ギルドのステータス検査
これは京野うん子様主催「第二回UNKO杯」参加作品です。
勇ましい漢どもがその肉体美を晒していくなか、俺はズボンに手をかけたまま動けなくなった。
額から嫌な汗がしたたり落ちる。
――しまった、こいつらを甘く見てた。
男たちは、実戦で鍛え上げられ傷跡も生々しいそのマッスルを見せつけてくる。意味もなく歩き回り、そのムキムキでムッチムチな筋肉をピクピク脈動させている。
咽かえる程に雄♂している素晴らしい肉体美だが俺の視線はそこには向かない。雄パイですらも俺の興味を引かない。
俺の視線はもっと下に吸い込まれていく。
――クソッ、どいつもこいつも!
臍を噛むとはこのことか!
目算が狂ったことを悔やんでも仕方ない。俺は覚悟を決め、勢いよくズボンを下ろした。
ここダンジョン都市ダンクットのギルドでは、年一回、所属する冒険者のステータス検査がある。
所属する冒険者の能力を把握するために行われるのだが、検査される冒険者にとって、別な意味をもつ場であった。
――そう、自慢大会だ。
ステータスを検査する際に、男はパンイチになる。パンイチになる理由は特にないが、長年の決まりらしく知っている奴はすでにこの世にいない。
男たちは唯一その身を隠す僅かな布きれであるその〝パンツ〟で勝負するのだ!
俺は、この日のためにダンジョンを徘徊したと言っていい。
年一回のために命をかける。
――漢らしいじゃないか!
俺の勝負パンツはLGクラスの神具〝妹水玉パンツ〟だ。
〝妹〟という可憐な女神が顕現した際にその場で脱ぎ与えられる、伝説級のパンツだ。
各種ステータスを底上げし、かつ女子力までもアップさせる、女冒険者垂涎の神具を、こともあろうに男である俺が履くという暴挙を見せつけるはずだった。
――はずだったんだ!
「お、ハインツ。それはまさか」
冒険者仲間のケルベルスが、目ざとく俺のパンツを指さした。
――チッ、コイツ、分かって言ってやがるな。
「あぁ、そうさ。〝妹水玉パンツ〟さ」
俺は下半身をつきだし、我が分身を柔らかく包みこむ〝妹水玉パンツ〟を見せつけた。
白地に水色の水玉模様はキュートさとファンシーさを両立させる絶妙なデザインは、これぞ女神の下着である、と万人を膝つき地に這いつくばらせる程に神々しい。
コットン100%の生地はその滑らかな手触りで履く者に最高級のリラックスを与え、我が分身はやや左曲りでおしゃまに収まっている。
――サイコーだ!
我が分身の魂の叫びが全身を駆け巡っている。
だがケルベルスの目は、その口は、俺をあざけるように歪んでいた。
「ハッハー!」
ケルベルスが腰をぐるりと回転させ、尻を引っ込める姿勢から突進するが如く腰を突き出した。
「ふふ、コイツの名を言ってみな」
――ヤツが見せつけるそれは、クソ、羨ましくて口に出すのも忌々しい!
「……パンツ」
「あん? 聞こえねーなぁ」
「クソがッ! 〝妹縞々パンツ〟だッ!」
「アヒャヒャヒャッ!」
ケルベルスが勝ち誇って腰を振る。
――そう、見紛うことなく〝妹縞々パンツ〟だッ!
勝利のツイストを見せつけるケルベルスを、俺は屈辱に塗れた目で睨みつけた。
俺が〝妹水玉パンツ〟を手に入れるために、死にそうになったのは片手じゃ足りない。
サラマンダーのブレスで灰になりかけ、一服中の邪魔したレイス一家に殺されかけ、繁殖期真っ盛りの半魚人の群れでやり殺されかけた。
――思い出すだけで背筋が凍る。
――恐怖に膝が笑いはじめてしまう。
――俺の膝よ、耐えるんだ!
