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38話 「魔法」 4/5


いつも見ている階段が斜めになっていて、僕の方に……まるで壁みたいにせり上がってきているっていう光景。


いつも見ているはずだけどいつもとはまるでちがう光景。


僕が落ちかけているから世界が変わって見えているんだ。


階段から落ちるっていう特に理由もなく……いや、理由といえばあるにはあるんだけど、でもはてしなく悲しい理由で落ちているから。


でも階段から落ちるっていう大変だって分かっていても10年に1回くらいはどこの家でも起きる事故はすぐそばだ。


ずーっと気をつけていた、身の丈に合わないサイズの階段を1段1段気をつけて降りるっていうめんどくさいけどもう慣れきっていたはずの作業を怠ったから。


忘れていたから。


アルコールと尿意と眠気のせいで。

これから何ごともなく過ごせちゃうって思ったっていうのとおしっこを出し切れた安心感のせいで。


少しずつ近づいてくる階段を、その先の床を、ぼーっとなすすべもなく眺める。


時間が細切れになっているような、そんな感覚。


スローモーション。

一時停止。


怪我。


死。


ふと思い浮かんだ言葉、概念、現象。


打ちどころが悪ければそうなるかもしれないもの。


幼女っていうことで体が20キロもないちっこい体で、だからこそケガをするにしたってきっと軽傷で……運がよければ打ち身程度で済むんだって思っていて、その可能性の方がずっと高いんだってわかっていても。


どうしても最悪の状況っていうものを……いつものクセで考える。


無駄にいろいろ頭を回して疲れさせるための習慣。


――死。


ある意味で救いで、僕の、唯一の肉親のいるそこへ行ける、それ。

肉体から……この訳の分からない状況から解放される、現状で唯一の方法。


――死。


あの世。


空は水平線でぐるりと海と一緒になってくっついていておんなじような青い色で、でも空の方は薄い水色が高いところまで果てしなく続いていて、海はもう少し濃い色とエメラルドグリーンとが混じっていて、ひとことで言えばとってもきれいで美しくて。


潮の香りも波の音も海から吹いてくる風もみんなみんなとってもすがすがしくて、熱くもなく寒くもなくちょうどいい感じで。


島だってどんな人だって夢見ているような自然豊かで、でもきちんと人の手が入っている程度のこんもりとはしていない感じの自然な楽園で。

きれいなビーチが広がっていて砂の粒はさらさらしていてゴミはひとつも落ちていなくて、海はしょっぱくって。


あぁ、砂浜だけは気をつけないといけなかったんだったな……けど靴だってすぐに履いていることになっていたからあれはほんの一瞬だけのことで、だからなにひとつ心配する必要はなくって。


ヤシの木みたいなのがいっぱい生えていて落ちてきたら痛そうで、ぽつぽつと木とわらとでできた木陰で休んだりするためだろう建物があって、風情があって。


そこからはいくつかの丘や山、けどそんなにきつくないもの、そこに道がきちんと敷いてあってそこからの見晴らしもきれいで。


山のてっぺんからはビーチと町との両方が同時に見られて、とてもいいところで。


町だってちらっとしか見ていないしなによりも誰もいなかったんだけど、でも独特の……木がメインだけど不思議な感じの金属が混じっていたり斜めにくっつけられていたりして、興味深くて。


