プロローグ : 地球最強の少年《前編》
それは、とある異世界のコロシアムのことである。
「ギャハハハハ!俺のスキルはやっぱり世界一だぜぇ!!『スキル・筋力100倍』!!」
笑いながら周りにいる人間をグッチャグッチャとミンチのように潰していく人間がいた。
そして、そこに通りがかる者が一人。
「誰が世界一だって?いいですか?人間が今生物の頂点にいるのは知能を駆使し、技術を用いてただの筋力などを凌駕する力を得たからです。よって、私のスキルが最強です。『スキル・知能200倍』」
突如、先ほどの男の下に落とし穴が現れる。それは、まるで一瞬で現れたかのようにして、そして男は底の見えない奈落へと落ちていった。
「いいか?異世界にあるスポーツ『テニス』では、チャンピョンが知能を使った技術派だったり、パワー派だったりするらしい。まあ時代によって変わるってことだな。そして、今、このコロシアムの中での時代は、俺だ。『スキル・人体破壊』」
いきなり現れた身長2,5メートルはあるであろう大男が先程知能について語った男の頭を片手で、まるで優しくマシュマロを握るかのように、グシャリと握りつぶした。
と、阿鼻叫喚の中、ゆっくりと歩く者が一人。
ドンッ
「あん!?何ぶつかってんだお前。なんだぁ?ちびっこいやつだな。お前も殺してやるよ、『スキル・破かーーー」
「あ、ゴメンよ」
歩いてきた少年がトンっと優しく男を押す。
すると、男が言い終わる直前、見るも無残に男の体は爆散した。
「あぁ、なんだ、異世界もこんなもんか」
少年ーーー桜野ツルギは、残念そうに、本当に残念そうに言った。
★
「テメーなんか死んじまえ!」
「痛っ」
なんで……僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ……。
「お前っ、転校生の癖にっ、いい気にしやがってっ」
いじめっ子が僕を蹴りながら言う。なんで?なんで僕が蹴られなきゃいけないの?いい気にしてなんかないのに……。
「ゴメンっ、ゴメンなさいっ」
「最初からっ、そうすりゃっ、いいんだよっ!」
謝った。
とにかくひたすらに謝った。謝れば許してくれる、そう思っていた。
「よし、じゃあお前、今から俺の舎弟な」
「え?」
「い、い、な!?お前は今から俺の舎弟な!!」
「は、はい!」
それから僕はいじめられ続けた。ストレスが溜まっているからと殴られ、気持ちが悪いからと殴られ、酷い日にはそいつが仲間を呼んで大勢で僕を足蹴にすることもあった。
殴られて、殴られて、殴られて
殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて。
そして、僕は悟った。
「そっか。強ければ何をしてもいいんだ」
理解してからの行動は早かった。まずはあらゆる武術を習った。空手、柔道、ボクシング、レスリング、相撲や変わったところだとカンフーやカポエラまで。
学校には行かなかった。
しかし、まだ足りなかった。空手や柔道の師範代を倒し、ボクシングやレスリングでは世界一になり、カンフーやカポエラでは実戦で使えるように改良したりした。しかし、望む強さまで届かなかった。
そのうち、寝るのも止めた。その時間でトレーニングや修行をする時間を無くすのがとても無駄に思えたからだ。
人間性も直した。弱気は敵だ。全てに打ち勝つ強さを求めろ。
一人称も『僕』から『俺』に直した。
そして徐々に体に変化が訪れていった。
無休で動かす体。ギシギシと悲鳴を上げるも休むことをしない精神。回復しようにも休息が無かった。
そして、俺の体は俺の体を修復する事を止めた。
千切れた筋肉を無理矢理繋げ、一本一本の繊維が二度と千切れないように、鋼のように、固く、硬く、堅くなっていった。
そして俺は地球で最強の男になった。
全ての武術を極めた。世界中の強者達にも勝利した。一人で戦争に勝てるほどに強くなった。しかしその時の俺にあるのは誰よりも強くなった喜びではなく、
「虚しい……」
最強になった俺の、相手になるものがいないという虚しさだけが残った。
★
「はぁ……せっかく異世界に来たのにこれじゃ骨折り損じゃないか」
言いながら、歩く。ただ、歩く。
『銃弾や怒号、拳や肉塊や魔法が飛び交う戦場の中』を、ただ、歩く。
「魔法にはちょっと期待してたんだけどなぁ……」
ため息をつきながら、コロシアムの端まで移動する。ツルギは最後まで傍観を決め込む予定だったーーーが、
「おいおいおいぃ、傍観かぁ?」
言いながら、巨大な出刃包丁を持った男がツルギに話しかけた。
「あー……ゴメン、忙しいから後にしてくれない?」
「兄貴!こっち来てくれ!こんなところで雑魚が暇そうにしてやがるぞ!」
「聞いてない……」
「おお、どうしたぁ!おお?迷子がいやがるぜ、こりゃあ傑作だ、ギャハハハ!!」
ツルギは何も反応せず、ただただ目を閉じた。
そしてそれは、相手たちに取ってはイラつく行為だっただろう。もしくはカモだと確信したのかもしれない。
「アニキ。こいつ殺っちゃいましょうぜ。こんなのアニキが出るまででもねぇよ。俺にやらせてくれ、アニキ」
「うむ、こいつムカつくしな。殺せ」
「さっすが兄貴ぃ!じゃあ遠慮無く殺させて貰うぜ。『スキル、絶対零度』!」
突如、ツルギの周りの全てが凍り付いた。先程まで立っていた床も、もたれていた壁も、そして空気までも。
しかし、その、地球最強の男は凍らなかった。
男は困惑した。自分のスキルは絶対のはずだ。任意の範囲の物を全て一瞬で凍らせられるはずだ。なのに何故、こいつは凍らない!?、と。
そして事実は違った。
「冷たいなぁ、もう。あぁ、不愉快だ。死ね」
ツルギはトンッと地面を靴の爪先で蹴った。
そして死んだ。
男以外のコロシアムにいた全ての人間が。
「……は?」
氷使いの男は辺りを見回した。先程までの怒号がいきなり止んだからだ。
「……は?」
そして次に足元を見た。そこに先程まで兄貴と読んでいた物体が転がっていたからだ。
「…………………………は?」
そして、最後に前を向いた。
そこには男に手を伸ばした少年がいた。
それが男の最後に見た光景となった。
明日に後編を更新します!