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トロイメライ  作者: 嘘吐き
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大国アルヴァの王は、暴力的で自他に厳格なために妃に逃げられていた。

そんなところに北の辺境から弱々しい青年がよこされる。

青年は生まれつき神に憑かれていたため、常に眠い。しかし言い伝えによれば精度の高い預言をもたらすという

 むかぁしむかしのはなし。


 とある豊かな南の国の王様は、とっても有能で、とんでもなく残酷でした。


 その武芸と軍事はどのような戦にも負けませんでしたから、国にとっては英雄です。


 ただ、王様はすばらしく我が儘で手が速いので、嫁いだ妃は皆、逃げてしまいました。


 このままではお世継ぎがいません。


 困った宰相や大臣たちは、とある北の小国の姫を召しました。


 どこの国も嫌がる、かの王様の妃を、その姫だけが申し入れたのです。


 けれどもやっぱり、姫も普通とは違いました――





 世界中、探しに捜しつくした妃を迎えるというに、王は欠伸なんぞかましていた。


 浅黒い肌の筋肉は逞しく、政治家としても武芸家としても、申し分ない王者。


 ただ人間としてはいまいちだ。


 筋の通った意見なら聞くが、ただの我が儘ならば許さない。


 ちょっと寝坊したり、勝手に外を出歩いたとかいった理由で反逆者と罵られ、殴られた元・妃は今まで四人。


 そのうち三人は国へ逃げ帰り、一人はこの世から逃げた。


 大陸南部に位置するアルヴァ王国は、特に男尊女卑ではない。


 むしろ、実力主義を旨とするが故に誰にも上にいける機会がある。


 作物が豊富で、余裕があることから、男女の差別なく民は暮らしている。


 そんな国に嫁いだのに、こんな暴力的な夫とあっては、逃げたくもなるだろう。


  

 噂は大陸中に広がり、ついにどこの国も、嫁を出してくれなくなった。


 妃など所詮、人質のようなものだが、王があんまりにも暴虐にすぎて誰もが躊躇するのだ。


――曰く、牛に嫁いだ方がましだと



 だがお世継ぎは必要だ。

 宰相や大臣が必死で探すおり、大陸北のリウォイン王国はロメンラル辺境伯がそれに応えた。


 三人の子のうち、末子を嫁がせるという。


 ロメンラルは貧しく、山ばかりの土地は農地が少ない。


 おまけに昨年の猛吹雪により困窮を極めている。


 宰相は密かに、国のために売られる末子に同情した。もはや未来は暗い。


 せめて自分や周りの侍従たちが心の支えになればよいが――



 と思ったおり、質素な二頭馬車が前方からやってきた。


 長旅で外れそうな車輪が止まり、中から三人の侍女が出てきた。


 侍女に支えられ、静々と、細身のまだ少年の域を出ない人物が現れた。


 彼こそがロメンラル辺境伯の第三子。死人のように白い肌に、銀の髪はアルヴァ王国ではあまり見ることのない人種。



 慣れぬ暑さや長旅で疲れているのか、ふらふらと危うい足元。

 時折転びかけては、侍女たちに支えられている。


 そんな彼の様子を見て、宰相をはじめ周囲の衛兵や侍従たちは、はらはらしていた。


 小刀や肉刺しより重いものを持ったことがなさそうな細い手足は、軽く捻れば容易に折れそうだ。


 

 いかにも箱入り息子な彼に、王の暴虐が耐えられようか?


 へたをすれば王がうっかり殺してしまうやもしれぬ――


 そこまで考えたところで、ようやく姫が王の前にひざまづいた。


 重要な対面儀式であるから、さすがの王も弁えている。欠伸はしっかり噛み殺していた。


「えー……ロメンラル伯、第三子、フリードリヒ・ケーフィン。ただいま馳せ、参じ……ふわあああぁ……」


 フリードリヒと名乗った少年は、なんと王でさえこらえた欠伸をかました。

 それも恥ずかしげもなく、大きく口を開いて。


 その場にいる者すべてを戦慄させながらも、フリードリヒは口上を述べる。


「ふうぅ……あー、誉高きぃ、アルヴァこくおー陛下の、妾……じゃねえ。妃としてこれほどに、喜ばしいこ、と、は……ぐう」


 膝をついたまま、フリードリヒは寝た。

 それはもうぐっすりと。


 誰もが何も言えないでいる中、王だけは違った。

 足先でフリードリヒの白い顎を捕え、顔を上げさせる。



「……んあ?」


「なんとも失礼なものを寄越したな伯は。私に攻め入られても文句は言えぬぞ」


 まだ婚礼も執り行っていないというのに、なんという暴言。


 国際問題に発展しかねない王(と姫)の行動に、宰相や大臣たちが焦りはじめた。



 だが姫は今の状態を気にもせず、舌足らずな口調で話す。


「んと、もーしわけございません、陛下。

わたくしめは……生まれつき神に憑かれておりますゆえー、このよーに意識を、神世かみよにもってかれて……しまうのですー」


  

