によく似合っている彼女……ゆりか。

何かしら良いことがあったらしく、軽くほほえむ。


「よしっ」


「――なーにが良しなのよゆりか」

「うっひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぅっ!?」

「なんちゅー声出してるのよ……」


……スマホに夢中だったから気がつけなかった、静かに目の前で立っていたらしい巫女衣装を楽そうに着ている親友と、その隣で新品のそれを窮屈そうに着ているメガネをかけた友人に気がついていなかった様子で、本気で驚くゆりか。


驚いた拍子に手からぽんとはじけ飛んだスマホを。


「わたっ、わたたっ! ………………ふぃ――……」


……器用につかみ取った。


「……本気で気がついていなかったのねぇ私たちに……でも良かった、落とさなくって。 画面とか割れたら高いものねぇ」

「へ? あ、あー! そーだよねー!!」


少し裏返った声で過剰なくらいの演技。

でもそれがゆりかという少女の普段だからか特段に不審に思われる様子はない。


「……あの、ゆりか、さん……ここで何を……」

「いやー、つい読みふけってたのよー!」


驚いて落としかけたスマホを握りしめた自称同志の少女は、上目遣いで声の主の親友と友人を見上げる。


「おりょ? りさりん、そういやなんでこんなとこに?」

「あんたがいつまでも来なかったからでしょ……もう響さんもとっくに待ってるわよ」


「ありゃ、そりゃおまたせしちゃったね――……あはは」


「それにしても遅かったわね、なにやってたのよ? 私たちを呼びに来てからずいぶん経ってるのにこんなところで……ねぇ?」

「え、えっと……」


「ありゃ、そんなに経ってたかなぁ……あ、ほんとだいつのまにやら時間が進んでおる」

「んで、なにしてたのよ?」


スマホの画面を見つめ、それからしばらく上を見て考えたゆりかは、いつものおちゃらけた口調で答える。


「ちょいとな、知り合いと話し込んでてね。 そう、大事なイベについての情報とか!」

「ただのゲームでしょうが……こんなときにしなくっても」

「ふふん、期間限定は大切なのだよ。 りさりんの好きなパズルゲームとかでも」


「そうね、忙しいのね? んじゃあんたはお揚げと卵抜きね?」

「りさりんひどいっ!? 鬼、悪魔……えーとえーと……あ、そうだ、さよちんもなにか言ってやって!」

「え……え?」


「流されちゃダメよ、さよさん。 こいつ調子よくって放っておくとすーぐこうしてサボるんだから。 どーせまたなにかの作品についてとかで盛り上がってたんでしょ」

「ひどいなーりさりん。 少しくらいは信用してくれたって」

「あ、あの……」


「信用がないし、あるわけない」

「いやん! ……あ、さよちんごめんねー、私たちついこうやってコントしちゃうの」

「誰のせいか」

「りさり」

「つゆだくで良いわねー」

「それただの汁! 汁を飲めと!?」

「だし汁っておいしいわよ?」

「そういう問題じゃないやい!!!」


「……な、仲が良い……んですね……」

「そんなに長く一緒なわけじゃないのにどうしてかね。 この煽るのだけは得意なちっこいののせいで」

「ちっちゃい言うな!」


「……くすっ……」


……傍目には、普段通りの彼女たちの日常が流れていた。



☆☆☆



「うぐ」


狭い。

ぎゅうぎゅうだ。


いくらこたつだからと言ったって、親戚の……田舎の親戚のところにあるそれよりもずっと小さいものなんだ。


……なんでも、今日は手伝いに来ている人が多いからお客さん用の部屋……昔の家って客間ってのがあるんだね……広い部屋から順に埋まってしまっているんだとかで、布団を敷いて寝るだけのところは満室らしい。


だから僕たちはこうして狭いけどテレビとこたつがあるって言うところに案内されているわけで……そんな中運ばれてきたお蕎麦を食べるためにって5人が足を突っ込んだらこうなるよね。


