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「麻田さん、あのね、僕と付き合っていることにしたら、麻田さんすごくモテると思うんだ。」
これを言わないとバッサリ斬られるところだった。さっきまで面白がってくれていたけど、麻田さんはもう面倒そうな顔になってる。
「何その御都合主義。」
さっきのワオーのときはあんなにご機嫌だったのに。表情はあまり変わらないんだけど、言い方にフリルがなくなってる。
「僕みたいなのと付き合ってたら、逆に近づきやすいというか、親しみを持ってもらえると思うんだ。それに僕を手のひらで転がしているときの麻田さん、とっても、、、とっても可愛いよ。人気出ると思う。」
恥ずかしいセリフで、ちょっと顔をそらしちゃった。でも可愛い、というときにチラと麻田さんの方を見たら、まんざらでもない顔をしてる。
「丹生くん、つまり私のプードルになってくれるの。」
プードルは、ちょっと違う。
「犬はちょっと。」
「そうねえ、それに私猫派なのよね。忠実なワンコがいても飽きちゃうかも。」
だめだ乗ってくれない。こうなったら最終兵器を出すしかない。
「あのね、僕麻田さんの漫画読んだんだ。男女の恋愛の方のやつね。表情の描き方とか天才的だと思うよ。登場人物の会話も楽しいよね。」
「リップサービスはいらないのよ。」
怒ってそうには見えないけど、機嫌は良くなってない。このまま続けて大丈夫かな。
「でもね、、、」
勇気を出すんだ、僕!
「麻田さんのプロット、現実味がないというか、若干強引でちょっと単調だよね。」
「む」って感じの表情をする麻田さん。この顔は、やっぱり自分でもちょっとそう思ってたんだ。ちなみに普段は薄めの目が見開いていてちょっと可愛い。
「あのね丹生くん、少女漫画のマーケットは特殊なの。そこは女の子が甘い夢を見るところなの。だから、トラウマは解消されないといけないし、当て馬はイケメンだけどイケメンすぎないくらいで、最後は潔く引かないといけないし、当て馬にあてがうお相手も用意しておかないといけないの。ハラハラしても最後は全て予定調和なの。読者は最後は甘い後味を求めているの。必要なのは刺激とか意外性じゃないのよ。そう、少女漫画はジェーン・エアじゃないといけないのよ。」
やっぱり、麻田さんは図星をつかれると多弁になる。普段は質問に簡潔に答えて会話が終了しちゃうのに、麻田さんが嫌いなはずの脈絡のない話が混ざってきてる。さっきの「とっつきづらい」件は僕が赤裸々に攻撃されて先に撃沈しちゃったから冷静に観察できなかったけど、こうしてみると麻田さん、隙がないわけじゃないんだ。
「麻田さんのキャラクター、せっかく一人一人の性格や人柄の違いを描き分けられてるのに、やりとりがぎこちないと思うんだ、特に男の側からアプローチするとき不自然。麻田さん、男友達あんまりいなかったよね。」
「ちょっとスルーしすぎ。」
麻田さんが少しプルプルしてきてる。ここは攻めるのみ!頑張れ、僕!
「ねえ、麻田さん。僕たち付き合っているように振る舞ったとして、僕を通じて男の子とも交流あると思うし、本物のカップルとダブルデートしたりできるかも。それに麻田さんが好きな人は、僕がいてもやっぱり言い寄ってくると思うんだ。でも普通に言い寄るよりももっと面白い展開になりそうじゃない?どんな口説き方をしてくるか、気にならないの?それにちょっと禁断っぽくてドキドキしない?」
自分でも驚くほどスムーズに言えた。攻守が変わると意外と簡単なのかも。麻田さんは答えない。さっきまでの余裕はどこへ行った、ていう動転っぷり。きっと想像しちゃってるんだな。
ここでトドメの一撃だ!
「そのうち麻田さんの漫画でよく出てくるような、女の子をコテンパンに言い負かして『ぬうう!』という感じにさせちゃう、ひねくれた理屈屋の人が現れるかも。」
「なにいきなり!」
「でもそういう人って女の子が理屈抜きで押しとおしちゃうと、最後は折れて優しくしてくれるんだよね。」
「ぬう、、、あっ」
ついに麻田さんが赤くなった。こういうときだけ目が大きく開くんだなあ。ちょっと俯いてる感じもすごく可愛い。
勝った、たぶん。
恥を忍んで、アニメイトで麻田さんのBL漫画の方も買ってきた甲斐があったね。どっちにも同じような男が出てくるんだ。『きっとこういう男の人好きなんだろうな』と思ったけどドンピシャだった。
「ねえ麻田さん、この学校進学校だし、きっと麻田さん言い負かせちゃう人出てくるよ。麻田さん中学のとき話を合わせるの退屈そうだったけど、この学校なら『ふぬぬ』と言わせてくれる人、きっといると思うんだ。でもそんな人は麻田さんがBL漫画キャラだったら絶対近づいてこないと思う。」
実際はからかう感じで近づいてくるかもしれない。麻田さんもそういう絡み方に言い返すの好きそう。でも近づいてこない設定でいく。僕の貞操がかかってるんだから。
「麻田さん、『なんでアレと付き合ってるんだ?』って聞かれて『さあなんでかしらね』って言いたいよね!」
麻田さんは真っ赤なまま口をパクパクさせた。僕より背が高いのに、ちょっと小動物みたいな雰囲気が出てきてる。
僕の読みはおそらく全て当たってた。麻田さんのタイプは自分をギャフンと言わせてくれる人。なんでそうなのかはまだ謎だ。僕はそういうタイプではないけど、今まさに麻田さんをギャフンと言わせてる自信がある。
麻田さんは自分の理想の恋愛を漫画に投影しすぎだよ。麻田さんの男女の方の漫画が流行ったのは、きっと主人公の女の子が最初クールで、だんだん絆されてく感じが良かったんだと思う。絆し方がちょっと雑だったのは置いておいて。
ほんと、少し怒った感じの麻田さんは可愛い。
「麻田さん、付き合ってるふり、してくれるよね」
麻田さんは「はあっ」と大きなため息をついた。やったね。
「あなたを放っておくと危険みたいね。いいわ、ふりだけならしてあげる。」
「やった!」
僕は頑張った。今日はお赤飯を炊いてもらおう。もうクールでミステリアスなはずの麻田さんがただのすごく可愛い女の子になってしまっている。
「勘違いしないで。これはあなたの心意気に対するお礼っていうか」
「お礼?」
「、、、言い間違いよ。その心意気を買って、デビューできるまで面倒をみてあげてもいい、と言っているの。」
ここも頑張れば論破できそうだけど、もう余裕なくなっちゃった。とりあえず僕のこと気に入ってくれたみたいだ。僕の新しいガーディアンに乾杯!
「さて、言いたい放題言ってくれたわね。付き合うふりをするに当たって私の知ってる丹生くんをおさらいするから、もし本物と齟齬があったら教えてもらおうかしら。」
あれ、勝利宣言はちょっと早かったかも。