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39話 去る年と、来る年 1/6


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


足を下ろすと途端に厳しい寒さが襲ってくる。


「……さむ……」


おもわずぶるっとなっちゃう寒さ。


体感的にはまだまだ残暑厳しい世界から放り込まれた印象の僕にとってはなかなかに厳しい限りだ。


……それにしても年末の神社っていうのはこんなにも寒くて雪のなごりがまだそこら中にあるっていうのに、もこもこした服を着た人たちがたくさん集まっている。


それでも駐車場のここはまだマシな方。

こんな車で来ていてもそんなに注目されないくらいなんだしな。


「カイロをご所望ですか」

「いえ、すぐに屋内に入る予定ですから……送ってもらってありがとうございました。 あの人たちによろしくお願いします」

「……それでは」


ちょっと外国訛りな低い声で話しかけられる。

僕を送ってくれた人のひとり。


そんな人たち、こんな真冬なのにスーツを着た男の人たちに頭を下げる僕。

タクシー代わりにしては随分と物々しい雰囲気だけど助かったんだ。


ぱたんと閉めてくれたドアから離れて振り向いてあいさつだけをして、僕は人の波に紛れて一途境内へと向かう。


人がごみごみしていていやだったけど、でも来てって言われていた場所は人がいちばん集まるメインの本殿……拝殿とか言うんだっけ……からは渡り廊下っていうので繋がってはいるけど、でも離れた建物の前。


『来れば分かるから大丈夫よ!』ってりさりんが言ってたけど本当かなぁ。


「うーん……」


でもとりあえずこの人混みからあの子たちを探す作業が始まる。


みんなに誘われて来た年越しと初詣のための神社で。


今夜はできたら朝まで起きていたいって言っていたしただの飲み会……じゃないよな、中学生だし……年越しを遊ぼうっていうだけかもしれない。


学生にとっては夜更かししても怒られない唯一って言っていいくらいの機会だもんな、はしゃぎたくなるのも無理はないよね。


年越しそばとか以外にもお菓子とか用意しておいて、お酒……が無いのは残念だけどトランプとかゲームをしたりテレビを観たりして……お酒がないのはものすごく残念だけども。


今日は大みそか。

夜には交通機関は止まっている。


そもそもまだまだ雪が残ってるからバスとか動くかも怪しいしタクシーも捕まるかどうか分からない……そうだからってある伝手で回してもらったさっきの車だ。


あの人たちに送ってもらったから体力は大丈夫。


だけど人が多すぎてみんなを探せない。


そもそもが夜で暗くって、神社の境内って言う普通の場所よりもさらに暗い場所なわけで……空だってなんだか曇っているしかなり暗い。


時間はだいたい合っているはずだからみんな引っ込んじゃっているっていうのはないんだろうけど……僕の身長的にかなり大変な作業になりそう。


……見つからなかったら諦めて帰りたくなりそう……ほら、僕って一時期対人恐怖症も群衆恐怖症もあったからぶり返したら困るし……。


ほとんどの人が僕よりも背が高くて……それだけならまだ普段出かけるときと同じだからいいとして、問題はお行儀よく年越し前の参拝で5、6列くらいに並んでいることで。

だから人がぎゅうぎゅうになっていて壁みたいになっちゃっていて、反対側を見るためにはこの長い列をひたすら戻って境内の入り口との往復。


わざわざそのどこかを「通ります……」っていいながら通してもらうなんていうのは僕にはできない。

できたら苦労はしないよね……そもそも声が届くのかどうかさえ怪しいんだし。


気が弱い人間の宿命だ。


あとそうなるとどうしても見上げなきゃならなくなるわけで、つまりは顔が見られて目立っちゃうわけで、この姿だとどうしても……どうしても、これはもうしょうがないことなんだけど、でも必ず一瞬「え?」って反応されるからあんまり好きじゃないんだよなぁ。