「超伝説級の神具だもんなぁ~。そんな〝妹水玉パンツ〟なんざ目じゃねぇぜぇ!」
ケルベルスが脇のゴムひも部に指をかけ、わざとパチンと音をたてる。
白地に桃色の縞模様がステルス効果を発揮し、あるはずのイチモツの存在を抹消させ、まるで漢の娘がいるかのように錯覚させる女神のパンツだ。
むさい筋肉野郎ですら妖艶な美女に変えてしまう、麻薬のようなパンツだ。
そして超伝説級神具たるその性能は、各種ステータスを上げるだけにとどまらず、戦闘時のみ加算される能力〝パッシブ〟をも発揮するのだ。
悔しいが、俺の〝妹水玉パンツ〟では、裏返しに履いたとしても敵わない。
伝説級と超伝説級では、それほどの差があるのだ。
俺はただ拳を握りしめ、いまにも砕けてしまいそうな感情を抑えることしかできなかった。
「やぁ、君たち、何をくだらないことで揉めているんだい?」
ケルベルスの背後から、ふんわり軽い声がかかった。
――チッ、この声はスティーリンだ。
「おぅスティーリンか。どうだこ……」
振り向いたケルベルスが絶句していた。俺の目も、目玉焼きにしたらさぞかし巨大で食べ甲斐のあるものができあがるだろうと思えるほど見開いた。
「ままま、まさか!」
無意識に手を当てた俺の口から言葉がもれた。
「し、知っているのかハインツ!」
恐怖で引きつる顔のケルベルスが俺に向いた。
「おやハインツは博識だね。そう、これは〝妹苺パンツ〟さ」
前髪をふわっと跳ね上げたスティーリンが、ニヤリと笑った。
優男で細身だが引き締まった筋肉から繰り出される一撃は、このギルドでも指折りの威力だ。
ヤツが繰り出す手刀は岩を削り水をも分断する。
単身でダンジョン踏破を目指せるほど、ツヨイ。
スティーリンが腰を二回フリフリした。
――それを、俺の口から言わせるつもりかッ!
「その〝妹苺パンツ〟は超伝説級の神具だが、〝都市伝説〟級とも分類される神具!」
俺が紡ぐ言葉に、スティーリンは嘲笑うようなにやけ顔を晒している。
「ハインツ! その〝都市伝説〟とは、なんだ! なんなんだ!」
ケルベルスは滴る汗を拭くこともできないのか、恐怖に支配された顔で叫んだ。
――筋肉バカのケルベルスは知らないのだろう。知らないからこその恐怖に襲われているのだ。
自らが身に着けている超伝説級〝妹縞々パンツ〟の価値すらも見誤っているんだろうことは察せられる。
しょせんは筋肉バカ。
ヤツにそれを期待するのはお門違いだ。
だが、俺は知っている。
この〝都市伝説〟級の妹パンツを!
「存在がはっきりと確認されたわけではない、蜃気楼が如く揺らぎ揺らいている超伝説級の神具があるんだ。あるとされるが誰も見たことはない、まさに伝説を体現する、それが〝都市伝説〟級だッ!」
「な、なん……だ……と……?」
「神代の時代から伝わるという神書〝ゲッカンヨウジョ〟から記載が始まったと言われる代物だ。まさか本当に存在しようとは……」
俺も自分の目を疑ったが、あれは間違いない。
――古文書には必ずと言っていいほど登場する、艶やかな絹の下地に苺があしらわれた妹パンツ。それこそが〝妹苺パンツ〟!
各種ステータスを爆上げするにとどまらず、戦闘時に能力を上げる〝パッシブ〟を標準装備し、さらには希少種ヨウジョをも呼び寄せる超伝説級の神具。
眩すぎて直視するのも憚られるが謎の吸引力で目が離せない。
これぞ〝都市伝説〟級!
「ふふふ、君たちもこの〝妹苺パンツ〟の魅力には抗えないようだね」
スティーリンの言葉が勝鬨に変わる。
俺も、ケルベルスも、視線が〝妹苺パンツ〟から逃せられない。
魔法で固定され、自分の意志とは無関係に見続け無ければならない、謎の力に支配されてしまっている。
俺の心が、敗北に折れてしまいそうだ。ギシアンと押しつぶされ、俺のライフはもう残っていない。
目から熱い潮が流れ出す。
――もはやこれまでか。
敗北宣下が喉を過ぎ、いまにも口から飛び出さんとしたとき、その声がギルドに響いた。
「やっべ、ねーちゃんのパンツ履いてきちゃった」
呪縛が解けたように、俺はその声の主に振りかえった。ケルベルスも、ドヤ顔のスティーリンすらも、驚愕の顔でその男を見ている。
「いくら血がつながってないからって毎晩毎晩裸で潜り込んでくるんだもんなー。身体が持たないし、僕は湯たんぽじゃないって言ってるのにー」
優男が、レースをあしらっているがスケスケで何を隠すためなのか説明を求めたい程度の面積の何かを履いていた。
隠しきれない彼本体は、臍の下あたりで脈打っている。
ビッグだ。トゥービッグだ。
「リ、リアル姉……」
「血がつながらない、姉……」
「毎晩、毎晩……」
俺も、ケルベルスもスティーリンも、がくりと膝をついた。
「負けた。完敗だ」
「境遇も」
「大きさも、さ」
奴の姉パンツに屈したのではない。
強さを求めたがゆえ女っ気の影もない俺たちに、リアル姉という存在は、そして血のつながらないという奇跡的な関係は、勝ち目のない相手過ぎたのだ。
「まったく困っちゃうよ」
彼は肩を落とし深い深いため息をついた。
悪気のない天然なのだろう彼の振る舞いが、止めとなって俺たちに突き刺さる。
三人そろって床に手をつき、泣いた。
啼いて哭きつくした。
「あー、そろそろ検査を始めたいんですがー」
眼鏡のおっさんの抜けた声がギルドに木霊した。