39話 去る年と、来る年 3/6
「よい……っしょ……着物って動きにくいのよねぇ。 ふぅ、あとふたつねっ」
勝手も知らない、家主も知らない、そのうえ押し入れから座布団や座椅子を引っ張り出しているくるんくるんさんをぼんやりと見る。
いいの……?
勝手にそんなことをして。
他人の家の冷蔵庫を勝手に開ける並みの暴挙じゃない?
あとでうんと怒られない?
いやまぁゆりかが行けって言ってたから多分大丈夫なんだろうけど……ほら、だってかがりだし。
「ところで響ちゃんは甘酒、飲めるのかしら?」
「呑める」
「あら、甘いって言うけど大丈夫なのね?」
ううん、甘いのは苦手。
ただお酒ってのに反射しちゃっただけなんだ。
でもそんなこと言えないから黙っておく。
「みんなが集まったら……ちょっと遅い食事は体に悪いけど軽く食べて、お菓子とかジュースとをつまんでおそばと甘酒で年を越してみようっておはなししているの。 だってなんかこう……大人っぽいじゃない? お酒って」
甘酒が大人?
アルコールが入っていないのはお酒じゃ無いんだよ?
まぁ法律に引っかからないぎりぎりで入っているらしいけどね……僕ならお腹がはち切れるまで飲んでも絶対に酔えない量だろうけども。
甘酒とかチョコレートに入っているラム酒とかできゃっきゃしてるのってむしろ子供だとは思うんだけど、それを口にしたが最後、またしばらくおさまらなくなるだろうから静かにしておく。
……あぁそうだ、普段なら夜の9時頃から……今日は昼寝したからもう少し遅くからかな……でもやっぱり眠くなってきちゃうだろうし、そのへんの自販機でも教えてもらってブラックコーヒーを何本か手に入れてこようかな。
いや、ここは大きいからきっと敷地内のどこかにはあるかな。
「あら、来たみたいね!」
かがりの声がしたと思ったら廊下から誰かの足音……家主の人?
無断で住居侵入をしてしまったことだし……いや、許可は取ってはあるんだろうけど、でも一応は大人と初対面というわけで姿勢くらいは正しておかないと。
「おまたせっ」
「……りさ?」
「あれ? なんで響さん立ったままなの?」
「響ちゃん遠慮しちゃっているみたいなの」
「あー」
……そこには巫女さんがいた。
白と赤の、巫女さんらしからぬ体型をした巫女さんが……おっとセクハラだ。
「良いのに……それよりどう? この服! 見違えたでしょ――!」
りさりんが巫女服を着ている。
……普段より胸が強調されるんだな、袴って。
「……ちょっと恥ずかしいかな……あはは。 まーこの格好、小学生のころからやってるし慣れてはいるから気にしないで! けど響さん、クリスマスのときよりも顔色もいいしよかったわー! ……でもコートまで着て立ったままって疲れるし、なにより暑くない? リラックスして良いのよ?」
「……えっと」
巫女りさりん?
巫女りん。
語呂がいいな、巫女りんさん。
「……あ。 響、さん」
「……さよもなのか」
巫女りんの後ろにへばりつくようにして出てきたのは、これまたおんなじような格好をしたさよ。
……ああ、僕もこの子みたいに人の後ろに隠れて黙っているから存在感なくて居てもなかなか気がつかれないんだな……ちょっと反省しよう。
「……恥ずかしいので、あまり、その………………見ないで、もらえると」
「あ、うん」
巫女りんの巫女姿なんだかこなれているようなしっくり感がある……あ、巫女衣装がけっこう使い込んであるせいかな……さよは対照的にまだ折り目のついている新品の巫女姿で、こっちこそコスプレって感じ。
けど前髪まで……髪の毛全体がストレートに長くておどおどした感じの雰囲気のさよはなんだかとっても「まさに巫女」っていう感じがしないでもない。
ふたつの意味でどっしりしている巫女りんとは、ちょうど正反対。
……しょうがないんだ、僕の目線の真っ正面にこの子たちの胸元があるんだから。
男のころだったら上からの視線だから顔だけで済んだんだけど今はちっちゃいから難しい。
「ほらほら、まずは座って座って響さん! この前みたいになったりして倒れて……ほら、頭でもぶつけたら大ごとだし。 ね?」
「……ですね。 私みたいに貧血……になったら、受け身も取れなくて……そうなります」
「ほらね?」
む、病人なさよを引き合いに出すのは……いや、この子たちにとっては僕の方が病人か。
「ほら響ちゃん! さよちゃんもりさちゃんもこう言っているんだからいい加減に座って!」
振り向くと自分の隣に何枚か敷いた座布団。
……なんで僕が横になる前提?
