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「では契約成立ね。あの件については何も言わないわ。」
麻田さんはいつもテキパキしている。そこが格好いいんだけど、でもたまにはじっくり検討しないといけないときもあると思うんだ。
「ちょっと待って。」
立ち上がってどこかへ行こうとしている麻田さんを引き止める。ちなみに今の「ちょっと待って」、僕にしては強くはっきりと要求ができたと思う。高校デビューかなり順調じゃないかな。
「男に二言はないのよね。」
麻田さんはさらっと振り返って言い放った。
「う」
彼女は僕をマスコット扱いしない珍しい同級生だったけど、そう言えばたまに「男でしょ、泣き言言ってないで我慢しなさい」みたいなことも言われてたなあ。BL漫画を描いている割にはジェンダー観念が古いんだよね。
「約束は、守るよ、もちろん常識の範囲でだけど。」
言ってみて彼女の常識が僕の常識と一致してない可能性に気づいたけど、とりあえず話を進めないといけない。
「ただね、僕の性格を変えるの、結構時間がかかると思うんだ。秘密を守ってもらっても、結局中学の二の舞になっちゃう可能性、あると思う。」
「あるというより、その可能性が高いわね。」
やっぱりか。落ち込む。麻田さんは気を遣って解釈を変える人じゃないので、この人の評価は割と信頼してる。
「だよね、、、うん、、、それでね、とっても申し訳ないんだけど、、、」
どう頼んだらいいかな。
「私に甘えてたらずっと性格変わらないんじゃない。」
先回りされて答えられた。そう、麻田さんは多分告白をする前に相手を振っちゃうタイプの人なんだよね。スイートな恋愛漫画も描いているのに男心をわかってくれない人で悲しい。
でも今日の焦点はそこじゃないんだ。
「それもあるんだけど、それにね、ほら、麻田さんの部屋に入ったり、その、シャツを脱いだりするんだよね。それでさ、いくら取引でも、僕、こんなんでも一応男だし。ほら、ね。」
「『それもあるんだけど』から文が繋がってないけど、だいたいわかったわ。大丈夫、私は無防備な丹生くんを襲ったりしないから。」
麻田さんは、普通ならギャグなんだろうけど僕に関しては冗談にならないセリフを言ってきた。麻田さん文学少女だからか話し方が少し堅くて、僕みたいに脈絡のない喋りかたをしてるとよく突っ込まれる。
「そこは、麻田さんを信頼してる。」
そう、普通の女の子なら心配なんだけど、麻田さんは心配ない。同級生の女の子たちが僕を捕獲しているときも、麻田さんは関わってこなかったし、僕が本当に嫌がってるときは止めに入ってくれた。BL漫画の材料くらいにはなったかもしれないのに。
「そうじゃなくてね、ほら、僕がこう、ワオーって感じになっちゃうかもしれないでしょ。」
麻田さんが吹き出した。そんなに男に見えないかな、僕。
「いまの、ワオーってもう一回!もう一回やって!」
ニヤついている時の多い人だけど、思いっきり笑うと可愛い。麻田さんは少し目が細いからか、真剣な顔はすごく真面目に見えるときがあるけど、えくぼができると本当に楽しそうな雰囲気だ。
「ええっと、わおー、、、」
わおー、で笑ってくれるんなら何回でもしてあげるけど、リプレイはあんまり受けなかった。
「久しぶりに笑わせてもらったわ。うちはアントワーヌがいるから大丈夫。それじゃあ、前置きはいいから要件を聞きましょうか。」
そうだね、前振りってバレてたよね。前置きにもならなかったと思うけど、この際、男は度胸だよね。よし、アントワーヌも気になるけど、脱線しないで言いたかったことを言おう。
「麻田さん、フリだけでいいから、付き合っていることにしてくれませんか。」