あの倉庫みたいなところだって、探検してみたらなかなかに楽しそうで。


五感があったぶん、まるでほんとうに理想の世界で。


厳密には誰もいないわけじゃなくって。


黒あめさん、髪の毛が真っ黒で、けど日焼けして少し茶色がかっていた感じもする、話し好きで「お姉ちゃん」って言ってほしがるアメリ。


元気な子、燃えるようで透明な感じの赤髪のタチア。

おどおどしていてとても安心できる輝く金色の髪の毛のノーラ。


そういう子たちが……僕の色違いっていう、想像力がないからかみんな顔も体つきも同じ感じで、けど僕とそっくりなのに少しだけ大きい子たちがいて。


ひとりじゃなくて、僕が僕であることに……嘘をついたりしてそれを誰にも言えなくてこうして悩んだりしてきても良いっていう……そんな、夢みたいな世界。


探せば……ひょっとしたらまだそのへんをうろうろして意外とあの世を満喫しているかもしれない父さんと母さんだって……僕を待っているのかもしれない。


つまりは冬眠っていうのは、僕がそこへ行くための。

死っていうのは、そのための。


…………………………うん、知ってる。


死後の世界なんてないって。


少なくともいろんな本を読んだ僕はそう結論づけている。


臨死体験とかもみんな脳みそが危機を覚えて作りだしたもので、死んだらそこまで。

パソコンとかスマホの電源が入っていない状態になって、そのまま処分される感じで。


でもあの夢を見て思うんだ。

感じるんだ。


もし死後の世界っていうものが、あの世っていうのがあんな感じだったとしたら。


こうしてぐだぐだとひとりで悩み続けてこの先何十年もひとりぼっちでただただ生きていくよりも、いっそのこと死ぬのも悪くはないかもって。


『響ちゃん、次はこのお洋服着てみましょ! これも似合うと思うの!』

『ひびきー、助けてぇー。 どーあがいても伸びるどころか縮んだー!!』

『響さんって不思議よね。 あのゆりかにここまで懐かれてるなんて』

『……病気があっても……自分の思うように生きたいです。 響さんのように』


――いや、まだだ。


まだあの子たちに、ほんとうの意味でのおわかれを告げていない。


結局あのままにお開きになって「それでもまだ会ったりはできるよね」で終わっちゃった、あの子たちに。


友人として意識して、まだ1度も。

たったのついさっきに会ったときに意識したばかりだけれども。

それに「まだ大丈夫だったら」っていう条件付きではあるけど。


年越しで会うことを約束しているんだ。


新しい未来の約束、予定……しなきゃいけないこと、したいことが何年ぶりにあるんだ。


1回……いや、ただでさえ秋に予定していたたくさんの約束を破っちゃったんだ。


これでまた破ったり死んじゃったりしたら、本当の意味で約束を反故にすることになるなんていうのは。


とても、



◆◆


◆◆◆



◆◆◆◆◆◆◆◆ちりちりちりちりうるさいけど、今はそれどころじゃない。


あの子たちにこのままもう2度と会えなくなるなんて。


せっかく僕のことを……10年くらいぶりに、ずいぶんと年下の女の子たちではあるけど、でも友人として見てくれたあの子たちにきちんとしたおわかれもせず「約束」も果たさないまま、このまま終わるなんて。


◆  ◆


◆◆ ◆


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆………………うるさい。


僕は今、考えているんだ。

こういうときくらいは静かにしてくれ。


「――――――……」


ナニカがすっと離れて行く感覚がするけど、そんなのはどうでもいい。


このままは嫌だ。

嫌なんだ。


ただひとり孤独に死んで……誰も僕の家を知らないから当分は気がつかれない。


冬場だし廊下には暖房も効いていないし雪の時期だから相当気がつかれない。


お隣さんも僕が嫌がるからってここ何年も家に様子見に来たりはしないし、電気も点きっぱなしで無事に過ごしているって思うはず。


それに僕は思いつきでふらっと、何年も前からひと月ふた月は旅行とかで平気でいなくなるし、しかも冬眠のせいで最近に3ヶ月もいなかったことになっていたんだ、しばらく姿を見せなかったとしてもきっと不審に思いやしない。


だから何ヶ月かって叔父さんが……メールでの連絡に返事がないからって初めて気がついて家を訪ねてきたときに初めて――前の僕でもなくって今の僕っていう「正体不明の誰か」が廊下の下でホネになっているのを発見する。


いや、ひょっとしたら死んだら魔法さんも離れて行って前の僕の亡骸だけが残って――「僕」が死んだっていうのがわかるのかもしれない。


けど、それはどうでもいい。


それよりも、誰にも僕がこの世からいなくなっていることにすら気がつかれないままで、このまま終わる。


終わってしまう。


僕は、そんなのは嫌だ。


だってなにもかも中途半端過ぎるじゃないか。


なにより僕はあの子たち……友だちにまだ、嘘のことをひとつも話していない。


怒られてさえいない。

謝ってもいない。


許されるかどうかはわからないけど、でも事実を伝え切れていない。


僕が「中身は男だ」って。

それも「君たちの倍くらいの歳」なんだって。


でも……友だちとして見てくれてとても嬉しかったんだって。


騙してごめんね、そんなつもりじゃなかったんだ、でもありがとう。


死ぬのならそれくらいは言っておきたい。


「――――――――――」


なにも見えない。


体の感覚もなくなっている。


きっと思い切り打ち付けた痛みを遮断しようとした僕の脳みそが今だけはぜんぶをシャットアウトしているんだろう。


そういうのを事故に遭った瞬間の回想の話とかで耳にしたことがある。


だからきっと今の僕はあちこち痛いはずで、あとはうまく頭と顔を守れるかどうかなんだ。

なるべく頭を抱えるようにして体を丸めて少しでも守らないと。


目の前がざあっと切り替わる。


アメリが僕をぶんぶん振っていて、その遠くでタチアとノーラが走ってきていて、さらにそのあとから具合の悪そうな顔つきをしながら――今の僕を何歳か成長させたような顔つきと体つきをしていて、けどまだまだ中学生を出ない範囲の幼さで、体も少しだけ女の子っぽいのが脚つきからわかるけど、でもだぼっとした硬めの生地の服装のせいで、それがわからなくて――けど顔ははっきりとわかって。


……髪の毛は光に照らされてきらきらと銀色に輝いていて透き通っていて。

重そうなまぶたを限界まで見開いて、その奥の薄い瞳が僕とぴたっと合って。


つまりその子は僕をただ何年か過ぎさせたような成長させたような姿そのままで。


「――――――――――――――――――――」


聞こえるようで聞こえない、けど声は僕よりもいくらか大人びている感じで。


その子/ソニア/「響」/僕/「僕」からなにか銀色の光が、僕の方へ向かってきて。


◆◆◆


◆◆



僕は、銀色の◆/星に、包まれた。






「? ……さつきちゃん、何か音したかしら?」

「…………ううん。 なにも聞こえなかったよ、お母さん」

「そうかしら……雪でも落ちたのかしらね。 響くんの家、雪かき必要かなぁ」

「……きっと近いうちにするつもりなんだよ。 響お兄ちゃ……響さんだから」

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