というかそれ、乗ってて崩れない……?
しゃらん。
振り向き直すと……ご祈祷のときとかに鳴らされる、先の方に鈴とか紙が飾られている棒をひとふりする巫女りんさん。
どっから出したのそれ……ちょっと格好いいんだけど。
「私のお父さん、ここの神主やってるのよ。 だからここは私の家の客室ってわけで、つまりは私の友だちの、響さんを含めたみんなはお客さまってわけ」
……あー。
なんか話の合間に聞いた記憶が……無いでもない感じかも。
「だから、くつろいでもらっても大丈夫なの。 ……きっとこのこと心配してたんでしょ? もーマジメすぎるんだから……響さんらしいけどね。 ってなわけで響さん、まずは座って座って」
「あら? りさちゃん、この小さめの座椅子は?」
「あ、それお子さん用の……なんだけど、たぶん……ごめんなさい、けど響さんのサイズに合っていて座りやすいと思うわ。 よかったらそれ使ってもらえる? ほ、ほら! 普段からファミレスでも座ってるだけで不便そうだから! せ、成長期だからこれからよ!」
なんかすっごく気を遣われて悲しい……なんで僕が小さいってことでこんなに悲しくなるんだ。
「……わかった」
今夜はお邪魔する時点で迷惑は掛けるんだし、いつまでもこうしていても意味もない。
女の子に口で勝とうだなんて僕には無理なことなんだ、諦めよう。
もそもそとコートを脱いでマフラーも外してわきに置いて、ぺたりと座る。
あ、この座椅子僕にぴったりフィットしてる。
悲しいけどお子様シートな僕だ。
「ふぅ」
ぱさっと出てくる髪の毛で籠もっていた熱気がふわぁっと抜ける。
「良いわね――……」
「はぁ――……」
「いつ見ても……」
3人が話している声が聞こえるけど今度は何が良いんだろ。
それよりふわってした髪の毛からただよってくる僕のお気に入りの匂い。
甘いのは苦手なはずなのに好きな、この甘い匂い。
シャンプーとコンディショナーと幼女な僕の体臭と汗が混じった匂い。
「?」
見上げたらみんなと視線が合う……あ、さよが逸らした……なんでみんないつも僕がこうやって動いたりしているとじーっと見てくるんだろう。
女の子って勘が良いとか言うけどこういうひとつひとつでの観察力って言うか興味が違うのかもね。
僕は幼女になってるけど脳みそは男のままだからやっぱり分からない。
「そ、そういえば響さんって髪の毛、すごく長いんだったわね! いつもパーカーとか被っているから新鮮ねっ」
「……かがりさんが響さんの髪の毛がきれい』とか……『こういう髪型にしてみた』っていうの、いつも言っているから……1回ちゃんと見てみたかったんです……」
……まさか。
「……………………」
ばっと、くるんメロンを見上げる。
……くるんっと首をかしげられた。
「だって可愛かったじゃない? 響ちゃんのいろんな髪型」
――それは夏休みに襲われたとき、ファッション雑誌片手に髪型をいじくり回されたあのときの。
誰にも言わないって約束させたのに。
「あ、もちろん写真は見せていないわよ? 『人に見せたらもう会わない』って言うくらいだったからそういうの、嫌いだと思って」
約束が改変されてるんだけど?
