存在証明のキュニアス
自分でも何が書きたかったかよくわかんない
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甘いような、香ばしいような匂いに誘われて、うっすらと目を開ける。
飛び込んでくる光。柔らかく、優しい。夏の日差しが、カーテンで遮られて届いたような、そんな光。
うつらうつらと、意識が漂う感覚。まだ、頭はもやがかかったように状況が捉えられない。
「もうすぐお昼だよ? いつまで寝てるつもり?」
初夏に吹く涼やかな風。じっとりと滲んだ汗をぬぐい去るような、そんな気持ちにさせてくれる。
その声で、目が覚めた。
「……おはよう」
薄い掛布を脇にどけながら、上半身を起こす。体を預けていた木製のベッドが少し軋んだ。
「おはよう、だなんて。もうお昼だーって言ったじゃない」
「はは……」
優しい、暖炉の炎のような緋色の髪。少し吊り上がってきつめの印象を与える目は、今は優し気に細められている。その奥には、黒曜石のような瞳がちらりと見えた。
「あと少ししたらお昼ごはんだから。今のうちに顔洗って、目、覚ましておいてね」
「うん。ありがとう」
そう告げると、彼女は真っ白な前掛けで手を拭きながら、また台所へ戻っていった。肩より少し長い髪が、さらりと揺れた。
その姿に目が惹かれるのを断ち切って、ゆっくりとベッドから降りると、顔を洗うために洗面所に向かった。
今、この瞬間。確かに幸せを感じていた。
狭いけど、自分の家で。彼女と一緒に暮らして。彼女の作ったご飯を、彼女と一緒に食べる。
それだけで、ただ幸せだった。それが、ずっと続いていけばいいと思っている。
――昔は、もっと大それたことを考えていた気がする。
自分の存在。証明。歴史に楔を打ち込んでやろうだとか。英雄になりたいだとか、お姫様と結婚したいだとか。
けれども、それももう昔の話だ。
今はただ。そう。ただ、彼女と一緒にいられたら、それで――――
気が付いたら、倒れていた。
直前まで自分がいた場所ではない。
さっきまで、自分は確かに教室で授業を――それは、本当に?
倒れたまま、何とか首だけを動かして周りを見る。頬に、背の短い草独特のチクチクとした感触があった。
周りは、草原。見渡す限り続いているのだろうか。はるか遠くの方に山が見える。小さな虫が飛んでいて、兎のような動物が視界の端の方でぴょんと跳ねた。
手の指を動かす。次いで手首、肘、肩の順に動かしていって、全部が動いたところで体を起こした。
ここは、どこなのだろうか。見覚えがない。
さっきまで、確かに学校の教室で授業を受けていたはずだ。苦手な、物理の授業。いつ聞いてもさっぱりわからないのに、国語や英語が嫌いだからと理系を選択してしまったばっかりに聞くことになってしまった授業だった。
それなのに、何故、今自分はこんなところにいるのだろうか。
考えてみても、さっぱりわからない。
それに、服装も変わっている。
今日は、もうすぐ初夏だというのに肌寒い日で、寒がりな自分は黒い学ランの上着を着て過ごしていたはずだ。
それなのに、今自分が来ているのは黒い学ランなどではなく、よくわからない、どこぞの民族衣装のような服だった。
色は黒。少しゆったりとしていて、何となく袴をもっと動きやすく改良したような、中国や朝鮮の民族衣装が混ざったような、不思議な服だった。少なくともこんな服見たこともないし、もちろん持ってなんかいないし、着たことなんてあるはずがなかった。
ふと、そばに転がっていたソフトボールくらいの大きさの球体が目についた。表面はなんだかつるりとしていて、見た目としては大きなビー玉のような感じがした。ガラスのような透明な部分と、その中にある緋色のうねった模様。
なんだろう、と思って手に取ってみた。手に取ってみただけだ。それ以外に何もしていない。声を出すとか、強く握るだとか、何かのスイッチを押すだとか、そんなことは一切していない。そもそもこんなビー玉みたいな玉に、スイッチなんてあるはずがない。
それなのに、玉は手に持っている部分を中心に形をぐにゃぐにゃと変え、数秒後には緋色の波紋が見る人を魅了する、美しい太刀に変わっていた。
「なん……だ、これ……!」
驚愕のあまり声が漏れる。あまりの出来ごとに働いていなかった頭が一瞬だけ働き、得体のしれない物体を握っている恐怖に突き動かされて、握っていた太刀を放り投げた。
ガラスを芝の地面に落としたような音がして、太刀が地面に転がる。その直後に、太刀はまたぐにゃぐにゃと形を変えると、最初のソフトボールくらいの大きさのビー玉みたいな形に戻った。
なんだろう、あれは。触ったら、触っている間だけ形が変わるのだろうか? でも、そんな、魔法みたいな道具、知らない。見たことない。そんなものがあったら大騒ぎになっている。
いや、でも、今実際に目の前にそんな道具が転がっている。
もしかしたら、さっきのは偶然で、今度触ったら何も起きないのかもしれない。普通に大きなビー玉のままで持ち上げられるかもしれない。けれども、もう一度持ち上げたときに形が変わったのなら、つまり、そういうことなのだろう。
それに、さっきはなんで太刀の形になったのだろうか。よくわからない、太刀の形にしかならないのだろうか。
「もう一度、さわってみるか」
自分に言い聞かせるように声を出す。
別に、形が変わったからと言ってどうこう言うものでもない。形が変わるだけで自分には被害がないのだし。
そう心の中で唱えて、もう一度球体を手に持ってみる。
すると、やはりさっきのようにぐにゃぐにゃと形が変わると、また緋色の波紋が美しい太刀の形になった。
なんだろう、これ。
なんだろう、ここは。
どこなんだろう、なんなんだろう。
――なにもわからない。何もかもが、わからない。わかるのは、自分の記憶だけ。でも、自分の記憶に照らし合わせても、こんな場所も、こんな服も、こんな道具も知らない。
知らない。わからない。どうかしている。夢なのだろうか。それにしてはリアルすぎる。でもそれ以外思いつかない。けれども、夢ではなかったら? 現実だったら? だったら、この場所は何なんだろう。服も、道具もなんなんだろう。この、自分の記憶は? あまりにも、今目の前のことと合致しない。
自分が、自分を信用できないのか? でも、自分しか今はいない。自分だけが、自分を証明するしかないのではないか?