つくづく普通の男だった前の姿が恋しい。

目立たないって素敵。


だからなるべくなら他人と顔を合わせたくない。

それに上を見上げたらコートのフードを被って顔を隠している意味がなくなるんだし。


いくら魔法さんのおかげで不審に思われなくなっているっていっても、でもやっぱり注目されるのは僕の性格的にイヤなんだ。


いやなものはいや。

生理的に無理。

無理なものはしょうがないよね。


そういうわけでなるべくなら顔を隠しておいて「なんか小さい子がいる」程度の認識で気に留めないでほしいところ。


「……でんわでんわ」


電話は苦手だけどしょうがない。

この歳になってもどうあっても電話が苦手な人間なんだもん。


みんなが待っているっていう建物がこの並んでいる列のどっち側にあるのかって聞くのを忘れた僕のミスだしな。


「あ、響ちゃん!」


おや?


「今日、無事に来られたのね! よかったわー!」

「かがり。 ……さっき連絡したじゃないか、今日は行けるって」


「でも、心配だったから。 ね?」

「……うん。 この前は心配かけた」


いつものくるんが服に合わせてすごい感じにくるんくるんくるんしているくるんさんもといかがりと目が合ったからそのまま近づいていく。


あいかわらずでかい。

身長も含めていろいろと。


くるんくるんくるんの中にはいくつかの髪留めも着けていて、なんていうか盛っているって感じになっていてとにかくド派手。


そしてくるんくるんくるんの下には着物を身につけている。

もちろんコートは羽織っているけど……着物ってとっても重そうだなぁ。


メロンさんのメロンさんたちがすごいことになっている。


「やっほひびき!」

「ゆりか」


「……おー、聞いてたとおりちょっと顔色よくなった?」

「まあね、ずっと寝ていたし体力の温存にも尽くした。 ただ、まだ痩せたのまでは戻っていないかな」


何しろ3ヶ月の冬眠だからね。

ほとんど熊さんと一緒なんだ。


気が立ってないだけありがたいって思ってほしい。


「まー、たった1週間でだもんね……体力はともかくさ。 焦らなくてもきちんと食べていたらきっとよくなるよ。 でもまぁ足取りもしっかりしているみたいだし、いやぁーよかったよかった! 今日来てもらえて。 久しぶりに5人揃うんだもん」


くるんさんの影もとい身長に阻まれて見えなかったゆりかもまた着物姿。


ぱっつんもなんだかいつも見ないような感じにセットされているし、後ろの髪の毛も短いなりに……たしかこの前は肩に掛かっていたから決して短くはないんだけど、でも他の子と比べると短い後ろの髪の毛も頭の後ろで結っていてまるで半ポニーテールな感じ。


半ポニゆりか?


「……心配かけたね、ふたりとも」


「そりゃもー、心配はしてたけど」

「私も大丈夫……だって思いたかったけど、でもやっぱり不安だったわ。 また響ちゃんが……その、倒れたりしちゃって来られないのではないかって。 それかお母さんたちから止められるのではって」


いけない、くるんさんの情緒が不安定になってきている。


くるんさんはなるべく可能な限りに精神状態を安定させておかないとなにを言いだしてしでかすか分かったもんじゃないっていう恐ろしさがあるからな……きちんと言っておかなければ。


「……あれから1回もあのような発作も起きていないんだ。 それにきちんと食事もできているしずっと横になっていた。 だからかもしれないけど、おとといあたりからはすごく安定しているんだ。 だからこそ今日こんな人ごみに、それも夜に来るのにも許可……もらえたんだし。 帰りが深夜でも朝でも問題ないそうだ」


特別な伝手で召喚したさっきのスーツの人たち、タクシー代わりな人たちが朝まで居てくれる約束になっている。


イヴのあの日から準備してた、この日のための移動手段。

万が一に魔法さんがやらかしてもなんとかなるようにするための、あの人たちに頼んであるあれ。


「ふーん、よかったねぇ」

「でも響ちゃん、普段は早く寝てしまうのに今夜は大丈夫なの?」


「あー、そっちの心配もあったかぁ。 響、見た目どおりに寝るの早いもんねぇ……夜型の私としては夜こそにオンの人の多い時間帯にオンゲーのバトルとかダベりながらマンガとかしたいのにね。 ま、ちっこいんじゃしょうがないよね。 成長期だもん……なんで私は夜に眠くなれないのか。 こんなんだから背が全然……」