どうしてくれよう…………ほんっとかがりときたらもう……。
けど最後の一線を超えていなかったのだけは評価しよう。
あのときの写真の数々をグループで共有されていたら僕は立ち直る自信がない。
体は幼女でも心は男なんだ。
かがりによってかわいくされた姿なんて絶対に勘弁だ。
「それは助かる。 そのまま誰にも見せないでくれ」
「……もったいないわ」
「もったいなくはない。 できれば消し」
「それはダメ! それだけは譲れないわ!」
この子的には3ヶ月も経ってるしそろそろ良いんじゃないかって思うんだけどダメらしい。
ケチ。
「ま、まあまあふたりとも! 響さんもその写真……私もとっても見たいけど、でも見せないって言っているんだしさ! かがりさんはそういうウソはつけ、つかないから安心して?」
巫女りんがそう言うなら……あとかがりが良い意味で純真すぎるってこと、みんな知ってるんだね……当然か。
「で、かがりさんも人の嫌がることは……なるべくしないでね?」
「はーいっ」
……いつかどうにかして言いくるめて消させないと死ぬに死にきれない。
「響ちゃんってこんなにかわいい子だったのにー」とかみんなに見せられたら化けて出てやる。
「で、話戻してもいいかな? そういうわけで私の家は昔からここの神社を管理していてね、だからここも渡り廊下伝いでそのまま家なの。 ……えっと、みんながお賽銭投げたりするところの先のところまで歩いて行けるのよ、靴とか履かないでも足袋のままで。 まぁ別にこういう時期以外に私も行かないけど……ね?」
「はっ、はい……私たちもゆりかさんから……聞いて、他の方たちに、お仕事……代わっていただいて、歩いて来ました」
ということは巫女りんはほんとうに巫女りんで……でも、さよはなんて呼ぼう。
ん?
今、お仕事って言っていたような。
「毎年ね、この時期とお祭りの時期はたくさんの人が来ていつも働いている人たちだけじゃ人手が足りなくなるのよ……んで私も娘だからって手伝いにかり出されるわけ。 で、今夜みんなで空いてる家で年越しやるんだしって誘ってみたらやってみるって言うから、こうして巫女やってるってわけ。 どうかな? 似合ってる?」
くるんっとひとまわりして、巫女りんの巫女衣装の……髪の毛と袖と袴とがふぁさっとなる。
元に戻ったときにさりげなく片足を前に出して「とん」ってして、同時に「しゃらん」ってしているあたり慣れているのがよくわかる。
「……ほらさよさんも! さっき教えたでしょ!」
「…………え……あっ、はいっ」
次の番だと言わんばかりにさよがつつかれて、さよもまたくるんっと……しようとして転びそうになって、あわててりさに抱きかかえられている。
でもさよも髪の毛が長いから、勢いをつけてくるんってしたらきっと映えただろうなぁ……まさに巫女っていう感じで。
「……あぁ、うん。 そうだね、似合っているよふたりとも」
ちららら見て来ているさよとすっごい笑顔の巫女りんでピンと来た僕は慌てて褒める。
女の子は、女の子同士でもまず最初に相手のファッションを褒めるところから。
特に新しいもののときは絶対に褒めちぎる。
僕が苦労して学んだ実学だ。
「着慣れていて熟練の巫女という感じのりさも、新しい衣装と着慣れていない感じがあるけど雰囲気がとても巫女らしいさよもね」
「えへへ、こしょばゆーい。 その感じ、反応が遅れた感じ見惚れちゃったー?」
「いや? どう感想を言えばいいのか考えていただけだ」
「もうっ、響ちゃんったらちゃんと褒めないとりさちゃんが可愛そう!」
かがりが割り込んでくるけど……しょうがないじゃん。
だってほんとのことだし。
でもそうだよね、りさりんはちょっとギャルっぽい……もう死語かな……ところがあるから軽いノリで良いんだろう。
肝心の僕がそういうのに抵抗あるってのが致命的だけども。
いやだって、仲が良い女子とか彼女とか居たことなかったし……。
「あはー、かがりさんの言う通りにそこは乗ってほしかったかなーって」
「…………………………えっと、私とか響さんは、そういうのは、その……」
「……ふぅ。 わかってるって。 言ってみただけよ。 響ちゃんだもの」
この場で僕の唯一の味方なさよは良い子。
またなにか困ったことがあったらこの子を頼ろう。