夢なら覚めてほしい。また、さっぱりわからない物理の授業に戻って、クラスの友達に「こんな夢を見たんだ」なんていう、くだらない笑い話にしたい。
――――笑い話に、したかったんだ。
硬い石づくりの床の上を、こつんこつんと歩く音が響く。
魔物の王。魔族の王。魔術の王。
それらを総称して、魔王と呼ぶ。【魔王】というスキルを持つ者のみが、魔王という存在になれる。魔王は、【魔王】というスキルでもって、己が魔王であることを証明するのだ。
存在の証明―― ――大きな扉の開く音
歴史に楔を打ち込む―― ――扉の奥で魔王が立ち上がる
何者でもない俺が―― ――大きな部屋の中心で止まる
何者かになる―― ――緋色の太刀を構えた
「勇者は死に絶え、世界は我が手中に落ちた。だというのに、何故まだ抗うのか」
魔王の言葉に、緋色の太刀を握りしめる手に力が入る。
「余に抗うことが、世界を救うことになるとでも思うておるのか」
一歩、踏み出す。
「それとも、何か他に理由でもあるのか?」
「存在の、証明」
魔王の顔を見る。
「何……?」
「何者でもない俺が、何者かになるための証明」
そんな言葉を聞いた魔王は、こちらの顔をまじまじと見てきた。
心の奥まで見通そうとするような、そんな瞳で。
「そう、か……。其方――」
魔王は、一瞬、目を伏せた。そして再び開けると、大仰に笑い声をあげた。
「面白い! 【勇者】ではなく、【英雄】でもなく、【救世主】でもない! で、あるならば!」
魔王は一歩、踏み出した。部屋どころか、城中が揺れたように錯覚するような、重く、苦しい一歩だった。
「証明して見せよ! 其方が何者であるのか! その答えを――――!」
やっとだ―― ――魔王が腰の剣を抜く
ここまでたどり着いた―― ――黒く、禍々しい剣だった
どれぐらいの時間が経ったのか―― ――どこか、似ている剣だ
俺は、俺を証明する―― ――緋色の太刀に
だからこそ、俺は魔王と相対する。
「この緋色の一刀にて、証を示す――――!」
顔を洗って台所に戻ると、お昼ごはんが出来上がっていた。
塩と、少しの香辛料で味付けしたスープと、砂糖入りの甘いオムレツ。近所のパン屋で買ってきた、ふわふわのパンだ。色鮮やかなサラダもついていた。
「ねえ、はやく食べましょ。私、自分で作っててなんだけど、おなかすいちゃった」
「……そうだな」
促されて席に着く。向かいには、前掛けを外した彼女が座った。
「お昼を食べ終わったら、今日はどこかに出かけるか」
何気なく言ったその言葉に、彼女はとても嬉しそうに頷いた。
「楽しそう。どこに行こうかな?」
「どこでもいいよ。だって、ほら――」
その先の言葉は、飲み込んで。
自分が、ここにいるという証明。
いや、ここにいてもいいという証明。
全部全部くれた君と一緒なら、どこにだって行くよ。
狭い部屋には、初夏の日差しが差し込んで。
涼やかな風が、二人を包んでいた――――――――
思い付きで書きました。特に深い設定とかはないです。
ちょっとだけ登場人物のことをば。
【主人公】
気づいたら異世界に飛ばされちゃってたかわいそうな人。本当は何も持たずに身一つで飛ばされちゃってたけど、それを見かねた誰かが服とアイテムをくれた。
全く知らない土地で、全く知らない文化、法則の世界で、自分を証明するものが自分の記憶しかなくて、でも自分の記憶にある世界なんてものはどこにも見当たらなくて、自分は何者なんだろう、ここにいてもいいんだろうか、と悩み始めちゃった人。
何か大きなことを成せば認めてもらえると思って頑張った。今は彼女と同棲して幸せを満喫している。
記憶の中の世界を大事にしたいと、よく記憶の中のゲームや漫画や、歌、歴史とか文化とかをそれとなく口に出したり、使ったりする。
【魔王】
魔物、魔族、魔術をすべて従えた末に獲得できるスキル【魔王】を所持している。
なんやかんやあって勇者のスキルを持つ者を撃退し、一度は世界を手中に収めた。
魔王自身はこの世界の存在だけど、主人公のように別の世界から現れた存在のことを知っているので、何となく察した。
魔王の武器も主人公の持っている道具と似たような性能を持っていた。
【彼女】
ソフトボール大のビー玉みたいな道具で、太刀に変化していたやつ。の、中身。
元々は人だったけど、【千変】という人に合わせて道具の形や性能、果ては自分の姿まで変えられるというスキルのせいで、あんな道具に閉じ込められてしまった。
今はもう解放されている。自分を解放してくれた主人公と同棲中。子供は三人くらいほしいと思っている。




