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トロイメライ  作者: 嘘吐き
3/20

3

 

――さあ、おいで。わたしの愛しい子


――あなたはわたしが使わした救い


――どうかわたしの傍に来てください


――そしてわたしの手を取り、共に終わらせましょう



 優しいやさしい声は、いつだって彼に囁き、甘美に誘う。


 ああ、だがそれはならぬ。自分には愛すべき、支え合うべき方がいる。


 もう今日は勘弁してよ、と思っている矢先、ようやく目を開くことができた。



「え、と……」


 南国アルヴァの新しき王妃フリードリヒは、瀟洒な椅子に座って頭を抱えた。


 ああそうだ、と思い出す。結婚腕輪の交換が終わり、今は夫であるエンディミオが、披露宴で客人相手に接待をしている。


 神憑きということを考慮され、フリードリヒは休憩するよう言い渡された。


 故郷の北部ロメンラルでは、畏るべきものとして、一切の外出および申し立てが禁じられていたというのに、文化の違いはすごいなあ、と渦中の人物はぼんやり考えていた。



「どうされました王妃さま。ご気分がすぐれませんか?」


 傍らの侍女エリッサが話し掛けてきた。手には水の入った硝子杯。


「だい、じょうぶ……んと、あと……どのくらいかな」


「あと十分も待てば、貴方様の陛下はお戻りになりますよ」


 からかうエリッサに、フリードリヒは言い返す言葉が浮かばず、照れ隠しに視線を下に向ける。

 

 ふと、左手首の腕輪が目に入る。

 金で造られた豪奢なそれには、エンディミオと彫られている。

 一方、対の腕輪には、フリードリヒの名が刻まれている。


 互いは互いの所有者であるという、愛と戒めの証。


「……なんか、あっけ、なくて……びっくり」


「ええ、ええ。実はここだけの話、陛下が式を短く略せと命じたそうですわ」


 何故エリッサがそんなことを知っているのやら。――まあいいか、侍女頭だから。


「陛下、が」


「素晴らしい。陛下もそれなりに努力してらっしゃいますのね」


 自惚れても、よいのだろうか。

 何やら今日は、色々な意味で王の言動、行動に振り回されていた。


「とはいえ王妃さま、気を抜かないでくださいましね。この後は祝宴で陛下もお忙しい。私どもが側におりますが、何かありましたら、すぐにおっしゃってください」


「……うん、ありがと」


 この短期間、エリッサは非常にフリードリヒに尽くした。

 故郷の侍従たちにも、このように構われたことはなかった。


 親子ほどに歳の離れた彼女だが、フリードリヒには最も信頼篤い人だ。


 だからこそ、か。エリッサはまるで子供にするように、王妃の頭をなぜた。


「まあ、宴が終わりましたら、陛下と結婚初夜をお迎えあそばせ。あなた様のお勤めが果たせますよう、私は祈っております」

  

――お勤め。

 ああ、そうであった。黒獅子王は、世継ぎを望んでいるのか、未だ真意がわからないのだ。


 あれだけの元・妃がいながら、子供はいない。


「……いいの、かな」


「何がです?」


「……ううん」


 不安と不審をこれ以上抱えるのは苦痛だ。

 どうせ神憑きに話し掛ける者などおるまい。


 フリードリヒは半ば投げやりに意識を飛ばした。







――真実など、ただの事実にすぎません


――あなたの推測は正解です


――動きますか?歩みを止めますか?


――この手をとるなら、あなたにひとを超える力をあげましょう


 がん、と大きく頭を揺さぶられ、フリードリヒはようやく起きた。


 長いこと熟睡していたらしい。

 やはり、眠りが深く、長くなってきている。


 眼前には眉をひそめた黒獅子王。

 疲れた風も見せず、相変わらず威風堂々としている。


「……え、と」


 本当にどれほど寝ていたものやら。見知らぬ部屋で、二人きりであった。

 祝宴はとうに終わったものか。


「先が思いやられるな、そなたは」


「……も、申し訳、ありません……」


 自分と他人に厳格なる王は、別に恫喝したわけではあるまいが、怒られた経験の少ないフリードリヒは、それだけで竦み上がってしまう。


「よい。期待はしておらぬ。そなたはそなたの勤めを果たせ」

  

 フリードリヒが緊張により息を呑むと同時、エンディミオに襟を捕まれ、引きずられる。

 天蓋つきの柔らかい寝台に投げられ、押さえこまれた。


「いっ……」


 エンディミオはひどくつまらなそうな顔で妃にのしかかり、乱暴に衣服を剥ぎ取る。


「へ、いか……お待ちを……どう、かお待ちを」


「戯言は聞かぬ」


「ああ、陛下。どうか、真意を、お聞かせたもう……あな、た様は……本当に、お世継ぎを、おの、ぞみ――」


 問いかけが気にくわなかったらしい。

 エンディミオはフリードリヒの白い首を強く掴み、あろうことか絞めた。


「あ……か」


「たかだか受胎の肉ごときが、王に意見するとは、見上げた根性であるな」


 殺される、と本気で思った。だがかすかに残った冷静な部分が、王が本気で力を込めれば、この柔い首なぞへし折れる、とフリードリヒに囁く。


「……も、うし訳、ござい……ぐっ」


 エンディミオは首から手を離すと、今度は頭を掴み、俯せに押し付ける。


 咳込み、必死に呼吸するフリードリヒを尻目に、エンディミオは事を進める。


 フリードリヒとしては、今さらどう扱われようが、別にどうでもよかった。痛みも苦しみも、仕方のないものとし、諦めている。


 重要なのは、かの王がどのように思っているか、だ。


 奥歯をつよく噛み、フリードリヒは悲鳴と嗚咽を殺す。


 意志は交わされぬまま、暴風のような夜は過ぎていく。

  




 日の光が地にも届かぬほどに、鬱蒼とした森。


 朝か夜かも判断がつかない森には、たくさんの生と死が溢れていた。


 つと、白い仮面の何かがいた。

 緑の蔦で構築された、偽りのからだ。


 声がする。大勢の人の声。


 仮面の何かと対峙するは、赤い兵士と、藍の兵士。

 だが兵士たちは、次々に蔦の攻撃を受け、倒れていく。


 仕方ない、とばかりに出てきたのは、二人の人物。



 一人は凄まじい剣技で。一人は不可思議なる魔法で、仮面と渡り合う。


 ああ、だが、木々の死角から蔦が二人に伸びる。


 かろうじて避けたが、一人は剣を持っていた左腕を。一人は短槍を持っていた右腕を、それぞれ引き千切られた。


 腕は仮面のからだに吸い込まれ、いびつなる両腕となる。

 屈強な褐色の左腕と、華奢な白色の右腕に――



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