おや、ゆりかもちょっと怪しくなっている。

背が低いコンプレックスは根が深いらしい。


でも……小さく見られれば園児な僕と、同じように見られたとしたって小学生高学年なゆりか。


差は歴然としている。


「……ふっかつ! 今日はおめでたい日だもんね! 私たちもお昼寝したしばっちりばっちり!」

「えぇ。 だって今日は夜ですもの、オールナイトですもの! いちばん遅くまで起きていて、できたら夜明けも見たいの!」


今日は曇っていて初日の出は見えないって言うけどね……まぁ無粋なことは言わないでおこう。


「私ならしょっちゅう夜更かししてるし別に徹夜くらいよゆーだけど……この中で心配なのは響とさよちんだろーね。 ムリはダメなのよ?」

「りさちゃんのご両親からの差し入れで眠気覚ましの飲みもの、いっぱいもらっているの」


「うん。 けど、たぶん明け方までは大丈夫かなって」


あれ以来……冬眠から覚めて猫島子さんとあざとい岩本さんのときのあれと、この子たちと会ったときのあれ。

あとは未だに階段の下がすさまじいことになってるあれ。


それ以来ぴたっと静かになったから実に平和な1週間だったんだ。

階段のたびにおしりがひゅんってする以外には。


それはまぁともかくとして……このまま続けばいいなって思うくらいには平和。

もうなんにも起きないんじゃないかって思っちゃうくらいには。


「……響? クリスマスの時は……その、なんていうのかな。 生気がないってゆーか、存在感……存在が薄いってゆーかそんな感じで印象だったからねぇ。 今日だって来てもらったってしてもまだあんな顔色してたら、みんなであいさつだけしてちょっとだけしゃべってちょっとだけおそばでも食べたら年越しの前に帰ってもらおうかって相談してたの。 みんなで。 だけどよかった、杞憂でさ。 ね、かがりん?」


「えぇ。 響ちゃんっていつもそうなんだもの。 私との買い物とかかなり辛そうになるまで疲れたとか休みたいって言ってくれないものね。 私、響ちゃんの体のこと知らないときに響ちゃんの具合に気がつかないで振り回してしまったものだから今でも後悔しているのよ……」


「あのときはまだ体も良かったし、気にしなくてもいいよ」


こんな楽しいときに僕なんかのことで鬱々とさせるのは悪い。


「……けども。 うん、たしかに訊ねもせずにぐいぐいと強引で自分が楽しくって疲れ知らずで次はあっちが良いと振り回して話してばかりで人の話を聞こうとしなかったね、君は」


「おおう、ばっさりだよかがりん。 まー、そーゆー傾向あるけど……これはよっぽどガマンしてたと見えるぅ」

「反省していますってば……だからこそ今日はこういうのにいちばん鋭いゆりかちゃんにお願いしていたのよ。 響ちゃんの体調、このまま私たちと夜を共にしても大丈夫かどうかって」


「ちょ、ちょいちょい待ちなさいかがりさんや。 ……その表現は誤解を招きかねないから、ひじょーに危険だから使わないほうがいいのよ……?」


「え? どのことかしら?」

「……夜を、なんちゃらってやつ」

「そう?」


「そうなんです、ご遠慮くださいね? かがりさま」

「なんだか変ねぇ、今日のゆりかちゃん。 なに? 私のマネかしら?」


中学生だもんな、茶化してはいるけどいろいろと多感なお年ごろなんだろう。

僕はそういう時期を通り過ぎた大人だから気がつかなかったフリをしておいてあげよう。


気がつかなかったフリのために適当に周りを見ておくフリは得意なんだ。

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