 その言葉に、無表情を貫いていた王も目を見開いた。


 王の周囲に至っては騒然としている。


 慌てて宰相がフリードリヒに問いた。


「神憑き……だというのですか?」


「はい。お陰様でー、ずっと眠たいです」


 しっちゃかめっちゃかな返答をするフリードリヒはさておき。

 神憑きとは、神に魅入られ、常に意識を神の世界に縛りつけられる者のことだ。


 神憑きを庇護すれば幸運が訪れ、神の預言を聞くことができるという。


 王の伴侶にこれほど相応しい者もいない。

 宰相は緊張と興奮が混ざった面持ちで、フリードリヒに一礼した。


「我々は貴方を歓迎します、フリードリヒ殿。婚礼儀式の前に、我が国の客人としておもてなしさせていただきます」


「あや、それはありがたき幸せ」


 頭を下げようとしたフリードリヒだが、王に顎を捕えられているため叶わない。


 宰相が何事か言おうとしたが、それを遮り、王が発言。


「真に神憑きというならば、なぜロメンラルは困窮している?慈愛深く保護されていればよいではないか」


「……文化が違いまする、王よ。北の諸国では――」


「宰相ダイケン、お前に聞いてはいない。さあケーフィンよ、応えろ」


  

「……北方では、神憑きは、おそるべき存在ですー。ですので……」


 そこまで言わせて、王は言葉を中断させた。


「相わかった。人身御供の子よ、私の妃となるからには忠誠の誓いを立てよ」


 そんなものはないぞ、と宰相は慌てたが、王が目線で邪魔をするなと語る。


 何も知らない少年だけが、無垢に誓いを立てた。


「強国アルヴァのエンディミオ・ゾンスト=ジリオムダール陛下。黒獅子王様。

わたくしは、生涯のすべてを、一欠けら残さず、貴方に、捧げます」


 眠たい目をしばたたかせながらの――主に眠気との戦いによる――必死の誓い。

 それを見届けた王は初めて笑んだ。

 だがそれは虐げる者の笑みだ。


「そなたの誓い、嘘か真か。試してみようぞ……そうだな、舐めろ」


 誰もがうっとりしてしまう、魅力たっぷりの笑みで示すは自身の靴。

 この王は、近いうち自分の伴侶となる者に、靴を舐めよと命じたのだ。


 始まった!と宰相を始めとした周りの者たちが愕然とする。


 ロメンラルから来た侍女たちは困惑し、主人の命令を待つしかない。帰ると言われれば、もちろんさっさと去るつもりで。



 だがフリードリヒは怒るでも、泣きわめくでもなく、静かに返答した。


「喜んで」

  

 自身の顎を捕える足先を手に取り、恭しく口づける。

 誰もが予想できずにいた行動に息を呑む中、王だけが笑んでいた。


 だがやはりというべきか、靴に舌を滑らせる前に、フリードリヒは王の足を支えに寝こけた。


「……ぐおおう」


「……」


 間抜けな寝息に、周辺の人々が安堵のため息をついた瞬間。

 王がその足でフリードリヒの顔面を蹴った。


「……ッ!」


「フリードリヒさまっ!」


「なんということ!お怪我は……」


 がつん、という音をたて反り返るフリードリヒを侍女たちが支える。


 衝撃と痛みで起きた少年は、変わらず呆然と王を見る。


「神憑きよ、そなたは意思さえも持っていかれたか」


「……」


 王はつまらなさそうに手を振り、フリードリヒに退がるよう命じた。




 フリードリヒが侍女たちに支えられ姿を消したと同時、宰相ダイケンは堪えきれず王に意見した。


「陛下、印象は最悪ですぞ。神憑きは妃として申し分ないどころか最大の幸運というに……」


 エンディミオは執務室に戻るため歩き出した。

 ダイケンはそれに追従しつつも意見は続く。


「もはやこれが最後の好機です陛下。お世継ぎをどうされるのですか――」


 エンディミオの鋭い黒眼が宰相を貫く。

 それに負けじと睨み返すダイケン。


 剣呑な空気が流れる中、王が珍妙なことを言った。

 

「なんだ、思ってたのと違うじゃん」


「……は?」


「お前には聞こえなんだか、あの者は密かな声で言っていたぞ。これを不敬と言わずなんと言う?」


 たしかにそれが事実とすれば、とんでもない侮辱罪だ。

 というかこの王はどれだけ耳がいいのやら。


「私がたかが眠いぐらいで怒るものか」


 それもそうだ。エンディミオは俺様至上主義で我が儘だが、筋が通っていれば受け入れる寛容さも持つ。


「とはいえ、たしかに神憑きだ。丁重にもてなせ」


「……御意に」


 妃にするかを最終的に決めるのは大臣たちではない。王自身だ。




 王の代わりに謝罪をしようと、ダイケンはフリードリヒのいる客間へ向かった。


 入ると、侍女の笑う声が聞こえた。


「失礼します、フリードリヒ殿」


 フリードリヒは長椅子にもたれ掛かり、船を漕いでいた。

 ダイケンの姿に気づき、はたと欠伸を止める。


「アルヴァ王国の宰相を務めております、ダイケン=ムルファードと申します」


「どうもー、わざわざご足労いただき、ありがとうございます」


「いえ……それより、先程は王が失礼を致しました。代わって私がお詫び申し上げます」


 粛々と頭を下げれば、驚いたらしいフリードリヒが動いた。


「いやそんな、わたくしごときに。陛下は素晴らしいお方、ですのでたいしたことはありません」


「……唇が切れておりますよ。後で医者をよこしましょう」


「いえこの程度はー、わたくしも男ですから」

  