ちょっとでも足を動かすとみんなの足がお互いに絡まるほどに狭いわけで。


……あ、これ、りさかさよだ。


だって袴みたいな感じだから。

こう、ぎざぎざした感じの裾が足先に触れている。


指先でもぞもぞしてみる。


……逃げた。


おもしろい。


「……さすがに5人はムリだったんじゃない?」


いつもと比べてなんとなく弾まなかった会話もそこそこに早速に巫女りんが代弁してくれる。


なんかこっち見て笑ってるし、多分今のりさの足だったんだな。


「大丈夫だと思ったんだけどなー。 りさりんのとこ今年はこんなに大盛況だなんて」

「だから言ったのに。 もっと広いところとか早い段階ならまだ空いていたんだから」


察するにこの夜更かし会は結構急に決まった。

……多分僕がイヴに会ったタイミングだよね……なんか悪い。


「いいのいいの、この場所がいいのよぅ。 わかる? こうして狭いところの方が落ちつくんだし? しかもすみっこの部屋っていうのがまたいいのよねぇ」


分かる。


「……広いよりは確かに……。 けど、やっぱりこれは……」

「さよちゃんのお家は凄かったものねぇ。 でもさすがにクリスマスと大みそかにお邪魔したら悪いわ」


「だねー、かがりんのとこと私のとこはふつーの家だから狭いしでここ一択なのよ。 それに一体感って大事だよりさりん。 それにさ、ほら、私たちちっこいもの同志はちっこいから。 響、ちょっと横に詰めて?」


突然にゆりかからジェスチャーで寄るようにと催促された。


なんで?


「いいから」


あ、理由言ってくれない。


そうして立ち上がったゆりかは……何があったのか僕の真横に来て「ちょっと失礼」って足をこたつに入れていく。


……今までは巫女りんとゆりかペア以外はひとりずつ四方に座っていた形になっていたのに、僕の横にゆりかが来てしまったもんだから今度はここが狭くなったじゃないか。


というかこたつの1面に対して2つの座椅子では大きすぎてもはや寄りかかれない……と思っていたら、なんとゆりかは僕が座っていた座椅子まで半分横取りして来る始末。


体全体で……おしりで押してくるデリカシーの無さ。


まぁ学生だし……でもこうやってもおしりがはみ出ないあたり。

むしろ2人で1人分のスペースしか取っていないあたり、僕たちは大人の半分で。


「ほら、私たちちっちゃいからこうしていてもそんなに狭くないよ? ねぇ? 正直りさりんの横は狭かったのよ」

「悪かったわね……」


冬の、みんながダウンとかを着ているときの電車の席みたいな感じ。


真横にくっついて座られてからふんわりゆりかの匂いが漂ってきたりお尻から肩にかけて人肌のぬくもりが来たりするけど、さすがの僕も女の子して半年だからそんなに気にならない感じ。


