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騙された後は。  作者: ロッカ
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王宮にて

「・・・・・・バルト?」


声は掠れて自分にも聞こえ辛く。だから彼の耳に届いたとは思えなかった。

でも背を向けた肩が僅かに、目を凝らさないと見えないほど僅かに揺れたのは・・・届いていたからだろうか。

今起きている出来事がまだ信じられない。


「・・・王立騎士団第三師団長ヴィゴ・グインザードと申します。巫女姫様・・・御身を王宮へとお連れします」


ヴィゴ・・・グインザード・・・聞いた事がある。師団長の中でも厳しい事で有名な男だ。

そういえば顔を合わせた事はなかったな。

そうかバルトは偽名だったのか。私が唯一つの愛を込めて呼んだ名は偽名だった。

バルト・・・いやグインザードは足に根が生えたかのように立ちつくす私に向かってゆっくりと振り返り、片膝をついて頭を垂れた。

部下だろう、部屋や外にいる兵士の制服を着た男達も上官に倣う様に揃って片膝をつく。

見慣れた景色が急に違うものになっていく。

真っ白だった頭にじわじわと現実が押し寄せ、瞬く間に犯していった。


なんだ。


そういうことだったのか。


私は黙ったまま、日々の生活で荒れた手を差し出した。

グインザードの大きな手が拾って待機している馬車へと先導する。

男達も立ち上がり、しかし臣下の礼は崩さぬまま私とグインザードに道を空けた。

馬車の扉にこれ見よがしに刻まれた王家のエンブレムが朝日に映える。

そのエンブレム、大嫌いだった。澄まし屋達の象徴ようで。

私の顔はちゃんと作られているだろうか。みっともなく歪んではいないだろうか。

まだどこかが麻痺した感覚のまま軽く俯いた視線の先私とグインザードの手を見る。


ああ・・・その手は。

昨夜微かに震えていたその手は。


どんなに優しく私に触れた。

その大きく無骨な手は。

どんなに激しく私に触れただろう。


だが私が馬車のステップを上りきるやいなや あっさりその手は離れていった。

涙は出なかった。流す必要もない。

終わっただけなのだ。

夢見る時間が・・・終わっただけなのだ。


何度か馬を換えながら旅程は順調に過ぎていく。


「休憩を」

「私に限っていうのなら必要ありません。皆さんがよろしければ急ぎたいのですが」


透けて見える透明な、けれども何者をも通さないガラスのように周囲から自分を切り離す。

何時か巫女姫としてそうしていたように。


「・・・・わかりました」

「よろしくお願いします」


――――小さな我が家を出立して一五日目、王都ブラオローゼに到着した。


お召し換えを。そう言って傍に寄った侍女達を視線で黙らせ、何の装飾もない簡素な平服のまま謁見の間に入る。

エスコートのつもりなのか差し出されたグインザードの手は無視した。

躓く様な障害物が室にあるはずもない。不必要な先導などいらないだろう。

決められた歩きの速度、決められた距離、決められた作法を完璧にこなして壇上の国王に挨拶をする。

グインザードは私の退路を断つように右後方に控えた。


「久しいな、アルジェン。遠い地からよく来てくれた」

「お久しゅうございます、陛下。お呼びとの事でわざわざ迎えまで寄越して下さり、お心遣い感謝します」


獅勇王。


今代の国王は先の世界大戦での武勇と王家の象徴である獅子に因んでそう呼ばれている。

質は最上級だが装飾は華美過ぎず、シンプルな衣を着た体躯は逞しい。強い光を宿した碧眼は見る者を時には魅了し時には破滅させる。

王は私の嫌味に苦笑しながら頷いた。


「相変わらず元気そうで安心した。・・・・・会いたかったぞ」


意味深に王が言った途端、左右に並んだ貴族達がざわめく。

王の傍近くに控える宰相のファーレンホルストとドヴォラク将軍が揃って王に視線を投げかけた。

それに気付いたのか、応える様に王は2人に向かってニヤリと笑う。


くだらない。


「光栄に存じます」


私の視線も王に定まっているが決して顔は見ない。少しだけ顎を落とした先にあるのは蒼色のボタンだ。つやつやと光っている。

王は私の愛想の欠片もない返事にため息を吐くと有無を言わせぬ口調で広間一杯声を響き渡らせた。


「アルジェン・ディルース、ぜんの巫女姫よ。今日こんにちを持ってそなたを第一位側妃とする。身辺を改め、居を後宮へと移せ」


くだらない。


第一位側妃か・・・王は妃をまだ迎えてはいないはずだ。あんな田舎だがそれぐらいの情報は届く。王妃も娶わぬうちから第一位側妃・・・私の中で一つの考えが纏まり始めた。


「・・・・有り難き幸せ。我が君」


その時、体を貫通するかと思うほどの視線を感じた。とそれは感じた傍から消える。

一体・・・疑問に思ったが態度には現さない。

刺客でもいるのかと様子を窺っていると周りが無視できないほど騒がしくなってきた。呼ばれてすぐ第一位側妃決定、続いた私の『我が君』発言に非難と困惑が混ざり更に膨れ上がる。

当然だろう。『我が君』・・・愛人が王に呼び掛ける言葉だ。主に愛情を持って。

だが私の発したそれに男女の愛情など一欠片も含まれない。只の嫌味だ。それは壇上で面白そうに眼を輝かせている王も十分わかっているだろう。


「色よい返事が貰えて嬉しいぞ。さて・・・長旅で疲れただろう、今日はもう紫氷の間で休むがよい」


紫氷の間という最高位の客室まで充てがれ、驚きの頂点にでも達したのか逆に広間は静まり返った。


「勿体無い御心。感謝します、我が君」


殊更深く礼をし、殊更深く謝意を口にする。

王はまた苦笑して鷹揚に頷くと私に下がるよう命じて次の謁見を促した。

間を退く私に様々な視線が絡みつき聞こえるか聞こえないかの小声で何事か囁かれる。


くだらない。


扉が閉められ、案内に従って紫氷の間に向かう私の傍に大きな影が一歩近寄った。


グインザード。


「・・・巫女姫様」

「今は巫女姫ではありません。第一位側妃です」


しかも巫女姫ではない。前の巫女姫だ。


「・・・・・全力で貴女を御守りします」


何を言うかと思ったら。


「必要ありません」


グインザードの顔を真っ直ぐ見詰める。

見ているようで全く見ていない瞳に彼は見たのだろう、小さく、私にしか聞こえないほど小さく息を飲んだ。

とうに心は映さなくなったそれを。

彼から視線を外して離れた所で待っていた案内に軽く頷き、再び歩き始める。

身を貫く様な視線が角を曲がるまでずっと続いた。


本当に・・・・くだらない。



いや、合ったから…最近この言い訳多いな。

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