 譲り合いでらちがあかない。ダイケンは件の一言を聞くことにした。


「フリードリヒ殿。実は、我が王の地獄耳が聞いたようなのですが、『思っていたのと違う』と言われたそうですね。それは真ですか?」


「ああ、あらー、聞こえてらしたかー……あーあ……」


 あっけからんと、弁解することもなく認めた。


「んと、黒獅子と呼ばれ、る陛下のお姿を、ずっと夢想していた、んです……で、獅子だから猫みたいのかなーと」


 そこで耐え切れなかった侍女たちが吹き出す。


「ああ、でもあの黒く豊かな巻き毛、は確かに黒き獅子……」


「も、うもうフリードリヒ様、ご勘弁くださいませぇ」


 ダイケンはしばし、何を言えばよいか思いつかなかった。

 これが北方流の冗談なのだろうか。それともフリードリヒだけがこうなのか。


「それで、ダイケン様、用件はこれだけでしょーか……」


 フリードリヒが大きな欠伸をし、先を聞かず寝た。長旅で疲れているのかもしれない。

 ダイケンは席を立った。


「では、私はこれで。午後に彼の世話役を寄越しますので、どうか指導を頼みますよ」


 ロメンラルから来た侍女たちは婚礼儀式の前に国に帰される。

 普通とは違う妃の世話役は、彼女たちに習わねば分からぬことも多かろう。


 侍女頭は有能な者を指名したが、果たして大丈夫だろうか。

 ため息を飲み込み、ダイケンは王のいる執務室へ向かった。

  

 客室に用意されている寝台にて、ぐっすり眠っていたフリードリヒに来客。


 午後に寄越すとあった侍女たちだった。


 さすがは強国の侍従とあってか、人数も多く、所作も無駄がない。


 優しげな微笑を浮かべる集団の先頭。背の高い女が、はきはきと挨拶した。


「フリードリヒ様はこちらか」


「……はあ、そちらさまは」


 女性にしては低い声に叩き起こされ、ぼんやりと相手を見る。


「私たちはあなたさまのお世話をさせていただきます侍女です。

私は侍女頭のエリッサ=キィスと申します」


「ああ、どうもお……」


「神憑きの方とあっては、他より手をつくさねばなりません。ロメンラルの侍女たちよ、ご指導願います」


 怠惰な雰囲気を打ち壊すエリッサの態度に、ロメンラルの侍女たちも感化され、思わず姿勢が正された。


「……はあ、よろしく、お願いしますー」


「こちらこそ。なんなりとご命令を」


 スカートの端をつまみ一礼。だがその姿は、あまりに彼女にそぐわなかった。

  

 がちゃん、と音がたった後、一瞬だけ時が止まり、そして騒然とした。


 王を交えての大臣と将来の妃の会食。


 大臣たちも神憑きの者とあらば文句はないようで、珍しく和やかに食事は進んでいた。


 そんな空気をぶち壊すのは、やはりフリードリヒその人。


 眠気に負けたらしい。ちょうど運ばれたばかりのスープ皿に顔からダイブした。


 スープ深一センチで溺死しそうなところを、待機していた侍女たちが救出。


「フリードリヒ様、お怪我はっ?」


「呼吸はしています。大丈夫……冷製スープだったことが幸いしたか……フリードリヒ様、動けますか?」


「……んー」


 弱々しく頷いたのを確認したエリッサは、慌てる侍女たちに素早く仕事を命ずる。


「申し訳ございませんが、フリードリヒ様はご気分が優れないようで――」


「構わん。戻せ」


 退席を願い出るエリッサを遮り、エンディミオがさっさと命令を下した。


「感謝します、陛下。皆、湯浴みと寝台を用意しておいて」


 そこからは素早い。フリードリヒを支え、侍女集団が出て行った。


 さてエリッサも出ていこうか、とした時、何者かに呼びとめられる。


「あの者に無理をさせるな。余計な手間というものだ」


 他の誰でもない、王の命。

  

「お言葉ですが陛下、赤子を立たせることを、我らは手間だとは思いますまい」


 作り笑顔ではなく、口角を上げた凶悪な笑みに、王の記憶が刺激された。


「なんと貴様!侍女でありながら陛下になんという――」


「やめよウェーメヌ公。……さっさと行け」


 人参色の短い髪を揺らし、エリッサは一礼。だが最後に一言残した。


「陛下、あの方は素晴らしいお方にございます。いずれ陛下のお目がねに叶うことでしょう」


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