嘘、そこそこ気になるけどどきどきはしない感じ。

それも嘘、そこそこどきどきはするけど困りはしない感じ。


これでよし。


「これで実質4人だから問題なしだね! 足は……みんなであうんの呼吸っていうやつでちょっとずつずらせば大丈夫でしょ」


そう言いつつ、こたつの中で足をばたばたさせているゆりか。


「ちょっと痛いわよ!」

「あら、こりゃすみません」


「……かがり、さん。 その、足、…………もう少しだけ、えっと、かがりさんから見て右……いえ、左にずらして、もらえると……」

「あ、ごめんなさい、さよちゃん。 誰の足か分からなくてつついてしまって」


みんなでもごもごと動いているとだんだんといい感じのスペースができてきた感じ。


「……でもずるいわゆりかちゃん! 響ちゃんとそんなにくっついて真横で過ごすなんて! 私もしたいのに!」


「かがりんはほんと響がお気に入りだねー。 だけどかがりん? ……響は今日は私のもんだ、渡さんよ」

「僕は君のものじゃないんだけど……」


一応で文句を言った僕のことをじっと見てきたゆりかは、今気がついたかのように僕の髪の毛をじーっと見つめつつひと房持ち上げてしげしげと見つめている。


「?」

「いーじゃん響、今日くらいさー。 うわほんとーに長っ、んで蛍光灯に透けるってどんな髪質なん!?」


「……綺麗な髪です……」

「ため息でちゃうわよね――……」

「良いわね――……私も銀髪とか良かったわー」


「響、アルビノとかじゃないのよね?」

「え? うん……日光に当たるとどうなるわけじゃないからね。 少しみんなよりは弱いけど」


確かに色素の薄い髪の毛と肌、赤い目っていうのはアルビノの特徴。

うさぎさんとかそうだよね。


「……あ、これ、りささんのお母さまから……きっと遅くなるとまた、おなかが空くだろうから、って、来る途中に渡されました」

「あー、ありがと。 ……っていってもこれあまりもんのミカンなんだけどね……まぁいっか、どうせおそばとお菓子だけじゃ足りないだろうし」


「なるほど。 やはりりさりんと響の差的に食欲と体のサイズは比例して」

「なにか言った? 今からでもつゆだけに」

「いーえなんにも!! それよりほらさっさと食べよおそば!! 伸びてしまいますぞ!!」


「ゆりかちゃんはいつも元気ねぇ」


……夏までのこの子たちが戻って来た感じがする。


どうでもいいことしか話してないのになんだか楽しくて、僕も基本聞いているだけだから楽で。

なんでかお誕生日席だけど今日はそうじゃないし。


そういうものが戻って来た感じがしてちょっと嬉しくて。





ずるずるずるずると、ただもくもくと麺をすする音だけが聞こえるようになって静かになって、しばらく。


普段なら食べている途中でもひとくち食べ終わるたびに話し始めているこの子たちも、さすがに放っておくとあっという間にだらんとぶよんとしてしまう麺類には勝てない様子。


あと年越しっていう絶妙なタイミングの期限もあるわけだしな。


……お蕎麦もおいしいって言いながら食べてるし、それなら普段会ってご飯食べようっていうときにラーメンとか……いや、ないな。


なんでも女の子と食べるときは基本的にラーメンとかはNGらしい。

代わりにパスタがお勧めだとか……なんでだろうね。


でも確かにかがりは大反対だろうし、りさりんも「え?」っていう反応だろう。

さよは反応がわからなくて、ゆりかだけは賛成だろうなぁ。


あくまでも僕のイメージだけど、普段の私服の選び方とか制服についたシミとかの具合を見る限りそうそうまちがってもいないはず。


ちょっとだらしない男子にも負けず劣らずのそれがよく着いてるもんな。

だから子供っぽいんだ、この真横でずずずっとしてるこの子は。


「? お揚げいる?」

「ううん」


なんか誤解された……。


でも僕が外食するっていったらやっぱりパスタとかベーカリーとかああいうところじゃなくって、こうしておそばとかラーメンとか定食とかそっちのほうがいいけどなぁ……この辺が男女の差か。


でもお蕎麦ってお腹にたまらないからいいよなぁ。


だって僕だってこうして……夕飯は抜いてきたけど、量は減らしてもらっているけど、でも食べきれそうだもんなぁ。


ずずずっと吸っていて、ふと思う。


……きつねそば。


いろいろとトッピングされてはいるけど……あぁ、そういえばここ神社だもんな。

きつね、おいなりさま、お揚げ。


もしここに本当に神様ってのがいるんだったら……ぜひ魔法さんのこと退治してほしい。


帰りにしっかりお願いしておこっと。


ちょっと前までの僕ならそんな非科学的な存在は信じなかったけど……なにしろ幼女だもん。

今は僕自身がむしろ不思議な存在になってるわけだしなぁ。

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